第319話 紅蓮の刃と氷蒼の刃
引き続き、ビルの屋上の空中庭園にて、サテラレインとコールドサイス、二体の『星の牙』と戦闘を行っている日向たち。
空中庭園の中央では本堂、コーネリアス、ズィークフリドの三人がサテラレインを相手取っている。日向はビルの端にて、コールドサイスと対峙する。
日向が持つ『太陽の牙』は、普段以上に激しく燃える炎を刀身に宿している。イグニッション状態だ。
日向の『太陽の牙』は、”点火”から”紅炎奔流”や”紅炎一薙”に繋げることができるが、”点火”の状態を維持したまま直接攻撃もできる。
「イグニッションの持続時間は、せいぜい三分。それまでにコールドサイスにダメージを与えて、弱らせたところで”紅炎奔流”をぶちかます……!」
「キシャアアアアアッ!!」
コールドサイスが鎌を振り上げる。
しかし、すぐには斬りかからない。
イグニッション状態の日向の剣は、マモノたちにとっては脅威そのもの。かすり傷一つでさえ致命傷になりかねない。コールドサイスも慎重になっている。
「シャアアアア……!」
「今までさんざん攻め立ててきたクセに、ここに来てしっかり警戒してくるか。厄介な奴だよホントに……!」
日向も剣を構えたまま、コールドサイスの一挙手一投足を注視する。
イグニッション状態に制限時間はあるが、決して焦らないよう心掛ける。
一度でもこちらが致命傷を受ければ、そこから再生の暇も無く一気に攻め落とされてしまうだろうから。
コールドサイスが右の鎌を振り上げた。
「右……!」
「シャアアアアッ!!」
鳴き声と共に、コールドサイスは左の鎌を振り抜いてきた。振りかぶった右ではない。フェイントだ。
「読んでたっ!」
しかし日向は、迫り来る左の鎌に素早く反応する。
そして、激しく燃える剣の刃を左の鎌に叩きつけた。
氷でできたコールドサイスの鎌が、一撃でバラバラに砕かれた。
これが日向のイグニッションの威力だ。
「コイツの動きはだいたい分かってきた。分かっていれば攻撃も防げる。俺だって何の勝算も無しに一人で戦いを挑んだわけじゃないんだからな!」
「キシャアアッ!!」
コールドサイスは素早く下がり、日向から距離を取る。
そして、破壊された左の鎌の刃を、凍結能力で再び作り始める。
氷でできた刃に痛覚は無い。先ほどの日向の一撃は、コールドサイスのダメージにはなっていない。
「逃がすか!」
日向はコールドサイスにダッシュして距離を詰める。
コールドサイスは、まだ無事な右の鎌を振るって日向を迎え撃つ。
「キシャアッ!!」
「せりゃあっ!!」
日向は『太陽の牙』を振るい、右の鎌を破壊した。
その間にコールドサイスの左の鎌が復活した。
出来立ての氷の鎌を大きく薙ぎ払い、日向に斬りかかる。
「キシャアアッ!!」
「おりゃあっ!!」
その薙ぎ払いもまた、日向の剣に阻まれた。
振るわれた日向の剣は、修復したばかりの氷の鎌を再び破壊した。
だがその頃には、今度は右の鎌が修復を終えていた。
「キシャアアアッ!!」
「喰らうかっ!」
コールドサイスが右の鎌を振るう。
対する日向が剣をぶつけ、またもや右の鎌を破壊する。
そして今度は、左の鎌が修復を終えた。
「キシャアアアアアアアアアアッ!!」
「うおりゃあああああああっ!!」
破壊、修復、再攻撃が幾度となく繰り返される。
コールドサイスが鎌を振るう。
日向が剣を振るって破壊する。
コールドサイスが鎌を修復する。
修復したその鎌で日向に斬りかかる。
そして再び日向が鎌を破壊する。
その頃には、既に反対側の鎌が修復を終えている。
「だるぁっ!!」
「キシャッ……!?」
しかし、押しているのは日向の方だ。
コールドサイスの鎌の修復が、徐々に間に合わなくなってきた。
鎌の刃は最初と比べて随分と小さくなり、そのぶん日向が距離を詰める。
「もう少し押し込めば、コールドサイスに攻撃が届く……!」
「キシャアアアッ!!」
コールドサイスが右の鎌を振り下ろしてきた。
その振り下ろしに斬り上げを合わせる日向。
コールドサイスの氷の鎌が、再びバラバラに破壊された。
そして、今のコールドサイスの両腕には、氷の鎌が生成されていない。
「もらった……!」
コールドサイスを、ビルの端まで追い詰めた。
もう後ろには下がれない。
日向は一気に踏み込んで、イグニッション状態の『太陽の牙』を振り下ろした。
「喰らえっ!!」
「キシャアアアッ!!」
コールドサイスは左に跳んで、日向の攻撃から逃れる。
しかし完全には避けられず、脇腹を浅く斬りつけられた。
「グ……キ……」
だが、それだけでコールドサイスは悶え苦しんでいる。
かすっただけではあるが、日向の攻撃は十分に効いているようだ。
「もっとしっかり当てていたら勝負を決めることができたかもしれないけど、一太刀当てただけでも御の字としよう。”紅炎奔流”を撃ち込むには、せめてあともう一太刀入れておきたいところだけど……」
「シャーッ!!」
「え!?」
突如、日向の右、街の景色が広がるビルの端から、何者かが飛びかかってきた。
コールドサイスをスケールダウンしたような、一抱えほどある大きさのカマキリ。
「あ、アイスリッパー……!」
現れたのは、コールドサイスの幼体であるアイスリッパーだ。
それも一体だけでなく、五体ほど。
コールドサイスと同じ氷の鎌を振り上げ、日向に襲い掛かる。
「アイツ、伏兵を仕込んでたってワケか……!」
恐らくこのアイスリッパーたちは、ビルの外壁に張り付いて姿を現すタイミングを計っていたのだろう。
確かにコールドサイスは、今までの襲撃において毎回アイスリッパーを引き連れていた。ならば、今回も引き連れている可能性があると考えるべきだった。そこに思い至らなかったのは、素直に日向の落ち度だろう。
「けど、まだまだ……! 状況が完全にひっくり返されたワケじゃない!」
日向は急いでアイスリッパーの処理にかかる。
まずは飛びかかってきた三体を、剣の薙ぎ払いで一気に仕留めた。
イグニッション状態の『太陽の牙』は、アイスリッパーの身体を豆腐のように切り裂いてしまう。三体まとめてでも難なく真っ二つにしてしまった。
続く四体目が、飛びかかって氷の鎌を振り下ろしてくる。
日向はこの攻撃をガードするまでもなく、剣を振るってアイスリッパーを叩き斬った。
前の三体と同じく真っ二つになったアイスリッパーは、床の上でピクピクと身体を痙攣させて絶命した。
最後の一体に斬りかかる日向。
五体目のアイスリッパーは、後ろに下がってこれを避ける。
アイスリッパーがビルの端に着地した。
そこで日向は懐からハンドガンを取り出し、アイスリッパー目掛けて発砲。
三発、四発と弾丸を叩き込まれて仰け反るアイスリッパー。
そのまま体勢を崩し、ビルから転落してしまった。
「よし、片付けた! あとは……」
「キシャアアアッ!!」
「くっ!?」
日向の背後から、氷塊のような氷の鎌が叩きつけられた。
素早く横に飛んで不意打ちを避ける日向。
攻撃を仕掛けてきたのはもちろん、コールドサイスだ。
鎌の修復を終えて、再び日向の前に立ちはだかった。
叩きつけられた右の鎌は、先ほどまでより長く、巨大になっている。
二回目の戦いにおいて、日影と戦っていた時に見せた大鎌モードだ。
今度は日向が、ビルの端に追い詰められる形となってしまった。断崖絶壁と言えるビルの端を背負い、日向はコールドサイスと対峙する。
一方のコールドサイスは、ジリジリと日向との距離を詰めて彼を追い詰める。その超絶な刃渡りを持つ右の鎌を振り抜かれれば、日向は逃げ道を失くしてしまう。
「く……この状況、どうしようか……」
「シャアアアアア……!」
後ずさる日向。
鎌を振りかぶり、迫るコールドサイス。
そして……。
「……くぉぉぉぉぉっ!!」
先に動いたのは日向だ。
その場から一気に駆け出した。
しかし、その方向はコールドサイスに向かって、ではない。
ビルの端、断崖絶壁に向かってだ。
「キシャアアアアアアアッ!!」
コールドサイスが右の大鎌を振るう。
右から左へ、日向の腰のあたりを狙って薙ぎ払う。
刃はあまりに巨大だ。その場で跳んでも、しゃがんでも、右に逃げても左に逃げても避けられない。そして後ろは断崖絶壁だ。
「どりゃあああっ!!」
「シャ……!?」
日向は、跳躍を選んだ。
ただし、普通に跳んでもコールドサイスの大鎌は跳び越えられない。
だから、ビルの端、段差状になったその部分を踏み台にして、高さを稼いだ。
最初の助走の勢いもあって、日向は見事にコールドサイスの大鎌を跳び越えてみせた。そしてそのまま、コールドサイスに飛びかかる。イグニッション状態が維持されている『太陽の牙』を振りかぶって。
「いっけぇぇぇぇぇ!!」
日向の狙いは、コールドサイスの脳天。
直撃させれば、仕留めきれるはずだ。
「キシャアアアアアアアアッ!!」
コールドサイスも黙ってやられはしない。
通常サイズの左の鎌を突き出して、日向を串刺しにかかった。
(……マズイ、あっちの攻撃が速いか……!?)
互いの基礎的なスピード、得物のリーチの差もあって、コールドサイスの攻撃の方が早く日向に命中しそうだ。このままでは、日向の攻撃が届かない。日向は空中で身をよじり、なんとかコールドサイスの鎌から逃れようとする。
しかし、右の大鎌ほどではないとはいえ、左の鎌も十分に大きいのだ。
日向は完全に攻撃を避けきることはできず、右の脇腹を刺し貫かれた。
「がぁ……ぐ……っ!」
だが、脇腹を刺し貫かれつつも、日向は止まらない。
跳躍の勢いはそのままに、コールドサイスに接近し……。
「おるぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ギシャアアアアアアアアッ!?」
空中で身体ごと回転させるように、剣を横に一閃。
燃え盛る刀身は、コールドサイスの右の複眼を切り裂いた。