第266話 オーレスンで見る夢
「あ……あんなの絶対トラウマになるわお前……」
青ざめた顔で、日向は呟いた。
現在の時刻は17時。ノーデッド率いるマモノの群れを討滅した日向たちは、事後処理をノルウェー兵たちに任せ、狭山が待っている場所まで戻って来ていた。五人の報告を、狭山は楽しそうに聞いている。
「災難だったねぇ、日向くん。随分と疲れた顔をしているけど、大丈夫かい?」
「そ、そうなんですよ……。振り返ってみれば割と楽に終わった戦いのハズなのに、頭がすごいフラフラして、瞼も重いんです。ぶっちゃけ、眠い。もしかして、ノーデッドを倒したことで呪いでも付与されたんじゃ……」
「いや、単純に日本との時差じゃないかな。ノルウェーでの17時は、日本の24時に相当する。日本では今頃、もう真夜中だよ」
「しまった、時差を忘れてた……。皆さんはなんで涼しい顔してるの? 眠くないの?」
「まぁ、他のみんなは飛行機の中で軽く眠っていたし、自分は体質的に三日くらいの徹夜なら余裕で耐えられるからね。一方、日向くんは飛行機の中でもずっとゲームしていたし」
「なんで誰も教えてくれなかったんだ……」
頭の回転はそれなりに早いが、どこか抜けていて、忘れっぽい。
それが日下部日向という少年である。
「どうする? 夕食もまだだけど、日向くんは先にホテルで休んでおくかい?」
「い、いえ、頑張ります。メシは抜かずにちゃんと食べる、が俺の数少ない信条ですので」
その後、日向は眠気を堪えながらもレストランまで行き、皆と一緒に食事を取ったが、あまりの眠気からか、いつもの食欲は鳴りを潜めていた。
夕食を終え、ホテルに到着し、あてがわれた個室に入るや否や、日向はさっそくベッドに潜り込み、沼に沈むかのごとく眠りこけるのであった。
◆ ◆ ◆
――その日、夢を見た。
視界を埋め尽くすほどの、ノーデッドの群れだった。
「ぎゃあああああああああああ!?」
日向は、悲鳴と共にベッドから跳ね起きた。
これ以上無いほどの悪夢を見せられた。
時刻は朝の8時。明るい日差しが窓から差し込んでいる。
補足だが、今のは日向が見た夢だ。北園ではない。
つまりこれは予知夢ではない。幸いなことに。
「……俺、もう二度とあの芋虫お化けとは戦わない……」
再び背中をベッドへと落としながら、日向はげんなりした声色で呟いた。
◆ ◆ ◆
その後、日向はベッドから起きると、服を着替える。昨日は、持ってきた寝間着にも着替えずそのまま寝てしまったらしい。改めて外行きの服に着替えると、個室を出て食堂に向かう。
食堂では、すでに他の仲間たちがテーブルに座り朝食を食べているところだった。
「あ、日向くんだ。おはよー」
「おはよ、北園さん」
北園とあいさつを交わしながら、日向は席に座る。円状のテーブルを六人で囲みながら座る形となり、日向の左には北園、右には狭山が座っている。そしてブレックファーストはバイキング形式だ。好きなものを取って食べることができる。
「やぁ日向くん、おはよう。……なにやらまだ顔色が良くないように見えるけど、ちゃんと眠れたかい?」
「ええ、眠ることはできました。ただ、今世紀最恐の悪夢を見まして」
「あ、日向くんも夢を見たんだねー。私も今日、夢を見たんだよー」
「北園さんの夢……まさか、予知夢?」
日向の問いに、北園と狭山が頷いて肯定する。
日向を除く五人は、先ほどから今朝見た北園の予知夢について話し合っていたらしい。……とはいえ、今回の夢は「あのマモノを倒せ」だとか、「あの国まで飛べ」だとか、そういった無茶な注文ではなく、日常の一ページを切り抜いたような、そんな映像だったという。
「なるほど……。北園さん、夢の内容をもう少し詳しく聞いてもいい?」
「うん。日向くんと一緒に、この町を二人で歩き回って散策するような、そんな夢だったよ」
「ふぅーん…………んんー?」
北園の答えに相槌を打ちながら、日向は首を傾げた。
今、北園は間違いなく「日向くんと一緒に」と言った。夢の中に自分が出てきている。しかも、自分は北園と二人きりで、このオーレスンの町を散策するのだという。これが意味するところは、つまり……。
日向の隣に座る狭山が、日向の肩にポン、と手を置いて、言い放った。
「というワケで日向くん、北園さんとデートしておいで」
「い、言い方っ! そんな大仰なものじゃないでしょう!? これはただの観光! そう、観光なんです!」
と、日向は羞恥が混じった様子で狭山の言葉を否定する。
この少年は己を「自分は女性と付き合うに相応しくない人間だ」と評価付けている。北園には自分なんぞよりもっと良い相手がいるはずだと思っているし、そもそも北園が自分に振り向いてくれるなんて幻想も初めから抱かないようにしている。
そして何より、北園は自分とくっつけられるのをいい迷惑だと思ってるのでは、と日向は考えているのだ。「自分なりに北園さんのことを考えて」と日向は主張しているが、その根底にあるのはやはり従来のネガティブ思考である。
そして当然ではあるが、日向はこの胸中を他者に暴露したりはしない。同席している五人は全員、日向の真意を知らないハズである。
「とはいえ日向くん。君も知っての通り、北園さんは『予知夢の実現』を何よりの行動理念に置いている。彼女はきっと、君を引きずってでも二人きりで街に繰り出すよ」
「ふふふー、逃がさないよ日向くん。観念して私にノルウェーの美味しいお菓子をごちそうするのだー」
(ぐ……なんだそのかわいいドヤ顔は……。こんなん餌付けしたくなるに決まってますやん……)
「日向くん、どしたの? こっちをジッと見て」
「い、いや、何でもない。それより、分かったよ。俺だって北園さんに誘われるのは嬉しいし、俺で良ければ付き合うよ」
「やった! 日向くんなら来てくれると信じてたけど、ちゃんとオーケーの返事が聞けると、分かってても安心しちゃうなぁ」
はしゃぐ北園。
気恥ずかしそうに頬を掻く日向。
そんな二人の様子を狭山はニヤニヤとしながら眺め、本堂はいつもと変わらぬ表情で食事に没頭し、シャオランはチラチラと視線を飛ばす。そして日影は、どことなく複雑そうな表情をしていた。
朝食を終えると、さっそく街に繰り出す日向たち。
今日は、昨日予告していた通り、オーレスンの町を観光することにしている。日向と北園は、先ほど打ち合わせた通り二人きりで。残りの三人は、狭山と共に四人で町を回る。
「翻訳アプリがあれば、二人でも問題なく街を回れるだろう。最近の翻訳アプリは凄いからねぇ。わざわざ頑張って外国語を覚えた自分がバカに感じるほどだよ」
「いやいや、アプリに頼らずに済むならそれが良いでしょう。俺は外国語ペラペラな人は格好良いと思いますよ」
「それは嬉しいね。じゃあ、二人で楽しんでおいで。18時ごろにはこのホテルに集合ということで」
「分かりました。それじゃ、行ってきます」
「じゃーねー、狭山さん!」
こうして一足先に、日向たちは出発した。
狭山は手を振りながら、残りの三人と共に二人を見送る。
そして、日向たちが離れたところまで行くと、狭山はニヤリと笑った。
「それじゃ、さっそく二人を尾行しようか!」
「了解しました」
「な、なんか緊張するなぁ、ボク……」
「ったく、下らねぇことしやがる……。放っておいてやればいいじゃねぇか、せっかく二人っきりなのに」
「おや、日影くんがそう言うとは、ちょっと意外だ。率先して喰いついてくると思ったんだけど」
「このヤロ、オレのことを何だと思ってんだ。……まぁ実際、興味が無いワケじゃないから、とりあえず見てみたいとは思ってるんだけどよ……」
「ははは、素直だねぇ。では、自分たちも動くとしよう」
日向が北園に対する想いを秘密にしていようが関係なく、こちらの四人は日向と北園の関係を見守る気満々であった。