第346話 戦いの後に現れた者
ニューヨークを混乱に陥れた『星の牙』ユグドマルクトは、日向たちの手によって討伐された。日向の炎を受けて、完膚なきまでに燃やし尽くされた。
「はぁ……はぁ……終わったか……」
『太陽の牙』の重量に負けるように、中腰になりながら肩で息をする日向。剣の切っ先が地面についてしまっている。それほどまでに疲労困憊だった。
炎も収まり、ユグドマルクトが生えていた場所から黒煙が立ち昇っている。
それを眺めていた日向の元に、他の仲間たちが集まってきた。
「日向くん! お疲れ様っ!」
「ああ、北園さんも、お疲れ様。こうして改めて一緒に戦うと、北園さんの殲滅力は本当に頼りになることが分かったよ」
「えへへ~、褒められた」
「よう、ヒュウガ! ユグドマルクトにきっちりトドメを刺してくれたな」
「ジャック、さっきは援護してくれてありがとう。ところで、さっきのレーザーは、もしかしてエクスキャリバーの?」
「ああ。ハイネが主砲をこっちに持ってくるよう手配していたらしい。良いタイミングだったぜ」
「いや、ホントにね。おかげで助かったよ」
「…………。」
「あ、ズィークさんもお疲れ様です。さっきはガチュラを引きつけてくれてありがとうございました」
「…………。」
「ん? どうしたんですかズィークさん? 向こうの方を指差して……」
ズィークフリドが指差したのは、先ほどまでユグドマルクトが生えていた地点。その場所から、次元の裂け目のようなものが現れて、中から深緑のローブを着込んだ少女が現れた。
深く被ったフードからウェーブがかった銀のロングヘアがこぼれている。瞳は緑と青のオッドアイ。右手には、少女の背丈と同じくらいの杖を持っている。
「……エヴァ・アンダーソン……!」
日向が呟く。
現れたのは星の巫女こと、エヴァ・アンダーソン。
このマモノ災害を企てた元凶である。
「また会いましたね、くさか――」
エヴァが口を開いたその瞬間。
大砲のような銃声が周囲にこだました。
誰かが、エヴァに向かっていきなり発砲したのだ。
「ちょ!? いきなり誰が……」
日向が仲間たちの方を見回す。
犯人は、すぐに見つかった。
「……チッ、仕留め損ネたカ」
「こ、コーネリアスさん……!」
コーネリアスが、エヴァに向かって対物ライフルを構えていた。
対物ライフルの銃口からは硝煙が上がっている。
先ほどの大砲のような発砲音は、彼の対物ライフルによるものだ。
そういえば、と日向は思い出す。
ハワイにて、ジャックが言っていたことがある。
曰く、『コーネリアスが一番、容赦が無い』と。
仮に、日向たちがコーネリアスの敵に回った場合、彼は何のためらいもなく日向たちを殺すだろう、とも。
このマモノ災害の元凶とはいえ、まだ中学生ほどの年齢の少女に、いきなり対物ライフルを撃ち込むその冷徹さ。
あの時、ジャックが言わんとしていたことがなんとなく理解できた日向は、思わず息を飲んだ。
そしてエヴァはというと、目の前に向かって静かに左手をかざしている。
その右手の前で、コーネリアスが放った弾丸が止められていた。
彼女は、星が持つ磁力を壁にすることで弾丸を止めることができる。
「いきなり攻撃とは……血気盛んなお仲間ですね」
「それはまぁ、俺もそう思う……。それより、なんで姿を現したんだ? 今回は何が目的だ?」
「大した目的はありません。ただ、あなたの仲間たちがどのような面構えをしているものか、見ておきたかっただけです」
「本当に大した目的じゃないな……」
「すでに目的は果たしました。そちらに用がないなら、私はここで去ります」
「おっと、そう簡単に帰すと思うか?」
日向の声と共に、仲間たちが一斉に戦闘の構えを取った。
エヴァは、顔色一つ変えずに日向たちを一瞥する。
「マモノ災害の元凶が、こちらの戦力が十分に揃っている状況で、俺たちの前に姿を現した。ここでお前を倒せば、マモノ災害は終わる。見逃すワケにはいかないぞ」
「……はぁ。あなたたちとの戦いは、最後の決着の時まで取っておきたかったのですが、確かにこれは簡単には帰してくれそうにはありませんね。……仕方ありません、少しだけなら、お相手しましょう」
「……マジか」
エヴァの返事を聞いて、日向の表情が引き締まった。
エヴァはてっきりこちらを相手にせず、無視してくるものと思っていたが、どうやら今回は多少ながらもやる気のようだ。
そしてその言葉の通り、エヴァの身体から蒼いエネルギーが立ち昇り始める。恐らくは、活性化させた星の力が彼女の中から溢れ出しているのだ。
「アイツが、このマモノ災害の元凶か……! ったくよぉ、日向たちの前にばっかり姿を現しやがって。俺たち世界最強のマモノ討伐チームにも挨拶しとくのが筋ってモンだろーが!」
「上手くいけば、ここでこの戦いが終わる……。決して、手は抜かん」
「十一対一だけど、悪く思わないでちょうだいね、お嬢ちゃん」
ジャックやマードック、オリガも戦闘態勢を取る。
他の仲間たちも皆、いつでも動けるよう身構える。
相手は、神に等しい力を持つという少女。
この星から、その力を全て奪い尽くした個人。
果たして、今の日向たちの力がどこまで通用するか。
(俺の『太陽の牙』は、さっきユグドマルクトに”紅炎奔流”を撃ったから、冷却時間で攻撃力が落ちている。だったら……)
日向は、懐にしまってあるハンドガンに手を伸ばす。そして……。
「……喰らえっ!」
素早くハンドガンを抜き、エヴァに向かって発砲。
それと同時に、ジャックやオリガ、コーネリアスにマードックまでもが、持っている銃火器で一斉に射撃を開始した。
「効きませんよ」
それをエヴァは、先ほどと同じように左手をかざして、磁力の力で全ての弾丸を止めた。
さらにエヴァは、左手を押し返すような動作を取る。
それと同時に、止められていた全ての弾丸が、日向たちに向かって跳ね返されてきた。
「うわっとぉ!?」
「危ねっ!?」
「くっ……!」
日向やジャック、オリガが咄嗟に身を屈めて、跳ね返された銃弾を回避する。
その間に、今度はオリガの左側に北園が回り込んだ。
「発火能力!」
北園の手の平から火球が放たれる。
しかし火球は、エヴァの目の前で見えない何かにかき消された。
「え!? 今のなに!?」
「真空の壁です。台風に匹敵する風量を一か所に集中させ、バリアーとして利用しました」
「隙ありだ、エヴァ・アンダーソン……!」
北園と言葉を交わしていたエヴァに向かって、今度は本堂、レイカ、そしてズィークフリドの三人が凄まじいスピードで距離を詰め、攻撃を仕掛けた。
「あなたの攻撃は、星の力を利用した超常の攻撃に偏っている! つまり、RPGで言えば魔法使いタイプ! 近接戦には弱いでしょう……!」
「いえ、そうでもないのです」
するとエヴァは、冷静に本堂の高周波ナイフを、レイカの抜刀斬りを、そしてズィークフリドの回し蹴りを避けきってみせた。
その身のこなしの軽さは驚異的なもので、スピードに自信のあるこの三人にも追従してみせた。
「い、今の動きは!? それに、なんて反射神経……! それも星の力によるものなのですか!?」
「いいえ。これは素の能力ですよ。私は『幻の大地』にて、自然と共に生きてきました。その中では当然、食うか食われるかの生存競争も経験しています。当時、星の力を星から奪っていなかった私は、己の身体能力のみで『幻の大地』の動物たちを相手取る必要がありました」
「つまりあの幼女、むしろ身体能力抜群の野生児だったというワケか……!」
「幼女とは失敬な。もう13歳ですよ私は」
「もらったぁ!!」
エヴァが本堂に気を取られた、その瞬間。
シャオランが横からエヴァに接近した。
その拳に纏わせているのは、一撃必殺の”火の気質”だ。
「……気付いていますとも。『気配感知』の能力でね」
エヴァは、シャオランの接近に素早く反応した。
そして、杖を左手に持ち替えて、右手に無色のエネルギーを集中し始める。
これまでの『星の牙』との戦いで、バオーバッシャーやラビパンヘビィなどが使ってきた『地震の振動エネルギー』だ。
そしてエヴァは、シャオランが攻撃を仕掛けるより早く、エネルギーを集中させた拳をシャオランに向かって突き出した。
「ふん!」
「わぁぁ!?」
突き出されたエヴァの拳から、衝撃波が発生した。
それに巻き込まれ、シャオランは吹っ飛ばされてしまった。
「手加減はしておきました。大した怪我はしていないでしょう」
「後ろがガラ空きだぜッ!」
シャオランを迎撃したエヴァの背後から、今度は日影が接近する。
だが、その日影の行く手を遮るように、火柱の壁が発生した。
中国の峨眉山にて、初めて日影がエヴァに挑みかかった時と同じように。
「あの時のあなたは、この攻撃で驚いてひっくり返っていましたね」
「……もうその攻撃は通じねぇんだよッ!」
その火柱の壁を、日影は突破してきた。
身体には、激しく燃える”再生の炎”を纏っている。オーバードライヴ状態だ。
そして『太陽の牙』を振りかぶり、エヴァに向かって振り下ろした。
「おるぁぁッ!!」
「はっ!」
日影の攻撃に対して、エヴァは杖での防御を試みる。
日影の剣が、木製のエヴァの杖に叩きつけられる。
ガギン、と金属がぶつかり合うような音がした。
……刀身は木製の杖に叩きつけられたのに、金属音がしたのである。
見れば、日影の剣を受け止めているエヴァの杖が、水晶化している。
それこそ、先ほどのユグドマルクトのように。
「テメェ、その能力は……」
「星の力の完全適合者である私は、原則としてあらゆる『星の牙』の能力を行使することができます。あの大樹の水晶化能力くらい、私だって使える。そして、こうやってあなたと力で張り合うことができているのは、この身に『筋力増量』の改造を施しているからです……!」
エヴァは日影の剣を打ち払うと、杖の石突で日影のみぞおちを突き飛ばした。
「ぐっ!?」
真っ直ぐと、後ろに吹っ飛ばされる日影。
足でブレーキをかけて、なんとか踏ん張ることができた。
「では、そろそろ終わらせてもらいます」
エヴァが呟く。
同時に彼女の右の拳に、緋色のエネルギーが集まり始める。
そしてそれを、自身の足元に、殴るように叩きつけた。
エヴァが足元を殴りつけると、そのひび割れが日向たちの足元まで届く。
そしてそのひび割れから、先ほどエヴァが拳に集中させたエネルギーと同じ、緋色の光があふれ始めた。
「こ、これはヤバいかも!? 皆、下がれーっ!」
日向の声を受け、皆がひび割れから退避する。
そして、ひび割れた道路の下から、灼熱の溶岩が噴き出してきた。
先ほどのエヴァの緋色のエネルギーは、”溶岩”の熱エネルギーだ。それを直接地面に流し込み、日向たちが立つ地面の下を一瞬でマグマに作り替えたのだ。
黒煙を噴く溶岩が、日向たちとエヴァを分断した。
これでは、エヴァに接近して攻撃を仕掛けることができない。
「……ここまで、ですね。私はそろそろ帰らせてもらいます。この続きは、あなたたちが『幻の大地』に辿り着いた時、執り行うとしましょう」
そう言って、エヴァは次元に裂け目を開き、その中へと入ってしまった。
エヴァを引き留める者は、誰もいなかった。
この十一人が揃っていても、軽くあしらわれてしまった。
今のままでは、彼らはエヴァに勝つことはできない。
ならば、引き留めるワケには、いかなかった。




