第322話 サテラレイン、最後の攻防
引き続き、建設中のビルの最上階にて対峙する日向たち四人と、巨大なシオマネキ型のマモノのサテラレイン。
日向は、サテラレインの弱点が『口内』であると推測した。
サテラレインに向かって武器を構えて牽制しつつ、日向たち四人は作戦会議を続ける。
「ここまでの戦いで、ズィークさんが奴の眼を攻撃して、コーネリアスさんが奴の腹を撃ち抜きました。どちらも弱点としては申し分ないはず。それでもサテラレインは、多少怯むだけで特別大きなダメージを受けた様子は無かった。他に弱点足り得る部位と言えば、もう口内くらいしか思いつきません」
「なるほど。さすがに口内は甲殻で包まれていないだろうからな。万が一弱点ではなかったとしても、大ダメージは与えられるはずだ」
「俺たち四人は、遠距離攻撃の手段がそれなりにあります。本堂さんの”指電”に、コーネリアスさんの対物ライフル。ズィークさんは、そこに積まれている鉄パイプを投げ槍代わりに使うことができるでしょうし」
「…………。」
確かにズィークフリドの怪力なら、ただの鉄パイプだろうと銃弾以上の威力を持つ飛び道具に仕立て上げることができるだろう。
しかしズィークフリドは、鉄パイプが積まれている場所とは逆方向に歩き出す。そして拾ってきたのは、小サイズの鉄骨だ。今まで足場として利用してきた鉄骨より幾分か小さいとはいえ、長さはズィークフリドの身長を超え、太さは一抱えもあるほどである。
間違いなく常人では持ち上げることなどできないそれを、ズィークフリドはひょいと持ち上げ、肩に担いで日向の元に戻ってきた。
「……あの、まさか、それを投げるつもりなんです?」
「…………。」(頷く)
「そこは鉄パイプにしときません? 威力はあると思うんですけど、なんというか……その……人間として」
「それより日向。結局、どっちのプランを使うつもりなんだ? 奴の脚を攻撃して動きを鈍らせ、お前の”紅炎奔流”を当てるプランか。弱点の口内を攻撃して”紅炎奔流”に頼らず奴を仕留めるプランか」
「ここは第三の選択肢、『どっちも狙う』で行こうかと思います。状況に合わせて、どちらでケリをつけるか柔軟に対処しようかと」
「『臨機応変に対応しろ』ということか」
「本当は、適当に任せるみたいでそういう指示を出すのは嫌いなんですけど、本堂さんたち三人は個々の判断力に優れたメンバーですし、いけますよね?」
「俺は問題ない」
「了解ダ」
「…………。」(頷く)
「よし、それじゃ戦闘開始です。そろそろサテラレインも動き出しそうですしね!」
「ギギギィ……!」
上から日向たちを見下ろすサテラレインが、爪を引いてストレートパンチを繰り出してきた。日向たちは散開して、サテラレインのパンチを避ける。
ここの足場は下層の足場より頑丈なようで、サテラレインの一撃を受けても崩落しないようだ。特に日向としては助かる話である。
「駄目でもともと……!」
そう言って、日向はハンドガンを取り出してサテラレインに射撃を仕掛ける。
上層に張り付いているサテラレインには斬撃が届かない。加えて、日向は”紅炎奔流”以外に遠距離攻撃を持たない。アレは一度撃つと再発射までに五分の時間を要する。よって、今は日向も銃で攻撃するしかない。
しかし、頑強な甲殻を持つサテラレインは、ハンドガンの弾丸程度は痛くもかゆくもないらしい。日向には見向きもせず、他の仲間たちを狙っている。
「ギギギ……」
サテラレインは引き続き、巨大な右爪を真っ直ぐ叩きつけてくる。
爪の先端が足場を叩くたびに、重々しい金属音が鳴り響く。
サテラレインは本堂を集中的に狙っているようだが、本堂は素早い動きで右爪のパンチを回避する。そしてその隙に、コーネリアスが右側からサテラレインの側頭部を狙撃する。
「Eat this!」
「ギギ……!」
サテラレインは素早く右爪を動かし、コーネリアスの銃弾をガードする。
それによって、サテラレインの正面のガードが無くなった。
今なら正面からサテラレインの口が狙える。
「ッ!!」
ズィークフリドが身体ごと振りかぶって、鉄骨を投げつけた。
鉄骨はミサイルのように、サテラレインの口を目掛けて真っ直ぐ飛んで行く。
「ギギ……ッ!」
しかしサテラレインは、これにも素早く反応した。
すぐさま右爪を正面に戻し、鉄骨を挟んで止めてしまった。
そのままハサミに力を入れて、鉄骨を真っ二つに切断してしまった。
「……チッ」
「ズィークさんが舌打ちした!?」
ズィークフリドの攻撃を防いだサテラレインは、ジャンプしてもう一段上層へ。すると、途端にその巨大な右爪を振り回して暴れ始めた。
周囲の鉄骨や、足場として張られた鉄板が右爪に薙ぎ払われ、下層の日向たちに向かって崩落してくる。
「うおぉぉ!?」
「ク……危ないナ……!」
人間など容易く押し潰してしまうであろう超重量が、雨あられのように降ってくる。一つでも命中したら命にかかわる。轟音を立てて落ちてくる鉄骨や足場から、日向たちは必死に逃げ回る。
だがその途中で、コーネリアスが足を止めた。
「奴メ、暴れまワルのニ夢中になっテ、隙だラケダ。狙わナイ理由が無イ」
コーネリアスはその場で膝をつき、サテラレインに標準を合わせる。
狙いを付けたら、銃口の先端をピタリと止めて、引き金を引いた。
放たれた弾丸は、吸い込まれるようにサテラレインの口の中へ。
サテラレインの口から、大量の紫色の体液が噴き出した。
「ギギャーッ!?」
大きく仰け反るサテラレイン。
その際に右爪を大きく振り回し、足場として組まれていた鉄骨を一本、弾き飛ばした。
それが偶然か、あるいは狙ってか、コーネリアスに向かって放射線を描くように飛んできた。
「ヌ……!」
コーネリアスは素早く対物ライフルを構え、落ちてきた鉄骨を狙撃。
鉄骨は真っ二つに破壊され、コーネリアスに届くことはなかった。
一方、コーネリアスの弾丸を受けたサテラレインは、体勢を崩して落下。日向たちがいる層と同じ場所まで降りてきた。
周囲に組まれた鉄骨に脚を引っかけて、再び体勢を立て直す。改めて日向たちと真っ直ぐ向かい合う形となった。
「ギギギ……!」
サテラレインは巨大な右爪を振り上げ、ハンマーのように日向たちに叩きつけてきた。
日向たちとしても、そのような危険な攻撃を喰らってやる筋合いはない。素早くその場から退避して攻撃をやり過ごす。
しかし、右爪が叩きつけられた足場が大きく揺らされた。確かにこの足場は下層の足場より頑丈だが、それでもサテラレインの攻撃が強烈すぎる。そう長くはもたないかもしれない。
「ここで一気にケリをつけないと! 太陽の牙、”点火”ッ!!」
日向は”点火”を使い、剣に超高熱の炎を宿した。
しかし、”紅炎奔流”はまだ撃たない。
ここは斬撃を繰り出すに留め、サテラレインを弱らせるつもりだ。
「おりゃああああ!!」
日向が掛け声と共に斬りかかる。
サテラレインは、右爪を大きく薙ぎ払った。
日向の剣がサテラレインの右爪に食い込むが、右爪はお構いなしに日向を弾き飛ばす。
「ぐっ……!?」
「ギギィ……!?」
右爪に吹っ飛ばされた日向は、その勢いで足場の上を滑る。
そして、ビルから落ちる一歩手前のところで停止した。
あともう少し強く吹っ飛ばされていたら、そのまま転落していたかもしれない。
「あ、危なかった……!」
一方、サテラレインも日向のイグニッション状態の一撃を受け、大ダメージを負っていた。頑強極まる右爪が、大きく焼き斬られて溶解している。傷を受けた右爪をぷるぷると震わせて、動かしにくそうにしている。
そして、仲間の三人はこの隙を逃さない。
「今だ、総攻撃を仕掛けるぞ!」
「了解ダ」
「……!」(強く頷く)
本堂とズィークフリドが鉄骨の上を駆け抜けてサテラレインの脚を攻撃し、コーネリアスが、サテラレインの脚を狙撃する。
三人の猛攻を受けて、サテラレインはたまらず鉄骨から脚を滑らせてしまった。
「ギギィ……!?」
左の四本の脚が、鉄骨から外れた。
サテラレインは残る右の四本脚と右爪を使って、足場にしがみついている。
サテラレインは今、とても反撃も回避もできる状態ではない。隙だらけだ。
「今だ、日向!」
「はい! 太陽の牙……”紅炎奔流”ッ!!」
本堂の声を受けて、日向が『太陽の牙』を振りかぶり、縦に振り下ろした。灼熱の炎波が、真っ直ぐと撃ち出される。
そして、炎はサテラレインに直撃し、大爆炎を巻き起こした。
「ギギャーッ!?」
炎に巻き込まれた鉄骨が溶解する。
爆炎の熱波が日向たちにも吹きつける。
”紅炎奔流”は、マモノへの特効を持つ『太陽の牙』の炎、その塊を撃ち出す大技。白兵戦闘において、マモノ相手にこれ以上の威力を持つ攻撃は存在しないとまで言われている。
これが直撃した以上、もはや勝負は決まった。
サテラレインは右脚も踏み外し、そのまま下層へと落下……。
「ギギィーッ!!」
いや、サテラレインはまだ生きている。
ほとんど瀕死の状態だが、最後の力を振り絞って右爪を伸ばし、日向たちが立っている足場を掴んで落下を免れた。
「うわっと!?」
サテラレインがしがみついた衝撃で、足場が大きく揺れる。
さらにサテラレインは、右爪で足場にしがみついたまま、身体をブランコのように大きく揺らす。
サテラレインが揺れる度に、足場から嫌な音が鳴り響く。
今にも足場が崩れそうになる音が。
「こ、コイツ、足場を崩して道づれにする気だ!」