第262話 新たなエース
グンカンヤドカリを倒し終えた日向たち五人は、そのまま浜辺にて待機。自衛隊を指揮してヘイタイヤドカリを追い払った狭山がこちらへやって来るらしい。その間に五人は、仕留めたグンカンヤドカリを観察したり、スマホをいじったりして時間を潰す。
やがて自衛隊の迷彩柄のジープがやって来て、その中から狭山が降りてきた。
「やぁみんな。お疲れ様」
狭山は五人に声をかけると、さっそくグンカンヤドカリの死骸を発見し、感心したような表情を見せた。
「おぉ、これが今回の『星の牙』かぁ。君たちなら大丈夫と信じていたけど、よくもまぁこんなに大きいのを仕留めたね。この全身の火傷跡を見るに、決め手になったのは日向くんの”紅炎奔流”かな?」
「ええ、まぁ、一応」
日向の返事を聞きながら、狭山は引き続き、グンカンヤドカリの死骸をまじまじと眺めている。
「ふむふむ。他にも、額に火傷と甲殻が砕かれたような跡がある。これは日影くんの”陽炎鉄槌”が原因かな。脚には集中攻撃を浴びせた後があるね。なるほど、脚を崩してこの巨体をこかそうとしたのか。背中の殻には少し氷が残ってるね。恐らくは北園さんの凍結能力で砲撃を封じようとした、といったところか。けれど北園さんの分厚い氷は、この夏の日差しでもそう簡単に溶けるものじゃない。恐らくはこのグンカンヤドカリ自身が何らかの方法で自ら氷を溶かした……合ってるかな?」
「報告の手間が省けすぎて逆に怖い……」
まだここに来たばかりだというのに、狭山はグンカンヤドカリの傷跡などを見て、五人とグンカンヤドカリの戦闘内容をあらかた把握してしまった。恐るべき観察能力である。
「……さて! ここからは少し、真面目な話をさせてもらうよ」
と、狭山が切り出してきた。
「真面目な話」とは言ったが、彼の表情は変わらず穏やかである。
「まず、かつて日本のマモノ討伐チームのエースを担った松葉班……彼らが壊滅し、多くの仕事が自分にのしかかることになったが、そのほとんどは無事に片付いた。けれどあと一つだけ、残っている仕事があるんだ」
「その仕事とは……?」
「うん。ズバリ、『松葉班の後継となる、新たな日本のエースチームを設定すること』だよ」
日本のエースとなるマモノ討伐チーム。
それは文字通り、国の威信を背負い、常に対マモノ戦線の最前に立ち続けるチームだ。マモノを撃退する戦力が不足している国を支援するため、海外遠征も積極的に行い、他の国々をも助け、日本のネームバリューの向上も担当する。
よその国で言えば、アメリカの『ARMOURED』にあたる地位か。
まさしく、事実上の日本最強のマモノ討伐チームの称号であると言える。
「最初は、復帰した雨宮くんのチームにお願いしようかと思っていたんだけど、今回の君たちの戦いを見て考えが変わったよ。エースを背負ってもらうのは、もう一つの候補チームに頼むことにする」
「……あの、狭山さん。その『もう一つの候補』っていうのは、話の流れからして、つまり……」
「その通り。君たち『予知夢の五人』だ」
狭山の言葉を受け、五人は顔を見合わせる。
自分たちが、日本の精鋭軍人たちを差し置いて、日本最強のマモノ討伐チームに相応しいと狭山は言っているのだ。
「もちろん、個々の力を比べさせれば、君たちより強い軍人などはいくらでもいるだろう。けれど、彼らはみな、君たちほどマモノとの戦いに特化しているとは思えない」
「い、いやいやいや……。仮にそうだとしても、純粋に実力とか足りているんですか? エースを名乗るにはまだまだ力不足じゃ……」
「そんなことはないとも。実は、今回の戦いを通して、君たちの実力をチェックさせてもらっていた。自分のオペレートに頼らずに、君たち五人の力だけでどこまでマモノと戦えるのかを。結論から言うと、文句なしの合格だったよ。いや、見事なものだった」
狭山は、惜しむことなく五人に称賛の言葉をかける。
実際、日向たち五人は先月の十字市中心街襲撃事件において、一人で一体ずつ『星の牙』を討伐している。対峙した『星の牙』との相性の関係もあるだろうが、彼らは単独で『星の牙』を狩れるだけの能力があることは既に証明されているのだ。日向に至っては、一人で二体も『星の牙』を仕留めている。
「……自分は、君たちを『庇護する対象』だと思っていた」
と、ここで狭山が、穏やかな表情を少し曇らせて、話を切り替えてきた。その表情は、神妙な面持ちというよりは、どこか寂しそうに見える。
「君たちのことは、戦いの場に送り出しながらも、大事が無いように守ってあげなくてはならない存在だと思っていた。君たちはあくまで民間の協力者なのだと。しかし、それは誤りだったようだ。君たちは今や、一人ひとりが『星の牙』を単独で撃破できる力を備えている。それが五人揃えばどれほどの戦闘力を発揮するかは、今日確認したとおりだ。君たち以上のマモノ討伐チームは、この国にはまずいないとさえ思っている」
そして狭山は、深々と頭を下げ、五人に頼み込んだ。
「無理にとは言わない。だが、マモノ対策室の長として、自分は君たちに頼みたい。どうか君たちの力を貸してほしい」
その言葉を受けた五人は、思わず固まってしまった。
まずは「顔を上げてください」と声をかけようともしたが、それさえ忘れて硬直してしまった。なにせ、今までほとんど弱みらしい弱みを見せず、自分たち五人の頼れる保護者であった狭山が、今は頭を下げてまで自分たちにお願いをしてきている。それが、五人にとっては衝撃だった。
五人は顔を見合わせ、目で相談する。
そして、それぞれが口を開いた。
「私、やります! 『世界を救う予知夢』を実現させるためにも!」
「へっ。ここまで来て、今さら断る理由がねぇだろ。たとえ国の威信を背負おうと、オレは今まで通りやらせてもらうぜ」
「同感だな。やれることをやるだけだ」
「ど、どうせみんな賛成なんでしょ……? ボクが騒ぐだけ無駄だよね……。覚悟を決めておかないとなぁ……」
「俺には……賛成も反対もありません。戦わないと。『太陽の牙』の使い手として、正義の味方のやり直しのために。そして、日影を倒して未来を取り戻すために……」
「全員、賛成だね。……本当にありがとう、みんな」
五人の返事を受けた狭山は、瞳を閉じて、優しく微笑んだ。
その表情はまるで、子の成長を喜ぶ親のように。
「……さて! それではここで予告しておこう! 君たちはもうすぐ夏休みシーズンだけど、この夏はさっそく、日本を代表するマモノ討伐チームとして、あっちこっちに飛んでもらうよ!」
「うわぁ切り替えが早い!」
「あっちこっちって、東京とか、北海道とか? 私、ついでに美味しいものが食べたいなー」
「良いね、美味しいもの! 是非食べよう! それと、東京や北海道に行く可能性も十分にあるけど、自分はもっと広い範囲を予定している。つまり、海外だよ!」
「ぎゃああああまた空の旅だぁぁぁぁぁ!?」
「そういえば、シャオランは空を飛ぶ乗り物が苦手だったな」
「諦めろよシャオラン。東京だろうがイギリスだろうが、行く時はどうせ飛行機だぜ」
「あ、ちなみにチームのリーダーは、司令塔を務める日向くんに設定しておくからね」
「さ、サラリと重荷を背負わされた! けど、皆に指示を出す役割を担う以上、仕方ないのかな……。ええい、やってやらー!」
こうして彼らは、日本を代表するマモノ討伐チームとなった。
おそらく、今後はさらに厳しい戦いが予想されるだろう。
しかし、それでも生き延びるだけの力が、今の彼らにはある。
もはや彼らは、日々を平和に過ごしていた少年少女たちではないのだから。