第30話 一難去って
「シャアアアア!!」
白い巨大カマキリ、ミストリッパーが甲高い鳴き声をあげる。
鎌を振り上げ威嚇するミストリッパーに向かって斬りかかる。
「おぉぉぉぉ!」
声を上げ、日向は剣を振り下ろす。
しかしミストリッパーは素早く後ろに下がってこれを避ける。
日向の攻撃を避けきったのを見ると、ミストリッパーは鎌を振り上げ日向に斬りかかってきた。
「シャアアアアア!!」
「うわっ!?」
咄嗟に剣を構えて防御する。
しかし、湾曲した鎌の刃は構えた剣を掻い潜り、日向の身体を切り刻んだ。
「痛っつ……!!」
鎌の攻撃を受け、後ろに下がる日向。
傷は既に火を噴き始め、”再生の炎”が働き始めていた。
「ぐ、熱つつつつつつ……!?」
「シャアアアアア!!」
傷を焼く熱さで身動きが出来なくなる。
その隙をミストリッパーは見逃さない。
再び鎌を振り上げ、斬りかかってくる。
その日向の後ろで、倉間が銃を構え引き金を引いた。
「させるかよカマキリ野郎!」
ドン!と重厚な発砲音が響き、銃弾はミストリッパーの右眼を撃ち抜いた。
「キシャアアアアアアア!?」
「まだまだ!」
怯むミストリッパーに向けて、さらにデザートイーグルを連射する倉間。ミストリッパーも、鎌を盾にして防御しようとする。
しかしカマキリの鎌は構造上、防御に向いていない。
鎌の刃たる薄膜は撃ち抜かれ、その身体に次々と銃弾が叩き込まれる。
「シャアアアアアアアア!!」
銃撃に耐え兼ねたミストリッパーは、一声吠えると後ろに跳んだ。
そして、辺りを包んでいた濃霧の中に姿を消す。
「ちっ! また隠れやがった!」
倉間が忌々しそうに叫ぶ。
これがミストリッパーの厄介な点だった。
詳細不明の謎の力で濃霧を発生させ、その中に身を隠す習性。白い甲殻が保護色となり、肉眼で見つけるのは極めて難しい。加えて足音もほとんど立てず静かに獲物に忍び寄り、一太刀で刈り殺す戦法を得意とする。
その様はまさしく霧の鎌。
濃霧に溶け込む暗殺者と言えよう。
(どこだ。どこに行きやがった)
倉間は霧の先に目を凝らす。
ミストリッパーの姿は見えない。
神経を集中させて耳を傾ける。
聞こえるのは自分の呼吸音のみ。
だから、これは本当に幸運だった。
「倉間さん、後ろ!!」
日向が叫ぶ。
偶然だが、倉間より先に、日向がミストリッパーを捕捉した。
「シャアアアアアアア!!」
「ちっ!?」
日向の声を受け、倉間は後ろを確認せずに身を屈める。
倉間の頭の上を、鎌の風切り音が通過した。
「あっぶね……」
日向が声をかけてくれなければ、今ごろ上半身と下半身が真っ二つになっていただろう。安堵しながら身を起こす倉間。
だがその瞬間、倉間が何かに吹っ飛ばされる。
「シャアアアッ!!」
「ぐぁ!?」
ミストリッパーが、振り抜いた鎌を逆に薙ぐように倉間を殴りつけたのだ。その拍子に、倉間は持っていた銃を落としてしまう。
「や、やべ……!」
「シャアアアアアアア!!」
地面に倒れる倉間。
鎌を振り上げるミストリッパー。
日向が助けに入ろうとするが、この距離では駆けつけるのが間に合わない。
「倉間がやばい……! どうすれば……!」
その時だった。
日向は自身の足元に、倉間が落としてしまったデザートイーグルが落ちているのを確認。
「銃……いや、迷ってる場合じゃない。これを使うしかないか……!」
決意し、銃を拾い上げ、構える日向。
倉間はミストリッパーを警戒しながら、日向にも声をかける。
「お、おい日向! 危ねぇぞ!?」
「大丈夫です! ちゃんと当てますから!」
そう言って、日向は素早くミストリッパーに狙いをつける。
射的屋ではライフル型の銃を扱っていたが、彼はハンドガンでも問題なく狙い撃ちができる。
(両腕はまっすぐ伸ばし、左眼で狙いをつけ、銃口と目線は平行に。狙いは頭部……捉えた!)
「喰らえぇ!!」
叫び、日向は引き金を引く。
弾丸は、見事にミストリッパーの眉間に命中した。
「ギャアアアアアアアアア!?」
ミストリッパーの悲鳴がこだまする。
「痛ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
日向の悲鳴もこだまする。
倉間の銃、デザートイーグルは、そのあまりの威力ゆえに、ヤワな人間が撃てば手の骨が砕けるとまで言われている。
日向も、そのことは承知していた。
しかし、高校生になった今なら大丈夫だろうと思っていた。
無理でした。
そして”再生の炎”が追い打ちをかける。
手の甲の内側が、焼けた鉄板でも入れられたかのように熱くなる。
「あっ、ぐああああああああ!?」
日向はあまりの痛みに思わず膝をつき、うずくまってしまう。
「だから言ったろ日向! 危ないって!」
倉間は日向のもとに駆け寄り、取り落した銃を拾う。
そして再び、ミストリッパーに向かって引き金を引く。
一発、二発、三発、四発。
弾丸は全てミストリッパーの顔面に命中し、紫色の体液を噴出させる。
「ギャアアアアアアアア!?」
ミストリッパーは、たまらず逃げようとする。
そのミストリッパーの脇腹に、火球が投げ込まれた。
「ギャアアアアアアアアア!?」
「逃がさないよ! ここでやっつける!」
北園の発火能力だ。
ミストリッパーに命中した火球は大爆発を起こし、その身体を地に倒す。
「今だぁぁぁぁぁ!!」
復帰した日向は即座に駆け出し、倒れたミストリッパーの身体に剣を突き立てた。
「ギャアアアア……アア……ア…」
断末魔を上げ、ミストリッパーは動かなくなった。
同時に、辺りを包んでいた濃霧が晴れていく。
「お、終わったか……」
日向は剣を杖にして息を吐く。
「お疲れ! 日向くん!」
そんな日向に向かって、北園が近づいてくる。
本堂も遠くで息をついている。
今回も大変な戦いだったが、何とか皆、無事だったようだ。
その様子を、倉間は怪訝そうな表情で眺めていた。
(終わった? 本当に? 『星の牙』にしては、随分と体力のない奴だな……?)
だがその時。
自身の足元にわずかな振動を感じたのを、倉間は見逃さなかった。
「待て、お前ら。まだ油断するな」
「倉間さん? どうしたんです?」
「恐らくだが、まだマモノがいる。それも『星の牙』が」
「え!?」
三人は、思わず身構える。
倉間の口ぶりから察するに、『星の牙』とは恐らくマモノのボスのような存在なのだろう。それがもう一体、今、この場にいると彼は言う。
「でも、どうして? なんで分かるんですか?」
日向が尋ねる。
「最初の地震だよ。ミストリッパーは霧を発生させた『星の牙』。地震を発生させたヤツは別にいる! ここには、あわせて二体の『星の牙』が来てるはずだ!」
倉間がそう言い終わると同時に、地面が揺れる。
「うわわわわ、また地震!?」
「やっぱりか! 気を付けろ! 敵は恐らく、地面の下にいるぞ!」
「地面の下!?」
倉間の声を受け、北園が足元を見る。
その隣で、日向は真正面で起こっている異変に気付いた。
「なんだ、あれ……?」
目の前の地面が、突然盛り上がる。
そして。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
巨大なマモノが大口を開けて飛びかかってきた。
「やっべ……!!」
「きゃっ!?」
反射的に、日向は隣にいた北園を真横に突き飛ばした。
その日向が立っている場所を、巨大なマモノが通過する。
マモノは地面に頭から突っ込み、穴をあけると、再び地下に潜っていった。
その後に残っていた日向は、腰から上が無くなっていた。
肉と脊髄の断面が見えている、あまりにグロテスクな状態だ。
「ひっ……!?」
「む……なんという……!」
思わず短い悲鳴を上げてしまう北園。
倉間も絶望と驚愕の入り混じった表情を見せる。
「……おいおい、ありゃ大丈夫なのか……?」
本堂は「きっと再生するだろう」と信じて、努めて冷静に日向を見る。
倒れた日向の下半身、その断面から炎が噴き出す。
噴き出た炎は、織り交ざるように人のカタチを成していく。
炎が収まると、やはり日向は元通り復活した。
「日向くん! 大丈夫!?」
北園が日向に声をかける。
日向は、呆然としながら口を開いた。
「……ひとつ、気づいたことがある」
「な、何? 何に気づいたの?」
「中途半端に怪我するより、いっそ即死したほうが、焼かれる痛みを感じなくて楽かも」
「あ、そう………」
……もはや日向は、心配するだけ無駄かもしれない。
きっと彼は、何を喰らっても復活する。
ある意味、三人の中で一番の人外だ。
(よし。次に日向くんが死んでも、マモノを優先させてもらおうかな)
一人、密かに、北園は心に決めた。
「……で、俺はいったい何に殺られたんだ?」
日向は、マモノが地面に開けた穴を見る。
すると、そこから先ほどのマモノが姿を現した。
日向の上半身を食いちぎった犯人だ。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
巨大なマモノが吠える。
姿かたちは、最初に現れたワームに似ている。
しかしその身体の長さ、胴体の太さは、ワームとは桁違いだ。
全身は、岩のような土色の甲殻で覆われ、ところどころに苔まで生えている。頭部に生える四本の牙も、岩から削り出したような無骨さを思わせる。
「おいおいマジか……。ここで『ロックワーム』だと……!?」
倉間が悲鳴の混じったような声を上げる。
ロックワームと呼ばれたそれは、正しく「岩のワーム」という様相だった。
「知っているのですか? あれを」
本堂が倉間に声をかける。
「ああ。ぶっちゃけると、あれはもう俺たちの手に負えるマモノじゃない」
「……それは、何故?」
「以前、あれと同種のマモノを自衛隊が倒したことがある。その時は戦車四台を引っ張り出して、やっと倒せた」
「………!」
戦車四台でやっと勝てたマモノ。
確かにそれは、生身の人間四人では、あまりに荷が重すぎる。
「……しかし、このままあれを放置したら、街にも被害が出るのでは?」
「そうなんだよなぁ……。やっぱ、やるしかねぇか?」
「やるしかないでしょう」
本堂の言葉を皮切りに、四人は決意し、構える。
この強大なマモノを討ち倒すために。




