第368話 分析と次の作戦
「……よう、倉間。体調はどうだ?」
「お、日影か。それに他の面々も」
「倉間さん、とりあえず元気そうで何より」
「クラマ! 命に別状はないって聞いたよ! 良かった!」
「あれだけやられて無事だったのですから、さすが倉間さんです」
ロシア、ホログラート基地ふもとの街の大病院。
その病室の一室に、倉間が横たわっていた。
そんな倉間の見舞いに来た、日影と本堂とシャオランと狭山の四人。
ホログラート山岳地帯での戦いから、まだ二時間も経過していない。
「……なぁ日影、悪かったな。俺がこんなにボロボロにされたせいで、お前らに撤退を選ばせちまった。本当なら、すぐにでも日向や北園を助けるために、ホログラート基地に向かいたかっただろうに」
「……いや、謝るのはオレの方だ、倉間。あの時のオレは頭に血が上って、怪我人のお前を蔑ろにしちまった。悪かった」
「……なんというか、意外と素直だよなお前って。他の皆からも『意外と良い奴』だって言われたことはねぇか?」
「いや、そんな記憶は無いな」
「そうか? けど、お前が知らないところでは結構言われているかもだぜ」
「そういうモンかね……?」
「そういうモンさ」
二人のやり取りを終えたところで、今後の作戦に話を戻す。
まずは、今回の任務において目下最大の強敵であるズィークフリドについて、狭山が話を切り出した。
「倉間さんがおかしいと言っていた、ズィークフリドくんの体重についてだけど、情報庁に問い合わせたところ、やはりこちらに提供されていたデータは正しいものではなかったようだ」
「やっぱりか……。それで、実際のところは何キロなんだ、アイツ?」
「まず最初に、これから言うことは、決して冗談ではない。
……ズィークフリドくんの体重は、165キログラムだ」
「…………はぁ!? ひ、ひゃくろくじゅうご!?」
狭山の言葉に、病室内の誰もが驚きの声を上げた。
人間の適正体重は、身長から110の数値を引いたくらいだと言われている。身長180センチの人間なら、適正体重は70キログラムだ。
それが、ズィークフリドはどうだ。
彼の身長は185センチ。
それに対して、体重が165キロ。
参考までに、相撲の横綱などは、身長と体重の数値の差は30~50程度である。身長と体重の差が縮まれば、それだけ体格も大きくなるのが道理。
ズィークフリドは、見た目はほとんど標準的な体格だった。むしろ、多少細身にさえ感じる。それが実際のところ、身長と体重の差が横綱のそれよりさらに小さい。明らかに異常な数値だ。見た目と全く釣り合わない。
「い、いったい、どこから来てるんだその体重は……」
げんなりとした表情で呟く倉間に、狭山が答える。
「見た目は普通なのに、異常な体重。ズィークフリドくんのあのパワーを鑑みるに、恐らくは筋線維を常人以上に圧縮して詰め込んでいるのかもしれません。彼がミオスタチン関連筋肉肥大などの病気を患っているとは、グスタフ大佐からも聞いていなかったですが……」
「……んで、なんでそのアホみたいな体重が、80キロだなんて大嘘の情報として伝えられていたんだよ」
苦い顔をしながら質問する日影に、再び狭山が答える。
「この体重の重さは、ズィークフリドくんにとって長所にもなるが、短所にもなる。だから情報庁はそれを隠すために、嘘の体重をプロフィールに掲載していたというワケだ。敵国にデータを盗まれたとしても、彼の弱点が露呈しないようにね」
「プロフィールを誤魔化す暇があるなら、まずデータを盗まれないようにする努力をしやがれってんだ……」
「ただ、情報庁もこちらを騙す意図は無かった。けれど、今回のデータを提供してくれた職員が、下級の新人さんでね。このズィークフリドくんの体重に関する事情を知らなかったようだ」
「……まぁ、あの身長と体重の比率を見て、80キロが嘘のデータだなんて普通は思わないわな」
「……ところでサヤマ。ズィークの超人エピソードには『足を縛った状態で1000メートルの断崖絶壁を、指だけで登頂した』とかいうのがあったよね? まさか、その165キロの体重で……?」
「それを達成したのは、つい数年前と聞いたから、恐らくは……」
「その事情が分かると、途端に『白熊を素手で倒した』エピソードよりよっぽどやばい話に聞こえてくるな」
「……思い返してみると、ズィークフリドがウチのヘリに飛びついて来た時、機体がメチャクチャ揺れたんだよな。アイツの重さが原因か……」
ズィークフリドの体重の秘密が分かったところで、今度は倉間のコンタクトカメラの映像で、ズィークフリドの戦闘を観察することにする。
電波妨害の影響は、あくまでリアルタイムでオペレーターが戦闘映像を傍受できないのみ。コンタクトカメラそれ自体には、戦闘の映像記録がしっかりと残されている。
「……まぁつまり、俺がボッコボコにされる映像を、当時の俺の視点で視聴するわけだよな。なんか嫌だなぁ、恥ずかしい」
「文句言わないでください、倉間さん。これから改めて任務を続行する日影くんたちには、少しでもズィークフリドくんとの戦い方を学んでもらわないと」
そう言って、狭山は持ってきたノートパソコンに倉間のコンタクトカメラの映像をインストール、再生を開始する。日影たち三人は、揃ってその映像を覗き込む。
「これは……拳の速度が凄まじく速い……。倉間さん、よくガードしてますね」
「ぼ、ボクたちこれから、この人と戦うの……?
無理だよぉ、絶対勝つの無理だよぉ……」
「文句言うなシャオラン。これは避けては通れねぇ道…………
……ちょっと待て、何だ今の動きは!?」
日影が声を上げる。
該当のシーンは、ズィークフリドが消えるような動きで倉間の背後に回り込んだところだ。
「あぁ、これかー。実際に目にした俺も、意味が分からなかったぞ。もう完全に瞬間移動だよアレは」
「とはいえ、ズィークフリドくんが超能力を使えるという報告は聞いていません。動きそのものに何かカラクリがあると考えるのが妥当です。スローモーションで、映像を解析してみましょう」
そう言って、狭山が映像をスローモーションで再度再生する。
映像の中のズィークフリドは、一瞬だけ極端な前傾姿勢を取ると、そのまま一気に倉間に向かって踏み込んだ。その瞬間、ズィークフリドが消えるように倉間の背後に回り込んだのが確認できた。
「今の前傾姿勢……あれが瞬間移動の正体か?」
「あれって……たぶん”縮地法”だよ」
「知ってるのかシャオラン?」
「一応……師匠からちょっと聞きかじった程度だけど……」
そう言って、シャオランは”縮地法”について説明し始める。
縮地法。
古くは『土地自体を縮めることで距離を接近させる仙術である』とされているが、日本の古武術などにも同名の歩法が伝えられている。
体幹と膝の動きを利用した移動法で、身体を前に倒すようにして、前足を滑らせるように前進させる。そうすることで、倒れる勢いと踏み込みの勢いが合わさった移動を繰り出せるのだ。
言ってしまえば、縮地法とは『前に向かって落ちている』ような移動法。あるいは、下り坂を全力疾走で駆け降りるような。
最近のゲームや漫画でも取り上げられ、たびたび瞬間移動のような描写をされることが多いが、それは誇張表現であり、本来はそこまでのスピードは出ない。
だが、ズィークフリドの超重量ならば、『前に向かって落ちる』勢いも相当なものになる。そこへ彼の規格外の脚力が合わさることで、この超常現象を引き起こしているのだと思われる。
「り……理屈は分かったが、可能なのか、そんなことが……」
またもげんなりとした表情で呟く倉間に、狭山が言葉を返す。
「実際にズィークフリドくんがやっている以上、認めるしかありません。……ただ恐らくは、この瞬間移動は至近距離でしか繰り出せないはずです。遠距離への移動は、恐らく同じ姿勢を用いた、普通のダッシュになるでしょう。それでも相当な速度が出るのが予想されますが」
「遠く離れた場所から、いきなり目の前に現れることはないってワケか」
「……あ、映像の中のクラマが、ズィークに抱え投げを繰り出そうとした」
「……そして、失敗したな」
「今思えば、無茶やってたなぁ。そりゃ相手は165キロの筋肉の塊だったんだぜ。無理だって」
ズィークフリドの戦闘解析もほどほどに、日影たちはこれからのホログラート基地攻略作戦について話し合うことにした。狭山と倉間が中心となり、話し合いを進める。
「第二撃は今夜中に仕掛ける。そして、次で勝負を決めるつもりです」
「具体的に、作戦はどうするんだ?」
「ガイド役の倉間さんは倒れ、当初の予定通り潜入ミッションを行なうことはほぼ不可能になった。そこで、電撃作戦に切り替えます」
「投入できる兵力を一気に投入し、短期決着を目指すってワケか。だがそうなると、向こうは当然、人質を使ってくるぞ」
「でしょうね。そこで日影くんたちの出番です。彼ら三人には少人数での切り込みを担当してもらいます。ロシア軍が表で派手に暴れている間に基地に突入し、速やかに人質を解放してもらう」
「……いけるのか? 向こうには少なくとも二体の『星の牙』と、あのズィークフリドまでいやがるんだぞ。守りは見た目以上の堅さだと思うが」
「そこは少々賭けになりますね。『星の牙』相手ならば、三人は引けを取らないでしょう。彼らもすでに、常人の尺度では測れない超人たちです。……ですが、ズィークフリドくんを相手にするのは、やはり危険すぎる。自分たちが基地の間取りと敵の動きを予測し、ズィークフリドくんに見つからないルートを三人に提案できるかにかかっています」
「不安定だなぁ……だいぶ穴がある作戦に見えるぞ?」
「穴があるのは向こうも同じです。慣れない基地に、電波が使えない環境。統率が取れているかも怪しい、荒くれ者揃いのテロリストたち。警備体制にはかなりの穴があるはず。その穴を、対応される前に一気にぶち抜ければ、こっちのものです」
「勝機は全くのゼロではないってワケか」
「そういうことです。不安定なのは否定できませんが、こちらに分のある賭けかと。どの道、追い込まれているのはこちら側です。賭けの一つや二つ、飲み込むしかないでしょう」
「……仕方ねぇか。それで、どこから軍を突入させるんだ?」
「そうですね……テロリストたちは、一度狙われた裏口にも満遍なく警備を固めてくるでしょう。満遍なく、ということは一点突破の集中攻撃には弱いということ。加えてこちらは短期決戦を狙いたい場面。そうなると、大規模な軍勢を一気に、そして広く展開できる場所から仕掛けたい」
「つまりお前、まさか正面から仕掛けるつもりか?」
「戦車や攻撃ヘリで派手にぶちかまして、そのどさくさに紛れて速攻で日影くんたちを基地内に送り込む。向こうの陣営には体勢を立て直す暇さえ与えない。上手く決まれば、一気にカタを付けることができるはずです」
「まぁ、上手く決まればな。向こうも手は打ってくると思うが……」
「もちろん、日影くんたちだけを頼りにはしませんとも。ロシア軍の精鋭でいくつかのグループを作り、強襲部隊を結成します」
「そのうちのどれかのチームが、少なくとも人質の解放まで持っていければ、勝機は一気にこちらに傾く、か。選択肢も限られている以上、確かにそれが一番ベストかもな。作戦開始は何時にするんだ?」
「結構遅い時間になってしまうでしょうね……。部隊の編成は大規模なものになるし、日影くんたちとも色々と打ち合わせをしなければならない。さらにテロリスト陣営の消耗具合と、ミサイル発射セキュリティの突破進行度の予測から考えて……今夜の23時あたりがベストですかね」
「つまり、作戦開始まで残り8時間か。長いと見るべきか、短いと見るべきか……」
「短いですよ。本来なら丸一日かけてゆっくり準備しておきたいですからね。しかし、そんなことを言っている余裕も無い」
「そうだな。それじゃ、あとの詳細な部分については任せていいか?」
「ええ、お任せください。得意分野ですので。倉間さんはどうぞ安静にしていてください」
「へいへい。怪我人はせいぜいベッドの上で楽させてもらいますよっと」
……と、こんな調子で、大人二人がバッチリ作戦をまとめあげてしまった。日影たち三人は、出る幕が無い。
「……なんつーか、これがプロってヤツか」
「お褒めいただき光栄だね。……あとは、向こうで捕まっている日向くんが、どれだけ暴れてくれるかにも期待したいところだね」
「日向の野郎に? アイツが向こうで何かできるとは思えねぇけどなぁ」
「いやいや、自分は結構期待してるんだよ?」
そう言って、狭山が人当たりの良い笑みを浮かべる。
事態は窮地であるが、彼は余裕を崩さない。
(この野郎は本当に、なんというかなぁ……)
そんな彼を見て、日影は複雑な思いを感じた。
頼もしいのは間違いないが、同時に警戒心も抱いてしまうような。
敵に回したくない、という表現が一番近いかもしれない。
彼を敵に回すなど、きっと有り得ないとは思うが。
「日向くんには、彼なりの戦い方を教え込んだ。頭脳をフルに使う戦い方をね。手足を拘束し、牢屋に閉じ込めたくらいじゃ、彼を無力化したとは言えない。そんな状態でも頭は使えるのだから。日向くんを無力化したいなら、それこそ鉄の箱にでも閉じ込めておくくらいじゃないとね」