第252話 ぶっ放せ、紅炎奔流
「”紅炎奔流”を……撃ちまくる?」
九重の家がある山の、さらに上。明るい砂色の土が辺り一面に広がるこの場所で、キキとの戦いの最中で身に着けた日向の新しい技、”紅炎奔流”を撃ちまくってほしい、と狭山は言う。
日向は狭山の言葉に対して、さらに首を傾げた。「なぜここで?」という疑問もあるし、「なぜそんなことを?」という思いも強い。そんな日向に、狭山は話を続ける。
「うん。あの技はあまりに大火力だから、試し撃ちできる場所だって限られるだろう? その点、ここなら誰の迷惑にもならない。思う存分ぶちかませるはずだ」
「確かに、ここなら燃やしてしまいそうな木々も、爆炎を見て驚いてしまう人々も周囲にはいないでしょうね」
そう呟きながら、のん気に周りを見回す日向。
そんな日向に、狭山は少し真面目な口調で語りかける。
「……日向くん。君の”紅炎奔流”の威力は、今まで人間側が披露してきたどんな技よりも強力だ。北園さんの”氷炎発破”やシャオランくんの『火の練気法』よりもね。恐らく対『星の牙』における戦闘において、白兵戦における瞬間火力は、間違いなく君が世界最強だろう」
「そ、それほどですかね……?」
「自分は一年以上マモノとの戦いを見てきたが、あのキキほどの力を持つ『星の牙』を一撃で仕留めるなど、どれほどの重火器を用いても達成できなかったよ。故に断言しよう。君の火力は、この災害における人類の切り札になり得る。だから、君はここで思う存分”紅炎奔流”をぶちかまして、いざという時に迷いなく放てるように、慣れておいてほしいんだ」
「なるほど……じゃあそういうことなら!」
返事をすると、さっそく日向は『太陽の牙』を呼び出した。
キキとの戦い以来、素振りでしか振るっていない、日向の剣。
日向は柄を握りしめ、刃を真っ直ぐ構え、刀身に意識を集中させる。
「太陽の牙……”点火”!!」
イグニッションは”紅炎奔流”の準備段階。
今までよりも数倍強力な炎を刀身に纏わせる、日向の『太陽の牙』の新機能。
日向の掛け声と共に、刀身に強烈な炎が発生する。剣を持つ日向をも焼き尽くしてしまうのではないかと思うほどの熱波が、辺りに容赦なく叩きつけられる。近くにいた狭山もあまりの熱に耐え兼ね、日向から少し距離を取る。
日向は、灼熱の炎を灯した剣を、真っ直ぐと頭上に掲げる。そして……。
「太陽の牙……”紅炎奔流”ッ!!」
日向が声と共に剣を振り下ろす。
すると、巨大な炎の波が、唸りを上げて前方に放たれた。炎が通った後の砂利は、あまりの高熱に晒され、溶解する。
そして炎は、前方にあった反り立つ崖に直撃した。
大爆炎を巻き起こした炎は、崖の天辺まで届くかと思うほど、高く立ち昇った。
◆ ◆ ◆
それから日向は、”紅炎奔流”を撃って撃って撃ちまくった。
日影のオーバードライヴの冷却時間が三分だったのに対して、日向のイグニッションは五分。そのため、五分に一回、山の中で大爆炎が巻き起こった。
クールタイム完了まで五分とは言ってもムラがあり、五分から早くなったり遅くなったりして安定しない。この要因は分からなかったが、あまり大幅にズレることもないため、基本的には五分と見て問題は無さそうだ。
炎波の着弾地点、露出した山肌は日向たちから遠く離れているものの、それでも確かな熱波が伝わってくる。日向はノリと勢いでこの技を”紅炎奔流”と銘打ったものの、本当に紅炎を撃ち出しているかのような超火力であった。
時おり、狭山の注文に合わせて、撃ち方や条件などを工夫した。縦に振り下ろす以外にも炎は射出できるのか、冷却時間を短縮する方法は無いか、火力の調整はできるのか、試せることは全て試した。
”紅炎奔流”を撃ち続けたことで分かったことが一つある。
この技は日影のオーバードライヴと違い、日向はいくら放っても意識を失うことは無かった。正確な理由は分からないが、”再生の炎”の回復力を消費するのではなく、あくまで『太陽の牙』本体のエネルギーを消費する、ということなのだろうか。
とにかくひたすら撃ちまくった結果、先ほどまで明るい砂色の土に覆われていたこの山肌は一変して、至る所が赤熱し、溶解し、燃え上がっている、さながら火山の火口付近か何かのような、凄まじい光景が広がっていた。
熱気が充満し、辺りの空気がブレている。
日向も正直、やり過ぎたのではないかという思いが湧き始めていた。
「うっわぁ……。正直言って、自分で自分が恐ろしいですよ。この地獄の具現のような光景、爆撃機とかを使って作り出したんじゃなくて、たった一本の剣を持った生身の人間が生み出したんですからね……」
「いやはや、分かってはいたけど、恐るべき火力だね。……しかし日向くん。君なら把握していると思うが、この火力は君にとって弱点にもなり得るよ」
狭山の言うとおり、日向の”紅炎奔流”は絶大な火力を誇っている。しかしそれは、使える場所が限られるということでもある。
まさか屋内でぶちかますワケにはいかないし、街中で放って建物に直撃でもしたら大火事になる。マモノの近くにいる仲間を巻き込んでしまう恐れもあるだろう。この大火力は、使いどころを選ばなければならないのだ。
「……しかし、それさえクリアできれば、君のその技は『星の牙』の異能がどうとか言う以前に、問答無用で戦闘を終わらせることができるだろう。それだけの火力がある」
「この技を外さない為にも、相手の動きをしっかり読む必要がある……。そこで思考力トレーニングが活きるワケですね」
「そういうことだね。……さて、ぼちぼち九重さんの家に戻ろうか。これだけ撃ちまくれば、君も十分に慣れただろう?」
「ええ、たぶん大丈夫かと。じゃ、戻りましょうか」
「戻ったらさっそく、スイゲツとのトレーニングを再開しよう。はたして帰りの時間が来るまでに一分間回避を達成できるかな?」
「一回も当たったらいけないっていうのが辛すぎるんですよねぇ……。せめて一回の被弾くらい許してくれたらクリアできそうなんですけど」
「マモノは体躯が大きく、力も強い。小さい人間にとっては、その攻撃のほとんどが一撃必殺だ。よって、一撃だって喰らわない覚悟で行くのが丁度良いと自分は思ってるよ」
「くっ……否定できない」
会話を交わしながら、二人は煉獄焦土と化した山腹を後にする。
ちなみに、日向が燃やしたここら一帯の土は、三日三晩経っても熱が冷めることはなく、ここを通りがかった登山客が「この山、火山だったっけ……?」と本気で勘違いしそうになったとか。後日、スイゲツが雨を降らせて消火した。
◆ ◆ ◆
山を下りたら、再びスイゲツとのトレーニングが始まった。
相変わらずスイゲツの攻撃は怒涛そのもので、攻撃の一つ一つが極めて回避困難であった。しかし日向も、何度もスイゲツの攻撃を見てきたためか少しずつ慣れてきて、攻撃回避の平均タイムをどんどん伸ばしていった。
あともう少しで目標の一分に届く……のだが、スイゲツもスイゲツで日向に攻撃を当てるのに躍起になり、目標の一分が近づくと、目に見えて攻撃の激しさが増す。そのため、一分を目前にしても、何度もギリギリのところで阻止されてしまった。
あっという間に時は過ぎ、空が薄く夕焼け色に染まってきた。そろそろ十字市に帰らなければならない。
ちなみに、日向は結局、目標の一分を達成できなかった。惜しいところでは58秒まで迫ったのだが、スイゲツの必死の抵抗によって阻まれた。
「だ……駄目だった……くそう、スイゲツ強すぎる……」
「コン。」
「とはいえ、初めてスイゲツと戦った時のことを思い出してほしい、日向くん。君はあの時、スイゲツの攻撃をほとんど回避できていなかった。それが今では、仲間もいない単独の状態で、一分に近い時間、スイゲツの攻撃を凌いでみせた。君自身は、間違いなく成長しているよ」
「それはまぁ確かに。俺もちゃんと、成長できるんですね」
その後、日向と狭山は乗ってきた自動車に乗り込み、九重とスイゲツに見送られながら、九重の家を後にした。十字市に戻れば、再びいつものトレーニングの日々が待っている。