第307話 交差点
引き続き、コールドサイスを撃退した交差点にて。
周囲は激しく破壊されており、道路はひび割れ、水浸しになっている。撃墜されたアメリカ軍のヘリまで横たわっている。
先ほどまで氷のカマキリの『星の牙』、コールドサイスに襲われていた日向たちだが、ARMOUREDの助力もあって、なんとかコールドサイスを追い払うことができた。
だが、一難去ってまた一難と言うべきか。どうやら日向たちは、新手のマモノに狙われているらしい。ジャックが指差す方向を見てみれば、大きなビルの屋上に一体の巨大なカニのマモノの姿があった。
遠目からではあるが、そのマモノのシルエットは、先日戦ったカニのマモノ、ソルビテとよく似ている。つまり、シオマネキ型のマモノだ。通常のシオマネキと違い、右の爪が肥大化しているようだ。
そのマモノは、遠くからでもわかるほどの巨体を有している。ビルの屋上の端に大きな岩塊が乗っているかのようだ。そしてジッと、日向たちの方を見つめている。
「なんだぁ、あのマモノ? あの超遠距離から何を仕掛けてくるつもりだ?」
「と、とにかく、ジャックが『逃げろ』って言ってるんだから、早く逃げた方がいい!」
急いでその場を離れようとする日向たち。
だがその時、屋上のマモノが動きを見せた。
その巨大な右爪を振り上げ、日向たちにビシッと向けた。
まるで日向たちを指差しているかのようだ。
「奴め、何を企んでいる?」
怪訝な表情を浮かべる本堂。
その一方で、北園がなにやら不快そうな表情。
「なんか私、湿り気を感じてきたかも……」
「湿り気……? あ、みんな見て!? 空が……!」
シャオランが空を指差した。
灰色の曇り雲が、大きな渦を巻いている。
明らかな異常現象だ。嵐の前触れのような。
そして次の瞬間。
渦巻く曇り雲の中心から、巨大な水の柱が落ちてきた。
先ほどまで日向たちがいた場所に、膨大な量の水が叩きつけられる。
「うおおおおっ!?」
「きゃあっ!?」
「ひいいいいっ!?」
その水の柱の威力たるや、道路が陥没してしまうほどだ。
そしてそのまま水の柱は、日向たちを追尾し始めた。
進路上の瓦礫が、自動車が、水に巻き込まれて粉砕されていく。
「こ、こっちに近づいてくるよぉぉぉ!?」
「この辺りの破壊の跡は、アレが原因ってワケかよ!」
「あ、あんなの喰らったら命は無いぞ!? 退避ーっ!」
「ジャックがいるところまで走るぞ……!」
幸い、水の柱の追尾速度はそこまで速くはない。日向たちが全力で逃げれば振りきれる程度だ。日向たちはなんとか、ジャックがいる建物の中まで避難することができた。
「ヘイ、こっちだぜ! このビルの反対側から抜けて、アイツを撒くぞ!」
「わ、分かった! けどジャック、その姿は……」
「説明は後でな! ついて来い!」
ジャックに案内され、日向たちはビルの奥へと入っていった。
◆ ◆ ◆
逃げ込んだビルの逆側の出口。そこで他の『ARMOURED』のメンバーと合流した。また、狭山との通信も回復したようだ。
『みんな無事でよかった。さぁ日向くん。ジャックくんたちに補給物資を』
「分かりました。ほらジャック、弾丸だ」
日向たちが荷物を下ろすと、ARMOUREDの皆は待ってましたとばかりに飛びついた。
「おお! こりゃ助かるぜ! サンキュー、サンキュー!」
「私の鏡花のバッテリーもあるんですね。ありがとうございます」
「マードックの弾薬はボクが持ってるよ。重火器のヤツばっかりだから重かった……」
「すまんな。助かったぞ」
先ほど日向たちを援護してくれたコーネリアスは、どうやらビルの二階の窓から狙撃していたらしい。そしてARMOUREDの面々を見てみれば、彼らも日向の仲間たちと同じく、マードックを除く三人が動物化していた。
ジャックは肌にやや艶が出ており、尻からは長い尻尾が生えている。
一見すると、何の動物が入ったのか分かりにくい。
「ジャックはいったい何の動物になったんだ……?」
「分からねーか? じゃあヒントをやるぜ。この尻尾は簡単に千切れる上に、すぐにまた生えてくる」
「ああ、トカゲかぁ」
次にレイカの頭からは、白くて長い耳が生えている。
それだけで十分に分かった。彼女に混じった動物はウサギだ。
「……首狩りウサギだ」
「首狩りウサギだよなー」
「だナ」
「はぁ……やっぱり日下部さんもそう言うんですね」
コーネリアスを見てみると、なんと背中から茶色の羽が生えている。
首元も茶色の羽毛で覆われており、何らかの鳥類が混じったのは間違いない。
「どうやらコーディに混じったのは、鷲みてーだ」
「狙撃手のコーネリアスさんに鷲が混じるって、完全に大当たりじゃないか。さっきの冷気の中で狙撃を成功させたのはそういうワケか。ところで背中の翼は、飛べるんですか?」
「いいヤ、残念ながらナ。滑空くらいなラできそうだガ」
「あらら、そうでしたか。まぁ、鳥って自分の体重を極限まで削ることでなんとか飛べるらしいし、人間じゃすぐに重量オーバーしちゃうよなぁ。ましてやコーネリアスさんは、ガッチガチに鍛えてる軍人だし。重武装だし」
そしてマードックは、全身を機械化しているからか、動物化現象の影響は現れていないようだ。
「ったく、つまんねーよな。コイツが動物化したら間違いなくゴリラだったぜ、ゴリラ!」
「貴様そろそろ名誉棄損で訴えるぞ」
「けど、マードック大尉も脳は生身なんでしょ? 何らかの動物的思考が混じったりとかはしていないんですか?」
「ふむ……そう言われてみると、無性にシャケが食べたいような」
「クマ……?」
「マードックよー、そこはバナナが食べたくなるところだろー? 分かってねーなー」
「今週中には訴状を用意しておくから覚悟しておけよ貴様。次会う時は法廷だぞ」
「おー怖。そんで、そっちもなかなか愉快なことになってるみてーだな、ヒュウガ?」
「あー、うん、まぁ」
苦い表情を浮かべ、日向は動物化した仲間たちを見る。
やはりと言うか、仲間たちは自由気ままに動いていた。
「ぽけー……」
「北園さんはネコ特有の何もない空間を見つめる行動をしない!」
「ハッハッハッハ……」
「そんな顔をしても俺は骨っこなんて持ってないぞシャオラン!」
「もっしゃもっしゃ草うめぇ」
「そして本堂さんは何を食べてるんですか一体!」
「そのへんに生えてた草」
「そのへんに生えてた草とか食べちゃダメでしょーが! ペッてしなさい!」
「キタゾノキャット……テラカワユス」
「コーネリアスさんは今なんて言った!?」
日向たちの様子……あるいは惨状と言うべきか。それを見たジャックは、心底楽しそうに笑っている。
「ハッハハハ! こりゃ愉快っつーか、いっそクレイジーだな!」
「それよりジャック、さっきのマモノは何なんだ一体? あの衛星ビームみたいに空から落ちてきた大量の水……あれがアイツの能力なのか?」
「ああ。そんでアイツが、ウチのヘリを叩き落とした犯人さ」
そう言って、ジャックは説明を続ける。
あのマモノは、まだどこのマモノ対策室にもデータが載っていない新種。『ARMOURED』は、あのマモノを『サテラレイン』と呼んでいる。
能力は先ほどの通り、狙いを付けた地点に、天空から大量の水を発射する能力。『星の牙』としての能力の分類は”大雨”。サテラレインはその能力で、空中を飛んでいたヘリを狙い撃ちし、撃墜したのだ。
「”大雨”の星の牙……。確かに空から水を落としてたけど、あれはもう雨ってレベルじゃないだろ……」
「あのマモノが上から睨みを利かせてやがるから、迂闊に表を歩けねぇ。俺たちはついさっきこの辺に電波妨害の霧を張っていた『星の牙』を倒したところだが、サテラレインのせいで結局支援用のヘリが呼べなかったんだ。オマエらが来てくれてマジで助かったぜ」
そこで話は一区切りついて、場が一瞬だけ静かになる。
その時、ARMOUREDのレイカが不意に、近くの建物の陰に向かって声をかけた。
「……それで、そこの人たちはいつまで隠れているつもりなのでしょうか」
「……え?」
日向は、レイカの行動が分からず、すっとんきょうな声を上げた。
他の皆はレイカ同様、建物の陰に潜んでいる何者かに気付いていたらしく、それぞれ身構えている。
「え、気付いてなかったの俺だけ? 北園さんも気付いてたの?」
「ほら、今の私はねこぞのさんだから。相手の気配に敏感なんだよ」
「ああ、なるほど……」
「気配からしてマモノではなさそうだけどな。ほら、さっさと出て来いよ。なんつーか、イヤな気配してるんだよオマエら」
日向と話しつつ、潜伏者にも声をかけるジャック。おちゃらけた口調だが、デザートイーグルを抜いて潜伏者に銃口を向けており、強硬手段も辞さない姿勢が見て取れる。
「……はぁ。あっさりバレちゃったわね。流石は世界最強のマモノ討伐チームと言ったところかしら」
「この声は……」
物陰から聞こえたその声に、日向は聞き覚えがあった。
声色は間違いなく幼い少女のものなのだが、どこか大人びた雰囲気のあるその声に。
「……もしかして、オリガさん?」
「正解よ、日下部日向。よく分かったわね」
「ホレ、いいからさっさと顔見せろ。さもないと怪しいヤツ認定して撃つぞ」
「え、いや、ちょっと待ってくれない? 今はちょっと顔を出したくないというか」
ジャックがオリガを威嚇するが、どうやらオリガは顔を出したくないらしい。さっきから声だけで、物陰から姿を現そうとしない。そんなことを意にも介さず、ジャックはカウントダウンを始める。
「10秒前ー。はちー、ろくー、よんー」
「一秒飛ばしてカウントしてるんじゃないわよ! 分かったわよ、顔見せればいいんでしょ!」
そう言って、オリガが物陰から姿を現した。
しかしその姿は、以前日向たちが会った時と少し異なっている。
金の髪と同じ色の、金のフサフサの耳。
頬には左右数本ずつヒゲが生えている。
最大の特徴は、尻から生えている尻尾だ。
金色の毛並みの大きな尻尾は、とってもフサフサモフモフしている。
「……キツネだ」
「キツネだな」
「そうよキツネよ! 文句ある!? あの大きな木の瘴気を吸い込んだらこんな風になっちゃったのよ!」
「わぁオリガさん、もふもふしてて可愛いですねー! 尻尾触りたいなーって」
「こら北園、尻尾触ろうとするんじゃないわよ! 敏感なのよこの尻尾!」
「そんなもふもふな尻尾、触るなという方が無理でしょ。俺も触らせてください。キツネの尻尾って一度モフってみたかったんです。後生ですから」
「ええい! 寄るんじゃないわよアンタたち!」
そう言ってオリガは自身の尻尾を抱き寄せ、北園と日向から守る。
一方、オリガと仲がよろしくない日影は、変わり果てたオリガの姿を見て腹を抱えて笑っている。
「はははっ、随分とまぁ可愛らしい格好になっちまったなぁオリガさんよぉ」
「うるさいわね日影、撃ち殺すわよ!? ああもう、今までクールキャラで通してきたのに、このもふもふ姿じゃ威厳も何もあったモンじゃないわ! だから顔出したくなかったのに!」
顔を真っ赤にして怒るオリガ。
そのオリガを諫めつつ、日向が再びオリガに声をかける。
「そういえば、オリガさんがいるってことは、もしかしてズィークさんも?」
「はぁ、いるわよ。彼も恥ずかしがって、あまり人前に出てきたくないみたいだけどね。ほらズィーク、観念して出てきなさい」
「…………。」
オリガの声を受けて、漆黒の衣服に身を包んだ偉丈夫、ズィークフリドが物陰から姿を見せた。彼もまた、何かの動物が混じっているようだ。
その頭部からは、丸みを帯びた耳が生えている。
黄色の毛並みに黒い点々が入った耳だ。
尻尾も生えており、これまた耳と同じく黄色と黒が混じった斑模様。
氷のような無表情には、左右三本ずつヒゲが生えている。
……いや、氷のような無表情と言ったが、心なしかどこか落ち着かないような様子が垣間見える。オリガが言っていた通り、恥ずかしがっているのだろうか。
「ズィークさんは何が混ざってるんだ? トラ?」
「あの模様はヒョウじゃねーか?」
『いや、あれはたぶんチーターだよ』
「またすごい大当たり引いてるなぁ……」
「……んでヒュウガ。このガキとにーちゃんは一体なにモンだ? オマエらの顔見知りみてーだが、俺たちは初めて会うぜ」
「ガキとはご挨拶ね。こう見えても、あなたよりよっぽど年上よ、ジャック・レイジー?」
オリガが声を発した時、空気がピリついたのを日向は感じた。ジャックの言葉を受けて、明らかに怒っている。慌てて日向がジャックとオリガの間に入り、ジャックにロシアの二人を紹介。
「ええと、その女の人がオリガさん。こっちの男の人がズィークさん。ロシアのマモノ対策室に所属するエージェントだよ」
「あー、アンタらがそうなのか。噂は聞いてるぜ。ロシアのエージェントにはとんでもない凄腕がいるってな」
ジャックが興味津々に二人を眺める。
そのジャックの後ろから、マードックも口を開いた。
「私もお前たちの話は聞いたことがある。マモノが出現するより以前、ロシア対外情報庁に、恐るべき能力を持ったエージェントがいるという噂を。そんなお前たちロシア人が、どうしてアメリカのニューヨークにいる? 何が目的だ?」
「身構えることはないわよ、マードック大尉さん。私たちはただの休暇でここにいるの。アメリカに旅行に来てたのよ。それが、こんなマモノ案件に巻き込まれて、いい迷惑をしていたところよ」
「うわぁ、スパイが本来の目的を誤魔化す常套手段みたいな理由を言ってる」
「そも、お前たちのような組織の暗部のエージェントが、マトモに休暇をとれるとは思えんがな」
「ま、疑うのは勝手だけど、たとえ拷問しようとやましいものは何も出てこないから」
ともあれ、だ。
日本、アメリカ、そしてロシア。
三国のマモノ対策室のエースチームが、ここに一堂に会することとなった。
『これもまた偶然か、あるいは運命か。すごい巡り合わせだね』
「もちろん、私たちも協力してあげるわ。せっかくの休暇をこんな形で潰されて、腹が立っていたの。マモノたちは全滅させるだけじゃ済まさないわ」
「これだけ頭数が揃ってるなら、何が来ても負ける気がしねぇな?」
「ハッハー! マモノメイクライって感じだぜ!」
「よし、このまま一気にユグドマルクトを伐採しちゃおう」
と、その時、ジャックの通信機から通信が入った。
ジャックは通信機を耳に当てて応答する。
「こちらジャック。どうした? どーぞ」
『こ、こちらケルビン! 正体不明のマモノにやられた! 部隊は壊滅寸前だ!」
「な!? お、おいケルビン、大丈夫なのか!?」
『すまんジャック、至急応援を……あ、うわ、待――――!?』
「ケルビン!? おいケルビン!!」
その言葉を最後に、通信は途絶えてしまった。
明るい空気は一転、重々しい空気がその場を包み込んでしまった。