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第350話 対人訓練 VS的井

「さぁ二人とも、かかってきなさい!」


 的井が、日向と本堂に声をかける。

 マモノ対策室十字市支部の、青い芝生が広がる庭にて、日向と本堂のコンビが的井と模擬戦をしている場面だ。的井はロシアの合気道、システマの達人であり、その実力は狭山のお墨付きである。


 日向は両手剣の模造刀を構えながら、的井の様子を窺う。

 システマの使い手である彼女は、全く構えを取らない。

 自然体のまま、リラックスした状態で突っ立っている。


「どうしようか……とりあえず、まずはシンプルに斬りかかってみようか。模擬戦だし、的井さんがどれほどの実力か見てみたいな」


 そう判断した日向は、正面から的井に攻撃を仕掛けた。

 大きく模造刀を振りかぶり、的井に振り下ろしにかかる。


「せぇい!」

「甘いわ」


 的井は、必要最小限の動きで身体を横にずらし、日向の縦斬りを避ける。その際に、振り下ろされる日向の腕に手を添えて、日向の振り下ろしに自身のパワーを加算させる。同時に日向の足を払い、彼を宙に浮かせた。


「おわぁぁ!?」


 結果、日向は踏ん張りが効かなくなり、自分の攻撃の勢いで一回転しながら、芝生の上に背中から落下した。日向は落下の衝撃で、肺から空気が全て吐き出る感覚に襲われた。


「どっふ!? うぇ……気持ち悪ぅ……」


「さて、次は本堂くんかしら?」


「む……」


 的井に視線を投げかけられ、本堂の無表情がほんの少し、警戒の色でにじんだ。


 先ほど日向を投げ飛ばした的井の動きは、実に鮮やかなものだった。狭山は的井を『達人』と評していたが、これ以上無く的を射ていると言っていい。


「あれほど実戦的な動きは、俺や日向には無い技術だ。さて、どうやって対抗したものか……どうすれば的井さんの胸に触れるか……」


「その独り言、聞こえてるんだけど?」


「隙ありっ」


 的井の意識が本堂へのツッコミに向いたほんの一瞬。

 そのほんの一瞬の隙を突いて、本堂は的井にゴムナイフの突きを繰り出した。

 

 ナイフによる攻撃と言えば、基本的に斬撃と刺突の二種類に分別される。その二つの内、とくに刺突は最小限の動きと構えで繰り出すことができ、極めて素早い攻撃を可能とする。ナイフの主力攻撃と言っても過言ではない。


 その刺突が、本堂の瞬発力で以て繰り出されれば、たとえ武術の達人であろうと油断ならない早業となる。数メートルほど離れていた的井との距離が、あっと言う間も無くゼロになった。


「はい残念」

「ぐ……!?」


 ……だが、的井も流石である。

 繰り出された本堂の刺突をしっかりと見切り、彼の腕を左脇で挟み込んだ。そして膝を折って身を屈め、挟み込んだ本堂の手首に圧をかける。


 このまま無理に抵抗したら、右腕の関節が破壊される。

 本堂はたまらず、的井に引っ張られるように体勢が崩れる。


「……ぬんっ!」

「よっ……と」


 本堂は、左手で二本目のナイフを取り出し、的井に反撃を仕掛けた。

 的井は本堂のナイフに当たる前に、彼から距離を取る。

 その際に、挟みこんでいた彼の右手から一本目のナイフを奪っておいた。


「はい没収」


「く……覚悟はしていたが、やはり強いな……。日向、お前は的井さんの背後に回れ。挟み撃ちを仕掛けるぞ」


「まぁ、的井さん本人も遠慮なしで、とは言っていたけど、女性相手に容赦ないなぁこの人は……」


 本堂が前から、日向が後ろから、的井を取り囲む。

 二人とも武器を構え、いつでも攻撃を仕掛ける体勢が整っている。

 的井は、本堂から奪ったナイフを一旦仕舞って、二人の一挙手一投足を注視する。


「……せやっ!」


 先に動いたのは、本堂だ。

 ナイフの刺突、振り下ろし、下からの突き上げを繰り出す。

 その一連の動作は、訓練を受けた軍人かと思うほどに流麗だ。


「まだまだっ」


 だが、的井はこれも避ける。少し後ろに下がりながら、またも無駄のない動きで本堂の攻撃をさばききる。


 その的井の後ろから、日向が攻撃を仕掛けようとしている。

 当然、的井はそれをも察知している。


「おっと手が滑った……!」


 的井に攻撃を仕掛けている本堂は、今度は空いている左手をそのまま突き出した。その狙いは、的井の胸だ。


「させないわっ」

「うおっ!?」


 的井は、その場でヒラリと回転するように本堂の手を受け流した。

 勢い余って、本堂は的井の脇を通り抜けてしまう。

 そして突き出した左手が着地したのは、的井の背後から攻撃を仕掛けようとしていた日向の胸板だった。


「いやん」


「……吐き気がする」


「人の胸を勝手に触っておいてその言い草は何ですか」


「男の胸など触りたくなかった」


「俺だってアンタに触られたくなかったですよーだ!」


「……ところで日向、今……いや、やっぱりいい」


「ほら二人とも、来ないならこっちから行くわよ?」


 そう言って、的井が歩み寄ってくる。

 この歩み寄りもまた、コンビニ帰りのような自然体だ。

 だが彼女はシステマの使い手。この状態からでも攻防共に全く隙のない動きを実現してみせる。


「くっ……これなら……!」


 本堂が、右足で逆回し蹴りを放った。

 遠心力が乗ったかかとは、そのままいけば的井のこめかみを綺麗に打ち抜いただろう。しかし……。


「よっと……!」

「く……!?」


 的井は、本堂の蹴りの威力を吸収するように、やんわりと受け止める。

 そのまま、本堂の膝の裏に圧を加えて、彼の膝をくの字に曲げて体勢を崩す。

 同時に本堂の足の向きを本堂の身体とは逆の方向に向かせ、強制的に彼の身体の向きそのものを百八十度回転させる。


 以上の動きによって、本堂は的井に背中を見せながら、両手両膝を地面についてしまった。己の意志とは無関係に動いてしまった自身の身体に、本堂は困惑するしかない。


「く、立ち上がらねば……!」


「はいっ」


「ぐっ!?」


 急いで立ち上がろうとした本堂の後頭部に、的井の平手が振り下ろされた。ズッシリと重い衝撃が本堂の頭部に叩きつけられ、そのまま本堂はうつ伏せに芝生の上に倒れた。


 そして的井は、本堂から奪ったナイフを取り出し、倒れている本堂の首の後ろに突き立てた。


「はい終わりっ」


「あ、スマン日向。俺死んだ」


「ほ、本堂さんがやられたぁ!?」


 残った日向は、ひどく狼狽うろたえている。

 先ほど自分を負かした本堂が、何の抵抗もできずに的井にやられた。もはや日向は、何の勝ち目も見いだせない。


「ふふ……」


 的井が日向に向かって、おもむろに拳を振りかぶる。

 肘を軽く曲げた状態での、脱力感溢れるパンチだ。

 ともすれば、これから彼女がパンチを放つとは思えないような予備動作。


「し、システマパンチだ……!?」


 だが、格闘ゲームなどで格闘技の知識を仕入れている日向は、的井が今から何を繰り出すのか即座に見抜いた。そもそも、狭山がこれを喰らっていたのを見たことがある。日向はすぐさま、模造刀の腹で防御を試みる。


「ふんっ!」

「おわぁぁぁ!?」


 叩きつけられた的井の拳は、とんでもない威力だった。

 剣の腹でガードしたにもかかわらず、日向は後ろに向かって大きくよろめき、さらに背中から転がってしまった。あんな拳、まともに身体に直撃させられたらどうなるか、想像すらしたくない。


「か、カルバリン砲か何かですかその威力は!?」


「誉め言葉として受け取っておくわねっ」


 的井が日向に歩み寄ってくる。追撃を仕掛けるつもりだ。

 日向は急いで立ち上がり、的井に向かって模造刀を振り回す。


「おりゃりゃーっ!」

「おっと……!」


 素早く日向の剣の射程から下がる的井。

 思った以上に速かった日向の攻撃に、少し驚いてしまった。


 再び日向と的井の距離が開き、両者は膠着状態に入る。


「うーん、ナイフ相手の攻防技術なら慣れてるけど、両手剣は初めて相手にするわね。下手をすると、これは本堂くんより日下部くんの方が手強いかも……」


「いやぁ、さすがにそんなことはないと思いますよ?」


 的井の言葉に対して謙遜する日向。

 だが彼は、その言葉の裏で、的井をどうやって攻め崩そうか全力で思考している。先ほどの狭山のアドバイスを受けて、自分がどういう戦い方をするべきか意識し始めている。


(的井さんの強さは本物だ。マトモに正面から挑んでも、絶対に勝てない。だったらいっそ、思いっきり奇をてらうような戦法で行ってみようか……)


 すると日向は、剣を構え、大きく振り回し始める。

 的井とはまだ距離があるのに、まるで演武でもしているかのように振り回す。だが彼の足は、徐々に的井との距離を詰めていっている。


「大きく振り回せば、私が避けられないとでも思ってる?」


「そんなこと、思ってません、よっと!」


 的井との距離を詰めた日向は、剣を振り回す勢いのままに、いきなり的井に向かって剣をぶん投げた。横向きに回転しながら飛んでいく剣は、このまま行けば的井の腹に命中する。


「っと!?」


 まさか剣を投げてくるとは思わず、的井は慌てて身を屈めて剣を避けた。


 そして、その投げた剣を追うように、日向が走り寄ってきている。屈んで構えを崩した的井に追撃を仕掛けるつもりだ。


(けど彼は、今は剣を失って丸腰の状態。こうなればもはや制圧は容易い!)


「うおりゃああ!」


 日向は、左手を突き出したまま的井に迫る。

 その手で的井を突き倒すつもりなのだろう。

 的井の注意が、日向の左手に集中する。


「……ていっ!」


 すると日向は、後ろに隠すようにしていた右手で、いきなりナイフを投げつけてきた。


「っ!?」


 的井は日向の左手に意識を集中させていたので、完全に意表を突かれた。

 だがそれでも的井は、反射的に左腕を振るってナイフを弾き飛ばした。流石は達人と言ったところか。しかしその間に、日向が目の前まで迫ってきている。


(い、今のは、本堂くんのゴムナイフ!? いつの間に……!)


 種明かしをすると、今しがた日向が投げたナイフは、本堂が日向の胸板を触ってしまった時に、日向がこっそり本堂のナイフケースから抜き取って拝借したものだ。本堂は気づいていたが、あえて黙っていた。


(だいたい、人を仕留めるのに両手剣なんて威力過剰だ。ナイフ一本あれば良い。だから本堂さんからこっそり借りておいた。けど、システマの達人である的井さんに俺のナイフ攻撃が通用するとは思えない。だから飛び道具に使って隙を作った。後はこのまま押し倒して組み伏せることができれば、あるいは……!)


 日向が的井に飛び掛かる。

 今の日向のパワーと体格ならば、全力で体当たりを食らわせてやれば的井も無傷とはいかないはずだ。一矢報いることができるかもしれない。


「とりゃあああ!!」

「てぇいっ!!」


 的井が、ナイフを弾いた勢いを利用して、今度は右腕を振るって日向を迎え撃つ。戦闘者としての勘によって、ほとんど本能的に繰り出した、本気の一撃だ。


 その攻撃は一見すると大振りでゆったりとした平手打ちだが、これもまた見た目以上の破壊力を持つ、システマならではのパンチだ。身体と腕を波のようにうねらせて全身のパワーと体重を手の平に伝達、集積させる。ウェーブライクストライクとも呼ばれる打撃法。



 果たして的井の平手打ちは、日向の側頭部を捉えた。


「ぐぇぇ!?」


 側頭部を思いっきりぶたれた日向は、そのまま的井の手に身体を薙ぎ倒されて、逆側の側頭部から芝生に叩きつけられ、のびてしまった。


「……あ、日下部くん? 大丈夫……?」


 的井と本堂が駆け寄るが、日向はのびたままである。


「これは……完全に気絶してますね。彼には”再生の炎”があるので、しばらく待てば目を覚ますでしょう」


「ちょっと……やり過ぎちゃったわね……」


 ぐったりと倒れている日向を見て、的井は気まずそうに頬を掻いた。

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