第295話 ヒーロー・ジャック
エクスキャリバーの主砲の充電が完了した。
同時に、渦の中心にいるクラーケンも動き出す。討伐チームの攻撃を受け続けてボロボロになった触手を振り上げながら、真っ直ぐエクスキャリバーに接近してきている。
「キュアオォォォォン……!!!」
「奴め、勝負を仕掛けるつもりだな。ならば迎え撃つのみ。……ジャック!」
「あいよ!」
マードックの声を聞いたジャックは返事をすると、主砲の充電装置の前に移動して、装置の端末を操作し、四角のオブジェクトを展開。安置されている主砲を充電装置から抜き取った。
『エクスキャリバー、抜刀確認。二回目じゃん。一発外したの?』
「オイ誰だこのシステムAIに煽り機能追加したヤツ!」
何かがおかしいシステムメッセージにツッコミながらも、ジャックはエクスキャリバーの主砲を抱えて、マードックとシャオラン、そして日向がいる船首まで移動する。
クラーケンも攻撃を仕掛けてきた。その長い触手を十本全て同時に伸ばし、エクスキャリバーの艦体を捕まえてしまう。そしてそのまま、自身の元へと手繰り寄せてくる。
「キュアオォォォォン……!!!」
「うわわわわわ、引き寄せられる!」
「あぁぁぁぁ晩ご飯にされるぅぅぅぅ!?」
「マードックさん、ここは電流結界の使いどころでは!?」
クラーケンの触手によって艦体が大きく揺らされ、日向が焦り声でマードックに問いかける。エクスキャリバーには、主砲の充電に使う電気を周囲への攻撃に利用する『電流結界』という機構が備わっているのは先に伝えた通り。
クラーケンとの勝負も大詰めに差し掛かっている。出し惜しむ理由は無いはずだ。マードックも日向の問いに頷く。
「お前の言うとおりだな。そろそろ操縦室の狭山が発動を……」
「いや、狭山には俺から連絡を入れて、ちょっと待ってもらってるぜ」
「何?」
ジャックはマードックたちの待つ船首まで戻ると、不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った。わざわざ勝ちの眼を一つ潰すようなジャックの行動。これにはマードックも困惑している。
「お前、何をするつもりだ、ジャック?」
「いやな。ヒュウガたちの良いところは散々見せつけられたからよ、ちょいとここらで俺も世界最強に相応しい実力を見せてやって、カッコつけさせてもらおうかなって」
「お前……失敗したら軍法会議モノだぞ」
「安心しろって、絶対成功させるからよ!」
ジャックの言葉を聞いて、マードックは諦めたような表情で彼を送り出した。
その間にもクラーケンはエクスキャリバーを引き寄せ続けている。
そんなことはお構いなしに、ジャックは船首の端に立つと、振り返って日向とシャオランに声をかけた。
「ヒュウガ! あとついでにシャオラン! よく見とけよ!
俺たちは、伊達に世界最強を背負っちゃいねーんだぜっ!」
「お、おい、ジャック!?」
「そんなところにいると危ないよぉ!?」
だが、そこからのジャックの動きは、まさに超人的なものだった。
ジャックは船首からいきなり、海に向かってジャンプした。
……いや、海に飛び込んだワケではない。
船首の下に張り付いていたクラーケンの触手の上に、飛び乗ったのだ。
そのままジャックはクラーケンの触手を伝って走り出す。
当然、その腕にはエクスキャリバーの主砲を抱えて。
目指す先は、クラーケン本体だ。
「わざわざ艦ごと引き寄せようとしやがって! そんなに来てほしいなら、こっちから行ってやるぜーっ!!」
「キュアオォォォォン……!!!」
今のクラーケンの触手はエクスキャリバーの艦体に巻き付いてピンと張っている。ちょうどいい一本橋だ。身軽さをウリとするジャックは、軽快に触手の上を疾走する。
当然、クラーケンも黙ってジャックを接近させはしない。ジャックが乗っている触手を動かし、彼を振り落そうとする。
しかしその時には、すでにジャックは別の触手に飛び移り、再びクラーケンに向かって走り出す。今のクラーケンは、ほとんどの触手をエクスキャリバーに巻き付けている。それら全てが橋のようにクラーケンへと続き、ジャックとしては足場には困らない。
「キュアオォォォォン……!!!」
クラーケンは残りの触手を使って、ジャックを触手の上からはたき落とそうとしてきた。大きく触手を薙ぎ払い、さらにハエでも潰すかのように触手をジャックに向かって叩きつける。
ジャックは、薙ぎ払われる触手をスライディングで回避し、叩きつけてくる触手はまた別の触手に飛び移ることでやり過ごした。
不安定な触手の上で、これだけ激しく動いても、ジャックは全く落ちる気配がない。とんでもない体幹の強さとバランス感覚である。
クラーケンは再び触手を振るい、ジャックを海に落とそうとする。
しかしジャックは巧みな体さばきで触手にしがみつき、触手が真上に持ち上げられた瞬間をチャンスとして、逆に触手の上を滑りながら一気にクラーケンとの距離を詰めた。
そしてジャックが跳躍する。
着地した先は、クラーケンの眼と眼の間。つまりは眉間。
「知ってるんだぜ。オマエら頭足類は、眉間が急所だってなぁ!!」
そしてジャックは、クラーケンの眉間にエクスキャリバーの主砲を突きつけ、トリガーを引いた。
一条の青白い光線が、クラーケンの眉間を貫通した。
貫通した光線が海を焼き、大量の水蒸気が発生する。
「キャアアアアアア……オオオ……オンン…………」
触手をバタつかせて悲鳴を上げるクラーケン。
それが断末魔の叫びとなり、遂にクラーケンは息絶えた。
ジャックを眉間に乗せたまま、その巨体が沈み始める。
「おっと、ちょっと待て。まだ沈むな」
するとジャックはなぜかポケットからスマホを取り出し、自分とクラーケンが映るように自撮りを行う。クラーケンに乗りながら、エクスキャリバーの主砲を肩に担いで、良い笑顔を浮かべるジャックの写真が撮れた。
そんなジャックを迎えに、エクスキャリバーがクラーケンの亡骸へと接近してきた。
ジャックは腰のあたりから一丁の変わった形の銃を取り出すと、近づいてきたエクスキャリバー目掛けて引き金を引く。するとその銃からワイヤーが射出され、その先端のフックがエクスキャリバーの艦体に引っかかった。そのままジャックはワイヤーに引っ張られる形で、クラーケンの上から脱出する。
「帰りの事だってちゃーんと考えてるんだぜ。沈むのはオマエ一人だ」
沈みゆくクラーケンに向かって、ジャックはそう言い残す。
海のマモノ最大級の大物を相手に、世界最強のマモノ討伐チームは、今回も当たり前のように勝利した。
◆ ◆ ◆
クラーケンは沈み、嵐は収まった。
黒雲は消え去り、荒れていた海は大人しくなり、夏の太陽がエクスキャリバーを照らす。
エクスキャリバーは任務を完了し、ハワイへの帰路についた。
その間、皆は思い思いに過ごして時間を潰している。
日向もまた、疲れた表情で甲板を歩き回っていた。
「今回もまたキッツイ戦いだった……。マモノの力が強くなっているのをひしひしと実感する……。しかし、ヤドカリの群れから始まって、最近は海洋生物のマモノと戦うことが多いな……」
日向が甲板をうろついていると、ジャックが手すりに寄りかかりながら自身のスマホを操作していた。文字を入力するために動かしているその鋼鉄の指は、これまた恐ろしく速い。
「文章はこれでオーケー。写真もアップして……と。いいねたくさんもらえますように」
「まさか、クラーケンを倒したところをSNSでつぶやいてるのか? さっきクラーケンの上で写真を取ってたのはそれのためか……」
ジャックの背後から、日向は呆れたように声をかけた。どうやらジャックは『ARMOURED』の活動をSNSにて報告しているらしい。未だに周囲の人間のほとんどに、自分がマモノと戦っていることを隠している日向からしたら、神経を疑うような行動である。
「なにせ俺たちは合衆国を、ひいては世界を背負う討伐チームだ。俺たちの実力を見せつけて人々を安心させるためにも、活動を報告する『義務』があるのさ」
「『義務』……か。その責任感はさすが、世界最強の討伐チームだなぁ。……それで、本音は?」
「いやー、フォロワーめっちゃ増えてくれて楽しいったらねーぜ!」
「そんなことだろうと思った」
「オマエらもやったらどうだ? 案外ハマるかもだぜ?」
「いや、俺は周りから注目されるのは苦手だし、北園さんとかも注目されるのは避けたいみたいだし、だいたい俺、スマホに映らないし……。こっちはひっそりと活動するよ」
「スマホに映らないってことは、自撮りしても意味ないってことかー。ソイツはかなり虚しいな」
「ここにいたか、二人とも」
話し込んでいる二人の元へ、今度はマードックもやって来た。
ジャックを見るなり、彼もまた呆れたようなため息を吐いた。
「お前な、無事に終わったから良かったものの、アレは相当な危険行為だったぞ。帰りの手段だって、艦がお前を迎えに行かなかったら主砲ごと海にドボンだった。あの主砲が海水まみれになって故障でもしていたら、ハイネがお前を始末していただろう」
「おいおい、俺だって何も考え無しに突っ込んだワケじゃねーんだぜ。アレは絶対に成功するっていう確信があった。クラーケンはヒュウガの”紅炎奔流”をガードして、触手に大火傷を負っていた。だから触手の動きも鈍っているだろうと予測した。そんでもって今回、艦の動きを実質的にコントロールしていたのはサヤマだった。安全第一なモディール艦長ならともかく、サヤマなら絶対に突撃して迎えに来てくれると思ってたぜ」
「確信があったとしても危険すぎだ。見てるこっちがヒヤヒヤしたぞ」
「分かった分かった、カッコつけることはできたし、当分は無茶は控えるぜ」
「全く、これが一昔前の考え無しで未熟なお前だったら、また我が鉄拳を食らわせていたところだ」
「やめてくれよ、オマエのげんこつはマジで頭が変形する。
……っつーワケで、どうだったよヒュウガ、俺の本気は?」
「いや、凄かった。一応聞くけど、義体になってるのは腕だけなんだよね? こっそり全身サイボーグになってたりしないよね?」
「しねーよ。腕以外は自前の身体能力だぜ」
「うん。冷静に考えて、そっちの方が凄いわ」
実際、日向から見て、『ARMOURED』の戦い方は凄まじいものだった。日向たちもかなり強くなった自信があったものの、なおも実感させられるほどに。
最新鋭の装備を駆使し、卓越した戦闘技術で敵を圧倒する。
これが、日向たちが戦いを始めるまでの一年間、マモノたちから率先して人類を守ってきた『ARMOURED』の力なのだ。
「……とはいえ、今回はお前たちのおかげで大分楽ができたぞ、日下部日向」
と、ここでマードックが不意に日向に礼を言ってきた。
「え、いや、他の皆はともかく、俺は大したことは……」
「なーに言ってんだよ! オマエがいなかったらクラーケンと戦う前に、モーシーサーペント三体まとめて戦う羽目になってたんだぜ! クラーケンも弱らせてくれたしよ!」
「そういうことだ。共闘の機会が限られているのが本当に惜しいと思えるほどの戦力だったぞ、お前たちは」
「そ、そうですか。世界最強にそう言ってもらえたら、俺も自信がつきます」
「そりゃよかったぜ。そんじゃ、俺は先に船内に戻るぜ。レイカの奴に今晩のメニューの希望を聞いてこなくちゃな。ああクソ、あんな賭け、するんじゃなかったぜ」
そう言ってジャックはひらひらと黒鉄の右腕を振りながら、その場を去っていった。
(……『予知夢の五人』……か。マモノ災害を終わらせるのは、アイツらだと予言された。それを証明するかのように、アイツらはグングンと強くなってやがる)
日向の元を去ったジャックの表情は、暗かった。
(マモノ災害を終わらせる。少し前まで、その役目は俺たちが担うんだと、本気で思っていたのによ。……やってられねーぜ。英雄の資格を強奪されたみてーだ)