第365話 圧倒的実力差
「でぇぇぇい!!」
「キシャアアアアッ!!」
こちらは日向とコールドサイスの戦闘シーン。
シャオランに情報伝達の役を任せ、引き続きコールドサイスと一対一で戦っていた日向だが、やはり形勢不利なのは日向の方だ。繰り出す攻撃をことごとく避けられ、反撃を差し込まれている。
オマケに、日向の『太陽の牙』は現在イグニッション状態なのだが、そろそろ制限時間が近づいてきている。そうなれば剣はマモノへの特効効果を失い、パワーバランスが一気に崩れてしまう。
「時間が無い! ”紅炎奔流”でも”紅炎一薙”でも、どっちでもいいからコールドサイスに当てないと!」
一撃重視の”紅炎奔流”を撃つか。
それとも命中重視の”紅炎一薙”を撃つか。
「『太陽の牙』……!」
日向が剣を構える。
持ち上げるように大きく振りかぶって。
”紅炎奔流”の構えだ。
「……”紅炎奔流”ッ!!」
そして日向が、剣を縦に振り下ろした。
それを見て、コールドサイスも左に跳ぶ。
「キシャアッ!」
「……なんちゃって!」
「キシャッ!?」
振り下ろされた日向の剣から、炎は飛んでこなかった。
日向は剣を振り下ろした勢いで、今度は身体ごと剣を横に一薙ぎ。
「『太陽の牙』……”紅炎一薙”ッ!!」
薙ぎ払った日向の剣から、横一文字の炎の波が放たれた。
最初の振り下ろしは、フェイントだ。
てっきり”紅炎奔流”を撃ってくるとばかり思っていたコールドサイスは、左に大きく跳んでしまった。これでは日向の炎を回避するのが間に合わない。
「よっしゃ、当たっ……」
「キシャアッ!!」
……だがコールドサイスは、サイドステップ中に鎌を地面に叩きつけ、その勢いで自身の身体を上に打ち上げた。炎を完全に回避することはできなかったようで、脚に少しかすったが、それでも直撃は免れてしまった。
「し、しまった、やられた……!」
コールドサイスの下を通過して、炎の波が雪原を焼く。
炎の黒煙と、雪が解けた白煙が、膨大な量で入り混じる。
そしてコールドサイスが、日向の目の前に着地した。
「キシャアアアアアッ!!」
「や、やば……」
「させないよっ!」
「キシャッ!?」
直後、日向の背後から炎の塊が飛んできた。
コールドサイスは慌てて左に跳ぶが、左半身にかすったようだ。
そして、日向の元に北園がやって来た。
「日向くん、大丈夫!?」
「き、北園さん、助かった! よし、ここからは北園さんを軸にして……」
「……キシャアアアッ」
コールドサイスは一声鳴くと、日向たちに背を向けて逃げ出してしまった。
彼女もヘルホーネット・クイーンと同じく、旗色が悪くなったら逃げるようにオリガに命令されている。
「あ、コールドサイスのヤツ、また逃げやがった!」
「オリガさんがそう命令しているらしいよ。不利になったら逃げるようにって」
「な、なるほど……あれ? それってつまり、やっぱりコールドサイスもオリガさんが操ってるの?」
「あ、うん! それも伝えに来たんだけど、それより大変なんだよ日向くん! シャオランくんが……!」
日向は北園から、現在の戦況を聞いた。
シャオランがオリガに操られてしまったこと。
オリガはやはり、一度に複数の相手を操ることができること。
一方で、倉間がズィークフリドを引きつけてくれていることを。
「つ、遂にエージェント二人が動き出したのか……!」
「どうしよう、日向くん? 私たちは、どっちを手伝えばいいかな?」
「うーん……オリガさんやシャオランはもちろん手強いけど、それでも日影や本堂さんも強い。あの二人よりも、一番手強いズィークさんを相手している倉間さんが心配だ。強いとはいえ、ノーマルな人間だし」
「じゃあ私たちは、倉間さんを援護するんだね!」
「それでいこう。んで、倉間さんはどこに……」
日向は、倉間の姿を探す。
すると、日向たちがいる場所から100メートル近く離れた場所、雪が降り積もった雑木林の手前で、倉間とズィークフリドらしき人影を見つけた。日向はこれでもかなり視力が良く、これくらいの距離ならハッキリと物が見える。
どうやら倉間は、木にもたれかかって倒れているようだ。そしてその倉間を、ズィークフリドがジッと見下ろしている。明らかに倉間が劣勢だ。
「あれは……倉間さんがピンチだ!」
「い、急いで行ってあげよう、日向くん!」
「……けどズィークさんは、俺たち五人が集まって挑んでも、勝てないって言われた相手だ。たった二人でどこまでやれたものか……」
「でも、このままじゃ倉間さんが……!」
「し、仕方ないか……。行こう、北園さん!」
「りょーかい!」
日向と北園は、倉間を助けるために雪原を駆ける。
雪に足が取られて、随分と走りにくい。
急がねば、倉間がトドメを刺されてしまう。
「くそ、間に合え……!」
走りながら、祈るように呟く日向。
……だが、視線の先のズィークフリドは、一向に倉間にトドメを刺そうとしない。それどころか、日向たちの接近に気付いたようで、倉間を放って日向たちに向かって歩いてきた。
「な、なんでトドメを刺さないんだ? けど、それならそれで都合が良い……!」
結果はどうあれ、これで倉間を助けることができた。
日向たちとズィークフリド、互いの間合いが30メートルほどになったところで、足を止める。
「ズィークさん……!」
「…………。」
日向はズィークフリドに呼びかけてみるが、ズィークフリドは全く反応をよこさない。返事はもちろん、頷くことも、視線を変えることさえも。
ズィークフリドが攻めてこない間に、日向は北園に指示を飛ばす。
「……北園さんは、後方から援護を。俺が前に出てズィークさんを足止めする」
「日向くんはさっき”紅炎一薙”を撃ったばかりだから、『太陽の牙』は熱を失ってるんでしょ? 大丈夫?」
「ズィークさんはマモノじゃない。『太陽の牙』に炎を灯すことはできないけど、マモノへの特効は無くても影響は無いはずだ。普通の剣として使う分には問題ないよ」
「あ、そっか」
「それより、北園さんはできる限りズィークさんから距離を取って。近づかれたら、一瞬でやられる」
「りょーかい……!」
北園に声をかけ終わると、日向はズィークフリドに向かって歩き出す。
戦闘開始だ。
「……どうも、ズィークさん。お久しぶりですね」
「…………。」
「オリガさんに操られているとはいえ、今は敵同士なのが残念ですよ。少しは手加減してくれるとありがたいんですけど……」
「…………。」
「……望むべくもないですよね。それじゃあ、こっちも手加減なしでやらせてもらいますよ。ズィークさんには悪いですけど、こっちも必死ですので」
そう言って日向は、右手に持っていた『太陽の牙』を真上に向かって放り投げた。
「この剣は太陽の写し身……」
『太陽の牙』が、クルクルと回転しながら宙を舞う。
ズィークフリドの視線も、投げられた『太陽の牙』を追う。
(……と……油断させといて……ばかめ……死ね!)
ズィークフリドが空中の剣を注視しているその下で、日向はホルスターからハンドガンを抜いた。投げた剣は囮である。そして、やたらと汚い口調だが、これはお馴染みのゲームネタである。
(肩でも脚でもどこでもいい! とにかく当てて足止めする!)
ズィークフリドほどの強敵を相手に、もはやためらっている余裕は無い。日向はなんの迷いもなくズィークフリドに向かって引き金を引いた。
「ッ!!」
……だがズィークフリドはこれに素早く反応。
素早く身を屈めて日向の弾丸を避けた。
「くそっ、まだまだ!」
近づかれる前に、せめて一発でも当てられれば。
そう思い、日向は銃を連射する。
「……ッ!!」
ズィークフリドは日向に向かって走り出す。
極端な前傾姿勢で、上半身が地面につきそうだ。
だがその走行速度は、矢のように速い。
日向が放った弾丸は、走りながらサイドステップで避ける。
その跳躍もまたスマートな肉食獣のように迅速で、鋭いものだった。
そしてあっという間に日向に肉薄。
日向が投げた『太陽の牙』は、まだ落下してきてさえいない。
「ま、マズい……!」
「……!」
日向は慌てて目の前のズィークフリドに銃を突きつける。
ズィークフリドは、銃を握る日向の右手首を右手で押さえる。
そして伸び切った日向の右腕の関節部分を、左の掌底で突き上げた。
「うぐぁぁっ!?」
ズィークフリドの掌底を喰らい、日向の右腕があらぬ方向へと押し上げられる。たった一撃で日向の腕は破壊され、激痛のあまり、握っていた銃を取り落とした。
その取り落としてしまった銃を、ズィークフリドが地面に落ちる前にキャッチ。そして銃口を日向の腹部に向けて、容赦なく引き金を引いた。
「ぐっ……!?」
日向の腹部から、血が滴り落ちる。
口からも血を吐き出し、うずくまるように雪原に倒れた。
純白の雪が鮮血に染まる。
「ひ、日向くん!?」
日向のすぐ後ろで、北園が悲鳴を上げた。
その北園に、ゆっくりと視線を向けるズィークフリド。
感情が籠っていない金の瞳が、北園を射抜く。
「ぼ……電撃能力っ!」
北園の両手から、稲妻のビームが発射された。
発火能力の火球や、凍結能力の氷弾では、銃弾さえ避けたズィークフリドには簡単に見切られてしまう。そう思って、弾速が最も早い電撃を撃ち出した。
しかしズィークフリドは、前に倒れるように上体を屈めて、この稲妻のビームさえも回避してしまった。そしてそのまま、北園に向かって一歩、足を踏み出す。
瞬間。
北園の目の前にズィークフリドが立っていた。
「え……え!?」
突然ズィークフリドが目の前に現れ、戸惑う北園。
日向からは『ズィークフリドが接近してきたら距離を取るように』と言われていたが、とてもそれどころではなかった。そんな暇さえ無かった。
「ッ!」
「あうっ」
ズィークフリドは親指を立てて、北園のこめかみを一突き。
その一撃で北園は意識を失い、昏倒してしまった。
雪原に倒れる北園。
それを見下ろすズィークフリド。
そのズィークフリドの背後で、日向が立ちあがった。
「ぐ……北園さん……!」
「…………。」
右手で剣を杖にして、銃弾を撃ち込まれた腹を左手で押さえながらも、日向は立ち上がる。腹部の傷はまだ完全に治りきっておらず、炎が噴き出しているが、倒れている場合ではない。
北園を守るため、日向はズィークフリドに斬りかかる。
「はぁぁっ!!」
「ッ!!」
「がふっ!?」
……だが、日向の刃が届くより早く、ズィークフリドが目にも止まらぬ速度で貫手を繰り出し、日向の喉仏を突き砕いた。呼吸が止まり、日向の膝がガクリと崩れ落ちる。
「ッ!!」
「うぐぁっ!?」
ズィークフリドが更に追撃を仕掛けてきた。
左の拳を日向のみぞおちに叩き込み。
右肘を振り抜いて胸板を殴打。
さらに左肘を振り上げて日向の顎を撃ち抜く。
トドメに右足でソバットを繰り出し、日向を蹴っ飛ばした。
そのどれもが恐ろしく速く、そして重かった。
「は……ぐぅ……」
日向はもはや虫の息。
それでも”再生の炎”が彼の死を許さない。
少し待つと、日向は吐血しながらも再び立ち上がった。
「はぁ……はぁ……まだまだ……!」
「…………。」
鬼気迫る表情でズィークフリドを睨む日向。
一方のズィークフリドは、日向を一瞥すると、倒れていた北園に歩み寄り、彼女の身体を起こす。そして、これ見よがしに自身の人差し指と中指を、北園の喉元へと突きつけた。
「あ……」
「…………。」
それを見て、日向の動きが止まる。
ズィークフリドの指は、人体を易々と貫通してしまう破壊力を持っている。そんな彼の指が北園の喉元に突きつけられたということは、それはもはやナイフを突きつけられているのと全くの同義。
(この状況、どうすれば……)
北園を人質に取られながらも、日向は考える。
考えて、考えて、考え抜いて。
そして出した結論は……。
「……降参です。
大人しくしますんで、北園さんには危害を加えないでください……」
そう言って、日向は『太陽の牙』を足元の雪原へと放棄した。
接近戦では絶対にズィークフリドに勝てない。
銃も奪われた。
”紅炎奔流”も撃てない。
成す術が無い。
そもそも、ズィークフリドを相手に一瞬でも怪しい動きを見せれば、彼は即座に北園の命を奪うだろう。彼の反射神経を超えて北園を救出する手段を、日向は持ち合わせていない。
「…………。」
日向の答えを聞いて、ズィークフリドは一つ、静かに頷いた。