第342話 冷たい執念
真正面にユグドマルクトがそびえ立つ大通りにて。
日向、ジャック、ワイバーンに乗ったオリガが、氷の鎌を持つ蒼白いカマキリ、コールドサイスと対峙している。
「キシャアアッ!!」
「くぅ!?」
コールドサイスが鎌の切っ先を突き出してきた。
日向は『太陽の牙』を縦に構え、上手く受け流す。
金属質な刃と蒼氷の刃がこすれ合い、火花が散らされる。
「ここから反撃……と行きたいけど、まだ冷却時間が終わっていないな。なら、ジャック! それとオリガさん! 少しだけ時間を稼いでください!」
「任せとけっ!」
「私に命令? いい身分ね」
日向の声を受けると、ジャックはすぐさまコールドサイスとの距離を詰めた。
オリガは悪態をついたものの、ワイバーンに乗ったままショットガンを構えて戦闘態勢を取る。
「シャーッ」
「小さいカマキリも出てきたぜ!」
「なら、そっちは私が担当するわ」
「俺だって、アイスリッパーくらいなら冷却時間を待たずとも相手できる……!」
コールドサイスの取り巻きであるアイスリッパーまで乱入してきたが、ここはオリガと日向が対処する。よって、ジャックとコールドサイスが一対一で向かい合う形となった。
「おらおらーっ!」
「キシャアアアアアッ!!」
ジャックはコールドサイスの至近距離で二丁のデザートイーグルを構え、コールドサイスの頭部に弾丸を叩き込む。
コールドサイスも負けじと素早く、連続で鎌を振るう。
並の人間ならもう今の間に何回切り刻まれているか分からないその猛攻を、ジャックは類稀なる身のこなしで全て避けた。
「キシャアアアアアッ!!」
コールドサイスが、ジャックの首を斬り落とそうと、水平に左の鎌を振るってきた。
しかしジャックは、義手の右腕でコールドサイスの鎌をガードする。
「へへ……頑丈だろ、俺の腕は?」
するとジャックは、コールドサイスの鎌を右腕でガードしながら、空いた左手で焼夷手榴弾を取り出し、コールドサイスに向かって投擲。さらに身を屈めながらガードを解除して鎌を避け、右手に持っているデザートイーグルで、今しがた投げた焼夷手榴弾を撃ち抜いた。
「ギャアアアッ!?」
焼夷手榴弾はコールドサイスの目の前で爆裂し、炎で包み込んだ。
虫のマモノであり、氷の属性を操るコールドサイスに、炎は特別よく効くようだ。
「キシャアアッ!!」
「おっと!」
コールドサイスは怒りの咆哮を上げ、ジャックに斬りかかる。
ジャックはバク宙でそれを避けるが、着地した瞬間に、わずかに立ちくらみを起こしたようだ。足がもつれ、身体が揺れる。
「っとと……ケルビンから切り裂かれたダメージの影響がまだ残ってるな……。傷はキタゾノに治してもらったが、かなりの血が流れたからな。不足した鉄分等を錠剤で補うだけじゃ足りなかったか」
「だったら、選手交代といきましょうか」
そう言って、今度はオリガがコールドサイスに挑みかかる。
空を飛ぶワイバーンの背に跨り、上からコールドサイスにショットガンの散弾を浴びせる。
コールドサイスとの距離が開けば、ショットガンの散弾の威力は減衰するのだが、オリガはコールドサイスの攻撃が届かない場所から一方的に射撃できる。威力の減衰というデメリットを差し引いても有り余る優位性だ。
「キシャアアアアア……!」
コールドサイスは、鎌を盾にしてオリガの散弾をガードする。
強固な氷で作られた鎌は、威力が落ちた散弾を受け止めてみせる。
しかし散弾は広くばら撒かれ、何発かはコールドサイスのガードを掻い潜り、身体に撃ち込まれた。
それでも甲殻が邪魔をして、大きなダメージを与えるには至らない。
「ちっ……この距離なら、ライフル銃が欲しいわね」
「キシャアアッ!!」
オリガのショットガンに装填されている弾が無くなった。
隙が生まれ、今度はコールドサイスが反撃に転じる。
コールドサイスは背中の羽を展開すると、恐るべき速度でオリガに斬りかかった。
「シャアアッ!!」
「はっ!」
「グギャアッ!?」
オリガは素早くワイバーンから飛び降りる。
それと同時に、オリガが乗っていたワイバーンにコールドサイスの鎌が食い込み、一太刀のもとに斬り落とされてしまった。
まるで、それこそカマキリが虫を捕まえるかのごとく、あっけなくワイバーンを仕留めてしまったコールドサイス。
オリガは地に降りることになったが、まだ彼女の攻撃は終わらない。
着地すると同時に、コールドサイスに飛びかかった。
攻撃後の隙を突かれ、コールドサイスはオリガの接近を許してしまう。
「ふんっ!」
「シギャアアッ!?」
オリガはコールドサイスの右鎌の付け根に組み付くと、なんとそのままコールドサイスの腕にぶら下がるように十字固めの体勢に入った。腕をあらぬ方向に曲げられ、コールドサイスの体勢が崩れる。
コールドサイスはなんとかオリガを振り落とそうとするが、オリガのパワーが勝っている。
右腕で振り落とすことを諦め、今度は反対側の鎌でオリガを切り裂こうとするが、そんなコールドサイスに接近する人影が一つ。
「ほら決めなさい、日下部日向!」
「了解しましたよっと!」
『太陽の牙』の冷却時間が終わり、日向が前に出る。
コールドサイスがオリガに気を取られている間に、その懐の内に潜り込んだ。
「はぁぁっ!!」
「ギャアアアッ!?」
日向は大きく踏み込み、コールドサイスの身体を斬りつける。
さらに、下からすくい上げるような斬り上げを四回、∞の字を描くように繰り出す。
最後の斬り上げと共にジャンプして、トドメの一撃を振り下ろした。
現在、コールドサイスの右鎌はオリガの十字固めによって封じられている。
コールドサイスは日向の攻撃をロクに防御することもできず、全ての攻撃をその身でマトモに受けることとなった。
「シャアアッ!!」
「うおっと!?」
コールドサイスもやられっぱなしではいられない。
素早く左の鎌を突き出して、日向を串刺しにしようとする。
日向は素早く身をよじって、それを躱した。
「シャアアアッ!!」
「っと……」
さらにコールドサイスは右腕を大きく薙いで、組み付いていたオリガを振り払う。
オリガはコールドサイスに振り落とされてしまうも、落下と同時に受け身を取って転落のダメージを最小限に抑える。
そして三人と一体は、再び正面から相まみえる形となった。
コールドサイスもここまでのダメージが蓄積してきて、もうすでにボロボロだ。腕を力無く垂れ下げて、肩で息をしている。
「シ……シャアアアッ!!」
そしてコールドサイスは、踵を返して日向たちの元から逃げ出した。
「あ、アイツ!? また逃げやがった!」
「逃げ足速ぇーな。ありゃ仕留めきれないワケだ」
「日向。私がアイツを追撃するわ。ここまで弱らせておいて、仕留めないのはもったいないもの。それに、ここで放っておいたら、またいつ背中を狙われるか分からないわよ」
「それもそうですね……お願いできますか、オリガさん?」
「いいわよ。操っていたワイバーンは死んで、精神支配に空きができた。今なら、アイツの眼を見るだけで自殺を促せるわ」
「ホント、ひどい能力だ……」
オリガは、日向の最後の呟きに返事をすることなく、コールドサイスの追撃へと向かった。逃げ足の速いコールドサイスを追い詰めるために、一秒とて無駄にしたくはないのだろう。
「これで、コールドサイスも終わりだな。あれだけ俺を襲撃してきて、最終的には俺じゃなくてオリガさんがトドメを刺すのが、微妙に釈然としないけど」
「オマエが”紅炎奔流”で『星の牙』にトドメを刺す時の仲間の気持ちも、似たようなモンじゃねーか?」
「そ、そうかな? 言われてみればそうかも……」
「……おっと、変なこと言っちまったな、悪ぃ。気を取り直して、俺たちは今のうちにユグドマルクトに接近しよーぜ!」
「分かった!」
ジャックの言葉を受けて、日向は彼と共に走り出す。
雑魚マモノの数は、随分と減った。
他の『星の牙』も、仲間たちが抑えてくれている。
今なら、ユグドマルクトの根元まで一直線に近づくことができる。
この長かったニューヨークでの戦いも、いよいよ終わりが見え始めてきた。
一方その頃。
コールドサイスは、日向たちと戦った場所から少し離れた地点にて、息をついていた。もともと人通りが少なそうな、閑静な路地裏である。
<はぁ……はぁ……あんなボーヤに、四度にもわたって退けられるなんて、本当に屈辱だわ……。けど、死んでしまったら元も子もない。ここは、体勢の立て直しに専念するわ……>
コールドサイスは、忌々しそうに日向たちがいる方角を睨む。
<ワタシが思うに、あの大樹も彼らに敗北するでしょう。北園良乃を担当したあのカメレオンも、北園良乃が無事なところを見るに、恐らく失敗したのでしょうね。この戦いは、もはや捨てるしかない。ここは退いて、次の機会を窺いましょう……>
「あら、ここにいたのね」
「キシャッ!?」
幼さと大人っぽさが入り混じったような、人間の女性の声が聞こえた。
コールドサイスが振り向いた瞬間、彼女を追って来たオリガが飛びかかってきた。
そして、コールドサイスの複眼としっかり目を合わせる。
オリガの金色の眼が、妖しく光る。
<ぐ……なにこれ……意識が……飛んでいく……>
「はい終わり。あっけないものね」
コールドサイスは、オリガの精神支配を受けて、自我を喪失してしまった。今や彼女は、オリガの忠実な操り人形である。
そしてオリガは、自分の新たな手駒となったコールドサイスに、命令を下した。
「それじゃ命ずるわ、コールドサイス。
……この戦いが終わるまで、人目のつかないところに隠れてなさい」