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第349話 二人の模擬戦を終えて

「はー……勝てなかった……」


「日向くん、お疲れ様ー」


 ため息をつきながらマモノ対策室十字市支部のベランダに向かって歩く日向を、ノースリーブのシャツに短めのプリーツスカート姿の北園が柔らかい笑顔で出迎えた。それを見ると、日向は本堂に負けたことなど、どうでもよくなってきた。


(肌色が眩しい……かわいい)


「日向くん? 私に何かついてる?」


「あ、いやなんでも……あれ? 日影とシャオランは? さっきまで一緒に観戦してたよね?」


「二人はトレーニングルームに行ったよー。二人とも、後で一戦やる気みたい。シャオランくんは嫌がってたけどね。それより怪我はしてない? 治癒能力ヒーリングかけてあげようか?」


「いや、大した怪我はしてないよ。そもそも、俺には”再生の炎”があるから北園さんの手を煩わせるまでもないし」


「そうだったね。あ、本堂さんは大丈夫?」


「俺も特に問題はない。日向の攻撃は、ほとんど当たらなかったからな」


「ぐぅ、悔しい……」


「お前は武器が大きいから、動きが遅い代わりに攻撃は一撃必殺だ。こちらとしても、お前の攻撃には一度だって当たらないように立ち回らねばならない」


「当たれば一撃なんだけど、当たらないんだよなぁ本堂さんには……。動きが速い相手との戦い方は、今後の課題だなぁ」


 日向と本堂。模擬戦を終えた二人がそれぞれ感想を述べる。

 と、そこへ狭山がリビングの奥からやって来た。


「二人とも、お疲れ様。はい、オレンジジュースどうぞ」


「あ、はい、ありがとうございます」


「とりあえず、これで総当たり戦はあらかた完了したかな。戦績は……まぁ、おおむね予想通りと言ったところだね」


 タブレットを操作しながら狭山が呟く。


『予知夢の五人』の総当たり戦で、一番戦績が悪かったのは北園だった。

 結果はズバリ四戦四敗。バリアーや低威力の超能力の使用が許可されてもなお、彼女は近接戦にめっぽう弱い。


「みんな、私の攻撃をひょいひょい避けちゃうんだもん。勝てないよー」


「北園さんの攻撃、直線的で分かりやすいんだよなぁ……。俺でも楽に避けてしまえるし」


 北園との戦いを回想する日向。


 北園は、火球や氷弾を撃つ際の予備動作が大きく、しかも急に相手に接近されるとテンパってしまう。オマケに、相手に接近されるとバリアーを張るのがクセになってしまっている。なので日向はのんびりバリアーの後ろに回り込み、頭を撫でてやった。


「日向くんに関しては、自分が回避能力を鍛え上げたからねぇ。自分としてはむしろ、ちゃんと避けてくれないと困るというか」


「そ、そうでした……」


 横からの狭山の言葉に、日向は口をつぐむ。

 今のように動けるようになるまで、さんざん狭山からテニスボールをぶつけられたことは記憶に新しい。


 その北園の上、ランキング四位が日向である。彼も最初に比べれば相当に強くなったが、まだ本堂やシャオランといった上位陣にはまるで敵わない。

 ……と、ここで北園が疑問の声を上げた。


「あれ? そういえば私、治療係のために皆の試合を一通り見てきたけど、日向くんと日影くんが戦っているところは見たことないよ? まだ総当たり戦は終わってないんじゃ?」


「ああそれなんだけど、どうも日影は、まだ俺と戦いたくないらしい」


「へ? なんで?」


「俺と戦うのは、()()の時だけって決めてるらしい。手の内を明かしたくないんだってさ。そのクセに、アイツの試合は別に観戦していいって言うんだから、これじゃ手の内を隠すも何もあったモンじゃないと思うんだけどね」


「お楽しみは最後に取っておく派なのかな? ショートケーキのイチゴは最後に食べる、みたいな」


「……俺、最初に食べる派だ……」


「あはは、日影くんと逆だね。……けど、そっか、()()、かぁ……」


 北園が、寂しそうな眼をした。

 日向と日影は、いずれ互いの存在を賭けて戦わなければならない。

 彼らは本来、二人そろって生きることを許されていない。


「こうやって五人仲良くっていうのも、いつかは終わっちゃうのかな……」


「それは…………あー、待った待った! この話は暗すぎるから止めよう! 俺の余命にはまだ猶予があるし、今はまだこの話をするべきじゃないと思う!」


「そ、そうだね! 話を変えよっか!」


 気を取り直して、予知夢の五人のランキングに話を戻す二人。


 日向の上では、本堂と日影が二位の座を争っている。

 二人はこれまでに数回ほど模擬戦を行ったらしいが、勝率は半々といったところだそうだ。実質、同率二位であると言える。


 本堂が腕を組みながら、日影との戦いの所感を述べる。


「日影は、日向と同じ模造刀を使っているクセに、動きは日向より倍以上速い。そのスピードで模造刀の攻撃を矢継ぎ早に繰り出してくるから、武器の射程リーチで負けているこちらとしては本当に厄介だ」


「私も、日影くんにはあっという間に負けちゃったなぁ。バリアーを張るより前に後ろに回り込まれて……」


「……まさか、模造刀で殴られた? 北園さんを殴るなんて、許せん……!」


「ううん、頭を撫でられた」


「は? 頭を……?」


「日向くんと同じだね」


「……なんか、屈辱だ……」


「お前ら似ているのか似ていないのかハッキリしろ」


「やはり、単純な表裏のようでいて、互いに似通った部分もある。面白い関係性だね君たちは」


 そして、五人の中で圧倒的一位を修めたのがシャオランである。

 もともと武術を習っていた彼は、対人戦にはべらぼうに強く、本堂や日影を相手にしても圧勝してしまった。もちろん、練気法は抜きである。


「マモノが相手の時のシャオランくんは、一撃を重視するために小手先のテクニックをほとんど捨ててしまう。けれど、対人戦ならそのテクニックが存分に活かせる。本堂くんや日影くんにも差をつけて勝ててしまえるのは、単純に経験の差だろうね」


「いやまったく、恐れ入ったよアイツには。あまりにアイツが打って出ないから、試しに俺がナイフで突きにかかってみると、いきなり腕を取ってきて正拳を一発だ。回避も封じられて、成す術がなかったな」


「なるほど、単純に本堂さんを迎え撃つんじゃなくて、攻撃を潰したのかシャオランは。考えたなぁ……参考にしようっと」


 感心したように呟く日向に、狭山が声をかけてくる。


「日向くんは、先ほどの本堂くんとの一戦において、本堂くんの動きを捉えようと躍起になっていたように見えたね。しかし本堂くんにはその全てを見切られ、結果として押し込まれた」


「そうなんですよ。本堂さんに攻撃を当てるには、今の俺では攻撃の速度が遅すぎます。もっと攻撃のスピードを上げるような、良い方法はありませんかね?」


「まぁ、剣を振るう際に重心の移動を意識するなど、テクニックでもカバーできないことはない。それはまた後で教えるとして、本堂くんに攻撃を当てるのにスピードはそこまで重要じゃないよ」


「はい? そうなんですか?」


「君の場合はね。なにせ君と本堂くんは、互いに武器も違うし運動の経験値も違う。一朝一夕で彼のスピードにスピードで対抗するのは困難極まる。日向くんは少し、戦い方の意識を変えるだけでいい」


「戦い方の意識を……」


「うん。自分とのトレーニングを思い出して。君には、広く深く想像する力を与えた。今の君には、本堂くんの動きを読む力があるはずだ」


「ああそういえば。言われてみると、さっきは本堂さんの動きをよく見ようと思って、そればかり考えていたなぁ」


「自覚があるのは良いことだね。君は先ほど、目の前の本堂くんの動きに囚われすぎた。君が見るべきはその先の動き、未来の本堂くんだ。回避の動きを読まれて攻撃を仕掛けられたら、流石の本堂くんでも避けるのは難しいだろう」


「な、なるほど……。今度は、それを意識してみます」


 日向の答えに、狭山は満足そうに頷いた。

 五人が模擬戦を終えると、こうやって狭山がひと言、助言を与えてくれる。そのどれもが実に的確で、彼らの更なるレベルアップを促してくれる。


 ……が、ここで日向が困ったような表情をして、口を開いた。


「ところでなんですけど、俺たち五人だけで模擬戦を続けるのって、流石に無理がありませんか? いずれ皆が皆の動きに慣れてしまって、あまり経験を積めなくなるというか。そもそも俺の場合、日影が俺と戦いたがらないから、相手が三人しかいません」


「それは自分も問題視している。そこで、的井さんにも協力を仰ごうと思っている」


「的井さんに……?」


「あら、呼びました?」


 と、日向たちの後ろから、女性の声がかけられてきた。

 狭山の部下で、秘書として働く的井美穂の声だ。

 理知的で整った顔に黒縁メガネをかけており、艶やかな黒髪をポニーテールとしてまとめている。

 今まで彼女はスラリとしたビジネススーツを着用していたが、最近はTシャツにジーパンの組み合わせを愛用している。これまではスーツの堅めの生地で覆い隠されていた豊かな胸部が、今は薄手のTシャツによってそのラインを際立たせている。


「ふむ。相変わらず素晴らしい胸」


「はいはい、本堂くんは黙っててね。それで狭山さん、私にいったい何の御用ですか?」


「うん。予知夢の五人の模擬戦に、スパーリング相手として協力してほしいんだ」


「私が……ですか? そんなの普通、女性に頼みます?」


「ははは、的井さんが普通の女性じゃないから頼んでるんだよ」


「また殴りますよ?」


「自分を殴っても、的井さんが普通じゃないという事実は変わらないよ。だから殴るなんて考え直してくれないかな。つまり許して」


「そういえば、的井さんってシステマが使えるんでしたっけ」


「そうだよ。的井さんはシステマの達人でね。ハッキリ言ってメチャクチャ強いよ。恐らく純粋な戦闘技能なら、シャオランくんのさらに上を行くんじゃないかな」


 システマ。

 これはロシア発祥の軍隊格闘術で、脱力と柔らかな動作が特徴とされている。


 身体のメカニズムを徹底的に応用した武術とも言われ、全く構えない構え、脱力感溢れるも非常に重いパンチなど、その動きは他の格闘技と比べると大変特徴的である。


 また、その動きはあらゆる状況での戦闘を想定されており、武器を持った相手にも強い。護身術として一般への普及も進められている。


「はぁ……。まぁ、確かに使えますよ、システマ。そのスパーリングが仕事だというのならば、私はもうそれに従うしかありません。さっそく始めますか? 誰が相手をします?」


 的井が日向たちを見やるが、日向と北園は視線が泳いだ。


「あ、俺は今はちょっと……。さっき本堂さんと戦ったばかりですし」


「私も、とりあえずパスで。シャオランくんより強いって、今の私じゃどうにもできる気がしないよー」


「じゃあ俺が行きます」


 と、本堂が静かに手を挙げた。

 その表情は、いつもの無表情。

 ともすれば、真剣そのものに見えるような表情……なのだが。


「なにせ、本気でぶつかり合う必要があります。ならば、ちょっとくらい手が胸に触れてしまっても、ただの事故で片付けられる」


「片付かないわよ。セクハラ目的でのスパは遠慮するわよ?」


「もちろん、模擬戦は真剣にします。ただ、それだけ大きなモノを胸にぶら下げていたら、不意に腕などが当たってしまうのは致し方ないかと」


「もう……狭山さんからも何か言ってあげてください」


「いっそ、日向くんも加えて二対一でやるのはどうかな?」


「……はい!? 俺も!?」


「ちょっと、狭山さん!? 話聞いてました!? 論点がズレている上に、なんで相手の数を増やすんですか!」


「よし、日向もこっちに来い。二対一なら、あのたわわにさわれる可能性が高まるかもしれん」


「セクハラ目的しかないなこの人は!」



 日向が本堂にツッコむ一方で、的井も狭山に苦言を呈する。


「あの、狭山さん、今からでも遅くないので、取り消してくれませんか? なんで二対一なんて……」


「そりゃあまぁ、敢えて言うなら、的井さんが如何に有能な部下か、自分がちょっと見たくなったから、かな。的井さんの格好良いところ見たいなー」


「……まぁ、そこまで言うなら、見せてあげないこともないですけど……」


 渋々といった様子で、的井は庭へと移動する。

 そんな彼女の頬は、少し紅潮しているように見えた。


 的井が庭の真ん中に立つ。

 本堂も右手でゴムナイフを回しながら、日向はげんなりした様子で的井の前に立った。


「さて、やるからには手加減は無用よ。二人とも、遠慮なくかかってきなさい!」

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