第278話 赤紫色の触手
テロ組織『赤い稲妻』の根城と思われる貨物船内にて、日向たちは多数の赤紫色の触手に襲われていた。狭い通路で密集していた七人を一網打尽にするべく触手がうねる。
「ほら、本堂さんがあんなこと言うからー!」
「『やったか!?』などと発言した日向に非があると思う」
「どっちでもいい! とにかく戦うぞテメーら!」
この狭い通路では、日向や日影は『太陽の牙』を存分に振り回すことはできないし、北園の超能力は仲間を巻き込む恐れもある。そこで本堂から借りた高周波ナイフの出番である。
「こ、この! このっ!」
「えいっ! えいっ!」
「く、来るなぁぁぁ!!」
日向と北園、そしてシャオランは必死にナイフを振るって、襲い来る触手を斬り飛ばしていく。ナイフの切れ味が極めて高いので、非力な北園でも楽に触手を切断することが可能だ。やたらめったら振り回すので、隣にいる日向に当たりそうになるのが玉に瑕だが。
「うおおお北園さん!? 今、ナイフが腕にかすった!?」
「ご、ゴメン日向くん! 慌てちゃった……!」
「日向もとうとう、女に刺される男に成り果てたか」
「この状況でボケないでくれませんかね本堂さん! 刺されたんじゃなくて斬られたんですよーだ!」
「否定するのそこじゃねぇだろ」
一方、本堂や日影、ロシアの二人組は、いたって冷静に触手を処理していく。
日影と本堂は、自分たちに向かって襲い掛かってくる触手を、高周波ナイフで一本一本丁寧に斬り落とす。
オリガは、迫る触手にハンドガンの銃弾を浴びせ、接近されれば自前のナイフで斬り払う。
ズィークフリドもまた、サイレンサー付きのハンドガンで触手を銃撃し、単調な作業のように淡々と撃退していく。
「ちっ、面倒ね。触手が相手じゃ、私の精神支配が使えないじゃない。あれは自分の眼と相手の眼を合わせる必要があるから」
「残念だったな。あー面白ぇ」
「ふん。だったら私はあなたの陰に隠れて、触手どもを押し付けてやるわ」
「喧嘩している場合じゃないぞ二人とも。この触手、本当に数が多い。このままでは掴まれるぞ……!」
本堂の言うとおり、触手は次から次へと現れて、七人に襲い掛かってくる。この狭い通路で、これほどの数で攻められたら次第に処理が追い付かなくなっていく。
やがて、何本かの触手が七人を掴みにかかった。
まず一本の触手が日影の左腕に絡みつく。
「ぐ……うおっ!?」
左腕に絡みついた触手が、日影を思いっきり引っ張った。触手は壁の穴の向こうから伸びてきている。その穴に引きずり込もうというのだろうか。
触手のパワーは、やはり相当強い。軍人も顔負けするほどに身体を鍛えた日影でも思わず身体を持っていかれそうになる。先ほどの血まみれのダクトの件といい、やはりこの触手がテロリストの男をダクト内に引きずり込んだと見ていいだろう。
「気持ち悪いんだよ!」
日影が叫ぶと、彼の左腕から炎が噴き出た。オーバードライヴを限定的に発動したのだろうか、触手に掴まれた左腕のみが燃え上がる。炎に炙られた触手は、たまらず日影を放し、壁の穴へと引っ込んでいった。
今度は別の触手が、本堂の足に巻き付いた。
「ちっ」
煩わしそうに舌打ちすると本堂は、触手が彼の足を引っ張るより早く足から放電を行った。電気に焼かれ、触手はビクビクと痙攣しながら引っ込んだ。
また別の触手が、ズィークフリドを射抜こうと真っ直ぐ伸びる。
しかしズィークフリドは正面から触手を掴んで受け止めた。
その後、受け止めた触手を両手で引きちぎった。
さらに周りの穴から数本の触手が現れ、今度はシャオランに集中して巻き付いた。腕や脚を触手に掴まれ、身動きが取れなくなる。
「ぎゃあああああ!? 引きちぎられるぅぅぅぅ!?」
「や、やばい! シャオランが!」
「た、大変!」
シャオランの近くにいた日向と北園が、慌ててシャオランの救援に向かおうとする。しかし、彼らの周りからも触手が現れ、なかなかシャオランに近づけない。
そうこうしているうちに、シャオランに巻き付いた触手が彼を引っ張る。腕を引っ張られ、脚を引っ張られ、首を引っ張られ、ヤワな人間がアレを受けたら本当に引きちぎられてしまいそうだ。しかしシャオランは『地の練気法』を使って身体を強化し、耐えている。
「イヤぁぁぁぁぁ!? あああああああ!?」
「うぅ……全然近づけないよぉ!」
「くそ、このままじゃシャオランが……」
「助けてぇぇぇぇぇぇ!!」
「シャオランが……」
「死んじゃうううううううう!!」
「えーと、シャオランが……えーと……」
今にも死にそうな悲鳴を上げて触手の引きちぎりに耐えるシャオランだが、耐え始めてからもう十数秒経っているにもかかわらず、シャオランはまるでダメージを受けていない。触手の方が力負けしているようだ。日向も思わず唖然としてしまう。
「……これはもう、放っておいても大丈夫そうにさえ見える……」
「そんなことないよぉぉぉぉ!? 助けてぇぇぇ!?」
「分かった分かった」
ようやく自分に襲い掛かってくる触手を一掃した日向は、シャオランに巻き付いている触手を斬り落とした。それを最後に、触手の襲撃はいったん止んだ。
日影が息を吐きながら、呟く。
「クソ……さすがに疲れたぜ……どんなマモノかは知らねぇが、いったい何本触手を持っていやがる……」
「これは下手すると、斬った触手が再生している可能性まで有り得るな……それなら斬っても斬っても触手が尽きない理由にも説明がつく」
と、その時だ。再び七人の周囲の壁が、床下が、天井が、ガタゴトと音を立て始める。先ほどの触手の襲撃の直前に聞いたものと同じ音だ。
「ま、まさか、まだ来る気か!?」
「ボクもう引っ張られるのヤダぁぁ!!」
「くそ、このままじゃ埒が明かないな……。いったん逃げよう!」
日向の声に頷き、彼らは迫りくる触手に背を向け、逃げ出した。
襲撃はいまだ止まらず、敵の正体はいまだ掴めず。
今回の敵も一筋縄ではいかなさそうだ。
「恐らくあの触手は、床や壁の向こうの水道管や通気口を通って、俺たちに襲撃を仕掛けてきていると思う!」
「だったら逃げ場が無いじゃないかぁぁぁ!? 通気用のダクトも排水溝も、この船のあちこちにあるんだもん!!」
「敵の本体がどこにいるかも分からないのに、敵はこちらの位置を正確に把握しているのも厄介ね。一方的に攻撃を受け続けることになるわ」
「それはたぶん、”濃霧”の能力でしょう! ”濃霧”が作り出す霧の能力にはいくつか種類がありますが、その中に『霧の中に入った獲物の位置を把握する能力』というものがあるんです!」
「ああ、この船の中にまでモヤがかかったように霧が立ち込めているのは、それが理由なのね」
今のところ、触手以外のマモノの姿は見かけない。この狭い通路で他のマモノによる足止めなどがあったらいよいよ苦戦は必至だったが、追ってくる触手から逃げるだけならさほど難しくはない。
「……とはいえ、俺たちはこの船の構造に疎い。このままでは、いずれ袋小路に追い込まれかねんぞ」
「どうせなら広い部屋に出たいところです! この人数で安全に一息つくには、この通路は本当に狭すぎる!」
そうこう言っている間も、触手はしつこく日向たちを追ってきている。鉄板が張られた壁や床が、メリメリと音を立てながら盛り上がり、追いかけてくる。あの壁や床の下を触手が走っているのだろう。
「しつこいぞ」
そう言って本堂が、迫る触手に”指電”を発射した。親指と人差し指を擦り合わせて小さな稲妻を発射する。
電撃は鉄板の向こうの触手にも届いたのか、”指電”を受けた触手たちは動きを止めた。その隙に日向たちはさらに距離を広げていく。
やがて前方に、閉まっている大きなドアを発見した。
部屋名を見てみると『食堂』と書いてある。
「ラッキー! 食堂なら間違いなく広い部屋だ! ここなら触手に追いつかれても、全員動きを制限されることなく思う存分戦える!」
喜びつつ、日向は食堂のドアを開けようとした。
……が、ドアが開かない。
鍵がかかっているというより、ドアが開かないように押さえつけられているような感触だ。
「な、なんでだよ!? 誰かが封鎖したのか!?」
「ど、退いてヒューガ! ボクがこじ開ける!」
「分かった、頼んだ!」
「うん! ……せやぁぁぁぁぁッ!!!」
掛け声と共に、シャオランは”火の気質”を身体に纏い、ドアに向かって鉄山靠を叩き込んだ。大砲が直撃したかのような音と共に、金属製のドアが吹っ飛ばされた。
急いで食堂内になだれ込む日向たち。しかし、そこに何者かの気配があった。
「な、なんだお前ら!? どうやってここまで来やがった!?」
「あら、見たことある顔。あなた、『赤い稲妻』のリーダーね?」
食堂内にいたのは、六人ほどの男たち。
彼らはどうやら、事の元凶である『赤い稲妻』のメンバーたちのようだ。