第340話 集う十一人
ニューヨークの街の空を、たくさんの軍用ヘリコプターが飛んでいる。
日向たちがサテラレインを倒したことにより、天からの水のレーザーで撃ち落とされる心配が無くなったからだ。
自由に空を飛べるようになったヘリコプターは、前線部隊への支援物資の投下に、逃げ遅れた市民の救助、部隊の移動など、八面六臂の活躍を見せる。
そのヘリコプターのうちの一台に、日向のグループの姿があった。
同乗するのは本堂、コーネリアス、ズィークフリドの三人。あと操縦士。
日向たちがヘリで向かう先は、マードックのグループがいるニューヨーク・セントラルスクエア・ホール。ここで北園たちと合流し、再びヘリで空を飛ぶ。そして、ユグドマルクトの注意を引くオリガのグループと合流する予定である。
二台のヘリコプターを使ってマードック班と現地で合流する方が時間短縮にはなるが、一台でも多くのヘリを市民の救助に当てるべく、日向たちは一台のヘリでまとめて移動することにした。
「北園さんたちとは一時間近く別行動をとっていただけなのに、随分と久しぶりに会う気がしますよ」
「ソウだナ。ざっト32日くらい会ってなカったヨウに感ジル」
「なんですかその具体的な日数は……」
「……む。見えてきたぞ。あれがセントラルスクエア・ホールか」
本堂の言葉を受け、日向もヘリの窓から下方を見下ろす。
セントラルスクエア・ホールにはニューヨーク州軍も集まってきている。
日向たちは知らないが、これは施設内に残っている、パラサイトから解放された人々を保護してもらうためである。そのついでに、ジャックやマードックへの支援物資の運搬も兼ねている。
日向たちを乗せたヘリが着陸する。
日向がヘリのドアを開け、陸地に降りると、少し脚がふらついた。
「っとと……」
「大丈夫か、日向? 疲れているのか?」
「恐らく”再生の炎”の回復エネルギーが少なくなってきてるんだと思います。ここに来るまで、結構ダメージを受けてきましたから」
「そうか……。ここから先、無理は禁物ということか」
「悔しいですけど、そういうことですね。さて、それより北園さんたちを探しましょう」
日向と本堂は、北園たちの姿を探す。
するとすぐに、前方に一人で佇んでいる北園を見つけた。
「……あ! 日向くん! それに本堂さんも!」
「北園さん! 無事でよかった!」
北園もまた日向たちを見つけると、さっそく走り寄ってきた。
少しボロボロになっているが、変わらず元気そうな様子である。
「北園さん、そっちは強力なマモノと戦ってたって聞いたよ。大丈夫だった?」
「うん! ジャックくんやマードックさん、シャオランくんに狭山さんも頑張ってくれて、みんなのおかげでなんとか勝てたよ!」
「そっか。それは良かった……」
「日向くんもサテラレインを倒したんだよね? さすが!」
「いや、こっちは超人三人のおかげで随分と楽ができたよ……」
「あははは、頼りになりそうな三人だもんね。……あ、それと、ケルビンさんは……」
「……うん。狭山さんから聞いた。その……俺からは何て言ったらいいか……」
かける言葉が見つからず、気まずそうに口をつぐむ日向。
ふと北園から視線を外すと、その先にはコーネリアスの姿がある。
シーツにくるまれて安置されている遺体らしき物を、ジッと見つめている。
彼の周りには、同じ『ARMOURED』のジャックとマードックもいる。
「……ケルビン。ここデ死ンダのか……」
「……悪い。手は尽くしたけど、助けようが無かった」
「彼は最後まで、誇り高き軍人だった。この死は決して無駄にはせん」
「ソウか……」
コーネリアスの表情は変わらない。
狙撃手らしい鋭い眼光は、涙の一滴も流しはしない。
しかし、その声色はどこか、震えているように聞こえた。
「コーネリアスさん……」
「……これ以上、犠牲になる人を増やさないよう、一刻も早く戦いを終わらせよう。このニューヨーク市街戦も、マモノ災害も」
「……うん!」
「北園。日向とのイチャイチャが終わったら、こちらに回復を頼めるか? さすがに無傷とはいかなくてな」
「あ、りょーかいです本堂さん!」
「待ってください本堂さん、俺はべべっべ別に北園さんとイチャイチャなななんかななななななななな」
「ふむ。言っておいてなんだが、ここまで動揺するとは思わなかった」
「……はい! これで回復完了! あ、向こうにいるのはズィークさん! ズィークさんも回復しちゃいますよ!」
「…………。」
「え? 別にいい? ……そういえばズィークさん、怪我してない……?」
「あの人、ちゃっかりノーダメージ達成してたのか……」
「まともに受けた攻撃といえば、コールドサイスの地面氷結くらいだったか? 大した人だよ、彼は」
「……おや? そういえばシャオランは?」
「あれ? 言われてみれば、どこだろ?」
「あそこにいるぞ。市民を避難させるためのヘリに忍び込もうとしている。一人で逃げるつもりだ」
「……引きずり下ろすか」
「りょーかい」
日向たちはシャオランのもとまで行き、ヘリに乗って逃げようとする彼を捕まえた。
日向の腕の中で、シャオランは泣き叫びながら暴れている。
「イヤだぁぁぁ帰りたいぃぃぃぃ!!」
「あー! お客様! 無賃乗車は困りますお客様!」
「シャオランくん、ここまではすごく勇敢に戦ってくれたんだけどねー……」
「もう何回死にかけたか分からないよぉ! 今日はこれ以上戦いたくない! 明日! せめて明日にしよう!?」
「だがシャオランよ。こうしている間にも、ユグドマルクトは新手のマモノを次々と生み出しているかもだぞ。減ってしまった『星の牙』も補充しているかもな」
「え、それは困る……」
「だろう? そんなユグドマルクトを丸一日放置したら、どうなるか」
「えーと、ニューヨークマモノ動物園再開のお知らせ……?」
「その通りだ。だが今ならば、残っている大物はユグドマルクトのみ。今日戦うのと明日に丸投げするの、どちらが楽か、言うまでも無いな?」
「……あの、やっぱり今日戦います、ハイ……」
がっくりと肩を落としながらも、シャオランは引き続き戦闘参加を決意した。
……一方、シャオランと本堂の様子を眺めていた日向が、静かに微笑んでいた。
「どうしたの、日向くん? ニヤニヤしてるよ?」
「ああ、いや、なんというか、こうやっていつものように引っ張り戻されるシャオランを見るのも、随分と懐かしいような気がして」
「そうは言っても、私たちは別行動をとってから、まだ一時間も経ってないよ? 日向くん、変なの」
「そう言ってやるな、北園。日向は恐らく、お前たちが心配だったのだ。俺たちもお前たちも、それぞれ厳しい戦闘に身を置いていた。お互いの無事を確認する余裕さえ無かった。だからきっと、実際の時間以上にお前たちと離れていたように感じているのだろう。加えて、仲間の死に直面した『ARMOURED』の様子を見て、明日は我が身だとノスタルジーになっているのだろうよ」
「本堂さんがマトモなこと言っている上に、こっちの考えが完全に見透かされている……なんか屈辱……」
「失敬な。まるで俺が普段はボケ倒しているとでも言いたげな物言いだな」
「言いたげじゃなくてそう言ってるんですぅー!」
「あははは……なんかやっぱり、このメンバーが集まると安心するね」
「うん。ボクもそう思うよ。あとはヒカゲとも合流しないとね」
『さてみんな、休憩タイムはそろそろ終わりだ。ヘリに乗りこんでくれ。一気にユグドマルクトの根元まで向かうよ』
狭山が通信機にて出発を知らせる。
日向たちはヘリに乗りこみ、それぞれ席に座り、シートベルトを締める。
八人を乗せたヘリは、プロペラを回転させて離陸を開始した。
◆ ◆ ◆
ユグドマルクトの周辺には無数のマモノたちが集結している。
空を飛ぶマモノの数も多く、飛竜型のマモノのワイバーンや、コンドル型のマモノのクォールドがヘリを襲撃してきた。
しかしヘリは装甲に包まれているため頑丈で、ミサイルや機銃で武装している。そう簡単に墜とされはしない。
やがてヘリが着陸し、日向たちはヘリを降りる。
そのすぐ近くに、建物の陰に隠れるオリガ、日影、レイカの三人の姿があった。
「オリガさん! 日影! レイカさん! 良かった、無事だった!」
「おう、日向か。そっちもくたばらずに済んだみてぇだな」
「まぁな。それで、そっちの戦況はどうなっている?」
「見ての通りよ、日下部日向。マモノたちの数が多すぎて、ユグドマルクトを引きつけるどころじゃないわ」
「なんとか務めを果たそうとしましたが、こっちにやって来るマモノたちを迎え撃つので精一杯でした……。ユグドマルクトは、そちらに何か悪影響を及ぼしたりはしませんでしたか?」
「いや、大丈夫でしたよ、レイカさん。こっちは無事にサテラレイン討伐を完了しました。……あ、それと、ケルビンさんのことは……」
「……はい。私も少し前に、狭山さんから通信で聞きました。残念ですが、これも戦場に生きる兵士の運命なれば、悲しんでいる暇はありません」
「……分かりました。それじゃあユグドマルクト討伐を……」
「感傷に浸っているところに悪いんだけど、マモノの群れがこっちに来ているわ。かなりの数よ。手を打たないとマズいわ」
オリガが指差す、その向こう。
ここには書ききれないほどの様々な種のマモノたちが、大通りを埋め尽くしている。
中には『星の牙』らしき、見るからに強力そうなマモノも混じっている。
そしてそれらが一斉に、日向たちに向かって迫ってきている。
マモノの群れのさらに奥には、見上げるほどに巨大な樹が一本、生えている。
これがニューヨークを混乱に陥れた元凶たるマモノ、ユグドマルクト。
日向たちは遂に、その根元が見える場所へと到達したのだ。
「……さて、どうするのかしら、日下部日向?」
オリガが不敵な笑みを浮かべて、日向に尋ねる。
聞くまでも無く分かり切ったことを、あえて聞いたかのように。
「この十一人なら、あれだけの数のマモノにも負ける気がしませんね。
……正面から、一気に突破しましょう」
日向が真剣な表情で、オリガの言葉に返答した。
その様子に、一昔前の自信の無さは見られない。
仲間たちを信じ、自分たちならできると確信している。
「おっと。レイカの中のアカネも入れたら十二人だぜ、ヒュウガ」
ジャックがニヤリと笑って、日向の言葉を訂正する。
同時に、腰のホルスターから二丁のデザートイーグルを抜き放った。
日向の作戦には同意、ということを伝えているのだろう。
「ああ、そうだった……確かに十二人だ。アカネさんも独立した人格なんだから、ちゃんと数に入れないと失礼だよね……あとで謝っておこう……」
「真面目なヤツだなー。……んじゃ、気を取り直して、始めるか!」
「……あぁ、行こう!」
三国のマモノ討伐チーム連合軍が、一斉に構える。
マモノの大群との、正面決戦だ。