第248話 心を抉る凶刃
引き続き、日向の挑発訓練。
日向の挑発の切れ味を見た日影、北園、シャオランの三人は、自分たちは何を言われるのかと戦慄している。一方の日向は、次の相手に誰を指名するかを考えているところだ。
「じゃあ次は……シャオランで」
「えええええボク!? や、やだよぉ!?」
狼狽えるシャオラン。
そんなシャオランを冷静にさせるべく、狭山が声をかける。
「落ち着いてシャオランくん。今回はあくまで挑発だ。君の大嫌いな痛み、恐怖などは無いはずだよ」
「そ、それはそうかもしれないけどさぁ……!」
「君たちにとってもせっかくの機会だ。相手の挑発に乗らない為の心の持ち方を探してみてはどうだろう?」
「う……まぁ、一理あるかな……」
シャオランは、しぶしぶ納得したという様子で日向に向き直った。
そして狭山は、今度は日向に声をかける。
「日向くん。挑発の際には、君自身の態度、動作なども大きなポイントとなる。相手を逆上させる動きと共に、ひどいことを言ってやろう」
「シャオランを逆上させるような動きと、ひどい言葉か……」
狭山の言葉を受け、しばらく考え込む日向。
やがて考えがまとまったのか、日向もまたシャオランに向き直る。
日向は、顎をひけらかして下目でシャオランを睨む。
あからさまにシャオランを見下している。そして……。
「チビ!!」
「なんだとこのヤロー!?」
たった二言。
そのたった二言で、シャオランはキレた。
腕をブンブン振り回し、日向をボコボコにする。
「痛たたたたたたたた!? 冗談! シャオラン、冗談だから!」
「冗談でも言って良いことと悪いことがあるだろぉぉぉぉ!!」
叫びながら、容赦なく日向に腕を叩きつけるシャオラン。
やがて日向は力尽き、床に倒れ伏した。
日向を倒したシャオランは、肩で大きく息をしている。
するとシャオランは、怒りから我に返ったのか、泣きっ面でわなわなと震え始める。
「チビって言われた……ド直球にチビって……うわーん!!」
泣きながら、シャオランはリビングを出ていってしまった。
その後ろ姿を、北園や日影は気まずそうな表情で見送った。
「シャオランくん、かわいそう……」
「日向お前、鬼かよ」
「俺だって好きであんなこと言ってるワケじゃないよぉ……」
ともかく、これで残るは日影と北園の二人となった。
すると、日影が北園を庇うように前に出る。
「おう日向。オレが相手してやるぜ。北園には手出しさせねぇ」
「ああ、俺も、お前と北園さんの二択なら、迷わずお前を選んでた。お前なら傷つけても心が痛まないからな」
「お、さっそく挑発か? 全然効かねぇぜ」
実際、そう言う日影の表情は、かなり余裕がある。
思い返せば、彼は今まで日向の罵声や文句をのらりくらりと避け続けてきた。本堂ほど目立たないが日影もまた、この挑発訓練においてかなりの強敵と言えるだろう。
「なめんな、今のはあいさつ代わりだ。これから超ひどい言葉考えてやるからな」
「おう、来いよ。一字一句漏らさず聞いてやるぜ」
逆に日向を挑発する日影。
そんな日影の言葉を聞き流し、日向は再び考え込む。そして……。
「……いつも思ってるんだけどさぁ、目上の人には敬語を使えよ0歳児が」
「ぐお……へへ、まだまだ、耐えれるぜ……?」
と、日影は言うが、先ほどの余裕の表情は既に消し飛んでいる。今は必死に作り笑いをして、湧き上がる怒りを誤魔化している、と言った感じだ。
それを見た狭山が、横から日向に声をかける。
「日向くん。一度でダメなら何度でもだ。もっともっとひどい言葉をぶつけてやれ」
「よーし……。やい日影! お前は本当に口汚いヤツだよな! ハエがたかるレベルの口の汚さだ! 強い言葉を使って自分を強く見せようって魂胆が見え見えなんだよ! 元は同じ日下部日向として恥ずかしいぞ俺は! それにお前、毎日毎日筋トレ続けてご苦労なことだけどな、知ってるか? 筋肉つけ過ぎた奴って早死にするらしいぞ! 平均寿命が目に見えて短くなるんだってさ! ざまぁ! このざまぁ!! それからお前、この間こっそりエアガンを使って、そこの庭で銃を撃つ練習してるの見たぞ! 相変わらずド下手くそだったなぁ! 4歳くらいの俺の方がまだ良いエイム力してたよ! まぁお前は0歳児だけどな! あとお前、最近は自分の技にオーバードライブとかソルスマッシャーとかカッコよさそうで実はダサい技名付けてるけど、その厨二センスを俺のせいだとか言うの止めてもらえないかねぇ!? 確かに俺もそういう感じの技名つけたけどさ? 俺とお前は違う、なんて公言しておいて、そういう時に限って俺が原因みたいに扱うっていくら何でも都合が良すぎじゃ」
「おいコラ」
「むぎゅ」
日向が話している最中に、日影は日向の顔面を鷲掴みにした。
「大人しく聞いてやってりゃ、よくもまぁ人が言われて傷つくことばかりつらつらと……。ここで決着つけてもいいんだぜ……?」
「ほ、ほひふへ。ははへはわはる」
「何言ってんのか全然わからん」
「ほはへほへはひゃははからは。ははらへをほへへ」
「俺の握力、そろそろ65は行きそうなんだぜ。このまま顔面を握りつぶしてやろうか」
「ひへえ……」
「……けっ、冗談だよ」
そう言うと、日影は日向の顔面から手を離して解放した。
日向は、己の頬をさすりながら自身の無事を確認している。
「ほ……ほっぺが潰れるかと思った……」
「ったく、テメェ、シャオランも言ってたけどよ、訓練だからって言って良いことと悪いことがあるだろーが」
「分かってるよ。分かってるから、少し抑えめにしたんじゃないか」
「は……? 今ので抑えめ……? じゃあ本気出したらどうなるんだ…………? こわ……しばらくお前には近づかねぇ……」
そう言って、日影はそそくさとリビングから出ていってしまった。
それを見た狭山が、日向にサムズアップを送る。
「やったね日向くん! ついに日影くんに勝ったよ!」
「どうしましょう、全然嬉しくない」
「じゃあこの調子で、最後に北園さんを挑発してみよう」
「い、いやいやいや、それは流石に……」
必死に狭山の言葉を拒否する日向。
普段からゆるふわで、罵声を浴びせられることに慣れてなさそうな北園に酷い言葉を浴びせるなど、日向は考えられなかった。そんなことをしたら、どれだけ北園が傷ついてしまうか。
……しかし、とうの北園は、胸を張ってどんと構えていた。
「大丈夫だよ日向くん! 私だって覚悟はできてるから! 女の子だからって手加減は無用だよ!」
「気持ちは嬉しいんだけど、その情熱はどこから来るの? なんでここまでの惨状を目の当たりにして今もなお残ろうとするの?」
「うーん、何というか、日向くん、あの手この手で挑発してくるから、逆に私の場合は何て言われるんだろうって、ちょっと興味が湧いちゃった」
「ゆるふわだぁ……」
ともかく、北園は準備万端のようである。そして、期待されてしまっては、それに可能な限り応えようとしてしまうのが日下部日向という人間である。
(とはいえ、やっぱり北園さんには、あまり酷い言葉はかけたくないなぁ。ここはできるだけ、マイルドに包む形で……)
そう判断し、それに見合った言葉を考えるべく頭をひねる日向。
そうして選び出した言葉が……。
「……じゃあ、北園さんってさ」
「うん」
「華奢に見えて、程よい感じで胸があるよね」
「…………きゃーっ!!」
「ぶっ!?」
日向の言葉を聞いた瞬間、稲妻のような速度で、北園の平手が日向の頬に叩きつけられた。そのまま日向は床に倒れ、のびてしまう。
「……あ、ご、ごめんね、日向くん……。大丈夫だった?」
「本堂さんやシャオランの攻撃より強烈だった……」
「私てっきり、『北園さんは知能指数が低そう』とか『絵下手だよね』とか、そういう言葉が来ると思ってたから、今のは想定外というか……えーと、わ、私、ちょっと頭冷やしてくるね……」
そう言って、北園は顔を赤くしながら退出してしまった。
こうして日向は仲間たち四人を見事に撃破し、部屋には日向と狭山だけが残った。
「……お見事、日向くん! やはり君には挑発の才能があるようだ!」
「俺もう二度と北園さんとお話できないかもしれない……」
狭山の称賛は耳に届かず、床に倒れてさめざめと泣き続ける日向。
狭山も狭山で、お構いなしに日向に言葉をかけ続ける。
「初めてでこれだけの威力が出せるのなら、挑発についてはもうこれ以上訓練の必要は無さそうだね。いやぁ、それにしても、君の言葉で仲間たちが次々と動揺する様は、傍から見ている分にはなかなかに愉快で微笑ましく……」
「……狭山さん」
「うん? 何だい?」
「薄々思ってたんですけど、絶対楽しんでましたよね?」
「……ははは、バレた?」
狭山の返事を聞いた日向は、ゆっくりと立ち上がり、ゆらりと狭山の方に振り向いた。
その瞳は生気が無く、しかし力強い。怨念を抱いた幽鬼の眼だ。事の元凶を見つけ出した顔だ。その尋常ならざる日向の表情に、狭山もようやく危機感を覚える。
「ひ、日向くん? 一体何を……」
「狭山さん。その白黒のコートいつも着てますけど、カッコイイと思ってるんですか?」
「はぐぉぉ!?」
日向の言葉を受けた狭山は、短い悲鳴を上げて膝をついた。
こうして、悪は滅びた。
「……はぁ。結局、皆を傷つけるだけで終わってしまった。もっとこう……皆を幸せにできるような特技が欲しいのに、望まぬ才能だよ…………皆に謝りに行こう」
そう言って日向は退室した。
残された狭山は、呆然とした表情で、うわごとを呟いていた。
「だって、カッコいいでしょ……? お気に入りの一張羅なんだよ……? 白衣兼スーツ用コートと思って着てるんだけど……。気に入り過ぎて、同じものを自作で数着持ってるんだよ……? 決して、ダサくはないはずだよね……? ね……?」