第27話 初詣
本堂の家で過ごした次の日。
つまり12月31日。今年の終わり。
日向がいつものようにゲームをしていると、北園から電話がかかってきた。
『もしもしー?日向くん?』
「どうしたの北園さん。マモノでも出た?」
『違うよー。今日、大みそかでしょ? 舞ちゃんに誘われて初詣行くんだけど、一緒に行かない?』
「んー、俺がいて邪魔にならない? それは」
『大丈夫だと思うよー。むしろ舞ちゃんも、日下部さんも連れてきたら? って言ってたから』
「あ、そうなんだ。じゃあお言葉に甘えて、俺も行こうかな」
『りょうかーい。夜の10時半、十字神社に集合ね』
「ほい、了解。じゃ、切るね」
そう言って日向はスマホの通話を切った。
(……冷静に考えると、これって『両手に花』というヤツになるのでは?)
その事実に気づき、今さら緊張しだす日向。
彼の、女子への耐性の無さは、相当なものであった。
◆ ◆ ◆
そして初詣の時間がやってきた。
日向が神社の石段の下までやってくると……。
「あ、日向くん来た! おーい」
向こうで北園と舞が手を振ってるのが見える。
その二人の背後には……。
「む、来たか、日向」
本堂もいた。
恐らく妹の舞に誘われたのだろう。
つまり保護者同伴。両手に花、というワケには行かなかったようだ。
少しの残念感と、なぜか安心感を覚える日向。
四人は集まり、早速神社の石段を上っていった。
その一方で、日向たちとは別に神社に来た男が一人。
防衛省情報部、マモノ対策室の倉間慎吾である。
「なかなか手がかりは掴めねぇな。やれやれ。まあ、まだ二日目だ。根気強く行くか。とりあえず初詣も兼ねて、この神社で一発、仕事成功祈願と行きますかねぇ」
そう呟きながら、神社の石段に足をかける。
「……おいおい、随分高けぇなこの階段。おっさんにゃあ堪えるぜ……」
頭をかきながら、倉間は石段を上っていった。
◆ ◆ ◆
ここ、十字神社の初詣には、毎年多くの露店が立ち並ぶ。
さながらちょっとしたお祭りのようで、年末にはいつもたくさんの人で賑わう。
「あ、みんな見て。射的があるよ」
北園が指差す方向を見ると、これまたイメージ通りの射的屋さんがあった。
「銃か……」
日向が複雑そうな表情で射的屋さんを眺めている。
その横から、北園が声をかけてきた。
「日向くんどうしたの? 射的やりたいの?」
「え? あ、いや、そういうわけじゃ」
「遠慮しなくていいんだよー。店主さーん! 一名お願いしまーす!」
「なんでこうなるの」
もう仕方ないので、日向は店主に代金を払って、弾を受け取る。
弾をライフル型の鉄砲に込めて、手ごろな的を探す。
「んー。あの辺のお菓子とかが丁度いいか」
日向が目を付けたのは、チョコレートが入った筒形の箱である。
(身体の左側を的に向け、気持ち肩幅ほどに足を開き、腕の節に力を入れながら伸ばし、真っ直ぐ銃を構える。右眼は閉じて、左眼で狙いをつける……)
果たして、日向が引き金を引くと、弾はチョコレート箱の上部に命中し、箱は倒れた。
「よしゃー、命中」
「ほお、中々やるものだな」
本堂が感心したような声を上げる。
それに調子を良くした日向は、続けて二発目、三発目を放つ。
二発目は外してしまうものの、そこから微調整し、三発目で再び命中。見事、スナック菓子をゲットした。北園も拍手して喜んでいる。
「やるじゃん日向くん! アメリカに住んでたの?」
「いや別に本物の銃を使ったことがあるわけじゃないからね? 小さい頃からゲームセンターのシューティングゲームとか大好きで、それで上手くなったんだと思うよ」
「なるほどー。それなら本場アメリカに行っても通用するんじゃないかな!」
「どうだろう? 俺より射撃が上手い人なんて、日本にだっていくらでもいるだろうし」
「今のうちに英語を勉強したら? アメリカに行くときに役に立つよ」
「ねぇ北園さん。さっきからなんで俺をアメリカに送ろうとするの?」
二人がそんなやりとりを交わしていると、その隣で舞も前に出る。
「私もやります! 店主さん、弾をください!」
「はいよ。頑張ってね」
店主に代金を払って、弾を三発もらう。
慣れない手つきで鉄砲に弾を込める。
狙いはどうやら、特別大きいお菓子の詰め合わせのようだ。
大きい的なら当てやすい、という判断だろうか。
とはいえ、射的屋の大きい的は、弾が当たったところで倒れないのが常だ。
「よーし……当たれー!」
祈るような表情で引き金を引く。
しかし、弾は明後日の方向に飛んで行った。
「あらら……。なら、もう一発!」
もう一度弾を込め、引き金を引く舞。
しかし弾は当たらない。
「んー……、難しいなぁ」
(うむむ……見てられない)
日向は思った。
(まず構え方がまずい。ライフル型の鉄砲なのに、舞さんの構え方はハンドガンのそれだ。というか、逆に持ちにくくないのそれ? 引き金を引くときも、目を瞑ってしまっている。あれではいくら的が大きくても当てるのは難しいぞ)
そんな感じで日向がムズムズしていると、日向を見かねたのか、あるいは妹を見かねたのか、本堂が声をかける。
「……日向。あの哀れな新兵に銃の撃ち方というものを講義してやってくれ」
「サーイエッサー」
本堂の頼みを受け、日向は舞に正しい銃の構え方をレクチャーする。一通り構え方を矯正して、なんとか先ほどの日向と同じフォームまで持っていった。
「おお……! なんだかすごく狙いやすくなった気がします!」
「それは良かった。じゃあ、撃ってみて」
「はい! 行きます!」
舞が狙うのは、先ほどと同じ大きなお菓子詰め合わせの箱だ。しかし、いくら構え方が良くても的があれでは、弾を跳ね返されて終わりだろう。
「よく狙って……えい!」
舞が撃った弾は、吸い込まれるように箱のど真ん中に命中した。
弾が、コツンと弾かれる。
そして、一拍遅れて、箱がバタンと倒れた。
「は!?」
「え!?」
「嘘!?」
日向と、舞と、店主まで素っ頓狂な声を上げた。
本堂も、声こそ出さなかったが目を丸くし、メガネを上げ下げしている。
箱が倒れたタイミングが明らかに不自然だった。
(あ、もしかして)
ハッと思って、日向は北園の方を見てみると、北園はさりげなく右手を前に突き出している。
(つまり、使いやがったな念動力)
日向が疑惑の視線を向けると、北園は視線を逸らして口笛を吹く……が、どうやら口笛が吹けないようで、すぼめた唇からスースーと虚しい吐息が聞こえるだけだ。
「店主さん! 倒れた!倒れましたよ! 貰っていいですか!?」
我に返った舞が、興奮しながら店主に詰め寄る。
あんなに嬉しそうに迫られたら、もう断れないだろう。
「し、しょうがないなぁ……。ほい、おめでとさん」
「やった! ありがとうございます!」
快くお菓子の詰め合わせを舞に手渡してくれた店主。
日向は「スンマセン」と心の中で彼に謝って、皆と共に射的屋を後にした。
そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、新年へのカウントダウンが始まった。
「日向くん。ズバリ、来年の目標は?」
北園が日向に声をかける。
「まあ、予知夢もあるけど、一番は、俺の影が戻ってきますように、かな。それで鏡にも元通り普通に写りますように。いい加減、気味が悪くて仕方ないよ」
「なるほどー。叶うと良いね!」
「そうだね。北園さんはの目標は、やっぱり予知夢のこと?」
「まあ、予知夢もあるけど……」
「え、予知夢以外があるの?」
「うん。一番は、皆が無事に過ごせますように、かな」
「……なるほどね」
世界を救うという目標。それに重なるマモノの出現。
二人は今、とんでもなく危険な状況に足を踏み入れていると言える。
それこそ本来なら、いつ命を落としてもおかしくない。
というより、日向は一度死んでいるのだ。雷に打たれて。
いや、それならアイスベアーに腹を裂かれたあの時も、きっとあのままいけば死んでいただろう。
北園の願い。
皆が無事に過ごせますように。
日向の肩に、その一言一句がひどく重くのしかかった。
「……年が変わったー!」
舞が声を上げる。
日向が物思いにふけっている間に、年が明けてしまったようだ。
「じゃあ皆さん、新年明けまして………」
北園が口を開いたその時。
突如地震が発生した。
「うわわわわわわ!?」
「きゃー!?」
女子二人の悲鳴が響く。
二人を落ち着かせるため、日向が北園と舞に声をかける。
「お、おちつてて二人とも、あわてちゃわ、あわ、あわわわ」
「お前も落ち着け日向!」
逆に本堂に声を掛けられる羽目になってしまった。
やがて地震が収まり、日向たちは周囲を確認する。
やはりというか、他の人たちもパニックを起こしているようだ。
年が明けると同時に地震。なんというタイミングだろうか。
「……ねえ、日向くん」
北園が声をかけてくる。
「なに? 北園さん」
「私、思ったんだけどさ。最初、アイスベアーが出てきたときは雪が降ってたよね。あの山だけ」
「うん」
「ライジュウが出たときはさ、結局あの大雨もライジュウが起こしてたっぽいよね?」
「うん」
「ならさ、この地震も、マモノの仕業ってことは……」
「………!」
確かに、ありえない話ではない。地震を引き起こす怪物など、伝説や伝承を紐解けば、それこそ山のように存在する。日向がそう思ったその瞬間……。
「ば、化け物だぁー!!」
「キャーッ! 助けてー!!」
前の方から声が聞こえてきて、人々が押し寄せるように逃げてきた。




