第35話 中国旅行前夜
気が付けば、店の外は既に夕焼けに染まっていた。
「とりあえず、俺はここまでの話をボスに報告してくる。お前たちに協力を仰ぐかどうかを決めるのは、その後だな」
そう言って倉間が席を立つ。
彼とはここでお別れだ。
「んじゃ、縁があったらまた会おうぜ。若者諸君。……おっと。それと、これは昼飯の代金な。釣りは取っとけ」
そう言って、倉間がテーブルに一万円をポンと置いた。
「いや、多いです多いです。四人分でも四千円いってませんから」
そう言って、日向は倉間に一万円を突っ返そうとする。
しかし倉間はそれを受け取らない。
「気にすんなって! ここは大人として、カッコつけさせてくれや! んじゃ、中国旅行、楽しんで来いよ!」
そう言ってニッカリ笑うと、倉間は去っていった。
席には、日向と北園の二人が残された。
「……さて、改めて冷静に考えると、マジで行くんだよな。俺たち、中国に」
「そうだね」
「なんというか、ここまで来たかぁ、って感じがする」
「わかる」
「……北園さん」
「ん?」
「予知夢も大事だけど、せっかくの中国だし、楽しんでいこうな」
「……うん!」
北園は、眩いばかりの笑顔で頷いた。
◆ ◆ ◆
日向たちが中国旅行の日程を組んだ、その日の夜。
「……へぇ、マモノに。それは災難でしたね、倉間さん」
『全くだ。だが、とんでもない収穫もあったぜ』
ここは東京都内のとある施設の一角。防衛省情報部マモノ対策室本部。
その通路の一角で、一人の男がスマホで通話をしていた。
男の名前は狭山誠。
政府より、日本のマモノ対策室の室長を任された男だ。
つまるところ、倉間が『ウチのボス』と呼んでいた人物その人である。
見た目は若々しく、高く見積もっても30代前半、という印象だ。
政府の重要組織の施設内という場所においてあまりに不釣り合いな、白と黒の模様が入り混じった派手目な羽織ものが彼のトレードマークだった。
電話の相手は、今日の昼、日向たちと話をしていた倉間慎吾である。
『……彼らについての概要、その報告は以上だ。で、これからだが……』
「………。」
倉間の報告を聞いている狭山は、口を開かず押し黙っている。
『……狭山? どうした、おい?』
「………素晴らしいっ!!!」
『うおっ!?』
突然の大声を受け、倉間が驚きの声を上げる。
『おま、耳元で大声出すなよ。俺の鼓膜を殺す気か』
「ははは、いや失礼。何しろ、期待以上の成果を得られたもので。倉間さん、あなたをそっちに派遣して大正解だった!」
『そうだな、俺もそう思う。予想以上の成果だったさ。……んで、これからどうする?』
「まあ、話に出た彼らには当然、協力を要請するしかないでしょう」
『やっぱりか』
「とはいえ、彼らも若い。あまりこちらの都合で動いてもらうのも悪い。むしろ、こちらが彼らをサポートするくらいの姿勢でいくべきですね」
『……何するつもりだ?』
倉間が疑問の声を上げる。
この男は時々、とんでもなく大それたことをやらかすことを、倉間は知っている。
「んー、とりあえず、彼らと直接話がしたいです。まずは会って、協力関係を取り付けないことには、行動に移しても意味ないですし」
『お前、そんなに気軽に動ける立場かよ』
「そのためにも、今から秒で仕事を終わらせますとも。それでは!」
『あ、おい、ちょ』
ピッ。
通話は切れた。
「ふむ。超帯電体質に超能力者。それから『星の牙』殺しの剣を使う少年、かぁ」
狭山は一人、呟いた。
――気になる。
とても気になる。
大変気になる。
どのような能力を使うのか。
どうしてマモノと戦い始めたのか。
運命に選ばれた彼らは、いったいどんな子たちなのか。
「うーむ……是非会いたい!! よぅし、お仕事頑張るぞぅ!!」
そう言うと狭山は、自身の仕事場に戻って行ったのであった。
予知夢を信じ、町の怪物退治から始まった、少年少女の小さな戦い。
その舞台は、海の向こうの大陸へと移る。
そこで彼らは何を見て、何に出会うのか。
運命の歯車は少しずつ揃い、動き出す時を待っている。




