第288話 バカンス中止のお知らせ
「着いたぁー!!」
北園の元気の良い声が響き渡る。空はどんよりと曇っている。
ここはダニエル・K・イノウエ国際空港前。
日向たちは無事にハワイへと到着した……のだが。
「何やら周囲が物々しい雰囲気ですね。何かあったのでしょうか?」
ざっと周囲を見回した的井が呟いた。
彼女の言うとおり、空港周辺はなにやらざわついており、軍隊の姿まで散見される。世界的観光地に似つかわしくない緊迫した空気。明らかに異常だ。
引率者である狭山が、軍人の一人に事情を聴きに行く。
「やぁブラザー。随分な騒ぎだけど、何があったんだい?」
「このハワイの南の沖合にデカいマモノが現れたんだ。マモノが討伐されるまで、ビーチは立ち入り禁止だぜブラザー」
「おおぉう……今日こそはマモノ抜きの旅行を皆に提供しようと思っていたんだけどねぇ……」
頭を掻く狭山。
予知夢の五人はマモノと戦う運命から逃れられないのか。
一方、一般人枠の田中やカナリアは、軍隊に野次を飛ばしている。
「マモノが出るなんて聞いてないぞー! なんでもっと早く教えてくれなかったんだー! 金返せー! 金返せー!」
「金返せー金返せー、です」
野次を飛ばす先輩二人を、舞とましろがなだめる。
「お、落ち着いてください田中先輩、カナリア先輩……」
「で、でもほら、私たちは狭山さんのおかげで、旅費はほとんどタダじゃないですか……」
「あ、そっか。……じゃあ、時間返せー! 時間返せー!」
「時間返せー時間返せー、です」
「ダメだましろ。コイツら、たぶん騒ぎたいだけだ」
「チィ」
(意訳:弱い犬ほどよく吠える)
野次を飛ばしたいだけの高校二年生を呆れた眼差しで見守る高校一年生と中学二年生たちの図。大変迷惑なので、リンファが引きずっていって隔離した。
そして日向たちといえば、やはりマモノというワードに食いつき、それぞれの反応を見せている。
「そんな予感はしてましたよーだ。俺たちは探偵モノの探偵なんだ。行く先々で殺人事件が発生するように、どこに行こうとマモノに出くわすんだ」
「で、でも、今回はボクたち、ただ旅行に来ただけだよね? これはアメリカのマモノ討伐チームの仕事であって、ボクたちの出る幕は無いよね?」
「だがしかし、ビーチの封鎖が解かれないことには、水着の美女も拝めん。水着美女のいないビーチなど、麺とスープが入っていないラーメンに等しい」
「ただの空のどんぶりじゃねぇかソレ」
「じゃあさ、私たちもアメリカの皆さんの仕事を手伝う? みんなで頑張れば、きっとすぐに片付くよ!」
「なんでそうなるんだよぉ……ボクはバカンスに来ただけだよぉ……」
とりあえず、日向たちの中では「アメリカのマモノ討伐チームの仕事を手伝う」という方向性で固まったようだ。それを聞いた狭山は、頭を掻きながらも了承する。
「そっかぁ。君たちは戦う方向で結論付けたのかぁ。仕事熱心で自分は嬉しいよ」
「ボクはまだ手伝うなんて言った覚えはないよぉ!?」
「とりあえず、どこに行けば共闘を締結できますかね?」
「そうだね、そのあたりも軍の人に聞いてみよう。……ヘイブラザー、自分たちは日本のマモノ討伐チームなんだけど、君たちの仕事を手伝いたいんだ。どこに話を通せばいい?」
「マジかよブラザー、そういうことならパールハーバー基地に行ってくれ。あそこが作戦本部を構えている。ただ……」
「ただ……何だい?」
「気持ちはありがたいが、アンタらの出番は無いかもな。なにせ今回は『例の兵器』を使うからな。オマケに本国からは『ARMOURED』の連中も来ている。盤石ってヤツだぜ」
◆ ◆ ◆
ハワイの州軍に事情を聴いたハワイツアー御一行は、狭山が前もって借り上げていたバスに乗ってパールハーバー基地に乗り込んだ。
基地内の兵士たちが驚きの眼でこちらを見つめているが、すでにここの作戦本部には的井が連絡を入れて話を通してあるので、不審者扱いはされていない。
「うおー! すげー! アメリカ軍の基地なんて、生で見るの初めてだぜ!」
「動画に残して旅の思い出にするのです。貴重な経験です」
「ははは、田中くんはリアクションが大きいから、連れ回しているこちらが楽しくなるね。しかし、せっかくのハワイ旅行だというのに、マモノ案件に巻き込んでしまったのは申し訳ない」
「いえいえ! これは不可抗力ってヤツですよ狭山さん! 気にしないでください!」
「そう言ってもらえると助かるよ。……それと小柳さんは、アメリカ軍の基地は撮影禁止な場所も多いから、動画は止めておいた方が良いかもしれない」
「そ、そんなーなのです……」
「しかしまぁ日向、軍の基地に民間のバスで乗り込むなんて、お前の上司ってめっちゃ愉快な人だったんだな!」
「否定はしない。ただ、愉快すぎて困ることもあるけどね……。せっかくだから良い例を見せてあげよう。狭山さん、このパールハーバー基地って、普段から民間人は入場可能なんですか?」
「いや、禁止されてるよ。田中くんたちについては『マモノ討伐チームの関係者』ということで通してある」
「……ね?」
「なるほどよく分かった」
基地内の州兵の誘導に従ってバスを走らせる狭山。
やがて到着したのは基地内の埠頭、そこに建てられた何かの船の格納庫らしき建物の前。建物のサイズからして超弩級の船が納められているのは間違いない。
「今回の戦いは戦艦でも使うつもりか……? そういえば俺たち、どんなマモノが出現したかも聞いてなかったな……」
「戦艦を使うようなマモノか……いよいよ怪獣でも出現したか」
「や、やっぱり帰ろう!? 怪獣が相手なんて、素手でどうやって戦えって言うんだよぉぉぉ!!」
「落ち着きなさいなシャオシャオ。怪獣が相手なんてまだ決まったワケじゃ……」
「おっとぉ? 何だこりゃツアー客か? この基地はいつから旅行者向けのサマーキャンプ場になっちまったんだ?」
「え?」
日向たちの会話に、誰かが後ろから口を挟んできた。
振り返って見てみれば、そこには爽やかな金の短髪をした少年が立っている。勝気な表情が特徴的な、灰色のコートに身を包んだ少年だ。
日向たちは知っている。そのコートの長い袖に包まれた両腕は、黒鉄の義手になっていることを。
「わ、ジャックじゃないか!」
「ようヒュウガ! 久しぶりだなー!」
彼の名はジャック・レイジー。
アメリカのマモノ討伐チーム『ARMOURED』の一員である。
そして彼の背後には、同チームの他のメンバーも揃っている。
「お久しぶりです、日下部さん。私の中のアカネも『久しぶり』と言ってます」
「Long time no see.(久しぶりだな)」
「こんなところで君たちと再会するとはな。分からないものだ」
黒色のポニーテールの少女はレイカ・サラシナ。彼女は両足が義足となっている。腰には高周波ブレードに改造された日本刀『鏡花』を帯刀している。
ブロンドのロングヘアーの偉丈夫はコーネリアス・ベルカ。彼は右腕が義手となっている。背負っている縦長のバッグには、彼の獲物である対物ライフルが収められている。
そして2メートルを超す身長を誇る褐色のスキンヘッドの巨漢はウィリアム・マードック。彼は全身義体のサイボーグだ。そして『ARMOURED』の隊長も務めている。
この「義体で武装している」という点が彼ら『ARMOURED』の特色。
四人揃って『世界最強のマモノ討伐チーム』と謳われる面々である。
「そういえば、空港で軍の人たちが言ってたな。今回の戦闘には『ARMOURED』も来てるって」
「おう、俺たちが来たからにはもう安心だぜ。すぐにマモノどもをぶっ殺してきてやるからな」
「あ、いや、俺たちもそっちの仕事を手伝おうと思ってここに来たんだけど……」
「大丈夫だって! これは俺たちの仕事、お前たちは今回は旅行客なんだろ? 町を観光するか、ホテルでパジャマパーティーでもして待ってろよ」
「Marked for death.(死亡フラグだぞお前ソレ)」
「だから死なねーっつってんだろコーディ! 何でもかんでもフラグ扱いしやがって!」
「けどよ? 四人より九人の方が楽だろ?」
そう言ったのは、日影だ。ニヤリと笑みを浮かべ、挑発するかのようにジャックに詰め寄る。
この二人、それぞれをライバルとして意識しているらしく、やや険悪な空気が流れ始める。二人の間でバチバチと火花が散らされているようだ。
「カッコつけんなよ、ゆっくりしてていーんだぜ?」
「戦力が増えれば仕事が終わるのも早くなる。ビーチの戒厳令も解除されるのが早くなる。こっちにとっても、そっちにとっても良いことづくめだと思うけどな?」
「ハッ、オマエが戦力の足しになるとでも――――」
「いや、一理あるな」
「ってオイ、マードック!?」
「私は歓迎しよう。来る気があるなら、ついてこい」
「……シット! しょうがねーなー、ったく!」
マードックは予知夢の五人がついてくることを快諾した。ジャックは不満そうだったが、隊長の彼が決めた以上、もはや文句は言わなかった。
目の前の格納庫に向かいながら、マードックが今回の仕事の内容について説明する。
今回現れたマモノは、”嵐”の星の牙である『クラーケン』。
弩級戦艦にも匹敵する体躯を誇る、巨大なイカのマモノである。
出現と共に嵐を起こし、通りがかった船に襲い掛かる。
「やっぱり怪獣じゃないかぁぁぁぁ!?」
「……なぁ日向さんよ。アンタのお仲間、さっきからずっとあんな調子だけど、大丈夫なのか……?」
「ま、まぁ心配しないでサキさん。戦闘になったら結構頼れる強さだから」
「人は見かけによらねぇなぁ……」
「……話を戻すぞ」
マードックが説明を続ける。
先述の通り、クラーケンはあまりに巨大で、膨大な生命力を誇る『星の牙』である。生半可な火力では太刀打ちできない。それこそ戦艦並みの火力が無ければ。
しかし、海上はクラーケンの土俵だ。どれだけ強固で火力の高い戦艦を用意しようと、クラーケンは海の中から忍び寄り、戦艦が火力を発揮する前に巨大な触手で絡め取って沈めてしまう。つまり、並の戦艦ではクラーケンを討伐することは不可能なのである。
オマケにクラーケンは普段、海の底に潜んでいる。つまり米軍が基地からミサイルを飛ばしても、海の底にいるクラーケンには爆風が届かないのだ。
たとえ潜水艦を用意しようと、水中もまたクラーケンの独壇場だ。ミサイル等を撃ち込む前に、あっという間に沈められてしまうだろう。
もちろん『ARMOURED』の面々が海に潜って討伐に赴くなど論外だ。地の利はあちらにある上に、討伐のための火力が足りない。あっという間に触手に捕まり、二度と海中から逃がしてもらえなくなるだろう。
「詰んでるじゃねぇか。どうやって勝つんだよソイツに」
「舞ちゃん的には、もう核兵器しかないと思うんです。
202X年! 世界は、核の炎に包まれ――――」
「包まれん包まれん。マモノ一匹を討伐するのにいちいち核兵器を使っていては、地球はあっという間に人もマモノも住めない星になってしまうぞ、レディ」
「えー? じゃあいったいどうやって……?」
「うむ。私は『並の戦艦では勝てない』と言った。だから合衆国は、並ではない戦艦を用意したのだ」
そう言いながら、マードックは格納庫の扉を開く。
そして目の前に飛び込んできたのは、巨大な黒い船体だ。
その黒の船体には、ところどころに蒼や黄色のラインが奔り、いかにもサイバーチックな印象を醸し出している。もはやこれは、海の上を進むより宇宙を飛んでいる方がよほど似合っていそうな、そんな雰囲気である。
「紹介しよう。この艦こそが、一年以上にわたってマモノの脅威から我々の海を守ってきた合衆国の超兵器。次世代型レーザーカノン搭載艦『エクスキャリバー』だ」