第268話 異国での再会
「久しぶりだねぇ少年少女たちー! 元気だったかい? ……そっかぁ元気だったかぁ。それは良かった。それで、この国には何をしに? ……ほうほう、マモノを倒しに来たのかー」
「この先読みトークも相変わらずだなぁ……」
「ご堪能いただけたようで何より。ところで、日影くんは少し痩せたかい? 以前会った時よりシュッとしてるような?」
「俺は日向です……。日影は最近、黒くなりました……」
「おや、また間違えちゃったよ。ゴメンねー」
相変わらず、日向と北園に対して気さくに接する謎の女性、スピカ。最初に出会ったのは3月で、現在は7月の終わりなので、こうして日向たちが彼女と再会するのは四か月ぶりである。
「……ところでスピカさん。なんで名前を変えてるの? ここに来る時は『ラジエラさん』って聞いたよ?」
北園がスピカに質問を投げかける。
彼女のことを噂していた子供たちも、話を聞かせてくれた町の人たちも、彼女のことは皆、ラジエラと呼んでいた。なぜ、以前の彼女と今の彼女では名前が違うのか。
「ああ、特に深い理由は無いんだよー。以前もチラリと言ったけど、ワタシは基本的に、一度会った人とは二度と会わないような星の元に生まれた人だからさ、もう会わない人にいちいち名前を教えてもしょうがないでしょー? だから、ワタシは名前を聞かれても、その場で適当に考えて、適当に名乗っちゃうの」
「な、なんじゃそりゃ……。じゃあやっぱり、あの時のスピカって名前も適当に名乗っていたと……?」
「まぁそういうことー。でも、こうしてキミたちと再会した以上は、これからはその名前を名乗っちゃおうかなー」
「ちなみに、なんでスピカさんは本名を隠してるの?」
「隠してるって程でもないんだけどさ、ワタシの本名ってめちゃくちゃ長いんだよねー。『スピカ』も『ラジエラ』も、ワタシのニックネームみたいなものなんだよー」
自身の名前さえ、その場の思い付き。悪い人間ではないのだろうが、何かを隠しているような雰囲気が漂っているのは間違いない。
とはいえ、それが周囲の人間に害を及ぼさないことなら、ましてやマモノ災害に関係ないことであれば、日向たちにとっては与り知らぬ話である。知ったところでどうこうする手立ても無いだろう。
「……えーと、ところでスピカさん」
「『なんでこんなところでマジックショーなんかやってるんですか?』かい?」
「その通りです……」
「前も言ったとおり、ワタシってアレだからねー。ほら、アレ。何だっけ」
「…………無職独身」
「そ、そんなカッコ悪い響きではなかったハズ! ……まぁ、それも間違いはないんだけどねー。あ、思い出した、世捨て人さんだった」
「もしかして、日銭を稼ぐためにマジックショーを?」
「そういうことー。王子様を探すついでにねー。キミたちも見ていくかい? ワタシが織り成すイリュージョンの数々をー」
「……と言っても、どうせ超能力でしょ? さっきのトランプ透視にしたって、カードを引いた女の子の心を読んで、何の絵柄を引いたかカンニングしたんでしょ」
「おお、鋭いじゃないか少年。やはり天才……」
「いやそれぐらい、スピカさんの能力を知っていれば誰でも……。それで、どうします? もうそのトランプマジックは俺たちには通用しませんよ?」
「ならば別のマジックにしようか。たくさんの小箱の中にキミたちがボールを一つ隠して、それをワタシが当てるマジックにしようか。それとも、絶対にワタシがじゃんけんに勝つマジックにしようか」
「どれもこれもこっちの心を読む気満々だ……!」
「あははー、まぁバレちゃうよね。それではここで、ワタシのとっておきをお見せしよう」
「とっておき?」
スピカは右の人差し指を、地面に置いてあるトランプに向けて、クイッとその指先を上に向けて曲げる。すると、トランプが独りでに、宙に向かってバラバラと浮遊し始めた。
「どうだい? トランプ浮遊マジックだよー」
「う、うわ、すごい。これは本物のマジックか……!」
「ふっふっふー、驚けよーおののけよー」
スピカの言葉の通り、日向は驚きおののく。
……しかし隣の北園は、キョトンとした表情で一言。
「……あの、スピカさん、これってもしかして、念動力じゃ……」
「ありゃ、バレちゃった」
「え? は? あれ? これも超能力なんですか!?」
「同じ能力が使える人間相手には、やっぱりバレちゃうかー。そっかー」
北園に指摘され、苦笑いしながらバツが悪そうに頭を掻くスピカ。
どうやら彼女は、読心能力のほかに念動力まで使えるらしい。日向も今までそれなりの数の超能力者を見てきたが、超能力を複数持っている人間は数少ない。日向が知る限りでは、北園とエヴァ・アンダーソンぐらいしかいない。
「スピカさんも念動力が使えるんだー! 私とおそろい!」
「おそろいだねー。ワタシも嬉しいよー」
「ま、ますますあなたの底が窺い知れない……。一応聞いてみますけど、本当に危険人物とかじゃないんですよね?」
「そこは信じてもらっていいよー。ワタシは、ただの放浪者だよ」
そう言って、人当たりの良い微笑みを浮かべてみせるスピカ。その表情を見ていると、確かに嘘をついているようには見えないのだが、やはり隠していることが多すぎて、どことなくうすら寒い印象を拭い切れない日向であった。
「やっぱり一度、狭山さんあたりと引き合わせるべきだろうか……」
「狭山さん? 誰それ? ……ふーん、キミたちの司令官みたいな人なのかぁ」
「まぁそんなところです。あの人の頭脳は本当にすごいですから、スピカさんの正体も何か掴めるんじゃないかと思って」
「うーん……ワタシは自分のことを探られるの、ちょっと遠慮したいんだよねー。……む?」
「スピカさん? どうしました?」
「いや、ちょっとあの建物の陰から、黒い気配を感じ取った気が……」
「黒い気配?」
一方、日向たちのことをのぞいてた日影たち四人も、スピカを見ていた。こんな異国の地で彼女を再び見かけたことに、日影たちは驚きを隠せないでいる。
「なんでこんなところにいるんだ、あの女……」
「あの人、スピカさんだよね。”濃霧”のフクロウ、フォゴールと戦った霧の森で会った……」
「ふむ。相変わらず素晴らしい胸。近くで拝めないのが残念でならない。是非ともあの厚めのコートを脱いでみてもらいたいが……」
「物陰から巨乳の女性を隠れてのぞくとか、もう正真正銘の変質者だなコイツ。しかしコートといえば、ノルウェーは7月でも日本ほど気温が高くないとはいえ、それでも20℃はあるんだぞ。暑くねぇのか……?」
「あの服が彼女のこだわりなんじゃないかな。自分の白黒コートみたいにね」
「そういうアンタも暑くねぇのか」
「今回のコートは、通気性に優れた夏用さ。同じデザインで機能が違うのを数着持ってるんだよ」
「常に同じ衣装を着て舞台に上がる芸人か何かかお前は」
「しかし、なるほど。彼女がスピカさんか……」
そう呟くと、狭山はスピカの姿をジッと覗き見る。
ふと、日影が狭山の顔を見てみると、彼の表情は今までのような柔和なものではなく、いたって真剣そうな表情に見えた。
「……狭山? どうしたんだ、険しい顔して」
「ん? そんなに険しい顔してたかい、自分?」
「ああ、いつもに比べれば」
「そっか。自分じゃ分からないものだなぁ。今の顔については、ちょっと考え事をね。……それじゃあ、自分はそろそろホテルに帰って、仕事に戻るよ」
そう言うと狭山は、踵を返してその場から立ち去ろうとする。
その言葉を受けた三人は、まさか狭山がこのタイミングで帰るとは思わず、咄嗟に呼び止めた。
「おま、この尾行を立案した人間が一番に帰るのかよ! しかもこのタイミングで! あのスピカって女から話を聞いたりしないでいいのか?」
「まぁね。自分の見立てでは、どうあれ彼女はこちらの仲間にはなってくれないと思う。それと、彼女の読心能力がちょっと怖いんだ。マモノ対策室の長たる自分が心を見透かされたら、重要な情報も盗み見られるかもしれない。まだ彼女が味方だと確定していない以上、警戒はしておかないと」
「それはまぁ、そうかもしれねぇが……」
「というワケで、せっかくのノルウェーなんだ。君たちも尾行ばかりしていないで、この旅行を好きに満喫するといいよ」
「オレたちを尾行に誘った人間が言うことかよ……」
日影の心底呆れた視線を背中に受けつつ、狭山はその場から退散した。
とりあえず、残された三人はもう一度日向たちとスピカを物陰から覗いてみると、スピカが思いっきりこちらを見ていた。スピカが『黒い気配』とやらを感じ取った場面である。
「ちょお!? スピカさんがめっちゃこっちを見てるよぉ!?」
「ちっ、バレたか!? どうする、何か切り抜ける方法は……」
「シャオランをこの物陰から突き飛ばして、スケープゴートにしよう」
「なんでだよぉぉぉ!?」
「……あら、やっぱり気のせいだったかな?」
場面は戻り、日向たちとスピカ。
どうやら黒い気配とやらは消え失せたようで、スピカは日影たちが潜む物陰から目を離した。
「何だったんです? 今のは」
「気にしないでー。読心能力で、誰かの心をチラ見しちゃったみたい」
「ねぇねぇスピカさん! あの空に浮いている魚も、もしかしてスピカさんの能力ですか!?」
「はい? 魚?」
北園の声を受け、スピカと日向は北園が指差す先、自分たちの真上を見上げる。するとそこには確かに、魚が空の上を泳いでいた。
その魚は、随分と変わった容姿をしている。蒼い鱗を持ち、胸びれ、背びれ、尾びれ、そのどれもが糸を引くように長い。それに何より、大きな魚だ。遠目に見る限りでは、日向の背丈にも引けを取らないだろう。
「……いや違うよ。アレは、ワタシの能力じゃない……」
「え? じゃあアレって……」
「ま、まさか……!」
すると、その空を泳いでいた魚が不意に身を翻し、日向たちに向かって迫ってきた。大きく開いたその口の中には、短くも鋭い牙が並んでいる。
「シャアアアアーッ」
その咆哮、その目つき、その殺気。
それらは間違いなく、マモノのものだった。