第362話 八極拳VSコマンドサンボ
「オリガは、一度に複数の相手を操ることができるかもしれない……このことを、急いで他のみんなに伝えないと!」
シャオランは日向に頼まれて、この情報を他の仲間たちに伝えるために雪原を走る。
シャオランが援護に向かっていた日向は、逃げるコールドサイスを追いながら戦っていたため、皆とは少し離れて孤立してしまっていた。そのため、他の皆のところに向かおうとするシャオランも、それなりに走らなければならない。加えて、ここはコールドサイスの電波妨害が働いているため、通信機も使えない。
「まったくもう、さっきからあっちに走ったりこっちに走ったり……!」
「じゃあ、ここでそろそろ止まっちゃいなさいな」
「ッ!?」
幼くも、どこか大人びた少女の声が聞こえた。
それと同時に、発砲音が二回鳴り響く。
シャオランは、考えるより早く両腕でガードの体勢を取る。
シャオランの頑強な腕と、”地の気質”。そして防弾繊維で編まれた道着が、放たれた銃弾を弾き返してくれた。
「あ、危なぁぁぁ!? ボクの頭に風穴を開けようとした奴は誰だー!!」
「私だけど?」
「あ……オリガ……!」
シャオランの前に現れたのは、オリガだ。
愛用の白いグリップのトカレフを、指でクルクルと回している。
「ねぇシャオラン。そんなに急いでどこに行くの? ちょっと私と遊びましょ?」
声をかけながら、オリガが近づいてくる。
彼女の金色の瞳が、妖しく光る。
彼女の眼を見たら、洗脳されるかもしれない。
シャオランは咄嗟に、オリガの瞳から視線を逸らす。
「め……目を合わせちゃダメだ……」
「……なんで、私から目を逸らすの?」
「そ……それは……」
「……さてはあなた、私の眼の秘密に気付いたわね……!」
「ば、バレたぁぁぁ!?」
「そうと分かれば、生かしておけない。始末するわ!」
オリガが、シャオランに向かって猛スピードでダッシュしてきた。
シャオランもオリガを迎え撃つべく、構える。
身に纏う気質は”地の気質”だ。
「ここで背中を見せたら、後ろから撃たれる……! なら、逃げるワケにはいかない。ボクがやるしかない……! 覚悟完了、よし行くぞ……!」
シャオランもオリガに向かってダッシュする。
そして互いの間合いがゼロになった瞬間、シャオランが右肘を振り上げた。
「せやぁッ!!」
「甘いっ!」
「うっ!?」
オリガは、シャオランの肘の下を潜るようにスライディングを仕掛けてきた。
足を払われ、シャオランが雪原の上に顔から倒れる。
「い……痛ったぁ……」
「馬鹿ね、いつまで寝てるの!」
「あっ!?」
うつ伏せに倒れているシャオランの左足を、オリガが掴んだ。
そのままシャオランの左足の下に身体を潜り込ませ、身体全体で巻き付く。
腕でシャオランの足首を、脚でシャオランの膝と太ももを固定。
そしてシャオランの膝を、可動域とは逆方向に曲げ始めた。
「うああああああッ!?」
「取ったわ。このまま脚を壊してあげる……!」
オリガがシャオランに関節技を仕掛けてきた。
尋常ではないパワーだ。『地の練気法』を使っているシャオランにも効いている。
「さ……させるかぁぁぁ……!!」
「く……!」
だが、なんとかシャオランが上回ったか。
シャオランはオリガの関節技を振りほどき、脱出した。
オリガの極め方が少し浅かったのもあるか。
「あ……危なかった……」
脚の容態を確認しながら、シャオランが立ち上がる。
少し痛むが、骨に異常は無いようだ。
シャオランが顔を上げれば、再びオリガが接近してきている。
シャオランの顔を真っ直ぐ見て、金の瞳を妖しく光らせながら。
「う……っ!?」
シャオランの意識が、少し遠のいた。
シャオランは慌てて、オリガから視線を外す。
「み、見ちゃダメだ……!」
「ほら、どこを見てるの!」
「ぐぁ!?」
視線を外したシャオランの隙を突いて、オリガがシャオランの頬に跳び膝蹴りを突き刺した。シャオランは雪原に背中から倒れ込む。
「うぅ……!」
後転して受け身を取り、すぐに立ち上がるシャオラン。
しかし、オリガがすぐさまシャオランとの距離を縮める。
そして立ち上がろうとするシャオランの右腕を取り、彼の右肩を両腕でしっかりと固定。そのままあらぬ方向へ締め上げる。
「あぐっ!?」
肩に嫌な痛みが走ったシャオラン。
すぐさま渾身の力を発揮し、オリガの腕を振りほどく。
「ふんっ!!」
「痛っつ!?」
だが、シャオランがオリガの腕を振りほどいて逃げた瞬間、オリガがシャオランの顔面にハイキックを叩き込んできた。シャオランはたまらず、再び雪原に背中から倒れる。
仰向けに倒れたシャオランは、上体を起こしながらオリガを見る。
オリガは、実に余裕そうな表情でシャオランを見下ろしていた。
「そ……その打撃を織り交ぜながらも関節技を重視した戦い方。
そして、恐ろしいまでの引っ張るパワー……。
あなたの戦闘スタイルは、コマンドサンボだな……!」
ソビエト連邦時代に生まれたロシアの格闘技、サンボ。
いわゆる柔術の一種で、関節技を主力とする。
彼女の場合は、そこに打撃も織り交ぜる、軍隊格闘術として発展したサンボである。
「正解よ、シャオラン。関節技で重視されるのは、引っ張る力。だから私は、それを重点的に鍛えられている。自動車を鎖でつないで引っ張り、急な坂道を上ったりしたわよ。やりたくもなかったのにね」
そう言い終わると、オリガが身を翻して裏拳を放ってきた。
「はっ!!」
「させるかっ! せやッ!!」
しかしシャオランはその裏拳をガードして、逆にオリガに肘を叩き込んだ。
オリガは吹っ飛ばされるが、どうにか踏ん張った。
「くっ……」
「逃がさない! せりゃあッ!!」
シャオランが鉄山靠で追い打ちを仕掛ける。
背中から強烈な体当たりをぶちかました。
オリガは両腕でガードするが、ガードごと吹っ飛ばされた。
「調子に乗らないでよ……!」
オリガの言葉に怒気が混じる。
シャオランに接近すると、打撃の連続技を繰り出してきた。
ワンツーパンチからのローキック。
腹部に突き刺すようなソバット。
距離が開くと、走り寄りながら右のフックを叩きつける。
「くぅ……!」
そのどれもが相当な破壊力だ。シャオランは『地の練気法』で防御を固めているため耐えきれているが、彼でなかったらガードの上から叩きのめされていた可能性もある。
オリガが右足を振り下ろし、シャオランの肩にかかと落としを食らわせる。
そしてシャオランの肩に足を乗せると、今度は左足を絡ませるべく飛びかかる。この状態から関節技を仕掛けるつもりだ。
「危ないっ!?」
しかしシャオランはすぐさま身を屈め、オリガの左足を回避。
地面に落下したオリガの脚を掴むと……。
「せいやぁッ!!」
「うぐっ!?」
そのまま背負い投げの要領で、オリガを地面に叩きつけた。
本来なら勝負が決してもおかしくない一撃だったが、あいにく現在の地面には柔らかい雪が積もっている。オリガのダメージは軽減され、彼女はシャオランから距離を取った。
「ちっ、やるじゃない」
「ど、どうだ! 単純な打撃戦とパワーなら、ボクに分がある!」
「そうみたいね。それじゃ、あなたに敬意を表して、手段を選ばずにやらせてもらうわ」
そう言うと、オリガは右手を挙げた。
その瞬間、周囲からヘルホーネットの群れが集まってくる。
「さぁ……行きなさい!」
「ブーン!」
オリガの命令を受けたヘルホーネットの群れは、一斉にシャオランに襲い掛かった。
「わ、わぁぁぁぁ!? マモノを使うのは卑怯だぞぉぉぉ!?」
シャオランは、ヘルホーネットの群れを追い払おうと、がむしゃらに腕を振り回す。
だが、それで叩き落とせるヘルホーネットの数はたかが知れている。
あっという間に残りのヘルホーネットが、シャオランにまとわりついてきた。
「ち、地の練気法……ッ!!」
シャオランは『地の練気法』をフルパワーで発揮し、防御を固める。身体を限界まで硬化し、ヘルホーネットの毒針を血管まで通さないようにするためだ。その代わり、呼吸に集中するため足が止まってしまった。
「こ、これでどうにか凌ぐしかない……!」
「隙ありよっ!」
「うわぁ!?」
ヘルホーネットにまとわりつかれているシャオランに、今度はオリガが飛びかかってきた。シャオランの身体に正面から組み付き、その凶悪なまでの引っ張るパワーで、彼を自分ごと引き倒す。
オリガに組み付かれ、ヘルホーネットにまとわりつかれ。
シャオランは、完全に身動きが取れなくなってしまった。
オリガは身体全体でシャオランを締め上げながら、声をかけてくる。
「ほら、目を開けちゃいなさいな。楽になるわよ?」
「い、イヤだ……! ボクはもう操られたりなんか……!」
「あらあなた、前にも誰かに操られたことがあるの? それで操られることにトラウマがあるワケ? 面白いじゃない。あなたは意地でもオトしてあげる……!」
するとオリガは、今度はシャオランを地面に倒し、自身がその上に乗る。
オリガがシャオランの上に馬乗りになった形だ。
そして、空いた両手で無理やりシャオランの閉じた瞳をこじ開ける。
「ほーら、もう少し……!」
「い、イヤだぁ……!」
……だが、シャオランの健闘虚しく。
とうとうシャオランの瞳が開かれ、オリガの金色の瞳と目が合った。
「あ……あ……!?」
「ふふ。ようやく見てくれたわね。私の眼を」
「だ、ダメだ、意識が、遠のく……」
抵抗を続けていたシャオランの身体から、力が抜けた。
まとわりついていたヘルホーネットたちも、シャオランから離れていく。
そして、シャオランが再び立ち上がった。
その眼には、光が宿っていない。
意思の無い操り人形の瞳だ。
「ふふ。良い目になったわね、シャオラン?」
「…………。」
「それじゃあ、残りのお仲間さんたちを片付けるわよ。手伝ってちょうだい」
「…………!」
シャオランは、オリガの言葉に頷いた。
そして彼女の後を追って、歩き始めた。