第297話 いざ入水
ハワイのワイキキビーチにて、日向と北園はさっそく海へと向かう。
その波打ち際にて、押し寄せては引いていく波をジッと見つめる少年が一人。今は髪色こそ黒いが、その後ろ姿は日下部日向と瓜二つ。
「あ、日影くんだー!」
「何やってるんだ、日影?」
「ん……おう、日向か。それと、北園……」
そこに立っていたのは、独立した日向の影、日影である。
日向と同じようなサーフ型の水着を着用している。色は真っ黒。
日向たちの声を受けて振り返った途端、呆けた表情で北園を見つめ始めた。
「えへへー、どうかな日影くん? 私の水着、似合う?」
「あ、ああ。スゲー似合うぜ」
「ありがと! 日影くんも、凄い身体してるね!」
北園の言うとおり、日影の肉体は相当に鍛えられている。表現するなら、あふれんばかりの筋肉を日向と同じ体格の身体になんとか詰め込んだという具合だ。ハッキリ言って、筋肉量は日向の比ではない。
「俺の身体、そんなふうになるのか……」
「日向くんも結構ガッシリした身体になってきてると思ったけど、日影くんと比べるとちょっと霞んじゃうね……」
「あれは相手が悪いよ北園さん。日影は俺たちが学校に行っている間も身体を鍛え続け、喉が渇いたからと言ってプロテインを飲むような輩だぞ。己の身体をいじめる以外に趣味は無く、筋肉しか友達がいないんだ」
「言いたい放題言ってくれるなこの野郎。……だが実際、あまり否定はできねぇんだよな……。学校には行かず、マモノ退治ばかりやってるオレは、どうしてもダチが少なくなっちまう」
「私は日影くんと友達だよ! 本堂さんだってシャオランくんだって日影くんの友達だし、ましろちゃんやサキちゃんは日影くんが誘ったんだよ!」
「そっか……そうだったな。ありがとよ北園。お前は優しいな」
「どういたしまして! 日影くんも一緒に泳ぐ?」
「あー、いや、オレはもう少しここでのんびりしとく。なんとなく、そうしていたい気分なんだよ」
「そっか。それじゃあ私たちは行くね。行こう、日向くん」
「日向。水着の北園に興奮して、変なことするんじゃねぇぜ?」
「し、しねーわ馬鹿っ!」
「しないの?」
「なんで疑問形なの北園さん……?」
日向と北園は、日影と別れてその場を立ち去る。
日影は引き続き、波が押し寄せては引いていく様子をぼんやりと眺め始める。
「……北園の水着、良かったな。あれは破壊力あるぜ……」
日影は独り、ポツリと呟いた。
◆ ◆ ◆
「さーて、潜航開始……」
北園と共に海に入った日向は、さっそく潜水を始める。
目指す先は田中や舞、カナリアが集まっている地点だ。
水中から飛び出て、驚かせようという魂胆なのだろう。
日向は田中たちに気付かれないように、海水の底を這うようにして移動する。泡の一つも立てないように、そろり、そろりと。
……だがいかんせん、海辺というのは見晴らしが良い。
水底から何かが近づいてきたら、普通は気づく。
「おっと、こんなところにデカい魚だぁーっ!!」
「どわぁぁぁぁ!?」
案の定、日向は田中に接近を感付かれ、水から引っ張り出されてぶん投げられた。
そのまま日向は、再びドボンと海へ落下。男子高校生らしい悪ふざけの一幕である。
「くそう、なんで気づかれたんだ……」
「ふはは、この俺様の背後を取ろうなんざ、百万光年早いんだよぉ!
……しまった、光年は時間じゃない、距離だった!」
「ニビジムかここは」
「そ、それにしても田中先輩、日下部さんをぶん投げるって、すごいパワー……」
「一応これでも、ウチの剣道部の期待のエースですからね田中くんは。なのです」
(別に良いんだけど、舞さん、なんで田中やカナリアは先輩呼びで、俺だけさん付けなんだろう)
ちなみに三人の水着は、田中がアロハ柄のサーフ型で舞が水色のビキニ、カナリアは白色のレオタード型である。
普段は真面目な剣道部員である田中は、中学時代から日々筋トレを怠らない。よって体つきは日向よりも数段マッシブである。
舞は身長が160センチに満たないが、割と豊かな胸を持っている。一歳年上の北園より身長も胸も大きい。どちらが先輩か分からなくなってしまう。
カナリアは全体的にすらりとした体形だが、出るべき部分はしっかり出ている。身長160センチほどの彼女は、少し小さめのモデル体型といったスタイルをしている。
「ふふふ、どうなのです日下部くん。わたしたちの水着姿は?」
「これは日下部さんも悩殺しちゃったかなー! お兄ちゃんをお義兄さんって呼ばせちゃうかなー!」
「本堂さんが義理の兄とか考えるだけでもう色々と恐ろしいから却下で……。それはそれとして、二人ともすごく似合ってると思うよ。もっとも、俺の中では北園さんが暫定一位なんだけれど」
「そ、そうだ! 北園さんの水着を見なければ! 北園さんは何処だ!」
「やっほー、田中くんー」
と、田中の後ろから北園が声をかけた。
振り向いて北園の姿を見た田中は、しばらく硬直した。
「……どしたの? 田中くん?」
「おーい田中、どうしたんだー」
「日向。俺はもう死ぬかもしれん。北園さんの水着が可愛すぎて。尊死」
「それで死んだらお前、北園さんが殺人罪に問われるぞ」
「絶対死なねぇ!!!」
「あははは……とりあえず気に入ってもらえたようでなにより……。そういえば、シャオランくんやリンファはいないの? みんなと一緒にいるものだと思ってたけど……」
「あの二人なら、ほれ、あそこにいるぞ」
そう言って田中が、浜辺の方を指差した。
そこには、海に入ってシャオランを呼ぶリンファと、何故かなかなか海に入ろうとしないシャオランの姿があった。
「はやく入りなさいよーシャオシャオー! 何やってるのー!?」
「う、うん。ボクだって昨日から楽しみにしてたし、海ってほとんど実物を見たことなかったからワクワクしてたんだよ。ボク山育ちだし。けどね、いざ入ろうと思うと、クラゲとかがどこかに潜んでるんじゃないかって……。刺されたらどうしようって……」
「こんな浅いところには基本的にいないから大丈夫よー!」
「き、基本的にってことは、例外的にいる可能性もあるってことだよね!? イヤだぁ怖いぃ……」
「もー!! 普段はマモノと戦ってるクセに、クラゲに刺されるなんて今さらでしょ!?」
「マモノと戦ってる時はアレだよ! 相手の姿がちゃんと正面に見えるから、攻撃を受ける時もある程度心構えができてるもん! クラゲに刺されるって、意識もしてないところにチクッってやられるんでしょ!? そんなのされたら、ボク心臓ショックで死ぬかも……」
「さっさと入らないと、アタシ自ら海に引きずり込むわよぉ……?」
「ふ、船幽霊だぁぁぁぁ!?」
「……とまぁ、あんな具合だ」
「アイツここまで来て海に入らないつもりか……?」
呆れ半分、驚愕半分といった様子で呟く日向。
ちなみにリンファの水着は赤とピンクが混じったような色のビキニで、シャオランはスパッツ型の水着を着用している。
リンファは格闘家らしいスレンダーな体形が、シンプルな水着に実に良くフィットしている。「セクシー」とか「かわいい」とかより、「綺麗」という表現が一番似合いそうな、そんな水着姿だ。
一方のシャオランは、田中や日影を凌ぐほどの筋肉量をしている。さすがはマモノと素手で渡り合う肉体の持ち主か。はち切れんばかりの筋肉、尋常ではない体つきである。
「相変わらずヤバい身体してるな、シャオラン……」
「普段の道着姿よりも体格大きくなってない……?」
「着やせするタイプなのかな、アイツ……」
「おおお……田中くんが小さく見えるほどの筋肉……これは是非ともスマホに収めるのです」
「カナリア先輩、もしかして筋肉フェチなんです?」
「あ、とうとうシャオランが海に引きずり込まれたぞ」
日向たちがシャオランとリンファの様子を眺めていると、突然日向の背後から水が吹きつけられて、彼の後頭部に命中した。
「あばばばば、な、何だ一体?」
「へっへっへ、油断したなヒュウガ!」
「あ、ジャック!」
「ハイネちゃんもいるよー!」
日向が振り向くと、そこには『ARMOURED』のジャックと、アメリカのマモノ対策室のメカニックであるハイネがいた。二人とも揃って水着姿だ。ジャックは青色のサーフ型の水着、ハイネは自身の髪色と同じワインレッドの水着を着ている。
ジャックは両腕が義手となっている。夏の日差しに照らされて、黒鉄の腕が光沢を浴びている。生身の部分はやはり引き締まった体つきをしており、腹筋は綺麗に割れている。
ハイネは16歳という年齢、小ぢんまりとした体格の割に、なかなかの胸を持っている。そして、自分の身体にあまり頓着しない性格なのだろう。さっきからピョンピョン跳ねては激しく胸が上下している。
ジャックの手を見てみれば、何やら凝ったデザインの水鉄砲を持っている。あれで日向を狙い撃ちしたのだろう。
「いい銃だろ? ハイネの特別製だぜ」
「ふっふっふ。このあたしにかかれば、水鉄砲から光線銃までお安い御用だよ!」
「というワケでヒュウガ、ここにもう一丁同じ銃がある。ここらで一つ、射撃の直接対決といかねーか?」
「いや、確かに銃には多少の自信があるけど、さすがに特殊部隊相手に勝てる気はしないよ……?」
「ちょっとちょっとー。二人だけで楽しむなんてズルいぞー。まだまだ水鉄砲はたくさんあるから、みんなで楽しもうー!」
そう言ってハイネがさらにたくさんの水鉄砲を取り出した。
タイプも拳銃型からアサルトライフル型、さらにはタンク付きの火炎放射……もとい水放射型など、バリエーションが半端ではない。
「……けど、この場にいるのは七人。三対三のチーム戦をしようにも、一人余っちゃうな」
「それじゃあ、日向くんとジャックくんのペアVS私たち五人っていうのは?」
「え、ちょっと、北園さん?」
「ホワッツ!? なんでそーなるんだよ!?」
突然ターゲット指定され、日向もジャックも戸惑いの声を上げる。
だが他の皆は、納得がいったように頷いている。
あるいは「ぶちのめしてやるぞ」と言うふうにニヤニヤしている者まで。
「そりゃお前ら、マモノ相手に戦ってるプロだもん」
「お二人ならこれくらいのハンデ、むしろちょうど良いくらいでしょー?」
「ふふふ。蜂の巣にしてやるですよ」
「さぁ日向くん、かくごー!」
「シット! こうなったらしょーがねー! 決着はお預けにして、ここは応戦するぜヒュウガ!」
「ど、どうしてこうなった……!」
それから水鉄砲を装備して、水をかけあう二人と五人。
フレンドリー極まる性格の彼らは、初対面の人物とも即座に打ち解けてしまう。
楽しい時間は、長いようで短い。
しかし冷静に思い返すと、短く感じた楽しい時間も、やはり結構長い時間を楽しんでいたと思うものだ。
この長さが、いつまでも続けばいいのだが。
「おるぁー日向ぁ! 偶然足元に落ちていた手榴弾を喰らえーっ!」
「おま、田中、それは手榴弾じゃなくてナマコ……ぶへぇっ!?」