第343話 水晶大樹ユグドマルクト
日向とジャックは、真っ直ぐユグドマルクトを目指す。
今なら道を塞ぐマモノはいない。
ユグドマルクトを守る『星の牙』は、他の仲間たちが抑えてくれている。
ユグドマルクトとの距離を詰める大チャンスだ。
「急げぇぇぇ!」
「おう! 走れ走れ!」
一心不乱に走り続ける日向とジャック。
だがその時、ユグドマルクトへと続く大通りのど真ん中が真っ直ぐ裂けて、その下からユグドマルクトの巨大な根っこが持ち上がってきた。
「うわぁぁ!?」
「おっと!?」
まるで首長竜が首をもたげるように起き上がってきた、ユグドマルクトの根っこ。その根っこに巻き込まれて、日向とジャックは空中に投げ出される。
「ヒュウガ! 受け身は取れるか!?」
「やってみる……!」
日向とて、今や立派なマモノ討伐チームの一員だ。戦闘に役立つ動きは狭山や的井から日々学んでいる。
空中で上手く体勢を整え、落下の際に受け身を取る。これによって、アスファルトの地面に叩きつけられるダメージを抑えた。
もちろん、身軽さに定評のあるジャックは言うまでも無く無事である。
「危なかった……」
「いや、まだピンチは去ってねーぜ」
今しがた姿を現したユグドマルクトの巨大な根っこが、日向とジャックを狙っている。二人を叩き潰すつもりだ。
根っこはゆらゆらと揺れた後、鞭のようにしなりながら、二人目掛けて振り下ろされてきた。
「くぅ!?」
「危ねっ!?」
急いでその場から退避する日向とジャック。
叩きつけられたユグドマルクトの根っこは、広範囲にわたって道路を粉砕した。
根っこそのものが巨大なぶん、破壊の規模も尋常ではない。
ユグドマルクトが再び根っこを持ち上げる。
二発目の振り下ろしを繰り出す気だ。
「これ以上好きにさせるか! 太陽の牙、”点火”ッ!!」
日向の声に呼応し、『太陽の牙』の刀身が紅蓮の業火を纏う。
日向はユグドマルクトの根っこの振り下ろしを迎え撃って、根っこを斬りつけるつもりだ。
「おいおい、いけるのか!? 人間が正面からぶつかることができるような攻撃じゃねーと思うぜ!?」
「なんとなくだけど、いけると思う! イグニッションの威力は半端じゃないから!」
ジャックの心配そうな声に、日向は力強く返答する。
そして、ユグドマルクトの根っこが日向に向かって振り下ろされてきた。
「でぇぇぇいっ!!」
その振り下ろしに合わせて、日向は大きく剣を振るう。
果たして炎を纏う剣は、ユグドマルクトの巨大な根っこを斬り飛ばしてしまった。
切断された根っこが、日向の背後にズシンと落下した。
根っこの断面はユグドマルクトの能力により水晶化しているが、それでもイグニッション状態の日向の剣は、お構いなしに根っこを切断してしまった。
「どうだっ! 俺はともかく、『太陽の牙』をナメるなよ!」
「おいおい、マジかよ……」
『太陽の牙』の刀身は、当然ながらユグドマルクトの根っこよりも遥かに小さい。それでもその刀身が食い込んだ瞬間、物理法則を無視するかのように巨大な根っこを丸ごと切断してしまった。漫画のヒーローが、剣一本で巨大な岩塊を真っ二つにしてしまうように。
今度はユグドマルクトの根元から、杭のように鋭い根っこが突き出てきて、日向たちに迫ってくる。
その根っこもまた、一本一本が極めて巨大だ。下から突き上げられれば、身体を穿たれるというより、どこか遠くへ吹き飛ばされてしまいそうである。
日向とジャックは、左右に散開してこの根っこ攻撃を避ける。
しかし、ここまでの根っこの攻撃によって、道路は随分と荒らされてしまった。
道路は崩れ、高低差が生まれ、日向はかなり移動がしにくそうだ。
「か、身体を鍛えていたから、まだ段差を上り下りできてるけど、鍛えていない昔の俺だったらどうなってたんだ……」
「ケェェェンッ!!」
「おっと、クォールドか!」
上空から、コンドル型のマモノのクォールドが三体乱入してきた。
物凄い速度で急降下してきて、日向を狙う。
「させねーよ!」
そこへジャックがやってきて、クォールドたちを全て撃ち落としてしまった。
パルクール仕込みの立体機動力を誇るジャックは、むしろこういった高低差のあるフィールドこそ本領とさえ言える。忍者のような身のこなしで、あっという間に日向の元まで駆け付けてきた。
「助かった、ジャック!」
「おうよ! 道中のザコは俺に任せとけ! オマエは、その炎をユグドマルクトの奴にぶつけてやれ!」
「了解!」
日向の剣の刀身は、いまだにイグニッション状態を保っている。
剣に宿す炎を”紅炎奔流”として撃ち出し、ユグドマルクトにぶつける必要がある。
ユグドマルクトは身体を水晶化させることで、凄まじい防御力を発揮することができるが、先ほど日向が根っこを切断したのを見るに、彼の炎はユグドマルクト本体にも問題なく通用するはずだ。
ユグドマルクトが再び杭のような根っこを突き出してくる。
日向とジャックは、ユグドマルクトに向かって走りながらそれを回避。
上空から、クォールドが矢となって日向たちを射抜こうとしてくる。
しかし、ジャックがクォールドたちの接近を許さない。
接近される前に、その全てを撃ち落としてしまった。
そしてついに、日向がユグドマルクトを”紅炎奔流”の射程圏内に捉えた。
「ぶちかましてやれ、ヒュウガッ!」
「ああ! 太陽の牙、”紅炎奔流”ッ!!」
日向が、燃え盛る『太陽の牙』を構え、縦に大きく振り下ろす。
それと同時に、緋色の炎の奔流が射出された。
炎は真っ直ぐ、恐るべき速さで、ユグドマルクトに迫る。
ユグドマルクトは、木の幹の前に巨大な根っこを複数出現させて、水晶の壁のようにして炎の防御を試みる。
根っこだけではない。木の幹から枝葉に至るまで、全てを水晶化して完全なる防御の姿勢を取った。
”紅炎奔流”の炎が、壁となった根っこを飲み込む。
炎は、あっけなく根っこの壁を焼き尽くした。
ミサイルでさえ突破できないであろう水晶の壁を、いとも容易く突破した。
炎の勢いは全く衰えることなく、ユグドマルクト本体に直撃した。
純粋な大木であるユグドマルクトは、叫び声一つ発さない。
しかし、周囲の地面がゴゴゴゴ……と唸りを上げている。
恐らくは、ユグドマルクトが炎の熱に耐え兼ね、地面の下で根っこがのたうち回っているのだ。
「……けど、ユグドマルクトは、依然として健在だな……」
日向が呟く。
彼の言うとおり、ユグドマルクトは大ダメージを受けたものの、まだ討伐には至らない。
日向は”紅炎奔流”を使ったことにより、再び五分間の冷却時間を課せられる。
「……けどよ、アレ見てみろよ」
ジャックが指を差したのは、日向の炎が直撃した、ユグドマルクトの木の幹。
ユグドマルクトの身体は水晶化しているが、日向の炎が命中した場所だけは、水晶化できていない。焦げ付き、崩れ去り、白い内面が見えている。
「オマエの炎が直撃したあの部分は、もう水晶化できねーんじゃねーか!?」
「つまり、もう俺の”紅炎奔流”に頼らずとも、あの部分を狙えば他の皆もダメージを与えることができる……!」
日向は急いで、通信機を取る。
連絡先は、こちらのオペレートを担当してくれている狭山だ。
「狭山さん!」
『うん、話は聞いていたよ! さっそくそちらに空軍の戦闘機を向かわせた! これよりユグドマルクトにミサイル攻撃を仕掛ける!』
「さすが! 話が早い!」
『アメリカの他の討伐チームも、続々とそちらへ向かっている! 合流して、協力しながらユグドマルクトにトドメを刺してくれ!』
「分かりました!」
返事をして、日向は狭山との通信を切った。
だが、日向とジャックのもとに、周囲から新手のマモノたちが姿を現しつつある。
その数は非常に多く、あっという間に二人は囲まれてしまった。
「この数は……ちょっとキツいな……。『太陽の牙』の威力は落ちてるし、ジャックも直前の戦いのダメージで本調子じゃないみたいだし……」
「俺は心配いらねーよ。それよりヒュウガ、オマエは大丈夫なのか? チラリと聞いたけど、オマエの再生能力も底が見え始めてきてるんだろ?」
「まぁ、まだなんとか。それより、ここはいったん退却して、他の皆と合流して身を守るべきかな……」
「んじゃ、ここは一度、逃げるとするか」
日向とジャックが次の行動を決めた、その瞬間。
日向たちの背後、その少し離れた場所から、ユグドマルクトの根っこが突き出てきた。
そこにはちょうど乗り捨てられた自動車があり、根っこに突き上げられて高く打ち上がる。
そしてその自動車の落下地点には、ちょうど日向とジャックがいた。
「じ、ジャック、危ない!」
「うおっ!?」
日向がジャックを突き飛ばした。
これでジャックは危機を逃れ、日向だけが自動車に押し潰されることになる。
(ど、どうせ死なないからな俺は……ああでも、車が降ってくるって、やっぱり痛いんだろうなぁ……)
日向の身体に、自動車の大きな影がかぶさる。
一秒後の死を覚悟して、日向は強く眼を閉じた。
自動車が落下した音がした。
鋼板やアルミ、カーボンが押し潰される轟音だ。
しかし日向は、覚悟していた痛みは感じなかった。
「……あれ? どうなってるんだ……?」
恐る恐る目を開く日向。
その目の前には、黒鋼の巨体がそびえ立ち、落下してきた自動車を支えて日向を守ってくれていた。
「ジャックを守ろうとしてくれたこと、感謝するぞ、日下部日向」
「ま……マードック大尉!」
「死なずとも、痛みは感じるのだろう? ジャックの命の恩人に、不必要な痛みを感じさせるワケにはいかんな」
マードックが自動車を持ち上げ、放り投げる。
そこにはちょうど、日向たちに接近しようとしていたマモノたちがいた。
彼らはマードックが投げた自動車に押し潰され、事切れた。
日向に突き飛ばされたジャックも駆け付け、マードックに声をかける。
「マードック! さすが、無事だったみてーだな」
「うむ。それより、日向に礼を言っておけ」
「おう。サンキューなヒュウガ! 助かったぜ」
「まぁ、さっきの様子なら、俺がわざわざジャックを庇わずとも、大尉がまとめて助けてくれたかもしれなかったけど……」
「それでも、だぜ。気持ちだけでも嬉しいってヤツだよ」
「それじゃあ、ありがたく感謝されておくよ。……それよりマードック大尉。俺は先ほど”紅炎奔流”を撃って、攻撃力が著しく落ちている状態です。ここは一度引き下がって、皆と合流しようと思っていたのですが」
「お前たちがわざわざ退がらずとも、すでに他の皆も『星の牙』を突破し、こちらに向かっている。攻めの流れを断ち切る必要はない。このまま攻撃を続けるぞ!」
「「了解っ!」」
マードックの号令に、日向とジャックが揃って返事をする。
強大極まりなく、ダメージを与える糸口すら掴めなかったユグドマルクトにも、刻一刻と、伐採の時が近づきつつあった。