第305話 お前もケモミミになれ
「さて……」
あちこちに草木が生えてきたニューヨークの街中にて。
腕を組みながら、日向は仲間たちを見る。
随分とおもしろおかしい格好になってしまった仲間たちを。
ユグドマルクトの緑色の瘴気を吸い込んでしまった北園、本堂、シャオランの三人は、なにやら動物の耳と尻尾などが生えた身体になってしまった。三人とも、不思議そうに自分の身体を眺めている。
日向と日影は無事だ。彼らも三人と同様にユグドマルクトの瘴気を吸ってしまったのだが、恐らくは”再生の炎”が体内で瘴気を焼き尽くしてしまったのだろう。
「ええと、三人とも、意識はある? 意思疎通はできる?」
「うん。大丈夫だよ」
「問題ない」
「ぼ、ボクも大丈夫……」
「とりあえず、知能が動物レベルに退化した様子は無し……と」
『どうやら先ほどの瘴気を吸ってしまった人間は、もれなく特定の動物の要素が混じった身体にされてしまうようだ。三人が何の動物になってしまったのか、調べてみよう』
狭山の言葉に頷き、まず日向たちは北園を観察する。
先ほども少し言及したが、彼女に混じった動物はネコのようだ。
ふわふわの耳、ピンと張ったヒゲ、そしてゆらゆら動く尻尾。
しかし肉球などは現れておらず、ネコらしい体毛も無い。
耳とヒゲと尻尾以外は元の北園のままである。
「……というか、その尻尾、どうやって生えてるの? 服を貫通してるように見えるんだけど」
「実際、貫通してるよー。服に穴が空いちゃったけど、尻尾でスカートがめくれちゃうよりはよかったかなぁ」
「いやよくな……ゴホン! ええと、次にシャオランは……」
シャオランを見てみれば、北園以上にふさふさの耳、そして尻尾。
口を開けてみると、歯が猛獣の牙のように鋭くなっているようだ。
また、北園と同じく上記以外に動物化した要素は無く、ほとんどは元のシャオランの姿を保っている。
「シャオランのこれは……犬?」
『どちらかというとオオカミじゃないかな』
「オオカミ! やった、カッコイイの引いた! 当たりだ!」
「それで良いのかお前」
そして本堂を見てみれば、垂れ下がった長い耳、そしてひょろ長い尻尾。無表情な顔はさらに無表情に……というか、どことなくやる気がなさそうな感じである。やはり前二人と同じく、ほとんどは人間の時の要素が残ったままだ。
「これは……なんだ? 何の動物だろ……」
「馬じゃないか?」
『これは……うーん……ロバかなぁ……』
「ふむ。ロバ」
まとめると、北園はネコに、シャオランはオオカミに、そして本堂はロバになった。
とはいえ、彼らが動物化した部分はほんの一部で、ほとんどは人間の時のままだ。一体、ユグドマルクトは何の目的があって街を緑化し、人間を半分動物にしてしまったのか。
『あるいはこれも、人間の文明と生活に対する攻撃なのだろうか。確かにこの街に生えてしまった草木を除去するだけでも、随分な時間がかかってしまいそうだ』
「この戦いが終わっても、ニューヨークはしばらく緑の都市ですかね……」
『かもしれないね……。けどまぁ、こうして見るぶんには、北園さんあたりはネコのコスプレをしているみたいですごく可愛らしく見えるね』
「えへへ~そうですか~? ……ねぇねぇ、日向くん!」
「うん? どうしたの?」
北園が呼びかけてきたので、日向は北園の方を向いた。
すると北園は、手首と指を曲げてネコの前脚状にして、ウィンクをしながら片足立ちしてポーズを取ってみせた。
「ねこぞのさんだにゃん♪」
「はうっ!?」
日向、心臓のあたりを抑えながらうずくまってしまった。
「……日向くん、大丈夫?」
「う、うん。平気。ただ、俺にはちょっと刺激が強すぎた。可愛死するかと」
「にゃーん♪」
「ぐあああああ」
日向のリアクションが大きいものだから、北園もさらにネコになりきって日向を殺そうとする。
……その一方で、日影も心臓のあたりを抑えて北園から目を逸らしていた。そんな日影に、本堂が声をかけた。
「大丈夫か日影。何があった?」
「あ、ああ、いや、大丈夫だ。何もねぇよ」
「ふむ…………日影」
「なんだ?」
「ロバ本堂だロバー」
「うるせぇ黙れぶっ飛ばすぞ」
「ふむ。」
和んだ空気が流れたが、今はまだ任務の途中だ。
気を引き締め直して、五人は改めて状況を確認する。
「この動物化現象……やっぱり、さっきの瘴気が原因なんでしょうか?」
『そのようだね。他の班も大勢が瘴気を吸ってしまったが、もれなく動物化してしまっているようだ。おかげで通信回線は混沌としているよ。ちょっと聞いてみるかい?』
そう言って、狭山は日向の通信チャンネルを一斉通信に繋げた。
瞬間、物凄い量の通信が日向の通信機になだれ込んでくる。
『こちらドミニク! 見てくれよ、トカゲになっちまったぜオレ! ちなみにニコはトラになったぜ!』
『俺はヘビになった。舌がヘビみたいになってる。喋りにくいなこれ』
『みんな何引いた? 俺はたぶんシマウマだわコレ』
『誰かマイケルを止めてくれ! コイツ豚を引いちまったモンだから、ただでさえヤバい食欲がもっとヤバくなっちまった! もうリアル豚にしか見えねぇよ!』
『だ……誰か救援を頼む……よりにもよって魚を引いちまった……。エラ呼吸だから酸素が吸えない……水辺に連れてって……』
「カオス。あまりにもカオス。みんなガチャ感覚で楽しんでやがる。そして一人がさりげなく死にかけてる」
『とりあえず、動物化が直接命を奪うようなことはないみたいだね。そこについては本当に良かった。魚になってしまった人には早急に救援を向かわせよう』
「けどこれ、ボクたちって元に戻れるの? 元の人間部分が多いから生活に不自由はしなさそうだけど、やっぱり気になるよぉ……」
『恐らくだけど、ユグドマルクトを倒したら元に戻るんじゃないかな。病や異常を振りまく『星の牙』は、ソイツを倒せば異常が元に戻ることがほとんどだからね。ただ、ウィスカーズの地面液状化が元に戻らなかったように、この街を覆い尽くした植物がどうなるかはまだ分からないけど……』
「と、とにかく、ボクたちは元に戻れる可能性は高いってことだね? それを聞いてちょっと安心」
それはそれとして、ここから先はこの動物化現象とも付き合いながらニューヨークの街を探索しなくてはならない。
……となれば、気になることがある。
ズバリ、動物化した三人は、元の動物の能力を引き継いでいるのだろうか、という点だ。
「さっそく確かめてみよう。シャオラン、オオカミを引いたなら、鼻が良くなったりはしてない?」
「そういえば……あちこちから色々なニオイがするように感じる……。ボク、本当に鼻が良くなってるのかも」
「よっしゃ。それじゃあ、ニオイを辿ってARMOUREDを追えるんじゃないかな」
「あ、なるほど……。けど、ボクはもともとARMOUREDの皆のニオイなんて分からないよ? 嗅ぎ分けられる自信はあるけど、一度彼らのニオイを覚えてからじゃないと……」
「そっか……それじゃあ一度、さっきの第一チェックポイントに戻ってシャオランにニオイを覚えさせるか……」
『いや、それよりもっと早く済むかもしれない方法がある。シャオランくん、ARMOUREDが向かったと思われる方角から、銃撃などの音は聞こえないかな? 発砲音じゃなくとも、何らかの戦闘音でも構わない』
「戦いの音…………あ、聞こえる! 銃を撃つ音が聞こえるよ!」
『ビンゴ。それを追いかけよう。みんな、さっそく移動を開始してくれ。君たち以上に前線深くに切り込んでいるのは、もはやARMOUREDくらいのものだ』
「ボクが案内するよ。付いてきて! マモノが出たら守ってね!」
「よく言うぜ身体能力じゃオレたちの中で最強クラスのクセによ」
狭山の指示を受け、動き出す五人。
その際に、日向は狭山に一つ質問をした。
「狭山さん。なんでシャオランは、この場所から戦闘音を聞くことができたんですか? 犬って耳が良いんですか?」
『その通りだよ日向くん。嗅覚にばかり注目が行く犬種だけど、聴覚もとても鋭いんだ。軽く見積もっても人間の倍以上。超音波まで聞き取れるよ』
「そ、そうだったんですか……初耳……」
『ARMOURED』の皆がいると思われる方向へ急ぐ五人。
やがて、広い交差点に到着した。
ジャックたちの姿は無いが、マモノたちの死骸がいくつか転がっている。
マモノの死体はまだ真新しく、弾痕がある。
恐らくはARMOUREDが仕留めたものだろう。
また、この辺りの道路は特にひどく破壊されており、随分と水に濡れている。”水害”の星の牙とでも交戦したのだろうか。さらに周りを見てみれば、撃墜されたと思われるヘリまで発見した。
先を急ぎたい日向たちだが、ここで思わぬ障害が五人の前に立ちはだかる。それはマモノでも、ユグドマルクトの根っこでもない。言うなれば、動物化現象による弊害といったところか。
「本堂さん! なんでそんなところで横になってるんですかっ!」
「歩くのがめんどい」
「め、めんど……!?」
『ロバの性格は淡泊で図太いと言われているからね……。ともすれば、面倒くさがりとも取れる性質だ。恐らく本堂くんには、そのロバの性質が出てしまっているのだろう』
「アオオォォーン!!!」
「シャオランは急に遠吠えを上げない!」
「ご、ゴメン……。でも、無性に吠えたくなったんだよぉ……」
「はぁぁ~……ここの床はあったかいにゃあ……」
「そして北園さんは陽だまりでごろごろするんじゃなーい!!」
どうやら三人に発現したのはそれぞれの動物の長所だけではなく、抗いがたい本能までも付随してしまったようだ。日向が必死に三人を取りまとめようとするが、まるで暖簾に腕押しだ。
そんな日向の様子を見て、日影がニヤニヤ笑っている。
「まるでアレだな。このメンバーじゃまるで、ブレーメンの音楽隊だ」
「ブレーメン? あの、動物たちが音楽をやる童話の?」
「ああそうだ。本堂がロバ。北園がネコ。シャオランが犬。まぁオオカミなんだが。そしてニワトリがお前だ、日向」
「俺がニワトリ…………あ、臆病って言いたいのかお前こらーっ!!」
「はははっ、大当たりだ! さすが狭山と頭の回転のトレーニングをしただけのことはあるなぁ!」
「そういう回りくどいボケにツッコミを入れるために鍛えたワケじゃないんですけどぉ!?」
「さて、漫才を終えたところで、早く先に進もうぜ。日向、北園を起こしてやれ」
「そうは言うけどよ、お前、北園さんを見てみろ」
日向がそう言うので、日影も北園を見てみる。
北園は相変わらず、暖かなタイル張りの床の上で丸くなっている。
「ごろごろにゃ~」
「お前、こんなに幸せそうな顔してのんびりくつろいでいる北園さんを無理やり叩き起こせというのか。俺にはそんな残酷なマネできない」
「とうとうお前までボケに回りやがったか……」
「というワケで、どうしてもと言うならお前が北園さんを起こせ日影」
「仕方ねぇなぁ……おい北園……」
「ごろごろにゃ~」
「……悪ぃ、やっぱ無理だ。オレにも起こせん」
「お前……俺のことはあーだこーだ言っといて……」
「……にゃっ!?」
だがその時、北園が床から跳ね起きた。
そして、両手を地面に付き、腰を上げ、唸り声を上げている。ネコの威嚇のポーズだ。
「フーッ! シャーッ!」
「き、北園さん? 向こうに何かいるの?」
「うん……! 気を付けてみんな、何か来るよ!」
「今の北園さんはネコだ。ネコの直感は鋭いから、信憑性は高いかもだ。というワケで狭山さん。周辺にマモノの反応はありますか?」
『ちょっと待っててね、今――べる―――』
「あれ? 狭山さん?」
狭山との通信にノイズが混じり始めた。
これは恐らく、『星の牙』による電波妨害。
日向たちが周囲を見てみれば、ひんやり冷たい白い冷気が漂い始めていた。
『これは――んな気を付――コールドサイス―――後ろ――!』
「後ろ!?」
「シャアアアアアアアッ!!」
日向が振り向けば、すぐ後ろに巨大な青白いカマキリのマモノ、コールドサイスが立っていた。視認したころには鎌を振り上げており、日向目掛けて斬りかかってきた。
しかし日向も振るわれる鎌を見切り、上体を屈めてギリギリ避けた。
「あぶなぁっ!? コイツ、やっぱりまた現れたか!」
「シュウウウウウウ……!!」
日向を仕留め損ね、悔しそうに鳴き声を発するコールドサイス。
取り巻きであるアイスリッパーたちも集まってきた。
もはや戦闘は避けられない。
日向たちとコールドサイス、本日二度目の邂逅だ。