第300話 災害の種
本来なら人々はとっくの昔に寝静まっているであろう深夜。
しかしこの街は、眠らない。
朝も昼も夕方も夜も、人々の喧騒は止むことを知らず。
街灯、ネオンが闇を照らし、行き交う車は途切れることがない。
そんな街中の一角に、深緑のローブを着込み、同色のフードを深くかぶった少女が一人。
「この街は、人間の街の中でも一、二を争う大都市だと聞いています。襲撃を仕掛けるにはうってつけです。自然が星を取り戻すために、この街には衰退してもらいましょう」
そう言って、少女は小さな種を一つ、足元の地面に落とした。
落とされた種は、水も肥料も与えられていないのに、すぐさま成長を開始した。
少女の名前はエヴァ・アンダーソン。
人類の敵対者『星の巫女』を名乗る者だ。
◆ ◆ ◆
8月下旬。夏休みも終わりに差し掛かるころ。午前9時。
ハワイから戻った後も、日向たちは細々とマモノ退治を続けていた。
そんなある日。日向が自宅の自室で過ごしていると、彼のスマホが着信を告げた。画面を見てみると、そこには『狭山さん』と表示されている。
「狭山さんからかぁ」
恐らくはマモノ関連なのだろう。
日向はスマホを手に取り、狭山からの電話に出た。
「もしもし、日下部です」
『ああ、日向くん。大変なことになった。君はもう、今日のニュースを見たかい?』
「ニュース? いえ、今日はまだテレビを見ていないもので……」
『では自分からざっくりと説明しよう。アメリカはニューヨークにて、マモノの大軍勢が出現したんだ』
「ニューヨークで、マモノの大軍勢……!?」
それを聞いた日向は、急いで部屋のテレビをつけてみる。
すると案の定、ニューヨークにてマモノが出現したという臨時ニュースが報道されていた。
街のあちこちから黒煙が上がっている。
迷彩服に身を包んだ軍人たちが、武装して集まっている。
機関砲やミサイルを搭載したヘリコプターが、高層ビル群の上を飛んでいる。
だが、何より目を引くのは、街の中心部あたりにそびえ立っている、巨大な樹だ。周りの高層ビルより圧倒的に大きい。世界樹もかくやというほどの大巨木だ。
テレビの映像を見ながら、日向は電話の向こうの狭山と話を続ける。
「こ、これは……。あの街の真ん中の、巨大な樹は一体何なんですか? ニューヨークにはあんな樹、間違いなく無かったですよね?」
「うん。あれはマモノだよ日向くん。それも、とびきり強力な『星の牙』だ」
「あの樹が『星の牙』……!」
その巨木の名前は『ユグドマルクト』と名付けられた。
ユグドマルクトは、その威容に見合うほどの巨大かつ長大な根を有しており、街の至る所にユグドマルクトの根っこが巻き付いている。ニューヨークが、ユグドマルクトによって完全に支配されてしまっているかのようだ。
『このマモノを倒すために力を貸してほしいと、アメリカ本国より連絡が入った』
「けど、あれだけ巨大な樹なら、ミサイルとかで吹き飛ばせば……」
『当然、アメリカもそれを試したさ。けれど、今から送信する動画を見てほしい』
狭山がそう言うと、日向のスマホに動画データが送られてきた。
日向は通話状態を維持したまま、さっそくその動画を視聴する。
ニューヨークの空を、二機の戦闘機が飛んでいる。
ユグドマルクトに向かって、真っ直ぐに。
戦闘機がミサイルを発射した。
ミサイルは吸い込まれるように、ユグドマルクトに幹に直撃する。
大爆炎が巻き起こされた。
……しかし、ユグドマルクトは傷一つ付いていない。
ミサイルが着弾した箇所が、蒼く煌めいている。まるで水晶のように。
そしてしばらくすると、水晶のように変化した箇所は何事も無かったかのように元の焦げ茶色の木の幹へと戻った。
『これがユグドマルクトの能力だ。どうやらあの樹は、自身の体内の構成物質を操作し、身体をまるで別物のように変化させることができるらしい。あの水晶のように変化した箇所は、ダイヤモンドにも匹敵する硬度を持っていると分析されている。恐らくは光合成で取り入れた二酸化炭素を酸素と炭素に分離し、その炭素を硬化させているのだろう。能力としては”生命”にあたるだろうか』
「ダイヤモンド並みの硬さ……」
それを聞いて、日向は納得がいった。
アメリカは、強大な軍事力を有している。それに、世界最強のマモノ討伐チームと謳われる『ARMOURED』もいる。それなのに、なぜ遠い日本の自分たちに声がかかったのか。
アメリカの火力では、あのユグドマルクトを倒すことができないのだ。ミサイルすら無傷でしのぐ存在など、これ以上の火力となれば核ミサイルくらいしか存在しない。だが、ニューヨークというこの星最大の大都市を核の炎で灰にするワケにもいかない。
そこでアメリカは、『星の牙』に対して絶大な攻撃力を持つ『太陽の牙』をアテにしたということだ。
『オマケにこの巨木、どうやら大量の星の力を有しているらしく、ニューヨークにひっそりと根付いていた自然体系に星の力を与え、次々とマモノとして進化させている。そのおかげで、街には他に大量の『星の牙』が出現している始末だ。とてもではないが、アメリカだけでは手が足りない』
星の力の譲渡。
それは以前、星の巫女が言及していた『霊獣』としての能力。
ルーツは分からないが、あの樹は古来より由緒正しき血を受け継いできた、特別なマモノだということだ。
『君に特別な予定が無ければ、すぐにでもアメリカに向かいたいのだけど、応じてくれるだろうか?』
「了解です。すぐに向かいますよ」
『それは助かる! 重ね重ね恐縮なんだけど、できれば準備ができ次第、対策室に来てはくれないだろうか? 少しでも早く現地に向かうため、家が近い人たちには此方に集まってもらい、迎えに行く時間を短縮したいんだ』
「分かりました!」
その返事を最後に、日向は狭山との電話を終えた。
そしてさっそく出発の準備に取り掛かろうとするのだが、その前に日向は、先ほどの臨時ニュースの、ニューヨークの映像を想起した。
あの巨大なニューヨークの街が、ボロボロにされていた。
アメリカの軍隊も、惜しみなく展開されていた。
日向たちも十字市中心街の大規模な戦闘を経験したことがあるが、今回はそれ以上に大規模かつ壮絶な、今までに体験したことの無い戦いになるだろう。
準備とは言っても、大した荷物はいらない。
スマホに財布、動きやすい服装。
日をまたぐだろうから次の日のための着替え。
日向の武装である『太陽の牙』は、いつでも手元に呼び出せる。
「あとは……」
日向はスマホを手に取ると、パートに出かけている母に向けてメッセージを送った。
「『母さん。もうニュースで見たかもしれないけど、アメリカのニューヨークにマモノが出現したらしいよ。俺もちょっとニューヨークまで行って、マモノ退治を手伝ってきます』……と」
我ながら、すごいメッセージ送ってるな。
少し前まで、こんなメッセージを送る自分なんて想像できなかったな。
そんなことを考えながら、日向は自宅を後にした。
◆ ◆ ◆
――その日、夢を見た。
図書館のような施設の中。
一人の男性が怪我をして倒れている。
特殊部隊らしい装備で身を包み、銃を持っている。軍人だろうか。
口から血を吐きながら、何かを訴えようとしている。
――その瞬間、見えない何かに、男は潰された。
「はっ!?」
声と共に、北園良乃は目を覚ます。
なぜかベッドから離れた床の上で。
その表情は、眠そうというよりは、ひどく暗い。
悪い夢を見ていたかのようだ。
と、そこへ彼女のスマホが着信のアラームを鳴らす。
「誰からだろ……狭山さんから?」
この後、北園もニューヨークでのマモノ出現の一報を伝えられるのであった。