第34話 予知夢は大陸を指し示した
日向は倉間に、今までの経緯を語った。
空からあの剣が降ってきたこと。
自分の影が実体化し、襲ってきて、どこかへ逃げたこと。
北園の予知夢の話を聞き、彼女に協力することを決意したこと。
自分が鏡に映らなくなったことに気づいたこと。
自宅の裏山でマモノと戦ったこと。
アイスベアーに腹を引き裂かれ、死にかけたこと。
傷が燃え出し、火が収まると傷は消えてなくなっていたこと。
それが、あの剣の持つ能力だと判断したこと。
河原でライジュウと戦ったこと。
そのライジュウに雷を落とされ、死んだこと。
その後すぐに生き返ったこと。
マモノは危険な存在だと知ったが、それでも戦おうと決意したこと。
北園の予知夢を頼りに本堂と出会ったこと。
その本堂の家でスライムと名付けたマモノと戦ったこと。
そこで本堂が超帯電体質という能力を持っていることを知ったこと。
その事件の後、本堂も自分たちに協力してくれるようになったこと。
「……それから昨日の一件を経て、今に至ります」
「なるほどなぁ」
倉間は椅子の背もたれに大きくもたれながら話を聞いていた。
「……何というか、お前も苦労してんな」
「ははは……」
改めて考えると、ここまでの出来事は全て、あの剣を拾ってから一週間ほどの出来事である。
(濃すぎるだろこの一週間。人生で一度でも起これば一生忘れないであろうイベント、この一週間にどれだけ詰まってるんだよ。思い出がパンクしそうだよ)
何とも言えない表情で、日向はそんなことを考える。
「一応、聞いてみますけど、倉間さんは『あの剣』に何か心当たりがあったりしませんか? 国の新兵器とか……」
「いや、そんな話は聞かないな。『星の牙』を問答無用で倒せる武器なんて、むしろ世界各国が喉から手を出すほどに欲しがるだろうさ、そんなもの」
「んー、やっぱりダメかぁ」
そうだろうと思ってはいた。
やはりあの剣は、国が生み出したものでもないらしい。
「しかも、お前以外には使えないんだっけか。あの剣」
倉間が話を続ける。
「ええ。他の人が触ると熱を発するらしいです」
「確かに、俺も昨日、少し使わせてもらったが、メチャクチャ熱かったぞ」
「なんか、スミマセン」
「ああ、いや、お前は悪くないさ。気にすんな。……しかし、お前以外の人間には使えないとなると、やはりお前を『星の牙』対策の中心に据えるしかないのかねぇ」
「それって、つまり、どうなるんです……?」
なにやら話が思った以上に大きくなりそうな気配を感じ、日向はやや不安そうに尋ねる。
「どうするか、どうなるかは俺が決めることじゃないな。ウチのボスの仕事だ。……まぁ多分、俺が思うに、ガッツリ協力を要請してくると思うぞ」
「お、俺なんかがお役に立てるんですかね……? 北園さんや本堂さんはともかく……」
「まあ、ウチのボスは、性格は良いから。あまり心配すんな」
今更ながら、『すごく大変なことに巻き込まれてしまった感』がこみ上げてくる日向。「俺で良いのかな……?」と、不安な表情を隠せない。
悩む日向を余所に、北園が微笑みながら声をかけてくる。
「なんか、いよいよ、世界を救う第一歩を踏み出したって感じだね!」
(そのポジティブシンキングを小さじ一杯ぶんでいいから分けてくれ……)
と、内心で頭を抱える日向。
そんな彼らに、倉間が尋ねてくる。
「……で、お前たちはこれからどうするつもりなんだ? とりあえず現在、この辺に出現しているマモノはいないらしいぞ」
確かに今のところ、三人は特にやるべきことが無い。
このまま北園が次の予知夢を見るか、マモノが出るまで待機か……。
日向がそう言おうとすると……。
「ふっふっふ! 実は今朝、新しい予知夢を見てきたのです! 初夢だよ初夢!」
と、北園が待ってましたとばかりに口を開く。
まだ北園の予知夢を良く知らない倉間と本堂が、興味津々に尋ねる。
「お、ウワサのお嬢ちゃんの予知夢とやらか」
「気になるな。どんな夢を見た?」
「えっとね……。『武功寺』っていう場所で、日向くんが宿敵に出会う、っていう夢」
「宿敵……? それってどんなの?」
自分に関する夢を見たと聞いて、思わず北園に尋ねる日向。
日向の宿敵とは、一体。
「んー、ごめん。それがちょっとよく分からないの」
「えー……。いつもみたいに、何か予知夢の映像とかは見なかったの? その宿敵がどんな奴なのか、とか……」
「それがねぇ……。夢に見た映像は、日向くんが武功寺っていうお寺の正門の前に立っているところだけなのよ」
「じゃあ、なんで宿敵に出会うってことが分かったの……?」
「んー、直感」
「出たよ、直感」
とは言え、北園の直感も馬鹿に出来たものではない。
現に、その予知夢と直感を信じてきた結果が、皆をこの場に導いている。
「武功寺……ねぇ……」
その一方で、倉間は『武功寺』というキーワードに注目しているようだ。日向が倉間に声をかけてみる。
「知ってるんですか? 武功寺」
「ああ。知ってる。……お前たち、武功寺って、どこにあると思う?」
突然、倉間が質問してきた。
「へ? えーと、京都とか……」と、日向。
「夢に見たときは、どこかの山の中だったよ」と、北園。
「中国」と、本堂。
「「……中国ぅ!?」」
本堂の言葉に、日向と北園が声を上げる。
本堂の解答に対し、倉間が口を開く。
「正解だ、本堂。武功寺は中国の湖北省にある寺院で、中国拳法の修業の聖地とされている場所だ。映画の撮影でも利用されたことがあって、知る人ぞ知る観光スポットでもあるのだが……お前たち、本当に行くのか?」
倉間の問いを受けて、日向は考え込む。
(ここに来て海外とは……。興味がないわけではないけど、そんないきなり言われてもなぁ。ここはまたの機会ってことにしよう。そうしよう)
そう決断し、日向は口を開く。
「いや、俺は遠慮しt「行きます!!」
日向が答え終わる前に、北園が言葉を被せてきた。
やはり何が何でも予知夢を実現させる気らしい。
「でもそんな、いきなり中国だよ?」
「みんなで行けば、何とかなるよ!」
「いやでもほら、ウチの母さんが止めるかも……」
「えー? 日向くんのお母さんって優しいし、絶対許してくれるよー?」
「ぐ……否定できない……」
「パスポートも持ってるよね?」
「なんで知ってんの……?」
これはもはや、観念するしかない。
北園は予知夢のこととなると、途端に押しがブルドーザー並みに強くなる。
「そうか。それなら俺は止めねぇけど、気を付けて行けよ?」
倉間が声をかける。
あっちも仕事があるのだろう。ついて来てはもらえないようだ。
「はーい! ……あ、本堂さんも来るよね?」
北園が本堂に声をかける。
「いや北園さん、本堂さんは浪人生だって。旅行してる暇なんか無いって」
頭の中でそう呼びかける日向。
しかし……。
「そうだな……。なら俺も行くか」
「おぉい浪人生!?」
「予備校が臨時休校でな。それに、お前たちだけを中国に送ると、無事に帰ってこれるかが不安だ」
「ぐっ……」
本堂の心配はもっともだ。
一応、日向の中学の修学旅行は海外だったので、海外旅行の経験はある。だがあの時はガイドがいたし、日向自身は英語など全然話せない。ましてや中国語など。
「たしかに、無事に帰れる気がしない……」
「俺なら英語は話せるし、中国語も基本的な会話ならいける。ガイドは必要だろう?」
「それは嬉しいですけど、勉強は大丈夫なんです……?」
「なに、あっちでも勉強はできるだろう。俺はお前たちに協力すると決めた。なら、受験もマモノ退治も両方、俺が出来る範囲でやってやるさ」
「本堂さん……。助かります」
母親に報いようとする姿勢といい、日向たちに惜しみなく協力してくれる件といい、本堂はすごく義理堅い。一度目標を決めたら、力の限り突っ走る感じである。
「んじゃ、予定も決まったところで、中国旅行の日程づくりでもするか?」
倉間が悪戯っぽい笑みを浮かべ、提案してきた。
日向も倉間に返事をする。
「そうですね。倉間さんは海外とか詳しそうですし、色々教えてくださいよ」
「おう任せとけ。何ならイチから中国語を教えてやろうか?」
「あ、いや、それはちょっと難易度高そうなので、基本的なものだけ……」
「了解だ。さて、じゃあまずは飛行機を決めるか。えーと……」
倉間がスマホをいじり始める。
その時、ふと、一つの考えを閃き、日向は本堂に声をかける。
「本堂さん。倉間さんがいれば旅行の日程は立てられそうですし、今日は俺たちに任せて勉強に集中したらどうです?」
それは、受験勉強の合間を縫って協力してくれている本堂の負担を、少しでも減らせればと思い、考えた提案だった。旅行の日程を覚えるくらい、本気になれば俺や北園さんだってできるはずだ、と。
「そうか? それなら、お言葉に甘えようか」
そう言って、本堂は席を立つ。
「ありがとな、日向」
「いえいえ。受験勉強、頑張ってくださいね」
「ああ。やってやるさ」
そう言って、本堂は店を出ていった。
「さて、じゃあ俺たちは中国旅行の計画を立てようか」
「りょーかいです!」
「ええ、やりましょう!」
倉間の号令に続いて、声を上げる俺たち。
倉間は、二人でも理解しやすいよう、分かりやすいスケジュールを組んでくれた。交通ルートを調べ、時刻を調べ、ついでに現地で役立つ中国語を習い……。
時間は、あっという間に過ぎていった。




