第311話 マグロッグ
地下鉄のホームのマモノの群れを殲滅した日影、アカネ、オリガの三人とユニコーン。
彼らがいるホームに、地下鉄の車両がやって来た。
車両の速度がゆっくりと落ちていき、停車する。
空気が抜けるような音と共に、車両のドアが開いた。
まるで、日影たちに「乗れ」と促しているかのようだ。
「この地下鉄、動いてんのか? 車掌は逃げていないのかよ?」
「あら、知らないの? ニューヨーク地下鉄は数年ほど前に自動運転を導入して、無人でも動くようになっているのよ。意外と世間知らずね」
「ああクソ、数年前じゃオレが誕生する前じゃねぇか。日向の奴、そういう情報には疎いからな……」
「恐らく、ここから逃げた駅員が電車の自動運転を解除し忘れたんだろうさ。どうする? 乗ってくのか?」
「そうしましょ。歩いていく予定だったけど、電車が動いているなら楽ができるわ」
こうして三人と一匹は、車両の中に乗り込んだ。
中はそれなりに広く、横幅もあるが、少々薄暗い。
そして当たり前ではあるが、日影たち以外に乗客はいないようだ。
「ハァ。目的地に着くまでジッとして過ごすとか、性に会わねーな。レイカ、アタシは引っ込むから後ヨロシク」
「ちょっとアカネ……ああ引っ込んじゃった。もう、こういう役回りはいっつも私ばっかり」
「とりあえず、目的の駅に着くまでのんびりしようぜ。席なら選びたい放題だ」
やがて車両のドアが閉まる。
間もなく電車が動き出そうとする、その時だった。
レイカとオリガ、二人の獣耳が、ピクリと動いた。
「オリガさん、今のは……」
「ええ。何かがこの車両に近づいて来てるわ」
「マジか。マモノなのかソイツは」
「恐らくね。足音がやけに大きい。人間じゃないのは間違いない」
「でも、もう電車が動き出します。今さら間に合うことは――――」
間に合うことは無い。
レイカがそう言いかけた瞬間、車両のドアが音を立ててぶち破られた。
そして、巨大な何者かが侵入してきた。
同時に、電車がホームを出発した。
まず目につくのは、燃えるように赤い体皮。
額や目の周りには、ブツブツとイボのようなものができている。
ずんぐりむっくりの体型。ワゴン車ほどの体格。
小さな前脚と太い後ろ足で、しゃがみ込むように佇んでいる。
身体からは、何やら緋色の体液が滴っている。
その緋色の体液が床に落ちると、床から黒煙が発生した。
恐らくは相当な高熱。溶けた鉄のような体液だ。
「グェコ。グェコ」
侵入してきたマモノが野太い鳴き声を発した。
車両に侵入してきたのは、巨大な赤いカエルのマモノだ。
「このマモノは……なんだ?」
「たしか、このマモノは『マグロッグ』といいます。”溶岩”の星の牙です。私も実物を見るのは初めてですが……」
「ああ、もしかして、改札口の焦げ跡とスプリンクラーは、コイツの仕業か?」
「駆け込み乗車とは、マナーのなっていないカエルね。火の能力の使い手なら、水がよく効くでしょう。……ユニコーン、行きなさい!」
「ヒヒィン!!」
オリガの指示を受け、ユニコーンが前に出る。
蹄から水を勢いよく噴射し、ジェットの勢いでマグロッグに突進。ユニコーンのドリルのような一角が、マグロッグに突き刺さった。
「グェコ。グェコ」
「ヒヒィィン!!」
マグロッグはその体格を活かして、ユニコーンの突進を正面から受け止める。
突進を止められたユニコーンは、そのまま前脚を振り上げてマグロッグをけたぐった。水を噴き出す硬い蹄がマグロッグの頭部に叩きつけられる。
「グェコ。グェコ」
しかし、マグロッグのブヨブヨとした体皮は、ユニコーンの蹴りの威力を吸収してしまう。
マグロッグはそのままユニコーンの攻撃を突破し、その巨体でのしかかった。
「ヒ……ヒヒィン……!」
「グェコ」
悲鳴を上げるユニコーン。マグロッグの重量もさることながら、その身体から溢れ出る高熱の体液がユニコーンの身体を焼いている。
ユニコーンは、完全に押し潰されないように何とか踏ん張る。
そして、辛くもマグロッグの腹の下から脱出した。
「ベッ!」
だが、その脱出の隙を突いて、マグロッグが口から何かを吐き出した。
それこそマグマのような、緋色の体液の塊だ。
弧を描いて射出されたそれは、息を整えていたユニコーンに直撃した。
「ヒヒィィィン!?」
超高熱の体液を頭から被り、ユニコーンは熱さでのたうち回る。
その隙にマグロッグは長い舌を伸ばし、ユニコーンを捕まえた。
「ヒヒィィィン!? ヒヒィィィィン……ッ!」
「グェコ。グェコ」
マグロッグはそのままユニコーンを舌で引き寄せ、大きな口で頭から咥え込んだ。そしてそのまま、ユニコーンを呑み込んでしまった。
先ほど、マグロッグが超高熱の体液を吐き出したのを見るに、マグロッグの腹の中にはあの体液がたっぷり溜まっている。そんなマグロッグに呑み込まれたユニコーンは、もはや火口に放り込まれてしまったようなものだ。
「グェップ」
「……おい。ユニコーン、負けちまったぞ」
「はぁ。使えないわね」
「ひっでぇな。マモノとはいえ、命張って戦ってくれた奴に手向ける言葉がソレかよ」
「だってこっちが勝手に洗脳しただけだし」
「と、とにかく迎え撃ちましょう、二人とも! マグロッグが来ますよ!」
マグロッグがぶるぶると身体を振るわせる。
すると、マグロッグの身体を滴っていた体液が四方八方に振りまかれた。
左右の座席に体液が降りかかり、炎が上がった。
ステンレスの手すりに体液が降りかかり、溶解してしまった。
そんな体液が日影たちにも飛んでくる。
たとえかすっただけでも、大火傷は免れない。
「あんな細かい飛沫、ガードするのも難しいな!」
「わ、私たち近接組は、後ろに下がるしかありませんね……!」
「じゃあ、ここは私の出番ってワケね」
そう言うと、オリガが体液の射程外からハンドガンを発砲する。
マグロッグは大きい。たとえオリガでなくとも、弾丸を外すワケがない。
だが、効くかどうかといえば別問題。分厚いマグロッグの体皮は、まるで頑丈なゴムのように、命中した銃弾を弾き飛ばしてしまった。額、頬、腹……どこを撃っても通用しない。ハンドガンでは威力不足だ。
「ちっ。思いのほか厄介ね」
「そ、それより、マグロッグの体液がどんどん燃え広がって、このままじゃ車両ごと丸焦げですよ私たち!?」
「こりゃやべぇな。隣の車両へ逃げるぞ!」
迫り来る火の手から逃れるため、隣の車両へと移動する三人。
マグロッグも三人を追いかけ、連結部分をつなぐ通路を破壊し、三人が移動した車両へその身をねじ込んでくる。マグロッグに付着している高熱の体液が、車両の連結部分を焼いて炎を発生させた。
「グェコ。グェコ」
「あのカエル野郎もやる気満々だな」
「このまま逃げ続けたら、いずれ私たちは先頭車両に追い詰められてしまいます。マグロッグは車両を燃やしながら私たちを追いかけてくる。このまま行くと、いずれ私たちは火の手から逃れられなくなってしまう……!」
「追い詰められる前に、あのカエルを倒さなきゃならないってワケね。上等よ、やってやろうじゃないの」
それぞれの武器を構え、マグロッグと相対する三人。
地下を疾走する電車を舞台に、灼熱のデッドチェイスが始まった。