第286話 バカンスの予感
――その日、夢を見た。
青い空! 青い海!
白い砂浜! 照り付けるような太陽!
右を見ても左を見ても、楽しそうな表情の人ばかり!
潮騒は止むことなく、人々の熱気も天井知らず!
――夏だ! 海だ! いざハワイ!
「はっ!?」
声と共に、ふんわりボブヘアーの少女、北園良乃が目を覚ます。
ここは北園の自室。
なぜか寝ていたベッドから離れてドアの前に横たわっていた北園だが、気にせずむくりと起き上がり……。
「夏だ! 海だ! いざハワイ!」
と、夢で感じ取ったワードを声高らかに叫んだ。
◆ ◆ ◆
「……というワケで、北園さんの希望により急遽自分たちのハワイ旅行が決定しました」
「急遽過ぎてキューになってしまうわ……」
説明をする狭山に、呆れたように返事をする日向。
ここはマモノ対策室十字市支部。
リビングにて予知夢の五人が集まり、狭山の説明を聞いているところだ。
前回のノルウェー旅行から一週間ほど経ったその日、北園が再び予知夢を見たらしい。その内容がまた突飛なもので「皆でハワイに行く夢」だったという。夢の映像には特にマモノの姿も無く、本当にただのバカンスの風景だったという。
「まぁ、君たちには普段から頑張ってもらっているし、ハワイ旅行くらいお安い御用さ。社員旅行ということにでもしておこう。それに前回のノルウェーはゆっくり観光している暇が無くなってしまったからね。そのリベンジも兼ねちゃおうって寸法さ」
「やー、私の予知夢もたまには役に立つねー」
「いや、北園さんの予知夢にはいつも助けられてばかりだと思うけれど……」
「あー、えと、まぁ、その話は置いといて。数日後に出発しようって狭山さんに話したんだけど、みんなは予定、大丈夫だよね?」
「まぁ、俺は大丈夫。母さんもきっと了承してくれると思う」
「オレは言うまでもねぇ。オーケーだ」
「俺も問題ない。あっちでも勉強はできるだろうしな」
「うーん……」
と、北園の問いかけに一人難色を示したのは、シャオランだ。腕を組んで苦い表情をしている。北園も首を傾げてシャオランに事情を尋ねる。
「シャオランくん、もしかして都合が悪い?」
「いや、ボクの都合は大丈夫だし、ハワイも楽しみなんだけれど、リンファを置いていくのは悪いかなーって……」
「じゃあリンファも連れてきたらいいよ!」
「え、でも、予知夢は大丈夫なの? キタゾノの予知夢には、ボクたち五人とサヤマしか映っていなかったんでしょ?」
「まぁそうだけれど、この際その六人をクリアできれば、あとはどうでも良いんじゃないかな! 私の夢に映っていなかっただけで、リンファも来ていた可能性もあるし! せっかくだからみんなで楽しもう!」
「そ、そっか……! じゃあリンファも誘ってみるよ!」
嬉しそうに北園に返事をするシャオラン。
それを見た北園も嬉しそうに頷いている。
「うんうん、そうこなくちゃ! ……そうだ、本堂さん! せっかくだから舞ちゃんも誘っちゃいましょう!」
「なるほど、舞なら喜んで食いつくだろうな」
「それと日向くんは、ついでに田中くんやぴーちゃんも誘ったらどうかな? あの二人はこっちの事情も知ってるし!」
「田中と小柳さんを? 俺はまぁ構わないけど、狭山さんとしては大丈夫なんですか? こんな大人数になっちゃって……」
「ちょっと予定外だったけれど、まぁ大丈夫だと思うよ。もう以前のヤクーツクの時みたいに空自から航空機をチャーターして、自分たちのプライベートジェットにしちゃおうか」
「さりげなくとんでもないこと言ったなこの人……」
「よし、そうと決まれば話は早い。こうなったら的井さんも誘っちゃおう」
これでハワイ旅行に誘う人数は、ざっと数えて十一人になった。マモノ対策室としての活動でこれほどの大人数で動くのは、日向たちにとっても初めての経験である。
そしてチラリと本堂を見てみれば、密かにガッツポーズを取っていた。狭山が「的井を誘う」と発言したのが原因か。
「この人だけは置いていった方が良いかもしれない……」
「そしたらお前、戦争だぞ」
ぼそりと呟いた日向の言葉に、本堂本人が素早く反応し、釘を刺してきた。日向としては、この男が海の向こうで問題を起こさないことを祈るばかりである。
一通り話がまとまったところで、今回の集まりはお開きとなった。
ハワイ旅行は二日後に開催される予定となった。
◆ ◆ ◆
ハワイ旅行についての集まりが終わった一時間後。
十字市の河原をランニングしている黒髪の少年が一人。日影である。
いつものように、トレーニングに精を出しているところだ。
ランニングを続けながら、日影は物思いにふける。
「日向と北園は学校の同級生を誘う。本堂は妹を誘う。シャオランはリンファを誘う。一方、オレは誘える知り合いが誰もいない。……まぁオレは生まれが生まれだからな。そりゃあ友人も知り合いもまったくいなくて然るべきなんだが……なんか悔しいぞ」
どうやら彼は、旅行に誘えるような友人が周りにいないことを嘆いているようだ。とはいえ結局は一時の感情、トレーニングと共に忘れてしまおうと思っていた……のだが。
「……あ、日影さん!?」
「あん?」
唐突に少女の声が自分を呼んだので、日影は足を止める。
そこにいたのは、ゆったりロングヘアの小さな少女。
「おっと、お前、ましろじゃねーか」
「やっぱり日影さんだった……! お久しぶりです……! 髪の毛、黒くしたんですね。似合ってますよ」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
少女の名前は小岩井ましろ。
以前、同級生とのトラブルに巻き込まれていたのを日影たちが助けた中学生だ。
ましろの傍らには、彼女が飼っているマモノ、サンダーマウスのいなずまちゃんと、以前ましろをいじめていて、今は仲直りした金髪の少女、サキがいた。
「げっ、アンタは……」
日影を見るなり、苦い顔をするサキ。
ましろを助けるためとはいえ、日影にこっぴどい目に合わされた彼女は、日影が少々トラウマになっているようだ。
「おう、久しぶりだな。ましろとは仲良くしてんのか?」
「あ、ああ、してるよ。な、なにも悪いことはしてねぇからな……」
「そうかい。それならいいんだ。……あんまり警戒するなよ。別に取って食おうなんて思ってねーぞ」
「こ、怖がってねーし! アンタなんか怖くねーし!」
「チィ!」
(意訳:サキは思っていることと口に出すことが逆になる呪いを受けている。つまりこの場合、サキはお前のことをメチャクチャ怖がっている)
「お、いなずまちゃんじゃねぇか。どうしたんだ鳴き声なんか上げて。腹減ってるのか? 悪いが何も持ってねぇぞ」
「チィ」
(お前は一度サンダーマウスの言葉を勉強するべきだ)
ましろとサキは以前、ちょっとしたすれ違いから仲違いしてしまい、サキはましろをいじめていた。しかし日影や日向たちと出会い、仲直りのきっかけを掴むことができた。小学生の頃は仲良しだったという二人は、この出来事を乗り越えてさらに強い友情で結ばれるようになった。
「な、なぁ、日影……さん」
「呼びにくいなら呼び捨てでいいぞ?」
「じ、じゃあ日影。アンタ、ましろとはどういう関係なんだ?」
「どういう関係……? それはどういう意味だ?」
「ち、ちょっとサキちゃん……!」
「あ、アンタみたいな凶暴な奴とましろがくっつくのは、心配なんだよ」
「……あー、なるほどなるほど。心配すんな、ましろとはただの友達だよ」
「あ……そうなんですね……そうですよね……」
「ま、ましろ、なんでアンタがちょっとガッカリするんだよ……」
「わ、わたしなんて結局、身長小さいし、ぷにぷにだし、暗い性格だし、魅力なんて無いよね……」
「そ、そんなことないって! アタシはましろのそういうところ大好きだよ! ……日影、アンタはデリカシーが無さすぎる!」
「チィ」
(ましろの魅力が分からんとは、狂っているのかお前。胸とかすごく柔らかいんだぞ)
「お前はオレをどうしたいんだ。ましろとくっつかないでほしいんじゃなかったのか」
ともあれ、ましろとサキの仲睦まじい様子を見ることができて、日影としては満足できた。あれからちゃんと二人の仲は直っているのか、日影としては少し心配だったのだ。
……と、ここで日影は、目の前のましろとサキを見つめ始める。
低い声でうなり、なにやら考え事をしている様子だ。
「んー……」
「ひ、日影さん? どうしたんですか……? あの、そんなに見つめられると、私……」
「な、なんだよ、ガン飛ばしてるのか? け、喧嘩なんかしないぞ、アンタをケガさせたら悪いしなっ! 怖がってるワケじゃないからなっ!」
「チィ」
(サキは思っていることと言っていることが逆になる呪いを以下略)
「なぁお前ら。ハワイ旅行とか興味ねぇか?」
「「ハワイ……?」」
キョトンとした様子で、ましろとサキが首を傾げる。
日影は、この二人をハワイ旅行に誘うつもりらしい。
先ほどのマモノ対策室十字市支部でのやりとりを二人に説明する。
「……というワケなんだが、どうだ? 狭山は空自の飛行機を借り上げるらしいし、いなずまちゃんも一緒に行けると思うぞ」
「あ、アンタの上司どういう性格してるんだ……」
「そ、それよりっ! わたしは行きたい、行ってみたいです……! サキちゃんやいなずまちゃん、日影さんと一緒に旅行……!」
「あー、ましろが言うなら仕方ないなぁ……。この子、気弱そうに見えて意外と押しが強いからなぁ……」
「よっしゃ決まりだな。狭山にはオレから伝えておく。日程とかは追って連絡するぜ」
「はい……! 楽しみにしてますね……!」
「今更だけど、ウチら、とんでもない奴らと知り合っちゃったなぁ……」
こうして、ハワイ旅行に参加する人数は合わせて十三人と一匹となった。