第336話 詰みと罰
「これでも食らえぇ~!!」
カメレオン型の紫毒の竜、フラップルが毒ガスブレスを吐き出した。吸い込まずとも、触れるだけで相手を死に追いやる紫煙が北園たちに襲い掛かる。
『各自、散開!』
「りょーかいです!」
「おう!」
狭山の指示を受け、北園たち四人は左右に分かれて毒ガスを避ける。
北園とシャオランが右に、ジャックとマードックが左に避けた。
フラップルは、右に逃げた北園とシャオランを狙う。
二人に向かって、分厚い翼を大きく羽ばたいた。
「そぉ~れッ!!」
フラップルが羽ばたくと、紫色の煙が波のように押し寄せてくる。
フラップルの紫の鱗粉が、風に乗って飛ばされてきたのだ。
これも恐らくは猛毒。吸い込めば内臓をやられてしまう。
「これは、バリアーを張っても丸ごと包み込まれちゃう! 逃げないと!」
「もう毒を喰らうのはイヤだぁぁぁ!!」
北園とシャオランは毒の風から距離を取る。
その間に、フラップルの後ろからジャックとマードックが攻撃を仕掛ける。
「よそ見してる場合かよ!」
「隙ありだ、フラップル!」
ジャックがフラップルの背中に向かって射撃し、マードックがフラップルの脚に目掛けて回し蹴りを繰り出した。
しかし、二人の攻撃は金属音と共に弾き返されてしまった。フラップルの硬質化能力だ。
「効かないもんねぇ!」
フラップルは尻尾でマードックを薙ぎ払い、ジャックに爪で襲い掛かった。
「ぐっ……!」
「ちぃ!」
マードックは先ほども披露した受けのテクニックでダメージを軽減し、ジャックは素早く後ろに下がって爪を回避する。
その隙に、シャオランがフラップルの背後から接近した。
纏う気質は”地の気質”。もうすでに拳の射程範囲内だ。
『内臓に響くシャオランくんの打撃は、硬質化している君にも通用するのは確認済みだ』
「そういうこと! 受けてみろぉー!」
「うわ、ヤバ……!」
フラップルが振り向きざまにシャオランに攻撃を仕掛けようとする。
しかしシャオランの拳が届く方が早い。
震脚と共に突き出されたシャオランの正拳は、フラップルの横腹に深々と突き刺さった。
「うげぇ……!」
フラップルが悲鳴を上げる。
やはりシャオランの拳は、硬質化しているフラップルにも効き目がある。
……しかし。
「うわぁぁ熱っちゃあああああ!?」
「……へへへ! 引っかかったね! 『体温上昇』の能力を使っておいたのさ! 今の僕ちゃんの体温は、マックスの70℃! ちょっと微妙な数値だけど、キミたち人間にとっては十分な高温だろぉ? ついでに北園良乃の凍結能力も無効化できるし、僕ちゃんって頭良いィ~!」
『それはどうだろうか。生物が耐えきれる発熱には限度がある。例えば、ヒトの生存可能な中心体温の限界は33~42℃とされている。42℃を超えるとたんぱく質の変性が始まり、44℃を超えると死亡すると言われている。フラップル、君は肉体改造によってその限界値を引き上げているのだろうが、限界そのものを取っ払うことはできなかったようだね。その70℃の体温で北園さんの炎を受ければ、さてどうなるかな?』
「……っ!」
「火炎放射! いっけぇー!」
北園が火炎放射を撃ち出した。
フラップルは、翼を羽ばたかせながら大ジャンプして、炎を回避。
あまり長時間飛ぶことはできないのか、そのままゆっくりと離れた場所へ着地する。
それより、竜のウロコによって優れた耐火能力を手に入れているフラップルが、炎から逃げた。やはり彼としても、これ以上の体温上昇は避けたいらしい。
『まだだ北園さん。炎を途切れさせないで!』
「りょーかい!」
北園が左右の手から次々と火球を発射する。
フラップルは、それを両の爪でかき消していく。
炎は防ぎ切っているようだが、フラップルの息は荒い。
「はぁ……はぁ……くそぉっ! このぉっ!」
『炎を直撃させずとも、動き回れば体温が上がるのは道理。最高体温を維持したまま、いつまで動き回ることができるかな?』
「くぅ~、そういう手で来たかぁ!」
『ジャックくんも攻撃に参加するんだ。君の腕なら、十分にヤツの眼を狙える!』
「おうよ、任せとけ!」
ジャックがフラップルの眼を狙って、デザートイーグルの引き金を引く。
それを硬質化させた腕でガードするフラップル。
だが、ジャックの攻撃を防御したため、北園へのガードが薄くなる。
北園が発射した火球が、次々とフラップルに命中した。
「調子に乗るなぁぁぁっ!!」
フラップルが、四方八方に毒ガスを吐き散らした。周囲が濃紫の煙幕に包まれる。
毒ガスが迫ってくるので、北園もジャックも攻撃を中断して下がらざるを得なくなった。
そしてフラップルは、毒ガスの中心で息を整える。
「ぜぇ……ぜぇ……危なかったぁ……。今のうちに『体温低下』を使って、身体を冷やさないと……」
「電撃能力っ!」
フラップルの目の前の毒ガスの向こうから、稲妻が飛んできた。
電撃はフラップルの顔面に命中し、彼の皮膚を焼いた。
「ぎゃあ!? で、電撃ぃ!?」
「これなら硬質化も体温上昇も関係無いでしょ!」
『そして、毒ガスは生物でないのなら、北園さんの念動力で振り払える』
北園が念動力を使った。
青く発光する右手を、左から右に振り払う。
それと同時に、フラップルの前方の毒霧が押し退けられた。
毒霧が除去されたその先から、今度はシャオランが突っ込んでくる。
右の拳が赤々としたオーラを纏っている。『火の練気法』だ。
「せいりゃあああああああッ!!!」
シャオランが赤く光る拳を突き出した。
拳は、フラップルの身体のど真ん中に叩きつけられた。
「ぎゃああああああああ!?
……なんちゃって」
シャオランの赤い拳が叩きつけられたフラップルの身体が、ぐにゃりとへこんだ。そして身体が元の形に戻る反動と共に、シャオランを弾き飛ばしてしまった。
「うわぁぁぁぁ!? またゴム化だぁぁぁぁ!?」
「そういうこと~! これならキミの拳も効かないし、北園良乃の電撃も防げる! これで形勢逆転――」
『いいや、残念ながらチェックメイトだ。ゴムを氷結させるとどうなるか知っているかね、フラップル君!』
「え……あ、まさか!?」
フラップルは、急いで北園の姿を探す。
北園は両腕を真上に掲げて、その手の平の上で巨大な球状の冷気の塊を生成していた。そしてそれを、フラップル目掛けて投げつけた。
「えぇーいっ!!」
「うわぁぁぁぁ!?」
冷気の塊がフラップルに命中し、周囲に真っ白な超低温がぶちまけられた。
冷気を直撃させられたフラップルは、身体がカチコチに凍ってしまっている。
「し……しまった……動けないぃ……能力も、発揮できない……」
『ゴムは凍らせればガラス状態に変化する。その状態ではゴム特有の柔軟性もまったく発揮できなくなる。むしろ、衝撃にとても弱くなる』
「こ……この状況に持っていくのが狙いだったのか……。僕ちゃんに『ゴム化』と『体温低下』の能力を使わせて、火照ったゴムの身体を冷やさせることで凍結させやすくして……!」
「そういうこった」
そう言って、ジャックがフラップルの元へ歩み寄ってくる。
愛用の二丁拳銃は仕舞い、義手の右腕を肩で大きく回している。
渾身の一発をお見舞いするための準備体操だ。
彼の義手も、フラップルのパワーと張り合えるだけの馬力を出せる。
「ちょ……待って!? は、話し合おうよ! 平和的解決を……!」
「いいや、残念だがここまでだ。オマエは意外と面白いヤツだったけどよ、オマエがケルビンを殺した時点で、俺たちはオマエを許す気なんて無ぇのさッ!!」
そして、ジャックが身体全体を使って右腕を引き絞り、フラップルの身体に全力のストレートを叩き込んだ。
「げ……ほぁぁ……!?」
フラップルの身体にヒビが入り、大きな穴が開いた。
後ずさり、背中から倒れるフラップル。
いくら『星の牙』といえど、身体にこれだけ大きな穴が開くのは完全に致命傷のはず。
フラップルの敗北が、決定した瞬間である。