第290話 エクスキャリバー、嵐を往く
雲によって灰がかっていた空は、雨雲の到来で真っ黒になった。強い風が吹き荒れて、それに伴い海も荒れ、横殴りの雨まで降ってきた。”嵐”の星の牙であるクラーケンが、嵐を呼び寄せたのだろう。
日向が北園を見てみれば、雨風で飛ばされそうになっている。
「わっぷ……! うひゃあ、すごい雨……」
「つまり、もうすでにクラーケンが近くにいるってことか……?」
「いいや、ここはまだ嵐の端だ。クラーケン本体は、この嵐の真ん中でふんぞり返っているに違いない」
「あ、マードックさん」
呟くような日向の疑問に答えるように、『ARMOURED』の隊長であるマードックが後ろからやってきた。背中に大きなタンクのようなものを背負い、右手に重火器らしきものを担いで。
「……もしかして、火炎放射器ですかね、それ……?」
「正解だ。私も戦闘に加わりつつ、指揮を執る。お前たち日本組も、ここは私の指示で動いてくれ」
「わ、分かりました」
「さっそく注意事項なのだが、君たちの攻撃であまりこの艦を傷つけないようにしてくれ。特に、あの甲板の真ん中にある四角のオブジェクトにはな。あれがこのエクスキャリバーの主砲にあたる機構なのだ」
「そ、そうなんですか!? 了解です……!」
いったいあの四角のオブジェクトがどうなったら主砲になるのか、ぜひとも尋ねてみたい日向であったが、それより早くマードックが各員に指示を飛ばし始めた。マモノとの距離が近くなってきているのだろう。
「ジャックとレイカは船首を守れ! 日向と北園は右舷を、日影と本堂とシャオランは左舷を担当しろ! コーネリアスは船尾にて他の者を狙撃で援護! 私がお前のカバーに付く!」
マードックの声を受けた日向たちは、指示された通りの位置に付く。
やがて、海の中から魚の形をしたマモノが飛び出してきて、甲板に乗り込んできた。
魚のマモノは、空中で尾ひれが二つに分かれたかと思うと、なんとその尾ひれを足のように使って、二足で甲板に着地した。腕のような胸ひれの先端には、鋭い爪がついている。
そのマモノの姿は、先日ノルウェーで戦った大きな蒼い魚のマモノ、シーバイトに酷似している。
それもそのはずで、このマモノはシーバイトの亜種にあたるマモノだ。識別名称は『ディーバイト』という。純然たる魚の形をしたシーバイトに対して、このディーバイトは陸戦にも対応したシーバイトなのだ。
「シャアアアーッ」
ディーバイトが腕を振り上げ、日向と北園に襲い掛かる。
いかんせん尾ひれが変化した脚であるため、まるでペンギンのようにペタペタヨチヨチとおぼつかない足取りではあるが、ディーバイトの体躯は日向たちより圧倒的に大きい。その大きな体躯が近づいてくる迫力は、ペンギンどころの話ではない。
「そりゃっ!」
「ギャアアーッ」
そんなディーバイトに臆することなく、日向は正面から『太陽の牙』で斬りかかる。袈裟斬りに振り下ろされた剣は、ディーバイトの身体を三枚におろした。
日向の側面から、さらに二体のディーバイトが接近してくる。
大口を開いて、牙をぎらつかせている。
あの牙で日向を食いちぎるつもりだ。
「この雨の中じゃ北園さんの発火能力は使えないから……電撃能力を頼む!」
「りょーかい!」
日向の指示を受け、北園がディーバイトたちに向かって、両手から電気を放出した。バチバチと稲妻に身体を焼かれ、ディーバイトたちは甲板の上に倒れる。そこを日向が剣で突き刺し、トドメを刺した。
「うん! 良い調子だね!」
「そうだね。俺たちでもこの調子なんだから、他の皆は大丈夫だと思うけど……」
すると、海からさらに複数のディーバイトたちが飛んできて、甲板に着陸した。二足歩行の形態をとり、甲板上を跋扈する。
その中には、手当たり次第に艦を攻撃しようとする個体や、なんと艦内に侵入しようとする個体までいる。こういった個体から艦を守るのが日向たちの最大の仕事である。
「こ、これは、こっちからも積極的に打って出ないと! ついてきて北園さん!」
「りょーかいだよ!」
艦を守るべく、日向と北園が動き出した。
一方、船首では、ジャックとレイカのコンビがディーバイトの群れと対峙している。
「よう、レイカ! どっちが多くマモノを仕留めるか、今日の晩飯を賭けて勝負しねーか?」
「いいですよ。あとでキャンセルはナシですからね」
「お、今日は随分と乗り気じゃねーか。おもしれぇ!」
掛け合いが終わると、さっそく二人はディーバイトたちに向かって攻撃を開始する。
ジャックは機動力を活かしながらディーバイトたちを二丁のデザートイーグルで撃ち抜き、レイカは迫りくるディーバイトを刀で正確に切り裂いていく。
「シャアアアーッ」
「ギャオオーッ」
「シャーッ」
ジャックを取り囲むように、三体のディーバイトが接近してきた。
胸ひれの爪を振り上げて、一気に襲い掛かる。
「ジャックくん、危ない!」
目の前のディーバイトを斬り捨てながら、レイカが思わず声を上げた。
三体のディーバイトに囲まれているというのに、ジャックは余裕の表情を浮かべたまま動かない。
「……遅ぇーんだよ!」
するとジャックは、目の前のディーバイトに飛び蹴りを食らわせてそのままバク宙。空中で身体を捻りながら両手に持った二丁の対マモノ用デザートイーグルを乱射した。
放たれた弾丸は三体のディーバイトの眉間を正確に撃ち抜き、一瞬のうちに三体まとめて黙らせてしまった。パルクール仕込みの彼の身のこなしの軽さは、まさしく超人的なものがある。
甲板に着地したジャックは、そのまま目の前に向かってデザートイーグルを二丁同時に射撃。正面にいた別のディーバイトを仕留めた。
さらに両腕を開いて左右に射撃、腕を交差させつつ射撃、前後に射撃、振り向きつつ射撃、宙返りしながらさらに射撃……。
リロードを混ぜつつ、まるで舞うようにデザートイーグルを乱射するジャック。その度にディーバイトたちがバタバタと倒れていく。
両腕がサイバネティクスアームとなっているジャックは、その腕の耐久力を利用して、ヤワな人間が取り扱えば手の骨が砕けるほどの反動を返してくる対マモノ用デザートイーグルを二丁同時に扱ってみせる。
ひととおりデザートイーグルを撃ち終えると、周囲には十体以上のディーバイトの亡骸が散乱することとなった。
「はっ、大漁だぜ!」
「はぁ……あまりヒヤヒヤさせないでください、ジャックくん……」
「心配すんなってレイカ! この程度のマモノに、今さら遅れなんか取るかっつーの!」
「死亡フラグですよソレ」
「オマエまで言うかっ!」
船尾は高いところにあり、エクスキャリバーを大きく見渡すことができる。
そしてそこにコーネリアス少尉が位置取り、セミオートライフルのスコープを覗き込んでマモノたちに狙いを付けていた。
いつもの対物ライフルはまだ使っていない。バッグにしまったままだ。アレは威力が強すぎて、エクスキャリバーの艦体を傷つけてしまう恐れがあるからだ。
「Time to work.」
そう呟くと、コーネリアスは無造作にライフルの引き金を引く。
スコープの中のディーバイトのこめかみから、血飛沫の花が咲いた。
続けて二発、三発と連射していく。
その度にディーバイトたちが面白いように倒れていく。
雨風をその身に受けても、彼の狙撃の精度は微塵も落ちない。
コーネリアスは、三つのグループの戦力差を鑑みて、日向と北園のペアを重点的に援護しているようだ。そんな彼の背中を守るのは、マードック大尉だ。
「しっかり狙えよ少尉。後ろは私に任せておけ」
そう言って、マードックが右手に持った火炎放射器のトリガーを引いた。
雨の中だというのに、火炎放射器はお構いなしに紅蓮の炎をディーバイトたちに吹きつける。
「ギャアアーッ」
ディーバイトたちが悲鳴を上げて力尽きた。
うち一体のディーバイトが、身体を炎上させつつもマードックに向かって突撃してきた。
「ぬぅん!!」
向かってきたディーバイトに対して、マードックは左腕を大きく振るう。
振るわれた鋼鉄の左腕はディーバイトの左頬を捉え、ディーバイトは艦の外まで吹っ飛ばされてしまった。
艦の左舷では日影と本堂、そしてシャオランが戦っている。
彼らもまた接近戦に強く、人数が三人ということもあって、こちらの陣営は鉄壁の守りを見せている。ディーバイトたちを一切近寄らせない。
「せりゃあッ! とりゃあッ! ど、どうだ! 少しは減ったでしょ!」
「いや、さらに海から後続が来てるぞ」
「もうヤダぁぁぁぁ!!」
泣きわめきつつも攻撃の手を緩めないシャオラン。ディーバイトたちをみぞおちに拳を叩き込み、肩のタックルで吹っ飛ばし、甲板の上から荒れ狂う海へと追放する。
日影と本堂もそれに続き、剣とナイフ、それぞれの獲物で迫りくるディーバイトたちを斬りつける。日影は大振りの一太刀でディーバイトを叩き斬り、本堂は最小限の動きでディーバイトの急所を的確に突く。
と、その時だ。
甲板の手すりから、新手のマモノが顔を出した。
ディーバイトではない。カニのマモノのようだ。それも多数。
鈍色の甲殻を持ったそのマモノたちは、次々と手すりを乗り越えて甲板へと上がってくる。
そして、その左爪は自身の体躯よりも大きく肥大化している。アレを目いっぱいに広げれば、人間の胴体すら真っ二つにしてしまいそうだ。
「グブグブ……」
「し、シオマネキのマモノ!?」
『そいつはソルビテというマモノだ』
初めて見るマモノの出現にたじろぐシャオランに、マードックが通信機越しにそのマモノの名を伝えた。
『見ての通り、ヤツの甲殻は非情に硬く、あの肥大化したハサミは武器にも盾にもなる。相手の攻撃を受け止めてからの反撃を得意とする。仕掛ける際は注意しろ』
「そんな説明聞いたら、ボクはもう攻撃したくなくなるんですけどぉ!?」
「たしかに素手じゃ危ない相手かもな。だが剣なら!」
そう言って、日影が先頭のソルビテに『太陽の牙』を振り下ろす。
振り下ろされる刀身に対して、大きなハサミの腹でガードを試みるソルビテ。
あらゆるマモノの甲殻を切り裂いてきた日影の剣は、ソルビテのハサミに深く食い込み、しかし止められた。
「ちぃ! 仕留め損ねた! やっぱりコイツも強くなってるな!」
「グブグブ……!」
舌打ちする日影。
その時、日影の側面から別のソルビテが接近し、一匹目のソルビテに剣を受け止められている隙を突いて攻撃を仕掛けてきた。
「させんぞ!」
しかし、その横やりは本堂によって阻止された。
強烈な蹴りを喰らい、二匹目のソルビテは艦の外に追い出された。
その間に日影も一匹目のソルビテに改めてトドメを刺す。
ハプニングは脱したが、まだまだソルビテは続々と艦に上がってくる。
「こりゃ、今夜はカニ鍋だな」
◆ ◆ ◆
視点は一周してきて、日向と北園。
こちらでも、同じくソルビテの群れが甲板に上って来ていた。
「えい! 電撃能力!」
北園が両手から電撃を発する。
ソルビテたちがまとめて電気に焼かれていく。
電撃ならば、ソルビテの硬い甲殻も無視してダメージを与えることができる。効果は抜群だ。
一方、日向はソルビテに斬り上げを食らわせ、ソルビテがひっくり返って白い腹を見せている隙にそこを一突き。ソルビテを絶命させた。
先ほどは日影の腕力で『太陽の牙』を振るっても、ソルビテを倒しきることはできなかった。日向が同じように攻撃すれば、逆に攻撃を受け止められかねない。工夫して倒す必要がある。
「けれど、次から次に湧いてくるなぁ! だいたいこのカニたち、どうやって艦に引っ付いてくるんだ!? カニって普通、泳がないだろ!? この艦は相変わらず全速力で海を進んでいるのに!」
『恐らくは、海中でこのカニたちを運搬しているマモノがいるのだろう。そいつらが船底にソルビテをくっつけ、甲板に上らせている。この艦の底は特別頑丈に作っているからな。マモノたちも、この艦を破壊するなら上からだ、と考えているのだろうよ』
「なるほど……」
通信機越しのマードックの答えに納得したかのように頷く日向。
と、その時だ。
日向の目の前、艦の右舷方向の海に、新手のマモノが出現した。
そのマモノは長大な身体を持っている。うねる水龍のごとく海から出たり入ったりを繰り返して、猛スピードでエクスキャリバーを追ってきている。
その身体は、一言で言えば『海の底の岩』。
ソルビテと同じ鈍色のゴツゴツとした身体は、緑の苔で覆われている。
「日向くん! あのマモノ、ノルウェーでオリガさんが操ってた……!」
「うん……『モーシーサーペント』だ……」
「シャーッ!!」
しかも、よく見れば一体だけではない。
二体のモーシーサーペントが、エクスキャリバーに追走していた。