第338話 ケルビンパラサイト
「グオアアアアアアッ!!」
ニューヨーク・セントラルスクエア・ホール内の音楽コンサートホール、そのステージ上にて。
ケルビンが雄たけびを上げながら、目の前の北園とジャックに向かって対マモノ用アサルトライフルを射撃してきた。
今までは両手で構えて撃っていたのが、今回は右手だけで構えて撃ってきている。
しかしそれでも射撃の反動に負けず、照準を正確に合わせてくる。パワーアップにより筋力が増加した影響だろうか。
「バリアーっ!」
北園が両手を前に構え、青色の障壁を生み出した。
ケルビンが放った徹甲弾が、彼女の北園のバリアーによって弾き返される。
「おらっ!」
北園のバリアーの左側からジャックが飛び出し、ローリング。
着地と共に膝をつく体勢となり、そのままケルビンに射撃を仕掛ける。
彼の弾丸が狙う先に、もはやケルビンへの容赦は見られない。
心臓、こめかみ、首筋と、全てが殺意満点の弾道だ。
「ググウッ!!」
ケルビンは、右手に持つアサルトライフルを盾にして、首とこめかみを狙った弾丸を弾いた。
心臓を狙った弾丸は、少し狙いが逸れて右胸の辺りに着弾したが、ケルビンはダメージに堪えている様子が無い。
「もう完全に、背中の上のパラサイトの一部に……マモノに成り果てちまったってワケだ……!」
「グオオオッ!!」
ケルビンが咆哮を上げる。
同時に、背中の上のパラサイトが右前脚を振り上げる。
その先端に生えている大鎌のような刃で、ジャックと北園を切り裂くつもりだ。
「キタゾノ、伏せろっ!」
「は、はいっ!」
ジャックの声を受け、北園は素早く身を屈める。
屈んだ二人の頭の上を、薙ぎ払われたパラサイトの前脚が通過した。
巨木を大きく振り抜いたような、轟音のような風切り音と共に。
そして、ケルビンが二人の回避の隙を狙って、アサルトライフルを構えている。
「いかん! 二人を援護するぞ!」
「こ、怖いけど、仕方ないぃ……!」
ケルビンの気を引くために、マードックとシャオランがケルビンの後ろから走り寄ろうとする。
ケルビンは二人の接近を察知し、振り向きざまにアサルトライフルを薙ぎ払うように掃射してきた。
「ぬっ!」
「ひぃ!?」
マードックは両腕でガードを固める。
シャオランは”地の気質”を纏いつつも、身をよじって弾丸を回避しようとする。
ケルビンが放った銃弾は、マードックの腕に数発、シャオランの右肩に一発、それぞれ命中した。
「痛ったぁ!?」
シャオランが悲鳴を上げ、後ずさりながら背中から床に倒れた。
弾丸が命中した肩から、血が流れている。
シャオランの道着は頑丈で、そこに『地の練気法』まで加われば、ハンドガンの弾丸程度ならシャオランは生身でガードすることができるのだが、徹甲弾を使う対マモノ用アサルトライフル相手では分が悪かったようだ。
一方、マードックは腕に多少の損傷を受けながらも、ケルビンの弾丸を正面から耐え切り、突っ切った。
「ぬぉぉ!!」
「グッ!?」
マードックがケルビンにショルダータックルをぶちかました。
ケルビンは吹っ飛ばされるが、背中のパラサイトが両前脚を床に突き立てて踏ん張った。
「ガアアアアッ!!」
ケルビンの上のパラサイトが、マードックに向かって右前脚を突き出してきた。
生身の人間なら、間違いなく串刺しにされるであろう一撃。
それをマードックは、鋼の両腕でガードし、いなす。
金属が金属をガリガリと削る音が聞こえた。
そして突き出されたパラサイトの前脚を掻い潜り、再びケルビンに接近。
「ぬぅんっ!!」
「ガァッ!?」
マードックがケルビンを殴り飛ばした。
ケルビンは足でブレーキをかけながら、マードックの拳に耐える。
「おぉぉっ!!」
再びマードックがケルビンに攻撃を仕掛けようとする。
パラサイトが、我武者羅といった様子で両前脚を振るった。
「グオアアアアッ!!」
「むっ!?」
その時、マードックはパラサイトの前脚に異変が起きていることに気付いた。
前脚の刃が、黄金色に発光しているのだ。
下手にこの攻撃をガードするのはマズいと判断したマードックは、素早く後ろに下がる。
しかし後退は完全には間に合わず、ガードの姿勢を取っていたマードックの右腕を、パラサイトの黄金色に発光する刃がかすめた。
「ぬぅ……これは……!」
マードックが顔をしかめる。
パラサイトの前脚を受けた箇所が、焼き斬られていた。
凄まじい耐久力を誇るマードックの腕に、いとも容易く深い切れ込みを入れたのだ。
「グウウウウ……!」
「シャアアアアッ!」
パラサイトが長大な両前脚の刃をすり合わせる。
黄金色に発光する刃が触れ合うと、バチバチと稲妻が迸った。
「パラサイトの、あの前脚の光……。あれは、電気か……!」
『そのようです。大尉の腕を切り裂いたあの刃の光……あれは恐らく電熱だ。SF作品のビームソードのように、電気の熱によって刃の切れ味を高めている。今のパラサイトは”雷”の星の牙だ!』
「グオアアアアッ!!」
パラサイトが両前脚を振り上げ、左右同時に×の字に振り抜いてマードックに斬りかかった。
電熱の刃は、マードックの装甲をも焼き切ってしまう。
ガードはできない。避けるしかない。
「くっ!」
マードックは上体を屈めて、交差する刃を避ける。
2メートルを超える巨体を持つマードックは、そのぶん大きくしゃがまなければ刃を回避できない。
そしてマードックが大きくしゃがんだ隙を突いて、ケルビンがマードックをアサルトライフルで狙う。
「させるかよっ! 背中がガラ空きだ!」
今度はジャックがケルビンの背後を取り、背中のパラサイトに銃弾を叩き込んだ。
「ギャアアアッ!?」
パラサイトが悲鳴を上げた。
どうやらケルビンを狙うより、背中のパラサイトを狙う方が大きなダメージを与えられるらしい。
「よっしゃ! ついでにもっと喰らっとけ!」
「グオオオオッ!!」
ジャックが続けてデザートイーグルの引き金を引く。
しかしケルビンは、大きなバク宙を繰り出してこれを回避。
同時にジャックのすぐ後ろへと回り込み、着地した。
「お……おいおい。そんなデカいモン背負っといて、なんちゅー身軽さだよ」
「クアアアアッ!!」
「ちぃ! せっかく褒めてやったのに、聞く耳持たずか!」
ジャックが振り向きざまに、ケルビンの眉間に弾丸を放とうとする。
しかしケルビンはアサルトライフルをスイングし、自分に向けられたジャックの腕を弾いた。
そしてそのまま、ジャックの腹をソバットで蹴り飛ばした。
「グオオッ!」
「がはっ!?」
ケルビンの蹴りを喰らい、吹っ飛ばされるジャック。
素早く受け身を取って立ち上がったものの、なかなかに効いたようだ。蹴られた腹を手でさすっている。
「分かっちゃいたが、人間の脚力じゃねーぜ!」
「グオオオッ!!」
ケルビンがジャックに向かって射撃を開始する。
ジャックはケルビンの周囲を反時計回りに走り抜け、銃弾を避ける。
そして、走りながらケルビンに発砲し、反撃する。
反時計回りに走るのは、ちゃんと考えがあってのことだ。
今のケルビンは、右腕のみを使ってアサルトライフルを発砲している。
つまり、時計回りより反時計回りに走って逃げる方が、腕の可動域の問題で、ケルビンとしては狙いをつけづらいハズなのだ。
「おぉぉぉっ!!」
「ガアアアアッ!!」
ジャックの弾丸が数発、ケルビンの腹や脚に命中する。
ケルビンの照準もやがてジャックに追いついてきた。
ジャックが義体の左腕でガードの姿勢を取ると、ケルビンが放った弾丸が数発、ジャックの左腕に命中した。
「ぐあああっ!?」
ジャックが、悲鳴を上げて倒れた。
義手に弾丸が命中したことで、ダメージを受けたらしい。
彼の義手に、痛覚は無い。義手を撃たれて痛みを感じるのは、本来有り得ないはずだ。
『ジャックくん、どうしたんだい!? 今のダメージはいったい!?』
「ぐ……電撃だぜ、サヤマ……。ケルビンの奴、撃ち込んでくる銃弾に電撃を纏わせていやがった……。その電撃が俺の義手を伝って、俺の身体を痺れさせてきやがった……!」
『それじゃあつまり、パラサイトの電気の異能は、寄生されているケルビン隊員も利用することができるということか……!』
「グオオオオ……!」
ケルビンがジャックに銃口を向ける。
その狙いは、ピッタリとジャックの心臓に合わせられている。
「や、やべぇ……!」
「させないっ!」
ケルビンの横から、北園が火炎を放った。
ケルビンは素早く後ろに跳んで、北園の炎を避ける。
「ジャックくんを回復させる! マードックさんとシャオランくんは、ケルビンさんを止めておいて!」
「任せろ!」
「わ、分かったよぉ!」
北園の声を受け、マードックとシャオランがケルビンに攻撃を仕掛ける。
肩を撃ち抜かれていたシャオランは、ここまでマードックとジャックがケルビンの気を引いてくれたおかげで、その間に北園が回復させた。
北園は、倒れていたジャックに駆け寄り、彼を助け起こす。
「ジャックくん、大丈夫!? どこを怪我したの!?」
「ああ、ノープロブレムだぜ、キタゾノ。ちょっと電撃を喰らって痺れただけだ。これといって大きな怪我は……」
と、その時だ。
ジャックの視線の先で、ケルビンがこちらを狙っていた。
背中のパラサイトが両前脚を振るってマードックとシャオランを牽制しながら、アサルトライフルを両手で構え、銃口下部のグレネードランチャーでジャックと北園を狙っている。
「野郎、させるかっ!」
ジャックは素早く、ケルビンが構えるアサルトライフルを狙って引き金を引いた。
ケルビンは今まで右手のみでアサルトライフルを構えていたのを、今回は両手で構えていた。だからジャックは、ケルビンの狙いにいち早く気づくことができた。
ケルビンのグレネードランチャーから、榴弾が放たれる。
まさにちょうどその瞬間、ジャックが放った弾丸が飛来してきて、見事に榴弾の弾頭に命中。
ケルビンの腕の中で、グレネードランチャーが暴発した。
「グアアアアッ!?」
爆発に巻き込まれ、悲鳴を上げるケルビン。
アサルトライフルも、今の暴発で破壊されたようだ。
「グオオオオオッ!!」
「わぁ!? しまった!?」
「二人とも、ケルビンがそちらへ来るぞ!」
ケルビンが怒号を上げ、シャオランとマードックを振り払った。
そしてパラサイトが前脚を振り上げ、北園とジャックに襲い掛かる。
「キタゾノ、やっちまえ!」
「りょーかい! 発火能力!」
迫り来るケルビンに向かって、北園が猛烈な火炎放射を発射した。
北園の炎を正面から受け、ケルビンとパラサイトが火だるまになる。
「ギャアアアアアッ!? ギャアアアッ、ギャアアアアアアア!!」
「いい悲鳴だ! 効いてるぜ、パラサイトの奴! アイツは火が弱点みてーだな!」
炎を振り払いつつ、ケルビンは北園たちへの接近を止めない。
しかし、やがて力尽きたように、二人の前で膝をついた。
「グウウウ……!」
膝をつきながら、ケルビンは目の前の北園を見上げる。
死んだ魚のような、濁った白目。
炎で焼かれ、焦げ付いた肌。
身体のあちこちに、ジャックの弾丸によって開けられた穴がある。
もはや彼が、人ならざる存在となっているのは明らか。
そう思えるくらい、生きているのが不思議なほどに、ケルビンは満身創痍だった。
「よし、トドメを刺せ、キタゾノ!」
「うん……!」
北園がケルビンに向かって両手をかざす。
両手の中心に、炎が生み出される。
最大火力の火炎放射で、ケルビンを焼く尽くすつもりだ。
「グアウウウ……!」
「ケルビンさん……これで、終わらせる!」
「オマエノ……セイダ……」
「…………え?」
突如として発せられたケルビンの言葉に、北園の動きが止まった。
ジャックが慌てて声をかけるが、北園は固まってしまって動けない。
「キタゾノ? おいどうした! 早くトドメを刺せ!」
「オマエガ……オレヲミゴロシニシタンダァ……。オマエノセイデ……オレハコウナッタァ……。オマエガジャックヲトメナケレバ……オレハタスカッタカモシレナイノニィ……」
「あ……う……それ……は……」
「ユルサナイ……コノ……ヒトゴロシガァァ……!!!」
その隙にケルビンの背中のパラサイトが右前脚を振り上げる。
そして、電熱の刃を北園目掛けて振り下ろした。