第317話 サテラレイン
高層ビルの屋上の空中庭園にて。
ようやく日向たちは、巨大なカニのマモノ、”大雨”の星の牙、サテラレインと相まみえるに至った。
周囲を見回せば、アメリカ軍のヘリコプターがボロボロになって横たわっている。恐らく、サテラレインが自身の能力によって撃墜したものだろう。
「ギギギ……!」
サテラレインが、ゆっくりと動き出す。
大岩と見紛うほどの茶色がかった巨体がゆらゆらと揺れる。
その巨体とさして変わらない大きさの右のハサミを振り上げる。
サテラレインもまた、やる気というワケだ。
「Time to work.」
まず先制攻撃を仕掛けたのは、コーネリアスだった。
対物ライフルを右腕で構え、サテラレインに向けて発砲する。
一発だけでなく、二発、三発と連続で。
重い発砲音が空へと響く。
「ギギギ」
対してサテラレインは、巨大な右爪で自身の身体を覆い隠す。
右爪が盾となり、コーネリアスの弾丸を防御した。
右爪の硬さは相当なものだ。
コーネリアスの対物ライフルでも傷をつけるだけで精一杯のようだ。
「なら、これはどうだ?」
次に攻撃を仕掛けたのは、本堂だ。
左手で指パッチンを行い、その摩擦で電撃を投射する。
彼の得意技の”指電”だ。
「ギギギ」
電撃は、盾として構えるサテラレインの右爪に命中する。
しかしサテラレインは、一切ダメージを負った様子が見受けられない。
身体を焼く電撃さえも、あの巨大な爪はシャットアウトしてしまうというのか。
「これは……下手すると今まで戦ってきたマモノの中で一番の防御力かもしれんな。色々と規格外なユグドマルクトを除けば、だが」
「それでも、弱点はあるはずです。とりあえずは、以前戦ったグンカンヤドカリと同じ戦法が通用するかと。あの巨体を支える脚を攻撃して、奴の動きを止めましょう。それから、攻めるならサテラレインの左側からです。右側にはあの巨大なハサミがある。挟まれれば間違いなく即死ですよ」
「だろうな。おっかないことだ」
「…………。」
対策がまとまったところで、日向、本堂、ズィークフリドの三人が駆け出し、サテラレインに接近する。
サテラレインは右爪を振り回し、三人を牽制する。
ハンマーのように右爪を叩きつけ、大きく薙ぎ払った。
硬く、ささくれ立って刺々しいサテラレインの爪は、マトモに受けたら大ダメージは避けられない。
「うわっとっと……!? 滅茶苦茶に暴れまわるだけで、こっちは近づけなくなってしまう……!」
「いや、言うほど接近は困難じゃないぞ。迫力はあるが、動作は遅い」
そう言うと、本堂は”迅雷”を発動した。
本堂の身体を電気が走り、薄い蒼光を放ち始める。
そして高周波ナイフを握りしめ、一気にサテラレインに向かって走り出した。ロバ化による脚力もあってか、そのスピードは普段よりさらに速い。
「ギギギ……!」
サテラレインは、その巨大な右爪を大きく開く。
正面からやってくる本堂を迎え撃つつもりだ。
爪が開くと、まるで大岩が擦れるような重々しい音が発せられる。
そして、本堂に向けてハサミを突き出し、勢いよく閉じた。
喰らえば最後、原形も留めないくらいに挟み潰されてしまうだろう。
「甘い!」
しかし本堂は、スライディングでハサミの下を潜る。
本堂の頭上で、巨大なハサミがガチンと閉じる。
無事にサテラレインの懐まで潜り込んだ本堂は、手にした高周波ナイフでサテラレインの脚を攻撃した。
「はぁぁっ!」
一度、二度、三度、四度。
攻撃の余裕が続く限り、めったやたらに斬りまくる。
斬られたサテラレインの身体から、紫色の体液が飛び散った。
「ギギーッ!!」
サテラレインは、その場で小さくジャンプした。
小さくと言えど、サテラレインの巨体が浮いて、落ちるのだ。その威力は半端ではない。その衝撃で本堂を吹き飛ばすつもりなのだろう。
サテラレインの巨体が落下すると同時に、ビルの屋上の床が隆起した。
だが本堂もまた、身体能力は極めて高い。
その優れた反射神経でサテラレインの攻撃を見切り、巻き込まれる前に引き下がった。
「ほ、本堂さん、速いなぁ……! よし、俺たちも本堂さんに続きましょう!」
「了解ダ」
「……!」
サテラレインが本堂に気を取られている隙に、日向たちも改めて動き出す。
日向は、本堂がいる位置とは反対の方向からサテラレインへの接近を試みる。
一方、ズィークフリドは真正面からサテラレインへと突撃した。チーターが混じっている今の彼の瞬発力は、迅雷状態の本堂さえも比較にならないほどの高さだ。
「ギギギ……!」
「…………!」
サテラレインが、右爪を左から右へと大きく薙ぎ払う。
ズィークフリドを迎え撃つつもりだ。
しかしズィークフリドは、人並み外れた大ジャンプを繰り出し、逆にサテラレインの右爪へと飛び乗ってしまった。そしてそのまま、サテラレインの眼に向かって跳び蹴りをお見舞いした。
「ギギ……!?」
「ッ!」
ズィークフリドはそのまま、サテラレインの身体にしがみつく。驚異的なパワーを持った指で、ささくれ立ったサテラレインの身体をしっかりと掴む。
素早くサテラレインの身体の上を移動しながら、サテラレインの顔面、側頭部、背中などを殴りつけ、膝を突き刺す。
ズィークフリドがサテラレインの身体の上で宙返りし、再び右爪の上へ。
そして、もう一度サテラレインの眼に飛び蹴りを仕掛けた。
眼に蹴りを受けたサテラレインの巨体が、大きく揺れる。
ズィークフリドの機動力たるや、木登りをする猿より速いようにさえ見える。日向からしたら、同じ人間とは思えないスピードである。
「本堂さんより、ずっと速い!」
「短い天下だったな」
だがサテラレインの甲殻は頑丈だ。恐らくは、機銃でも簡単には貫通できないだろう。いくらズィークフリドのパワーが強くても、その甲殻を砕きこそすれど貫通するまでには至らない。
「ギギギ……!」
サテラレインは、その防御力にモノを言わせてズィークフリドを引き剥がしにかかる。小さくジャンプしてズィークフリドを振り落とそうとする。顔の前に来たら、右爪を動かして掴みかかろうとする。
しかしズィークフリドもまた、主目的は攻撃ではない。あくまで撹乱が第一だ。サテラレインに振り落とされないようにしがみつき続け、自分に注意を引きつけている。
「今だ!」
そのチャンスを、日向たちは無駄にはしない。
日向が『太陽の牙』でサテラレインの脚を斬りつけ、逆側では本堂もまた電気を纏わせたナイフで攻撃する。
サテラレインの正面では、コーネリアスが対物ライフルを構え、引き金を引いた。拳銃とは比較にならないほどの大きさの弾丸が、サテラレインの脚を撃ち抜いた。鷲が混じっている今の彼の眼ならば、どれほどか細い的であろうと弾丸を命中させてみせるだろう。
「ギギャアッ!?」
サテラレインは、とうとう攻撃に耐え兼ねて転倒した。
巨体が地面に倒れ、脚をばたつかせてもがいている。
「よし、今だ日向! ぶちかませ!」
「分かりました! 太陽の牙、”点火”!!」
本堂の声を受け、日向が”点火”を発動した。サテラレインの動きが止まっている今ならば、一撃必殺の”紅炎奔流”も確実に命中させることができるはずだ。
サテラレインに張り付いていたズィークフリドも、サテラレインの身体から飛び降りた。後は思いっきりぶっ放すだけだ。
「ギギギ……!」
だが、サテラレインも意地を見せた。
転倒しながら、その巨大な右爪の先端を天に向けた。
「あれは……何の合図だ?」
日向が首を傾げる。
これまでサテラレインが水のレーザーを降らせるときには、標的をあの右爪の先端で指差していた。だが今回は、その右爪を天に向けている。これは一体どういうつもりなのか。
その答えは、すぐに知ることになる。
空から、今までと比べて一段と大きい水のレーザーが降ってきたのだ。
サテラレインを中心に、ビルの屋上の半分近くが攻撃範囲に入るほどの規模だ。
「あ、アイツまさか、自爆覚悟で大規模範囲攻撃を仕掛けてきたのか!」
仮に日向があの水のレーザーに潰されても、復活することはできる。
サテラレインもまたあの水のレーザーを受けることになるが、サテラレインには頑丈な甲殻がある。無傷とはいかないだろうが、死にはしないだろう。
問題は、日向の仲間たちだ。
レーザーの攻撃範囲はあまりに広大。スピードに自信がある本堂やズィークフリドでさえも、逃げきれるかどうかは分からない。その二人よりスピードが劣るコーネリアスは、間違いなく潰されてしまうだろう。いや、それ以前にあんなに大量の水が叩きつけられれば、このビルそのものが崩落しかねない。
そして、この巨大な水のレーザーを止められる手段は、日向たちの中においてただ一つ。
「……ああくそ、そういうことかっ! 太陽の牙、”紅炎奔流”ッ!!」
日向は、落ちてくる巨大な水のレーザーに向かって”紅炎奔流”を放った。
日向の頭上で、紅蓮の炎と巨大な水の柱が激突する。
ぶつかり合った炎と水は大爆発を引き起こし、煙と水しぶきが空中庭園に降り注いだ。
「ちくしょう、まんまとやられた。せっかくのチャンスだったのにな……」
あのままでは、日向の仲間たちが水のレーザーにやられていた。だから日向は仲間たちを守るため、水のレーザーに向けて”紅炎奔流”を放ち、結果として無事に仲間たちを守ることができた。
だが、それによってサテラレインは日向の”紅炎奔流”を受けずに済んだ。水のレーザーと相殺させることで、自身から狙いを逸らしたのだ。
マモノの思考能力は、人間と大差ない。
あらゆる攻撃、あらゆる戦術を想定しなければならない。
先ほどの”紅炎奔流”と水の柱がぶつかり合った爆発の煙が、まだ周囲に立ち込めている。視界が悪く、サテラレインの姿も見えない。
……と、その時だ。
足元に降り注いだ水滴が、パキパキと凍り始めた。
肌に触れる空気も、心なしかひんやりしてきている。
日向を包んでいた煙幕は、いつの間にか白い冷気に成り代わっていた。
「この冷気……まさか!?」
「キシャアアアアアアアアッ!!」
日向は、完全に脊髄反射で前方へと跳んだ。
何かを考えている暇は一切無かった。
そして、日向の背中を冷たい刃がかすめた。
あのまま棒立ちしていたら、今ごろ身体を真っ二つにされていただろう。
冷気の向こうから、青白い甲殻を持った巨大なカマキリが姿を現す。
日向抹殺の命を受けた『星の牙』、コールドサイスが乱入してきたのだ。