第320話 超人たち
「ギシャアアアアアアアアッ!?」
日向のイグニッション状態による『太陽の牙』の一撃を受け、コールドサイスが絶叫を上げた。床の上を転げまわり悶絶している。
「はっ……はぁ……やってやったぞ……ざまぁみろ」
してやったりという表情を浮かべる日向。
しかし彼の顔もまた苦悶に満ちており、床の上に横たわって動けないでいる。コールドサイスによって刺し貫かれた右の脇腹のダメージが大きいのだ。オマケに”再生の炎”が彼の傷口を焼き、痛みはさらに倍増する。
「ぐ……っ!? けど、ここでぐったりしてる場合じゃない……。今のうちに”紅炎奔流”を撃って、コールドサイスにトドメを刺さないと……!」
そう呟き、日向は再び『太陽の牙』を握りしめる。
……だが、その刀身を見て、ある異変に気付いた。
「あ……イグニッションが……終了してる……」
日向の剣から、炎が消えていた。
イグニッション状態の制限時間を超過してしまったのだ。
これではコールドサイスを倒すための”紅炎奔流”が撃てない。
「戦闘に夢中になって、時間を上手く把握できていなかった……! もうそんなに時間が経っていたのかよ……!」
自らの詰めの甘さに、日向は己の首を締めあげたくなる思いだった。
そして、未だに床に横たわっている彼に、黒い影が覆いかぶさる。
「キシャアアアアアアアア……ッ!!」
「く……コールドサイス……!」
コールドサイスが、ダメージによる痛みから復帰したのだ。
虫型のマモノであるコールドサイスは、表情こそ読めないが、明確な怒りを持って日向を睨みつけている。
その右の複眼は、日向に斬りつけられて完全に潰れている。
斬られた右目から、緑の体液が流れ出ている。
「くそ……やっぱり俺じゃ無理だったのか……!? 惜しいところまで行ったのに……!」
悔しげな表情を浮かべ、日向は仰向けに倒れたまま後ずさる。
今すぐ立ち上がりたいところだが、再生のために燃え続ける脇腹がそれを許してくれない。立ち上がろうと思っても、痛みのあまり身体から力が抜けてしまう。
「キシャアアアアアアッ!!」
コールドサイスは、右の大鎌を振り上げる。
今度こそ、日向にトドメを刺すために。
◆ ◆ ◆
時間は少し遡り、こちらは本堂、コーネリアス、ズィークフリドの三人とサテラレインが対峙するシーン。
本堂とコーネリアスは大きな怪我こそ負っていないものの、サテラレインの攻撃に身体を引っかけられ、ある程度のダメージはもらってしまっている。本堂の身体のあちこちには痣ができ、コーネリアスは口の中を切ってしまったのか口周りが血で汚れている。
唯一、ズィークフリドだけはほとんど無傷で済んでいる。本堂もコーネリアスも極めて優れた身体能力を持っているが、ズィークフリドはそのさらに上を行く男だ。サテラレインの攻撃をほとんど完璧に回避しきっている。
「ギギギ……!」
サテラレインが突進攻撃を仕掛けてくる。
カニらしく、横方向の動きを得意とするサテラレインは、三人に向かって身体を横向きにして突っ込んでくる。
突進のスピードは、サテラレインの巨体から考えると信じられないくらい速い。その巨体で猛スピードで突っ込んでくるものだから、本堂やコーネリアスであっても攻撃が避けにくいのだ。二人もこの攻撃に引っかけられてダメージを受けた。
「く……! 鈍重なマモノかと思っていたら、こんな攻撃を隠し持っていたとはな」
「そレにコイツ、恐ろシくタフだ。モう何発弾丸を撃ち込んデやっタか分からンぞ」
口では悪態をつきながらも、本堂とコーネリアスは果敢にサテラレインへの攻撃を続行する。サテラレインの動きを見切り、攻撃を的確にサテラレインの急所へとねじ込んでいく。
サテラレインもまた、自慢の耐久力で本堂たちの攻撃を耐え、反撃を繰り出す。巨大な右爪を振り回し、身体をぶつけてダメージを与えようとしてくる。
「…………!」
と、その時だ。
ズィークフリドが何かに気付いた。
その視線の先には、コールドサイスに追い詰められている日向の姿が。
「ッ!!」
「む? ズィークフリドさん、どこへ……!?」
ズィークフリドは、サテラレインを本堂とコーネリアスに任せ、自身はサテラレインから距離を取る。彼が走るその先には、サテラレインによって撃墜されたヘリコプターの残骸がある。
ヘリコプターのところまで来ると、ズィークフリドはジャンプしてヘリの屋根の上に跳び乗った。そして、ヘリのプロペラに手をかける。
「…………ッ!!!」
珍しく目を見開き、渾身の力を発揮するズィークフリド。
すると、なんとヘリのプロペラがヘリから外れてしまった。
ズィークフリドが、力ずくで無理やりプロペラを引き剥がしてしまったのだ。
そして、プロペラを持ち上げたままヘリから飛び降りる。
プロペラの分の重さもあり、ズシンと重い着地音が鳴り響いた。
「な、何をやってるんだあの人は……!?」
サテラレインを足止めしながらズィークフリドの様子を窺っていた本堂も、これには思わず驚愕の表情を浮かべた。普段は無表情な彼からすると、これまた極めて珍しい表情である。
「ッ!!」
ズィークフリドはプロペラの先端を両手で持ち、そのまま身体ごと回転してプロペラをぶん回す。その遠心力を利用して、プロペラをブーメランのように放り投げた。
投げられたプロペラが向かう先は、日向を狙うコールドサイスだ。
◆ ◆ ◆
視点は戻り、日向とコールドサイス。
日向は傷の痛みによって、まだ立ち上がれないでいる。
コールドサイスはゆっくりと右の大鎌を振りかぶり、日向にトドメを刺そうとする。
「キシャアアアアアアッ!!」
「駄目だ、やられる……!」
……だがその時だ。
ズィークフリドが投げつけたヘリのプロペラが横から飛んできて、コールドサイスの脇腹に命中した。
「ギャッ……!?」
巨大な平たい鉄塊が、コールドサイスの身体を軋ませる。
交通事故さながらの金属質な轟音が響き渡る。
「キシャアアアアアアア…………」
「あ、落ちた……」
飛んできたプロペラに吹っ飛ばされたコールドサイスは、そのままビルから転落してしまった。辺りを包んでいた白い冷気も消えて無くなった。
日向としては、目の前で起きた一連の出来事に、まずは頭の理解が追いつかなかった。
今しがた飛んできた鉄の塊は何だったのか?
一瞬だが、ヘリのプロペラに見えた。
なんでヘリのプロペラが飛んでくるのか?
誰かが投げた? じゃあ誰が?
いやそもそも、あんな巨大な鉄塊を投げることができる人間が存在するのか?
それはそれとして、自分は助かったのか?
コールドサイスは、死んだのだろうか?
「日向!」
「……あ、本堂さん……」
ヘリのプロペラが飛んできた先から、本堂がやって来た。倒れている日向を助け起こす。
日向は、呆然としていた間に怪我の再生が終わってしまったようだ。今はもう痛みも引いている。
「手ひどくやられたな。大丈夫か?」
「あ、はい、なんとか……。それより、さっきのプロペラは本堂さんが……?」
「まさか。あれはズィークフリドさんだ」
「ああ、やっぱり……。あんなデカいプロペラを投げるなんて、そんな滅茶苦茶な真似、あの人以外に有り得ないだろうなとは思ってたけど、実際に答えを聞いた今でも脳が信じることに拒否反応を示してる。滅茶苦茶すぎて」
「全くだ。一部始終を実際に目にしていた俺も、同じ気持ちだ。それより、戦闘は続行できるか?」
「大丈夫です。一気にサテラレインを仕留めましょう」
立ち上がり、日向は本堂と共にサテラレインとの戦闘に向かおうとする。
その時、一瞬だけ足を止め、コールドサイスが落ちていったビルの端を見た。
「……死んだよな、アイツ? あれだけダメージを受けて、プロペラのブーメランを喰らって、この高さから落下だぞ……?」
いくら『星の牙』といえど、ここまでの連戦の疲れもあるだろうし、もうそろそろ体力は限界のハズだ。仕留めた。日向はそう思いたかった。
それより、サテラレインを止めてくれているコーネリアスとズィークフリドの元に、一刻も早く駆け付けなければならない。そう思って、コールドサイスの死体を確認せずにその場を後にしてしまった。
日向と本堂は、サテラレインの前に陣取るコーネリアスとズィークフリドの二人と合流した。
「二人とも、お待たせしました! ズィークさん、さっきはありがとうございました」
「…………。」(頷く)
「よし。これでまた四対一だ。奴の攻撃パターンも覚えてきた。一気に勝負を決めにかかるぞ」
「……ム? 少し待テ」
コーネリアスが制止の合図を出す。
サテラレインが、妙な動きを見せた。
四人に背を向けて、ビルの端へと移動し始めたのだ。
「ギギギ……」
サテラレインはビルの淵までやって来ると、脚を曲げて身を低くする。
そして、見上げるほどの大ジャンプを繰り出した。
サテラレインの着地先は、四人がサテラレインと戦っていたビルの隣、建設中の高層ビルだ。組み上げられた鉄骨の上に、器用に着地してみせた。
「……アイツ、逃げやがった!」
「よし、追うか」
「追うって言っても、まずは一度このビルを降りて、もう一度隣のビルのあの場所まで上らないと……。オマケにその間に、アイツは別の場所に逃げるかもしれないし……。だいたいあのビル、まだ工事中ですよ? ちゃんとあそこまで上れるかどうか……」
「下まで降りる必要など無い。ここから跳ぶ」
「…………は?」
本堂の言うことが、日向は一瞬理解できなかった。
ここから跳ぶ?
どうやって?
まさか、シンプルに走り幅跳びを?
確かに、このビルと隣のビルの距離は、せいぜい20メートル程度。
ロバになった今の本堂さんの脚力と、迅雷状態の身体能力があれば、あるいは?
いや冷静になれ。
20メートルって、人間が跳べる距離じゃないぞ。
なんだよ『せいぜい20メートル』って。
感覚麻痺もいいところだよ。
「ズィークフリドさんは日向をお願いできますか?」
「…………。」(頷く)
「コーネリアスさんは、そこから狙撃で攻撃できますね?」
「当然ダ。コノ距離と今の鷲の眼ならバ、奴ノ目玉にだっテ弾丸を命中させてみセル」
「ではそのように。二人とも、頼みます」
そう言って、本堂は”迅雷”を発動し、ビルの端へと猛ダッシュ。
ビルの淵を蹴って、隣のビルに向かって大ジャンプ。
跳んだ本堂は、緩やかな弧の軌道を描きながら、隣のビルの二階分ほど下の鉄骨にしがみついた。
「うわぁ。すげぇ。本当に跳んだ。ズィークさんのことをなんだかんだ言ってたけど、今の本堂さんも十分に化け物だよ……」
日向としては、もはや一般人代表として呆れ果てるしかない。
彼ら超人たちは、一体どこを目指しているのか。
……と、そこへズィークがやってきて、日向をむんずと持ち上げる。
そして、自身の背中へと乗せた。
「……へ? ズィークさん?」
「…………。」
突然ズィークにおんぶされて戸惑う日向。
日向をおぶったままズィークが向かう先は、本堂と同じくビルの端。
「……あ、ちょっと待って!? さっき本堂さんが言ってた『日向を頼む』って、まさか!? そういうこと!? ウソ!?」
「…………。」(頷く)
「ちょっと待って待って待って待ってぇ!?」
日向の静止を聞かず、ズィークフリドがビルの淵に向かって走り出す。
その後ろでは、コーネリアスが敬礼のポーズを取っている。
そしてズィークフリドがビルの淵に足をかけ、大ジャンプを敢行した。
「ッ!!」
「のおおおおおおおおおおおっ!?」
ズィークフリドが日向を背負いながら、緩やかな弧の軌道を描いて飛ぶ。
着地した先は、本堂と同じく隣のビルの二階分下の場所。
というか、まさに本堂の隣だ。
鉄骨の上に見事に着地し、そこで日向を降ろす。
「流石だ、ズィークフリドさん。無事にここまで来たようですね」
「…………。」
「あ、あの、今さらですけどね、俺、ジェットコースターとか、そういう絶叫アトラクションって、割とね、苦手なんですよね。あの浮遊感がですね」
「…………。」(『ごめん』のジェスチャー)
「ま、まぁ、他に手段は無さそうでしたし、これ以上文句は言いませんけど……」
「ギギギ……!」
「おっと、来たか……!」
日向たちが見上げれば、そこには鉄骨に脚をかけて張り付き、三人を見下ろすサテラレインの姿が。これでは彼らから逃げられないと悟り、勝負を仕掛けに来たのだろう。
「こちらとしても、逃がすつもりは無い。ここで仕留めるぞ」
「ええ。やってやりましょう……!」
「…………!」
三人もまた、サテラレインに向かって構える。
先ほど彼らがいたビルの屋上にて、コーネリアスも対物ライフルを構えている。
戦いの場は移り変わり、戦闘は続行される。