第309話 地下に降りる三人
地下鉄の階段を降りる日影、レイカ、オリガの三人。
背後にはオリガが洗脳した『星の牙』、ユニコーンを従えている。
オペレーターを務める狭山は、オリガがニューヨークの地理に詳しいため出る幕が無い。すっかり沈黙して、他二つのグループの指揮を重点的に執っているようだ。
今のレイカにはウサギの耳、オリガにはキツネの耳が生えており、二人は音で索敵を担当している。
「どうだ二人とも、何かいるか?」
「割と静かですけど、やっぱり何かの気配がしますね……。戦闘は避けられないかと」
「仕方ないわね、突破するわよ」
地下鉄の階段を降り切った三人と一匹。
着いた先は、地下鉄の改札口だ。
かなり広々とした空間で、薄暗いが見晴らしは良い。
そして、その空間の至る所にマモノの姿があった。
「キヤアアアアアッ!!」
まず三人の前に躍り出たのは、巨大なアリのマモノだ。
以前、日向や北園、そしてシャオランがアリのマモノと戦ったことがあるが、その時の個体よりさらに大きい。顎の大きさなど異常だ。人間など容易く真っ二つにしてしまいそうだ。
「日影さんは、このマモノを見るのは初めてなのですね。このマモノは『ガチュラ』。弾丸蟻ことパラポネラが進化して生まれたマモノです」
「パラポネラか、納得だ。見るからに強そうだもんな、このアリ」
「キエアアアアアッ!!」
ガチュラが大顎を目いっぱい開いて噛みついてきた。
日影の上半身と下半身を切断しようとしたその顎を、日影は上体を屈めて避けた。空を食む大顎がガチンと音を立てた。
「あっぶねぇな!」
日影が剣に火を灯し、下からアーチを描くようにガチュラを切り裂いた。
ガチュラは『太陽の牙』による特効を受け、大ダメージを負ったが、まだ健在だ。
「キエアアアアアッ!!」
「ちゃっちゃとくたばってろ!」
再び噛みつきにかかったガチュラに向かって、日影は正面から突っ込み、その口内に剣を突き刺した。特効効果もあり、これは間違いなく即死した。
……そう思っていた。
「キエアアアアア……ッ!!」
「コイツ、まだ生きてんのか!」
ガチュラは、口内を突き刺されながらも大顎を閉じて日影を仕留めようとする。
だが日影は、ガチュラの大顎が閉じる前に、右腕一本でガチュラに突き刺さった剣をそのまま真上に振り上げる。
「ギャアアアアアア……」
ガチュラの顔面が、縦一文字に真っ二つになった。
ガチュラは断末魔の悲鳴を上げ、ようやく地に伏した。
「一応聞くが、今のは『星の牙』でも何でもない、普通のマモノだったんだよな。タフな野郎だぜ全く」
「それはそれとして、今の戦いの音で他のマモノたちが集まってきましたよ」
レイカの言うとおり、改札口のあちこちに散らばっていたマモノたちが、一斉に三人目掛けて集まってきている。我先に戦いに参加すると言わんばかりの勢いだ。
「あなたが派手にやるから、バレちゃったじゃないの」
「抜かせ。どうせ誰がやってもこうなってたぜ」
「とにかく、敵は四方八方から攻めてきます。ここは散開して戦いましょう。いいですね?」
「おう! オリガは撃ち漏らすんじゃねぇぞ!」
「心配ご無用よ」
声をかけあうと、三人は一斉に散開した。
まずは日影が、目の前の大きなネズミ型のマモノ、ラージラットに斬りかかる。
「おるぁッ!!」
「チーッ!?」
まず一匹目を一太刀で斬り捨てた。
間髪入れず二匹目を横薙ぎで斬り払う。
飛びかかってきた三匹目は左の拳で迎撃し、怯んだ隙に剣を突き刺す。
「シャーッ」
「っと、今度はディーバイトか!」
次に日影に襲い掛かってきたのは、蒼い鱗を持つ、二足歩行の魚のマモノ、ディーバイトだ。確かにこのマモノは陸上でも問題なく活動できるが、水辺からこんなところまで迷い込んできたというのか。
とはいえ、陸上のディーバイトは動きが遅い。
正面から襲い掛かる様は威圧感があるが、それだけだ。
日影は素早く剣を振るい、まずディーバイトの首を一閃。
次に胴体を横一文字に切り裂く。
最後に足を斬り払った。
哀れ、ディーバイトは文字通り三枚におろされてしまった。
日影の背後では、レイカが戦っている。
四匹のオオカミ型のマモノ、マーシナリーウルフに囲まれているようだ。
「グルルルル……!」
「バウッ! バウッ!」
「……どうぞ。先手は譲りますよ」
高周波ブレードに改造された日本刀『鏡花』を鞘に収めたまま、レイカは構える。居合の構えだ。腰を落とし、油断なくマーシナリーウルフたちを見据えている。
マーシナリーウルフたちは互いに目配せした後、四匹同時に、一斉にレイカに飛びかかった。
「ガァァッ!!」
「ウォンッ!!」
「甘いっ!!」
一方のレイカは、あえてマーシナリーウルフたちを引きつけてから、身体ごと回転するように居合斬りを放った。
白刃がレイカを中心に円の軌跡を描き、マーシナリーウルフたちの首筋を断ち切った。マーシナリーウルフたちは、断末魔さえ上げずに四匹全員絶命した。
「キエアアアアアッ!!」
「むっ、今度はガチュラですか!」
マーシナリーウルフを一掃したレイカに、今度は大型のアリのマモノ、ガチュラが襲い掛かる。先ほど日影が仕留めた個体とは別の個体だ。
再び刀を鞘に収め、レイカは居合の構えを取る。
ガチュラは一直線にレイカに迫り、その大顎で噛みつこうとしてくる。
レイカは素早く後ろに下がり、ガチュラの隙を窺う。
「キエアアアアアッ!!」
「……そこっ!」
瞬間、レイカの刀の鞘の口から、蒼い稲妻が迸った。
次いで、目にも留まらぬ速度で抜刀。
ガチュラの首が、一刀のもとに宙を舞った。
今のは、以前にもレイカがクラーケンの脚を切断する際に使った、『鏡花』に仕込まれた抜刀機構。レールガンの仕組みを応用し、人の域を超えた居合斬りを実現させる超技術。レイカはこれを『超電磁居合抜刀』と呼んでいる。
そしてこちらで戦っているのはオリガだ。
まずは洗脳したユニコーンに指令を下す。
「お仲間さんたちを殲滅しなさい。手段は問わないわ」
「ヒヒン!」
オリガの命令を受けたユニコーンは、正面のマモノの群れに突っ込んでいった。まずは前脚の蹄で、ラージラットたちを踏み潰す。
飛びかかってきたマーシナリーウルフを、額の角でかち上げる。後ろから襲い掛かってきたディーバイトを、後ろ足で蹴り上げた。
「ヒヒィィンッ!!」
ユニコーンが蹄で床を踏むたびに、その足元から水が湧き出ている。
これがユニコーンの能力。
『足で踏んだ場所から水を湧かせる能力』だ。
湧き出る水は非常に澄んでおり、飲み水にもできる。
また、水たまりの不純物を取り除いて綺麗にすることもできる。
「ブモォォォォォ!!」
今度は大型の牛のマモノ、ブルホーンがやってきた。
ユニコーンに向かって、頭に生えたねじれた双角で突進してくる。
「ヒヒィィンッ!!」
それを見たユニコーンの足元から、勢いよく水が噴き出す。
そして、水はジェット噴射の勢いでユニコーンを前方に推進させた。
矢のように撃ち出されたユニコーンは、ブルホーンの巨体を蹴散らしてしまった。
『足で踏んだ場所から水を湧かせる能力』。一見すると戦闘向きではなさそうな能力だが、応用すればこのような使い方もできる。
ユニコーンの戦いぶりを見たオリガが、小さく呟く。
「へぇ、なかなかやるじゃない。この子を使うのも悪くないかもね」
「シャーッ」
そのオリガの背後からディーバイトが襲い掛かってきた。
右の爪を振り上げ、引っ掻きを仕掛ける。
しかしオリガは、身を屈めつつ振り向きざまに拳銃を発砲。
オリガを引き裂こうとした右手を、逆に撃ち抜いた。
さらにオリガはディーバイトの胴体に銃を連射。
怯んだ隙にディーバイトの膝も撃ち抜いて体勢を崩す。
下がったディーバイトの頭に自身の腕を巻き付けて締め上げる。
そしてディーバイトの頭を脇に抱えたまま、オリガは背中から床に倒れ込んだ。
いわゆる、プロレス技でいうところのDDTだ。フロントネックロックで固定したディーバイトの頭部を、エグイ角度で床に打ち込んだ。
ディーバイトの首から嫌な音が鳴り響き、二度と起き上がることはなかった。
「全く、悪い子ね」
「ゲロォッ!」
「っと、まだいたのね……!」
身を起こしたオリガの足首に、触手のような何かが巻き付いた。
これは、舌だ。
大きな茶色のカエルのマモノ、ビッグトードの長い舌だ。
ビッグトードはそのまま舌を引き寄せて、オリガを丸呑みにしようとする。
「ふん。意外と軟弱ね!」
だがオリガは、巧みな足さばきで逆に舌を絡め取り、踏みつけた。
そしてそのまま、背負っていたショットガン『レミントンM870』を取り出し、踏みつけた舌を撃ち抜いた。
「ゲェェェーッ!?」
バレルが破裂したかのようなショットガンの銃声が改札口に響く。
ビッグトードの舌が千切れ飛んだ。
ビッグトードは激痛のあまりひっくり返り、そのまま絶命した。
ポンプアクションにより空薬莢を排出する。
だが、その横から別のビッグトードが現れ、オリガのショットガンの銃口を掴んでしまった。そのままショットガンを取り上げようと、ビッグトードが舌に力を込める。
「ゲロォォッ!」
「生意気ね……!」
するとオリガは、舌で掴まれたショットガンを思いっきり引っ張って、逆にビッグトードを引き寄せた。そしてショットガンから手を離し、両手でビッグトードの舌を掴む。
伸び切った舌の根元を足で踏みつけ、掴んだ舌を全力で引っ張る。結果、なんとビッグトードの舌が引きちぎられてしまった。
「ゲェェェーッ!?」
そのまま二匹目のビッグトードも絶命した。
小柄なオリガの腕力は、しかしビッグトードのパワーを遥かに凌駕している。
以前、ノルウェーでは『星の牙』のラドチャックの触手とパワーで張り合う場面もあったが、納得の怪力である。
「見た目に反して、まるでゴリラだな」
「誰かさんみたいに思考回路が脳筋ゴリラよりはマシでしょう?」
「おっと、今のお前はキツネだったな」
「せいぜい、つままれないように注意することね」
「だ、大丈夫なんでしょうか、このチーム……」
「ヒヒン」
とはいえ、既にこの場のマモノの群れは全滅してしまった。
お世辞にも連携が取れているとは言い難い三人だが、個々の戦闘力は極めて高く、足並み不揃いのハンデをものともしない。
この改札口を降りて、地下鉄のホームから線路に降り、ユグドマルクトの元まで直行する。三人と一匹は、改札口を後にした。