第333話 セントラルスクエア・ホール掃討戦
ニューヨーク・セントラルスクエア・ホール内の廊下にて。
北園たちの行く手を、マモノの群れが阻む。
周囲の景色に溶け込んで姿を隠す巨大なクワガタ、ステルスシザー。そして紫色の猛毒ヤドカリ、ケミカルヤドカリの二種類のマモノが入り混じる軍勢だ。数は、合わせて十体ほどか。
「ステルスシザーが透明になって見えにくいなぁ……。上手く火球が当てられるといいんだけど」
『そこでプレゼントのお知らせです。透明化対抗プログラムVer2.0だよ。フラップルだけでなく、ステルスシザーの透明化も見破れるようにしておいた』
「さっすが狭山さん! 頼りになるぅ!」
『お褒めいただき光栄だね。それじゃ北園さん、まとめて発火能力で焼き払ってしまいなさい』
「りょーかいです! いっけぇー!」
狭山の指示を受け、北園がマモノの群れに発火能力を放つ。
両手の中心から生み出された大きな火球が、先頭のステルスシザーに直撃する。
すると、後続のマモノたちも巻き込んでしまうほどの大爆炎が引き起こされた。
カーペット状の床が燃え、天井のスプリンクラーが作動する。
「うおお……すげー火力だな」
「で、でも、まだ結構な数が生きてるよぉ!?」
シャオランの言うとおり、動けるマモノはまだ多い。
絶命したのは、火球が直撃したステルスシザーのみらしい。
ステルスシザーもケミカルヤドカリも、丈夫な甲殻で身を包んでいる。防御力には自信があるという事か。
『なんの。一発で駄目なら何度でもだ。攻撃を続行してくれ、北園さん』
「りょーかい!」
北園が再び火球を放つ。
二発、三発と次々に撃ち込み、そのたびに大爆炎が巻き起こされる。
「しかも連射が利くときた。彼女がいれば重火器いらずだな」
やがてステルスシザーは全滅し、残ったのは三体のケミカルヤドカリ。
彼らは殻にこもって、北園の炎を防御したようだ。
そして、殻にこもったまま砲塔から毒ガス弾を発射してきた。
「させんぞ!」
マードックが突撃する。
両腕を顔の前でクロスさせ、毒ガス弾を突破した。
全身を機械化している彼は、たとえ毒ガスを吸引しようと、ほとんどダメージを受けない。
「ぬぅん!!」
マードックがケミカルヤドカリに肉薄した。
未だに殻にこもっている個体に掴みかかり、右の拳で殴りつける。
拳を一回叩きつけられただけで、殻にひびが入った。
二発目を叩きつけられると、殻が完全に砕けた。
そして殻の中の本体に三発目を叩きつけ、絶命させた。
持ってきた重火器はすべて破壊されてしまったが、彼にはまだ、この鋼の義体がある。
「シーッ」
二体目のケミカルヤドカリが、マードックをハサミで挟もうとする。
飛びかかってきたその二体目に、マードックは拳を振り下ろし、床と板挟みにして叩き潰した。
続いて逃げ出そうとした三体目を掴み上げると、そのまま思いっきり床に叩きつけて殻を砕く。
砕いた殻ごと三体目を踏み潰し、マモノの群れを殲滅した。
「排除。先に進むぞ」
「りょーかいです!」
「コイツぁ、思った以上に楽ができそうだな」
「是非ともボクを楽させてね!」
「ブレねぇなーコイツは……」
四人は、施設内のマモノを全滅させるために探索を続ける。
街に現れたマモノたちを放っておくワケにいかないのもあるが、次にフラップルと戦う時に、横やりを入れられたら困る。少しでも数を減らしておきたいところだ。
『北園さん。そこの角にステルスシザーが二体だ』
「りょーかいです! 発火能力!」
『ジャックくん。後ろからステルスシザーが一体』
「おう。仕留めてやるぜ」
『大尉。向こうの角からケミカルヤドカリが来ています。数は二』
「了解だ。倒してこよう」
『シャオランくん。たぶん天井にステルスシザーが一体』
「たぶんって……。それに、天井には何もいないみたいだけど……」
天井を見上げるシャオラン。
すると、天井が裏側から破壊され、その先からステルスシザーがシャオラン目掛けて飛びかかってきた。
「シシーッ!」
「ぎゃあああああ!? そういえばそうやって襲撃してくるんだったぁぁぁ!?」
悲鳴を上げながらも、シャオランは握りこぶしを縦に振り下ろす。
拳は的確にステルスシザーの脳天を捉え、甲殻を砕きながらステルスシザーを床に叩きつけた。
「死ねぇぇぇ!」
涙目になって叫びながら、シャオランはステルスシザーの頭部を踏み砕いた。
ステルスシザーはビクビクと痙攣しながら、絶命した。
「うええええ……まだ脚が動いてるよぉ……頭が潰れてるのにぃ……」
「それにしても、狭山さんのオペレートが絶好調だね。さっきから戦いがすごく楽だよ」
『監視カメラを掌握できたことで、一気に視界が広がったからね。ここのマモノたちはどいつもこいつもレーダーの眼を逃れるから、今まで役に立てなかったぶん張り切ってるのさ。……それと、フラップルと戦う前に、一つ伝えておきたいことが』
「伝えておきたいこと?」
『うん。もしかしたら、ヤツの弱点になり得るかもしれない特性だ』
「ああ狭山。それは私から伝えても構わないか? お前にばかり良い格好をされては、私の立つ瀬が無くなってしまう」
『はは、流石はマードック大尉だ、自分が言わずとも気付いていましたか。分かりました、説明はお任せします』
「余裕だなぁ、この大人二人は……」
「では改めて説明するぞ。フラップルはここまで、全身を透明にしたり、硬質化したり、筋肉質にしたりと、様々な変化を見せてきた。しかし、なぜこれらの変化を一気に使わないのか?」
「そういえば……なんででしょう?」
「恐らくフラップルは、全身に影響を及ぼすような変化は、一度につき一種類までしか使えないと思うのだ。骨格の一部を変形させるなど、部位ごとの変化なら併用できるようだが」
「たしかに、硬質化して筋肉質にもなれるなら、普通そうするよね。そしたら無敵だもん」
「フラップルが他にもどれだけ肉体を変化させられるかは、まだ不明瞭だ。だが、ここまで判明している三つを併用しない理由が無い。『体全体の肉体改造は、一度に一種類しかできない』というのは、ほとんど確定だと思っていいだろう」
その後、引き続き四人は建物内のマモノを討伐していく。
『北園さん。向こうの角から来るよ。ステルスシザーが一体』
「りょーかいです! 発火能力!」
『そこのドアのところ、ケミカルヤドカリが隠れている』
「じゃあ、凍結能力で砲塔を塞ぐね!」
「ふむ。二人のこの関係……さながら北園が戦車で、狭山が操縦士のようだな」
『なるほど、的を射ていますね。北園さんはおっとりした性格で、今まで戦闘に関する漫画もアニメも映画もあまり観てこなかった。それもあって、残念ながら予知夢の五人の中では最も戦闘に関する知識や感覚が劣っている。しかし、彼女自身の異能による火力は屈指のものです。ゆえに、彼女を上手く運用できる者がいれば、戦闘はグッと楽になる』
「普段は日向くんがその役をしてくれるけど、今日は日向くんが不在だから狭山さんが頼りだよー」
『君に頼りにされたとあっては、張り切らないワケには……おや?』
話の途中で、狭山が疑問の声を上げた。
何かを発見したような様子だ。
「む? どうした狭山?」
『監視カメラの映像が一部、砂嵐になっています。恐らくは、監視カメラを破壊されたのかと』
「ふむ。マモノの奴ら、今度は自分たちが監視カメラで見張られていると悟り、眼を奪いにかかったか」
『でしょうね。毒ガスの追い込みといい、監視カメラの対処といい、よく考えるものです。今だから言いますが、人間の技術まで利用した彼らの策略は、素直に賞賛に値しますよ。それを、さらなる叡智と謀略でねじ伏せる。自らの知で相手の知を押し潰すこの感覚。いやぁ、用兵というのは楽しいものですね!』
「なんか……サヤマに変なスイッチが入っちゃった……」
「普段は『人を騙さない』などと言っているが、アレもなかなかどうして智のウォーモンガーなところがあるからな。必要とあれば、相手を二重三重の罠に嵌めるくらい平気でするぞ」
『監視カメラの破壊のペースから見るに、残るマモノのグループはあと三つ。一気に叩いてしまいましょう』
その後、四人は残るマモノの群れも討伐し、建物内の雑魚マモノをあらかた一掃した。
残るはフラップルと、パラサイトに操られているケルビンのみだ。
「ケルビンがいまだに姿を現さねーのが不気味だな。後ろから狙ってきたりしてねーだろうな……」
『監視カメラにも、ケルビン隊員の姿は映っていないね。どこに隠れているのやら……おや?』
「どうしたサヤマ? ケルビンがいたか?」
『いや、ケルビン隊員ではないが……天井が大きく崩れている場所がある。そしてそこに、文字も書かれているんだ。上がって来い、決着を付けよう、だってさ』
「……へぇ。雑魚を片付けたことで、いよいよボスのお出ましってワケか」
「きっとフラップルだよね。さっそく行ってみよう!」
北園たちは、件の天井が崩れた場所へと向かう。
北園が空中浮遊で、残りの三人は自力で跳躍して天井の上へと上がった。
そこは、ニューヨーク・セントラルスクエア・ホールの屋根の上。
平らで広々として歩きやすいその屋根の上に、憎き紫迷彩のカメレオンの姿があった。
「追い詰めたぜ、フラップル……!」
「キュロロォ……あー、テステス、ただいま声帯のテストちゅー。
……どーも、巫女ちゃんに敵対する愚かな人間の皆さん! ここまで来てくれてありがと~! 来てくれなかったらどうしようかと心配してたんだよぉ~!」
「…………は?」
唖然とするジャック。
他の皆も固まっている。
目の前のフラップルが、喋った。
「あ、僕ちゃんが急に喋って、驚いてる? でも僕ちゃんの能力、もう分かってるんだよね? 肉体改造……喉に声帯をつけることくらい、楽勝ってワケ! 君たちとはぜひ言葉を交わしながら戦いたいと思ってね~、つい喋っちゃった! とても強い君たちに対する、僕ちゃんなりの敬意でもあるんだよぉ!」
「フラップル、オマエ……喋れたのか……」
「そうそう! その『フラップル』って名前もイイよね! カッコよさと可愛さが同居してるような感じでさ~! 僕ちゃん、結構気に入ってるんだよ~! 素敵な名前つけてくれてありがとね~!」
「……へっ。予想通り、ムカつく声と喋り方だぜ。名前のお礼に何かくれるっていうなら、テメーの命をもらってやるよ」
「うふふ、強烈な殺気だぁ。本当は僕ちゃんは北園良乃か、ついでにシー・シャオランを殺せればそれで良かったんだけど、せっかくだからそこの鉄の身体の人たちも始末しちゃおうねぇ~」
「ぼ、ボク、名指しで命を狙われたぁ!?」
『ふむ……人の言語を解する彼には、色々と聞きたいことがあるが、まずはなぜ北園さんたちを率先して狙うのか知りたいところだね』
「おっと! それはさすがに喋れないなぁ~。ここの四人だけなら、後で皆殺しにして口を封じるから教えても良かったんだけど、なんか、通信機?とかいうので遠くから会話を聞いてるヤツもいるよね? ソイツに知られちゃうのはマズいからなぁ~」
『じゃあ、自分は退席しておこうかい? 彼ら四人は無事に君を倒して、情報を持ち帰ってくれるだろうからね』
「それ聞いちゃったら、ちょっと教えたくなくなっちゃうなぁ~。
……さて、名残惜しいけど、楽しいお喋りタイムはそろそろ終わろっか」
すると、目の前のフラップルが小刻みに震え出した。
身体の筋肉が少し膨れ上がっていくのが分かる。
次に、前脚の吸盤状の指が変質し、鋭い爪が生えた。
指と指の間にはヒレ状のカッターが生え、さながら河童の水かきのように。
身体を包む紫鱗は、より厚く、頑丈に変化した。
そして最後に、背中が盛り上がって、大きな一対の翼が生えた。
「……おいおい。これじゃあまるで……」
「ドラゴン……だな。ちと、カメレオン色が強いが」
肉体改造を終えたフラップルの姿は、二本の後ろ足で立ち上がり、大きな翼を持ったドラゴンそのものだった。鋭い爪とカッターがついた前脚をわきわきと動かし、四人を見据える。
「ふっふっふ! 僕ちゃんたち爬虫類は太古の時代、この星の覇者として君臨していた! その最強の遺伝子を受け継ぐ僕ちゃんに、ちっぽけな人間が勝てるとは思わないことだねぇ!」
「舐めんな、こっちだって今はトカゲだぜ。最強の遺伝子はこっちにも混じってるっつーの」
「ケルビンさんの仇……取るんだから!」
「さぁ、それじゃ始めようかぁ! ……ギュルォォォォン!!」