第356話 訓練漬けの三週間
日向たち『予知夢の五人』が対人訓練を始めてから、はや三週間。
世間は九月に突入し、学校も始まった。その間にも日向たちはよく学び、よく遊び、時には近辺に出現した『星の牙』を討伐し、時には対人訓練に精を出した。
対人訓練と言えば、問題となっていたのは対戦相手不足だった。そこで日向たちはこれまでの人脈を辿って、対人訓練に付き合ってくれそうな人間を招致し、模擬戦を行った。
例えば、日本のマモノ討伐チームで『予知夢の五人』に次ぐエースチームである雨宮班を招いたことがあった。特に隊長の雨宮は、狙撃手でありながら軍隊格闘、日本拳法にも精通している武のオールラウンダーである。
雨宮と親交が深い日影は、特に彼との模擬戦を楽しんでいた。
「へへ……さすがに強ぇな、雨宮」
「そっちこそ、その若さでその強さとは恐れ入る。将来が末恐ろしいよ」
「今のマモノ討伐チームで一番格闘戦に強いのはアンタなのか?」
「どうだろう……直接競い合ったことはないからな……。ただ、松葉さんは少なくとも、自分の三倍は強かった」
「へぇ、そりゃすげぇな。……今はもう挑戦できないのが、惜しいぜ」
「そうだな……。すまない、湿っぽくしてしまった」
「気にすんな。それより、もう一戦付き合ってくれよ。次は負けねぇ」
「良いだろう、かかってこい!」
また、シャオランのライバルにして、今や恋人であるリンファも呼んだことがある。八卦掌の使い手であり、普段からシャオランと練習試合を行なっている彼女は、ともすればシャオランと互角以上のテクニックの持ち主だった。日向や北園は、ボロクソに翻弄されていた。
「な……なんだその動き……意味わかんねぇ……。こっちの周りをグルグル回って、全方位から殴りかかってくるなんて……」
「八卦掌で重要なのは足さばきよ。動いて動いて動き回って、相手をかく乱する。足を止めることは決してない。腕の連打ばかりに気を取られ過ぎたわね、日向」
「くそぅ……けど、丁度良いや。素早い相手との戦いは、こっちも課題にしていたんだ。今日はとことん付き合ってもらうよ、リンファさん……!」
「へぇ、良い心がけじゃない。上等よ。ヘトヘトになるまで付き合ってあげる!」
また、日向は高校にて独自に、クラスメイトにして友人の田中に、剣道の練習試合を申し込んだこともある。三年生が引退し、十字高校の剣道部のキャプテンとなった彼は、剣対剣の相手としては申し分ない。
「お前とこうやって剣道で勝負するなんて久しぶりだなぁ日向……!」
「本当にな……! しかし相変わらずなんつー馬鹿力だ……!」
「そっちこそ、中学の時とは比べ物にならない強さじゃねーか……! 俺と鍔迫り合いでマトモに張り合える奴なんて、ウチの二年生にはいねぇぞ……!」
「鍛えてるからな、これでも一応……!」
「へっ、北園さんが見てるから張り切ってるだけなんじゃねーの……?」
「そ、そんなことあるか! 平常運転だっつーの……!」
「二人ともー、頑張ってー」
「田中くんも頑張るですよー」
「おうよカナリア! 俺の活躍をしっかり動画に収めといてくれよ……!」
結果として負けたのは日向であったが、それでも田中を大いに苦戦させた。
噂によると、田中は既に一流スポーツ大学から目をつけられているほどの逸材らしく、そんな彼を手こずらせた日向は、他の剣道部員から畏敬の眼差しを向けられた。
「はぁ、疲れたぜ……。お前もいっそ、ウチの部活に入ってくれればいいんだけどなぁ。俺たちなら全国狙えるぜ?」
「さすがに買いかぶり過ぎだって。それに今はマモノの討伐で忙しいし」
「そうなんだよなぁ……。来年の夏の大会までには片付きそう?」
「まぁ、全てが上手くいけば、たぶん……」
「そんじゃその時、マモノの件が無事に片付いた時は、ウチに助っ人で参加することも考えてくれよ」
「うええ、俺が……? い、一応考えとくよ……」
「おっしゃ、約束だぜ!」
(……けど、マモノ災害が片付いても、日影に負けたら俺は……。
アイツが勝ったら、田中を手伝うよう言ってみようか……)
そしてつい最近では、中国からシャオランの師匠である魅音を招いて、模擬戦を行なったこともあった。詠春拳の使い手にして、弟子のシャオランをして『怪物』と言わせしめる彼女は、日向たち五人が束になっても敵わなかった。
「うふふ~、みんなまだまだ未熟ね~」
「つ、強すぎる……。五人がかりで一発も当てられないとか……」
「もう師匠がマモノ倒せばいいんじゃないかなぁ……」
「雨宮や的井が可愛く見える強さだぜ……。世の中にはまだ、こんな化け物がいるのかよ……」
「私の超能力……悲しくなるくらい当たらなかった……」
「でも、北園ちゃんも頑張ったわよ~。ご褒美にハグしてあげる~。ぎゅ~っ」
「むぎゅうううううう……!? む、む~……」
「や、やべぇ!? 北園の顔がミオンの胸に埋められて、窒息しかけてんぞ! ミオンの胸がデカすぎるから!」
「もうやめてミオンさん! 北園さんのライフはとっくにゼロよ!」
「ミオンさん、次は俺。俺にもお願いします」
「本堂さんは引っ込んでて!」
……と、このようにあの手この手を使って、日向たちは対人戦闘の経験を順当に積んでいた。
今日は九月後半の連休、いわゆるシルバーウイークの序盤に当たる土曜日である。現在はマモノ対策室十字市支部の庭にて、いつぞやのように本堂と的井が模擬戦を繰り広げていた。
「せい、はっ!」
本堂がナイフの二連突きを繰り出す。
その速度は、ただでさえ速かった三週間前よりさらに速い。
「おっとと……!」
的井は腕を使って、本堂の突きを巧みに逸らす。
しかし本堂がナイフを引っ込めるのが速すぎて、腕を取って関節を極めるまでには至らなかった。
「その調子よ! 素手の相手との対決では、常にナイフを持つ手を取られないように意識すること!」
「分かっていますとも。……そらっ!」
本堂が再び、ナイフでの刺突を放つ。
上下左右に刺突を打ち分け、攻撃の軌道を読ませない。
「く……さすが、理解が早いわね……!」
システマの達人と称される的井も、この攻撃には焦らされた。
今の本堂はもはや、異能を抜きにしても、的井が慢心して勝てる相手ではなくなった。
「失礼……せいやッ!」
「うっ!?」
そして、本堂の渾身の回し蹴りが、的井の腹に叩きつけられた。
的井は後ろに吹っ飛び、しかし後転して受け身を取って、即座に立ち上がった。
「はー……ふー……やるじゃない、本堂くん」
「この三週間、あなたにみっちり鍛えられたおかげです」
「そうね。私にとって、あなたが一番多く戦闘のイロハを叩き込んだ教え子よ。……はー、ふー……」
「……ところで、さっきから随分と特徴的な呼吸をしていますね。的井さんが自分の打撃を受けた時、毎回その呼吸をしていますが、それも何かの技なのでしょうか。はー、ふー」
「ええ。これはシステマの『呼吸法』の一つ。呼吸によって身体の痛みをコントロールしているの。さっき本堂くんから受けた蹴りも、今は何も感じないわ。これはあくまで推測だけど、この技術を突き詰めると、シャオランくんが使う『練気法』に辿り着くと思うのよね。同じ『呼吸を使う技』として」
「ふむ……痛覚のコントロールとは、なかなかに便利な技術だ。それも教えてもらっても?」
「構わないけど、これは相当難しいわよ。私もここまで習得するのに二年はかかったわ」
「最低でも二年……マモノ災害が終わってしまう……」
「けど、何かの役には立つかもね。後で詳しいやり方を教えてあげるわ」
本堂と的井の模擬戦が終わると、今度は日影がシャオランを庭へ引きずろうとする。
「よっしゃ、順番が空いたぜ。ほら来いシャオラン。今日こそお前に黒星をつけてやる」
「い、イヤだぁ! 模擬戦怖いぃ!」
「安心しろって。北園もいるし、怪我したらすぐにアイツに治してもらえるだろ」
「頑張ってね、シャオランくん」
「で、でも日影ってさぁ! 模擬戦でも本気でこっちを殺しにかかるような剣幕で襲い掛かってくるんだもん! 普通に怖いよぉ!」
「そりゃあ模擬戦と言えど、真剣にやらねぇとトレーニングにならねぇからな。なんなら一度、俺のオーバードライヴとお前の練気法で、本気でぶつかってみてぇもんだ」
「ぜ、絶対イヤだ!! ひ、ヒューガ助けて! ボクの代わりにあの戦闘狂と戦ってお願い!」
「ごめんシャオラン。日影は、俺とは模擬戦したくないらしい」
「そういうこった。さぁ諦めて戦えシャオラン。そっちが来ねぇなら、こっちから行くぞぉ!」
「う、うわぁぁ当たって砕けろーっ!!」
こんな調子で、この日の戦闘訓練は終わった。
五人はこの連休で、マモノの討伐任務が舞い込んでこない限り、ガッツリと戦闘訓練を積んで対人戦の更なるレベルアップを図るつもりだった。
……そのはずだったのだが。
その日の夜、狭山のスマホに着信が入った。
相手は、日本のとある政府高官からであった。
「おや、この人から連絡とは珍しい。何の用かな?」
狭山は、気楽そうにスマホを取り、電話に出た。
その電話が、一大事を知らせる連絡とも知らずに。
「もしもし、狭山です。何の御用でしょうか?
……え? ロシアでマモノを使ったテロが……?」
電話の内容は『ロシアにてテロ組織がマモノを利用し、ミサイル基地を占拠した』というものだった。そしてそれは、オリガたちが絡んでいるあの一件であった。