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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第255話 根っこは同じ

 7月も下旬に差し掛かるころ。


 今日の学校を終えた日向は、もはやすっかりお馴染みとなったマモノ対策室十字市支部でのトレーニングに励んでいた。


「はち……きゅう……じゅっ!」


 両手に一つずつ、ダンベルを持って上げ下げする。


 ダンベルの重さはそれぞれ10キロ。これを10回、3セットに分けて繰り返す。ちなみに、日向がここで筋トレを始めたころは、せいぜい5キロのダンベルを上げ下げするのがやっとだった。


 ダンベル上げが終わると、今度は懸垂けんすいを始める。


「くぉぉぉ……! 俺は今、腕の力だけで地球の引力に逆らっているぅぅ……!!」


 初めて懸垂に挑戦した時は、どれだけ頑張っても身体を引き上げることができず、トレーニング以前の問題だったが、今ではしっかり、腕の力だけで己の身体を引き上げてみせる。これもまた10回3セットだ。


 懸垂が終わると、次は腹筋に挑戦する。


「腹筋は、上体を起こす動きより、身体を倒して背中が床につく寸前で踏ん張るところに一番の効果があるらしい。狭山さんが言ってた」


 狭山から効率の良い腹筋の方法を教えてもらい、それを実践する日向。これは20回、10セットに分けて行う。つまり合計200回だ。


 腹筋が終われば、次は腕立てだ。それも、ただの腕立てではない。腕を伸ばすとともに、そのまま腕の力だけで上体をジャンプさせるのだ。その着地の際に肩に負荷がかかり、腕と肩を同時に鍛えることができる。さらに体が浮いている間、手拍子も加える。


 こうすることで、より早く、より強く着地に備えなければならなくなり、さらに負荷を上昇させることができる。これは10回3セット。ちなみに、ただの腕立て伏せなら50回は継続してできるようになった。


「……しかし、日影の腕立て伏せを一回見てみたけど、あれ意味わからん動きしてたな……。スーパーマンプッシュアップとか言ってたけど、なんであんなに滞空できるんだ……」


 これらが終わると、今度はバーベル上げに取りかかる。


 以前はバーベルのバーだけでも潰れそうになっていた日向だったが、今回はバーの重さを50キロに設定する。セッティングが終わると、バーの真下のベンチに仰向けになり、バーに手をかける。


 そして雄たけびと共に、必死の形相でバーを上げる。


「ぬぉぉぉりゃああああ!!」


 ……が、バーは少し浮いたものの、完全には上がらなかった。


「ぐぁぁぁ、今日は駄目だった。いける日もあるんだけどなぁ」


 バーベル上げというのは、何も腕力だけが重要なのではない。正しいフォームが合わさることで、上げることができる重量も増加する場合があるのだ。もっとも、日向はそのあたりが割と適当なので、今回のように失敗することもある。


 気を取り直して、日向はバーの重さを45キロに設定する。これならば確実に上げ下げすることができる。バー単体の20キロだけで悲鳴を上げていた初期と比べれば、大した成長である。


 さらにそこから、バーの重さを70キロに設定し、バーを肩に担いでスクワットを始める。上腕筋、胸筋、背筋、腹筋、そして大腿筋を余すことなく鍛え抜く。


 以前ならば、これだけ鍛えれば翌日は筋肉痛待ったなしだったが、もうすっかり身体が慣れてしまった。今では気だるさ一つさえ感じない。


 筋トレが終わると、仕上げに有酸素運動だ。日向はランニングマシンに乗ると、目標距離を10キロに設定した。そしてマシンのインターネット機能でゲームの音楽を聴きつつ、マシンの上を軽快に走る。


 日向が初めてランニングに挑戦したころは、3キロ走るだけで死にかけていた。しかし今は、その気になれば10キロを一時間足らずで走り抜くことができる。スタミナも相当に増加してきたようだ。


 ランニングが終わると、ようやくノルマ達成である。そこからさらに筋トレを継続する日などもあるが、今日は柔軟体操とストレッチで締めることにした。


 ふと、トレーニングルーム内の壁いっぱいに張られた横長の鏡を見る日向。そこに日向の姿は映っていない。もはや言うまでもないだろうが、日影が分離しているせいである。


「だいぶ身体は鍛えられてきたと思うけど、今の俺の身体、どんな感じになってるんだろう。鏡に映らないとよく分からないな……」


「お、日向くん。もう今日のトレーニングは終わってしまったかな?」


 と、ここでトレーニングルームに狭山が入ってきて、自分が映らない鏡と自分自身を見比べている日向に声をかけてきた。日向も振り返り、狭山に挨拶する。


「相変わらず、君は鏡に映らないようだね」


「そうみたいです。もう半年以上自分の姿を鏡で見てません」


「筋トレをするときは、鏡で自分の肉体の変化を観察するのも、モチベーションアップに効果的な方法だ。……けど、君はそれができない。鏡に映らない身体というのは何かと苦労が多いだろうが、大丈夫かい?」


「ええ、なんとか。もうだいぶ慣れてしまいましたよ、恐ろしいことに。俺がどれほど変わったか、俺自身がこの目で確かめるのは、日影に勝ってからのお楽しみですかね」


「日影くんに勝ってから、か……」


 日向の言葉を聞いた狭山は、ふと考えこむような仕草をとる。


「どうしたんですか、狭山さん?」


「いやね、日影くんの名前を聞いて、不意に疑問に思ったんだ。日影くんは、どのような仕組みであの性格になったのか」


「どのような、仕組み……?」


「うん。日向くんは以前、日影くんのあの性格を、日向くん自身の憧れだと称したね?」


「ええ、まあ。俺もあんな風に強気な性格になれたら、と少しは思いましたよ」


「しかし、日影くんは百パーセント君の憧れを反映しているワケではないと思うんだ。例えば、日向くんはゲームが好きだよね?」


「大好きです」


「素直でよろしい。……しかし一方で、日影くんはゲームに一切の興味を示さない。それどころか、やや嫌悪している様子さえある。ゲームの誘惑に負けないような性格を君が望んでいた、という可能性もあるが、どうせなら『ゲームも好きで、あの強気な性格』の方が、君の憧れに当てはまるんじゃないかな」


「それはまぁ、確かに。今さらゲーム無しの自分なんて考えられませんもん」


 真っ向から肯定する日向に、狭山も穏やかに笑う。

 一拍置いてから、狭山は話を続ける。


「自分は以前、日向くんと日影くんは『対称』の関係にあると思っていた。日向くんは温厚だけど、日影くんは苛烈な性格。日向くんは銃が使えるけど、日影くんは使えない。日向くんは観察力に優れ、日影くんは記憶力に優れている」


「そうですね。そう聞かされました」


「その一方で、日向くんが言う『日影くんは日向くんの憧れ』という関係性も無視できない。けれど、日影くんの全てが日向くんの『憧れ』に当てはまるとも言い切れない」


「それはまぁ、確かに。ゲームしない俺なんて俺じゃない」


「さらに言えば、君たち二人は意外と共通している部分も多いんだよね」


「共通しているところ? なんかありましたっけ?」


「うん。たとえば正義感が強いところとか、大食いなところとか、乳の大きさの好みとか」


「なるほど…………最後ちょっと待て」


「この『二人には共通する部分がある』というのは、それこそまさしく光と影のようだねぇ」


「え? 『共通する部分がある』のが、光と影なんですか? さっき狭山さんが言っていた『対称』の関係の方が光と影に近い気が……」


「『対称』もそうだけれど、それだけじゃない。ほら、たとえば君の足元から影が伸びているとして、影が伸びる先が君の向く方向と正反対だとしても、君の足元は影と重なっているだろう? そこが『共通』の部分さ。つまり『根っこは同じ』ってことかな」


「な、なるほど……」


 日向の『対称』と、『憧れ』と、『共通点』。

 その三つが、日影の人格を織り成す要素なのかもしれない。


「俺たち二人は、足元のところで重なっている、かぁ……」


 日向も何となく思い当たる節があるのか、ぼんやりと狭山の言葉を反芻はんすうした。


「……あ、けど、普乳好きと公言したのはあくまで日影であって、俺は別にそんなことは一言も、ましてや北園さんくらいが好みだとか言った覚えは一切ないですからね?」


(うーん、聞いてもないのに北園さんの名前が出てくるあたり、もう白状してるも同然なんじゃないかな)


 心の中で、狭山は苦笑いを浮かべていた。





 以上の会話を、トレーニングルームのドアの先で偶然聞いていた者がいた。今まさに日向と狭山が話題にしていた人物、日向の影、日影である。


「……ったく、くだらねぇ。あの『太陽の牙』がどんな理由で、どんな設定でオレを生み出したのかはオレ自身も知らねぇが、オレはオレだ。定められた枠組みなんぞ知らねぇ。オレの好きなように生きてやる」


 己自身に固く誓うように、日影は吐き捨てるように呟き、その場を立ち去った。

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