第345話 最後の一押し
「太陽の牙……”点火”ッ!!」
日向の掛け声と共に、彼が持つ剣が紅蓮の業火を刀身に宿す。
前方にそびえ立つユグドマルクトに、二発目の”紅炎奔流”を放つつもりだ。
しかし、その日向の目の前から、巨大な水晶の根がうねりながら迫ってくる。
日向に攻撃をさせまいと、ユグドマルクトが必死の抵抗を見せてきた。
残存している周囲のマモノたちも、目の色を変えて日向を狙ってくる。
「くぅ!?」
水晶の根の先端が、日向を串刺しにしようとしてくる。
その場から転がるようにして、なんとか巨大な根っこを避ける日向。
日向が回避した先に、ヒツジとトラが混じったような猛獣のマモノ、トウテツがいた。このマモノは電撃を発する能力を持っており、日向の目の前のトウテツも、今まさに全身から放電を開始しているところだ。
「グルォォッ!!」
「やば……!」
束となった稲妻が、日向に襲い掛かる。
しかし何者かが日向とトウテツの間に割り込んで、その身でトウテツの電撃を受け止め、日向を守ってくれた。
日向の仲間の中で、生身で高圧電流に耐え切れる者など、ただ一人しかいない。
「……本堂さん!」
「トウテツは俺に任せておけ。お前は前に進んで、ユグドマルクトを焼き尽くしてやれ」
「分かりました!」
トウテツを本堂に任せて、日向はユグドマルクトに向かって走り出す。少しでもユグドマルクトとの距離を詰めて、”紅炎奔流”の威力の減衰を防ぐために。それにこの場所はマモノたちが押し寄せてきており、いつどこから妨害を受けるか分かったものではない。
『全員、日向くんをカバーしてくれ!』
狭山が通信機で、日向の仲間たちに呼びかける。
皆は頷き、日向に襲い掛かるマモノたちを食い止め始める。
「キイヤアアアアッ!!」
日向の左から、巨大なパラポネラ型のマモノ、ガチュラが接近してきた。
ギロチンのような大アゴを開き、日向に噛みつこうとしてくる。
「ッ!!」
「キイヤァッ!?」
そのガチュラのさらに横からズィークフリドが飛びかかり、日向への攻撃を阻止した。
ズィークフリドはガチュラと取っ組み合うと、馬乗りになって殴りまくり、沈黙させた。
自分より何倍も巨大な怪物を相手に、この全身黒づくめの男は、完全に素手で制圧してしまった。
「ギャオオーッ!!」
今度は日向の右側から、ワイバーンが飛来してきた。
しかしワイバーンは、日向に接近するより早く、後方のコーネリアスの狙撃によって撃ち落とされた。対物ライフルで頭部を撃ち抜かれ、首が吹き飛んだ。
仲間たちが、しっかりと自分を守ってくれる。
だから日向も、全力で前に進むことができる。
「ウッホォ!!」
「いかん、突破された!」
日向の前方にて、マードックとタクティカルアーマーたちが抑え込んでいた六つ腕のゴリラ、アスラコングが、彼らの包囲網を突破した。
アスラコングはマードックたちを無視して、日向に襲い掛かってくる。
右の三つの拳には風のエネルギーを、左の三つの拳には雷のエネルギーを纏わせている。これで日向に殴りかかるつもりだ。
「来る……!」
見上げるほどに巨大なアスラコングが、真っ直ぐ迫ってくる。
思わず身震いしそうになる迫力だが、日向は足を止めずにアスラコングに立ち向かう。
「どけ、日向っ!」
だが、その日向を追い抜いて、彼の影である日影がアスラコングに飛びかかった。
日影の右の拳には、極限まで濃縮された炎が込められている。
彼の、必殺の一撃の予備動作だ。
「再生の炎、”陽炎鉄槌”ッ!!」
「ウッホォッ!!」
日影が、炎を纏う右の拳を真っ直ぐ突き出した。
アスラコングが、左右六本の拳を全て突き出した。
両者の拳が激突する。
アスラコングの拳と比べると、日影の拳はあまりにも小さい。
「ちぃっ!?」
「ウホッ!?」
しかし結果は相殺。
日影とアスラコングは、互いに互いの拳の勢いに押されて体勢を崩した。
日影もアスラコングも、攻撃の反動により追撃ができない。
だが、日影には日向がいる。
動けない日影の代わりに、日向がアスラコングとの距離を詰める。
「せいりゃあッ!!」
「ウホォッ!?」
日向がアスラコングの股下を潜りながら、イグニッション状態の剣を一薙ぎ。アスラコングの右脚が切断された。
アスラコングの足の切断面は、溶けた鉄のように緋く焼けただれている。アスラコングは、激痛のあまりアスファルトの道路上でのたうち回っている。
「ウギャアアアアッ!? ギャアアアアッ!?」
「よし、あとは他の皆が仕留めてくれるかな。俺はユグドマルクトに接近しないと!」
日向は再び、ユグドマルクトに向かって走り出す。
やがて遂に、”紅炎奔流”の威力を最大に伝えられる地点まで到達することができた。
「ここまで来たら、あとはぶちかますだけ……!」
……だが、日向の周囲の地面から、水晶上の根っこが現れて、日向に襲い掛かってくる。ユグドマルクトが妨害を仕掛けてきた。
日向は剣を振るって、襲い来る根っこを切断するが、いかんせん根っこの数が多い。背後からの根っこに対応できず、鋭い先端で脇腹を削られた。
「うぐっ!?」
日向の身体に激痛が走る。
日向は歯を食いしばって、その痛みに耐える。
その日向の足元から、巨大な根っこが突き出てきた。
「うおわぁ!?」
突き出てきた根っこに巻き込まれて、空中に打ち上げられる日向。
その日向に向かって、細く鋭い水晶の根っこが複数襲い掛かってくる。
「くそっ、させるか!」
日向は空中に打ち上げられながらも剣を振るい、自分を貫こうとしてきた根っこを打ち払う。そして着地。
日向はかなりの高さまで打ち上げられていたようで、膝に感じた着地の衝撃は、今まで感じたことがないほどの大きさだった。
「~~~っ! 脚が痺れる……!」
脚も痺れるが、先ほど攻撃を受けた脇腹が、”再生の炎”によって燃焼し始める。傷口を直接炙られ、日向は”紅炎奔流”を撃つどころではない。
さらにその日向を狙って、地面から細い水晶の根っこが飛び出してきた。
日向は身をよじって根っこを避ける。
少し頬にかすって、血が滲んだ。
「こ、攻撃が激しい……! これじゃ”紅炎奔流”を撃てないぞ……!」
◆ ◆ ◆
一方、そんな日向の様子を、ジャックが後方から見ていた。
「手こずってるな、ヒュウガのヤツ。援護してやりてーが、あの水晶の根っこが相手じゃ、俺はどうにもできねー……」
ユグドマルクトの水晶化は、戦闘機のミサイルでも傷一つ付かないほどに硬い。あれは、日向のイグニッションで初めて対抗することができる。
よってジャック、および他の仲間たちは、マモノを倒して日向を援護することはできるものの、ユグドマルクトの水晶の根っこには何の手出しもできない。下手にあの根っこに触れたら、逆に水晶にされてしまうのも厄介だ。
唯一、ジャックたちでもユグドマルクトにダメージを与えられそうな部位は、日向が一回目の”紅炎奔流”を命中させた、ユグドマルクトの木の幹のど真ん中だ。
今のユグドマルクトは葉っぱに至るまで水晶化しているが、日向に焼かれたその部位だけは水晶化できておらず、焼け崩れたままだ。
「あの部分を攻撃できれば……だが、さすがの俺でも、あのユグドマルクトの巨大な根っこを全て避けて接近できるかは、ほとんど賭けだな。それによしんば接近できたとしても、俺のデザートイーグルで、あのデカすぎる木に、果たしてどれだけダメージを与えられる……?」
……と、その時だ。
空から、キーンと空気を裂くような音が近づいてくる。
そして、ジャックの上空を、シャープなフォルムの戦闘機が駆け抜けていった。
「お、来たな! 合衆国の航空戦力がよぉ!」
狭山が手配した、ユグドマルクトを攻撃するための戦闘機だ。
やって来た三機の戦闘機は、一斉にミサイルを発射。
全てのミサイルは、見事にユグドマルクトのど真ん中、焼け崩れた弱点部分に命中した。
しかし、ユグドマルクトの日向に対する攻撃は、いまだに勢いが落ちない。
ユグドマルクトは、水晶化できない弱点部分を攻撃されてもなお、戦闘機のミサイル攻撃に耐え切っている。
「ちぃ! さすがにしぶといヤツだぜ! あともう一押し、何かが必要か……!」
『そんなジャックくんに、プレゼントのお知らせです』
と、ここで突然、ジャックの耳元の通信機に狭山の声が入ってきた。
次いで彼の耳に入ってくるのは、馴染みのある少女の声。
『やっほー、ジャック! そっちは大変みたいだねー』
「その声……ハイネか!」
少女の声の主は、アメリカのマモノ討伐チームの技術開発班に所属する弱冠16歳の天才少女、ハイネ・パーカーのものだった。相変わらずの元気ハツラツとした声に、ジャックも思わず笑みがこぼれる。
「何の用だよ、ハイネ? プレゼントのお知らせって言ってたけど、何かくれるのか?」
『そうだよー。もしかしたら役に立つかもと思って、わざわざハワイから取り寄せてきたんだからねー!』
「ハワイから……ってオイ、それってまさか……」
すると、ジャックの上空から、今度は一機の輸送ヘリがやって来た。
ヘリの側面のドアが開き、搭乗員が頑丈そうな大きなケースを投下してくる。
投下されたケースは、ジャックが触れるより前に、独りでにバチン、バチンと留め具が外された。
ケースの中に納められていたのは、一丁の長大なプラズマレーザーカノン。
これは、ハワイに停泊しているアメリカの戦艦、エクスキャリバーの主砲だ。
『充電機構が無いから、一発限りの使い捨てだけど、十分だよね?』
「……オマエ、最高だぜ!」
さっそくジャックは、ケースの中のレーザーカノン、エクスキャリバーを肩に担ぎ、前方のユグドマルクトに狙いを定める。このエクスキャリバーの威力なら、戦闘機のミサイルと同等か、あるいはそれ以上の威力で日向を援護することができる。
『外さないでよ、ジャック~?』
「あれだけデケぇ的、目をつぶってたって当ててやるぜっ!」
そしてジャックは、エクスキャリバーのトリガーを引いた。
照準は、ピッタリとユグドマルクトの弱点に合っている。
銃口から蒼い一条の閃光が放たれ、真っ直ぐにユグドマルクトを貫いた。
◆ ◆ ◆
ジャックの前方にて、ユグドマルクトの根っこと交戦していた日向。
彼の頭上を、エクスキャリバーのレーザーが通過した。
レーザーは見事にユグドマルクトに命中し、ユグドマルクトの体全体に稲妻が走る。そして、ユグドマルクトの根っこの動きが止まった。
「今のは……!?」
『ジャックくんの援護射撃だ! 日向くん、今のうちに、ユグドマルクトにトドメを!』
「り、了解っ!」
日向が、燃え盛る剣を大きく振りかぶる。
刀身の炎は、今まで以上に激しく燃えているように見える。
そして、日向が、振りかぶった剣を一気に振り下ろした。
「太陽の牙……”紅炎奔流”ッ!!!」
紅蓮の炎が渦を巻き、奔流となって撃ち出される。
炎は真っ直ぐと、ユグドマルクトに向かって飛んでいく。
電撃のレーザーを受けたユグドマルクトは、根っこの一本に至るまで麻痺して、もはや防御することさえままならない。
そして、日向の炎がユグドマルクトの弱点部分に命中した。
同時に、命中部分から炎が燃え広がり、ユグドマルクトを包み始める。
炎はどんどん燃え広がり、やがて巨大なユグドマルクトを完全に飲み込んでしまった。
水晶の枝葉が、炭となって燃え落ちてくる。
幹がボロボロに崩れ、ユグドマルクトが縮小していく。
一分ほど経ったころには、ユグドマルクトは完全に燃え尽きた。
一方その頃。
高層ビルの屋上から、日向たちの戦闘の様子を眺めていた小さな人影が一つ。
深緑のローブを着込み、フードを深く被った少女だ。
「……見事です、日下部日向と、その仲間たち。まさかあの大樹が倒されるとは。……私が戦うべきは『予知夢の五人』だけだと思っていましたが、その他の仲間たちにも興味が湧いてきましたね。少し、顔を拝見させてもらいましょうか」