第308話 分岐点
ジャックの仲間、アメリカのマモノ討伐チームの一員であるケルビン・トリシュマンが消息を絶った。通信機からは、もうノイズ音しか聞こえない。
「シット! なんてこった……! なぁサヤマ! ケルビンはまだ無事なのか!?」
『うん。通信は途絶えてしまったが、生体反応はまだ生きている! 今ならまだ間に合うかもしれない!』
「なら、今すぐ助けに向かわねーと! なぁマードック!」
「分かっている。彼はニューヨーク・セントラルスクエア・ホールにいるようだ。さて……日下部日向。そしてロシアのエージェントの二人。身内の問題だが、手を貸してはくれないか?」
「も、もちろん! 早く助けに行きましょう!」
「構わないわよ。ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」
「すまん。では、こっちだ」
マードックが先行し、皆がついて行こうとする。
だがその時、狭山の緊迫した声が通信機から発せられた。
『ちょ、ちょっと待ったみんな! ユグドマルクトが何か動きを見せている!』
「え!? また何か仕掛けてくる気ですか!?」
『これは……根っこを動かしてきた! そっちにユグドマルクトの根っこがやってくるよ!』
狭山の言葉の通り、前方から巨大な樹の根っこが迫ってきている。
ユグドマルクトの根っこは、あまりにも大きい。
自動車を、道路を、ビルをも貫いて伸びてくる。
「うわぁ本当に来た!? アレに触れると水晶にされるぞ!」
「総員、とにかく避けるんだ!」
「イヤぁぁぁお助けぇぇぇ!?」
「く、やべぇ!? 地面が崩れるぞ!」
迫りくるユグドマルクトの根っこを避けるために動く日向たちだが、その動きはバラバラだった。
幸い、根っこに巻き込まれて水晶にされた者はいないようだが、その巨大な根っこは日向たちを三つのグループに分断してしまった。
日向、マードック、そしてオリガ。
分かれてしまった三つのグループをそれぞれ代表して、通信機で連絡を取り合う。
「皆、無事か?」
「ええ、問題無いわ。そっちはどう?」
「大丈夫です。こっちに避難してきた人は、怪我も異常もありません」
日向たちのグループは、近くのビルの中に逃げて、そのまま根っこで入り口を塞がれてしまった。マードックとオリガのグループは、それぞれひと際大きな根っこで分断されてしまっている。
「こちらマードック。私の方にはジャック、ミス北園、そしてシャオランが避難してきた。三人とも無事だ」
「いやまったく、危なかったぜ」
「みんなー! こっちは大丈夫だよー!」
「大丈夫なもんかぁ! 超怖かったよぉ!」
「こちらオリガ。こっちには日影とレイカがいるわ」
「大尉! ジャックくん! ご無事で何よりです!」
「……あん? それじゃあ、日向のところにいる奴らって、もしかして……」
「ああ日影、お察しの通りだよ。よりにもよってクールフリーダム三銃士が俺のところに一斉に固まりやがった!」
「そう誉めるな」
「本堂さん、シャラップ!」
「You're flattering me.(照れてしまうな)」
「コーネリアスさん、ビークワイエット!」
「…………。」(照れ隠しに頭を掻くジェスチャー)
「ズィークさん、喋らなければ良いってモンじゃないんですよぉ!!」
ともかく、皆の無事が確認できたところで、さっそく合流して行動に移りたいところなのだが、いかんせんユグドマルクトの山脈のごとき根っこが立ちはだかっている。
攻撃は水晶化で防御され、よじ登ろうとして触れば逆に水晶にされる。そして根っこは道路の果てまで伸びているようで、向こう側まで回り込もうとしたらどれだけかかるか分からない。
こうしている間にも、救援を要請したケルビンが危機に晒されている。あまり時間をかけるワケにはいかないのだ。
『……一つ、提案がある』
と、ここで狭山が通信機の向こうで口を開いた。
狭山が出した提案とは、ここで部隊を三つに分けて行動するという作戦だ。
日向、オリガ、マードックの三つのグループの中で、ケルビンの救援にいち早く向かうことができるのは、位置的にマードックのグループだ。ゆえに、ケルビンはマードックのグループに任せる。
だが現状、ケルビンの他にも放置できない問題がある。先ほど日向たちを水の柱で狙ったサテラレインなどが最たる例だ。このマモノがいる限り、後続は迂闊にユグドマルクトがいる街の中心部に近寄れない。
ケルビンの救援にしても、ヘリで増援を送るなどができればマードック以外に任せることも可能だったのだ。今後の行動の選択肢を広げるためにも、サテラレインは最優先で排除しなければならない。
そして、ユグドマルクトの攻撃による被害も無視できない。先ほどの根っこを走らせる行動は、日向たちの予定を大きく狂わせ、街にも甚大な被害をもたらした。そして、これ以上やってこないとも限らない。またさっきのように根っこを動かされたら、さらに日向たちの行動に支障が出るかもしれない。
ユグドマルクトにこれ以上勝手なマネをさせるワケにはいかない。誰かが先行してユグドマルクトと戦闘を行い、注意を引いておきたいところだ。
つまり、だ。
ケルビンの救援に向かう班。
サテラレインを討伐する班。
そしてユグドマルクトの元へ先行する班。
この三つに部隊を分けて、このニューヨークミッションを攻略するというのだ。
『ここで部隊が三つに分断されたのも、何らかの天の配剤なのかもしれない。せっかくだから、という気楽さで提案するワケじゃないけれど、自分はこの逆境を逆に利用してみるべきだと思う』
「私は賛成だ。ひと固まりになるより戦力は落ちるだろうが、それぞれの仕事を終わらせるスピードは格段に上がる。このメンバーなら戦力を三等分しても、マモノどもに後れは取るまい」
「マードックさんのグループは救援を担当するとして、俺たちはサテラレインを討伐しようと思います。こっちには電気が使える本堂さん、遠距離担当のコーネリアスさん、俊敏性トップクラスのズィークさんがいます。あとついでに攻撃力だけはある俺。こっちは戦力的にかなり充実していますから、俺たちが行くのが得策なハズです」
「じゃあ私たち三人はユグドマルクトに先行したらいいのね。こっちにも『太陽の牙』が使える日影がいるから、ユグドマルクトも無視はできないでしょう。それに、こういうスピードが求められる任務は大勢より少数精鋭の方が向いているわ。私も異議無しよ」
「私の中のアカネも入れれば、こっちも四人ですけどね」
『決まりだね。ではマードック大尉のグループはケルビン・トリシュマンの救援を。日向くんたちのグループはサテラレインの討伐を。そしてオリガさんのグループはユグドマルクトの元へ先行。大変な戦いになるだろうけど、君たちならやれるはずだ。自分も精一杯サポートしよう。健闘を祈る!』
◆ ◆ ◆
狭山の号令を受け、三つのグループはそれぞれ動き始めた。
マードック大尉の班はニューヨーク・セントラルスクエア・ホールへ。
日向の班はサテラレインを討伐するため、標的が潜んでいるビルへ。
そしてオリガは日影とレイカを引き連れて、ユグドマルクトの元へと向かい始めた。
「ユグドマルクトが生えている場所は、ここからかなりの距離があります。オマケに、街のあちこちがヤツの根っこで封鎖されている状態です。急がなければなりませんが、時間がかかるのは必至かと」
「一つ、私に考えがあるわ。きっとヤツの根っこに邪魔されていないであろう、快適な道に心当たりがあるの」
「マジかよキツネさん。早速案内してくれよ」
「いいけど、次にキツネさんって呼んだら本気で撃ち殺すわよ」
「はっ! この性悪女をこんなにイジりやすくしてくれて、動物化現象も捨てたモンじゃねぇな!」
「口が減らないわね。せいぜい、流れ弾に気を付けなさいな?」
「ギッスギスしてますね……。仲良くやりましょうよ、仲良く」
(いいねぇ! こういう火花バチバチの関係は好きだよアタシぁ! アタシも混ぜてもらって、さらに火薬を投下してみたいぜ!)
「やめてよアカネ……。今ここであなたが出てきたら収拾がつかなくなるわ……」
オリガと日影の間に渦巻く険悪なムード。
そのムードにあてられ、胃がキリキリと痛み出すレイカ。
そうこうしているうちに、三人は目的地に到着した。
「着いたわ。ここよ」
「ここは……地下鉄かよ」
「そうよ。見たところ、ユグドマルクトの根っこのほとんどは地上を走っている。それは根っことしてどうかと思うけど、それなら逆に地下には根っこがあまり生えていないはず。そして私の記憶が正しければ、ユグドマルクトのすぐ近くに別の地下鉄の駅があるわ。だから、ここから地下鉄の線路を伝ってユグドマルクトの元まで行くのよ」
「く、詳しいですねオリガさん。私はアメリカ育ちですけど、ニューヨークに来るのは初めてで、全然土地勘が無いもので……」
「ニューヨークなんて大都市、いつエージェントの任務の舞台になるか分からない場所だもの。ここの地理は真っ先に頭に叩き込まれたわ。いかんせん昔の話だから、ちょっと情報が古い部分もあるかもだけどね」
「とはいえ、私もこのルートで問題ないかと。狭山さんも、大丈夫ですよね?」
『うん。ただ、地下では衛星カメラ、ホルスシステムのマモノ探知が効かない。地下鉄にマモノが潜んでいる可能性も十分にある。敵の不意打ちには十分に注意してくれ』
「んじゃ、さっそく行くか」
「あ、ちょっと待ってください。私のうさ耳が、何か音をキャッチしました」
レイカの言うとおり、階段の先からパカッ、パカッと何かの足音のような音が聞こえ、それが三人に向かって近づいてくる。馬の蹄の足音のような。
「ヒヒィィィィン!!」
「あれは……マモノ!? マモノが来ます!」
『おっと、あれはユニコーンだね! 脚で踏んだ場所から水を湧き起こす、”水害”の星の牙だ!』
「ユニコーン……か」
その時、日影の脳裏に浮かんだのは、懐かしい記憶。
初めて松葉班と出会った時。
氷の騎馬、グラキエスを討伐しに行った時。
あの時、ユニコーンという『星の牙』が存在するということを、松葉たちから教えてもらった。特に戦闘に役立つ情報を聞いたワケではないが、ふと思い出したのだ。
「それで、どうするんだ? 奴さん、やる気みたいだが。どうやって仕留める?」
「あら。私が誰かお忘れかしら? ここは私に任せてちょうだい」
そう言って、オリガがユニコーンの前に出た。
ユニコーンは、その額の一角をオリガに向けて、地面を蹴り、彼女を威嚇している。今にも地を駆け出して、彼女を串刺しにかかりそうだ。
「ブルルルルッ!」
「ふふふ……」
「ヒ……ヒヒィン……?」
オリガは、ユニコーンを見据えたまま、少しずつ距離を縮める。
その妖艶な金色の瞳で、ユニコーンをジッと見据えながら。
ジッと、見据えながら。
「……ヒヒィン」
「はいお終い。これでこの子は私の僕よ」
「え……? まさか、『星の牙』を洗脳したのですか!?」
「ああ。この女の能力だ。相手と目を合わせることで思考を奪う。まったく、とことん悪役だなコイツ」
「す、凄まじいですね。事実上の即死攻撃じゃないですか」
「お褒めいただき恐縮ね。これで私たちも正真正銘の四人グループ。さ、それじゃ行きましょうか」
こうしてオリガたちは、洗脳したユニコーンを引き連れて、改めて地下鉄へ続く階段を降りていった。
不気味なほどに静かで、薄暗い地下鉄の入り口は、まるで何かのダンジョンのようだった。