第244話 師弟組手
「せりゃあッ!」
シャオランが師であるミオンに向かって攻撃を繰り出す。
纏う気質は”地の気質”。
今回は人間が相手ということもあってか、一撃を重視するマモノとの戦いと比べて、牽制の突きや蹴りなどの小技も仕込み、休ませることなく攻撃を繰り出している。
「ふふふ……」
しかしミオンは、繰り出されるシャオランの拳を、肘を、蹴りを、全く無駄のない最小限の動きで捌いていく。
突きを、肘打ちを、手のひらでずらして軌道を逸らす。
蹴りには足を出して、飛んでくる前に阻止してしまう。
「くっ……!」
こちらの攻撃が全く通用しない。
そこでシャオランは、攻め手を変えた。
シャオランは、攻撃を捌いてくるミオンの両手を叩き落すかのように、引っ掻くような動作でミオンに迫る。八極拳の技の一つ、猛虎硬爬山だ。相手のガードを崩し、その隙に掌底を叩き込むつもりなのだ。
「良い判断ね~! でも、惜しむらくは力の差よ~!」
そう言うとミオンは、シャオランが振るう手を、それより早く手を振るって、逆にすべて叩き落としてしまった。
「ま、マズい……!」
技を防がれたことで、シャオランが無防備になってしまう。
なんとかミオンから距離を取り、体勢を立て直すべく、苦し紛れに蹴りを放つ。
しかしミオンは、その蹴りを右足で食い止めて阻止する。そしてシャオランの足ごと、自分の足を地面に突きつけた。
シャオランの足は、まるでミオンの足にくっついたように離れず、シャオランは前のめりになって体勢を崩してしまう。
「うわわっ!?」
「それっ!」
「うぐっ!?」
シャオランが体勢を崩した。
そこにミオンが膝を曲げてシャオランにぶつける。
軽く当てただけのように見えるミオンの膝。
しかしその膝は、シャオランをいとも容易く吹っ飛ばしてしまった。
「痛ったぁ……もうやだぁ……」
「まだ始まったばかりでしょ~? ほら、次行くわよ~!」
「わ、ちょっ!?」
まだ倒れたままのシャオランに向かって駆け寄り、ミオンは攻撃を仕掛けようとする。
シャオランはミオンを迎撃するかのように、倒れたまま脚を振り回す。ウインドミルか、はたまたカポエイラかのような回し蹴りだ。
ミオンは寸でのところで止まり、シャオランの脚を避ける。
そのままシャオランは逆立ちし、立ち上がり、再び拳を構えた。
「本当に容赦ないんだからぁぁ!!」
「うふふ、やるじゃないシャオランくん! 今のはちょっとびっくりしたわ~!」
「そりゃどうも! そのびっくりで心臓発作起こしてボクの勝ちにしてくれないかな!」
「ごめんなさいね~、この程度で発作起こしてポックリ逝っちゃうほど、ヤワな生涯は送ってないのよ~」
「だと思ったよぉ!」
泣きが入った声になりつつも、シャオランは攻撃を続行する。
掌底、頂肘、双纒手と、技から技へと攻撃をつなげる。
しかしミオンは、相変わらず冷静にこれらの攻撃を捌いていく。
掌底を逸らし、肘を受け止め、突き出された両の拳を、左右に開くように受け流してしまった。
「今度はこっちの番よ~!」
「ひぃ!?」
左右に開いたシャオランの腕の中に潜り込むように、ミオンが距離を詰める。そして拳を握り、まるで自転車のペダルが回転するように、超連続でシャオランに殴打を浴びせた。詠春拳の特徴である、縦回転の拳の連打である。
「くぅぅぅ……!」
シャオランは素早く腕を戻し、ミオンのチェーンパンチを受け止める。ドドドドド、と鈍い欧打音が絶え間なく鳴り響く。一秒の間に七、八発は殴っているのではないかと思うほどのスピードだ。
そして”地の気質”を纏った彼女の拳は、それだけの速さで放たれているにも関わらず、硬く、そして強烈である。
「くぅぅぅぅ!!」
たまらず、シャオランは鉄山靠を繰り出した。
ミオンの連打ごと潰し、力ずくで反撃を浴びせようというのだろう。
……しかし、ミオンが一枚上手だった。
そのタイミングを待っていたかのように、シャオランが鉄山靠を繰り出すと、ピタリと連打を止め、シャオランの側面に回る。
そしてシャオランの体当たりを避けると、腕を伸ばしてシャオランを絡めとり、そのまま地面に薙ぎ倒した。
「うわぁ!?」
成す術無く、地面に身を投げ出されるシャオラン。
うつぶせに倒れ、すぐさま起き上がるべく、上体を起こす。
その目の前にはミオンの手があった。
その手は、曲げた中指を親指で押さえ、力を溜めているように見える。
要するに、デコピンの構えだ。
しかもそのデコピンは、赤いオーラを纏っている。”火の気質”だ。
「や、やば……」
「ぶっ飛ばしちゃうぞ♪」
そしてミオンは、シャオランの額を、解き放った中指で打ち抜いた。
パァン、とデコピンのものとは思えないあまりにも甲高い音が鳴り響き、シャオランが地面を転がっていった。
五メートルほど転がったところで、シャオランは止まった。
打ち抜かれた額を押さえ、悶絶している。
もはやシャオランは戦闘を続行できる様子ではない。勝負ありだ。
「ぎゃああああああ頭が割れるうううううう死んだあああああああ」
「あら、結構強めで打ったんだけど、割と元気そうね~。それだけシャオランくんの”地の気質”が強くなったってことね~」
シャオランもまた、この組手の最中に”地の気質”を纏っていた。それによって身体が強化され、ミオンのデコピンにも耐え切れたのだろう。練気法が無かったら、あるいは命を落としかねない。それほどの一撃だった。
「し、師匠……今の本当に三割ですか……? 一撃もマトモに当てられなかったんですけどぉ……」
「えーと、実はね、最初はちゃんと三割だったんだけど、戦っているうちに、シャオランくんが強くなっているのが嬉しくなっちゃって、つい興奮しちゃって……五割くらいに……」
「話が違うよぉ!! 慰謝料と治療費を請求しまぁす!!」
「……でも、デコピンなんて非実用的な技をまんまと受けちゃうあたり、まだまだ修行不足ね~。もっとも、今のシャオランくんの戦い方は、マモノ相手の一撃重視になりつつあるみたいだし、一概に悪いとは言えないかしら~」
「慰謝料と!! 治療費を!! 請求しまぁす!!!」
◆ ◆ ◆
シャオランとミオンの戦いを、リンファや狭山と共に縁側で眺めていた日向。ミオンのあまりの強さに、開いた口が塞がらなかった。
「つっよ……。あれがシャオランの師匠、ミオンさんの実力か……。シャオランが手も足も出ないなんて……。カンフー映画の雑魚キャラみたいに軽くあしらわれちゃったぞ」
「ミオンさんが得意とする流派は詠春拳だけど、他にも様々な流派を一通りマスターしているのよ。アタシの八卦掌やシャオシャオの八極拳も、元はミオンさんから教わったものだしね」
「文句なしのグランドマスターでは?」
「ホントにね。ぶっちぎりの人類最強だと思うわよ、あの人は」
「どうだい日向くん、せっかくだから今日はミオンさんに稽古を受けてみては?」
「い、命のクライシスを感じるので止めておきます」
「命のクライシスって……普通に『危機』じゃダメだったの?」
「な、なんか、動揺したら変な言葉が出た」
日向たちが雑談に興じるその一方。
シャオランとミオンも組手の感想を述べている。
「シャオランくんの八極拳も、だいぶ洗練されてきたわね~。あの猛虎硬爬山とか、良かったわよ~。書文ちゃんにも負けないくらい!」
「書文ちゃんって……李書文? あの人、19世紀の人でしょ? 冗談はやめてよ師匠、実際に戦ってきたかのように言っちゃって……」
「うふふ……なにせわたしは仙人って呼ばれてるからね~。こう見えても、意外と年を取ってるかもしれないわよ~?」
「そう言われると、本当にそうかもと思っちゃうから……」
「さて、それじゃあ次の鍛錬に移りましょうか~!」
「へ? 次の鍛錬?」
組手だけで終わるかと思っていたシャオランは、予想外の一言に思わず固まる。次いで思い出されたのは、修行時代の苦しい特訓の数々。
「……あああああ!! 頭が割れるぅぅぅぅ!! さっきのデコピンが効いてきたぁぁぁ!! もう休まないとぉぉぉ!! ああああああ!!」
「元気そうね~、良かったわぁ~」
「ダメだ全然聞いちゃくれない!!」
「大丈夫よ~。次の鍛錬は、今までよりは楽だと思うし~。それに、シャオランくんのこれからの戦いにも、とっても役に立つはずよ~」
「い、今までよりは楽……? けど、何をするの……?」
楽、という言葉に喰いついたシャオランは、かろうじてやる気を取り戻す。
そんなシャオランに、師は次の鍛錬の内容を伝えた。
「これから、あなたがまだ習得していない、残りの練気法の基礎を教えるわよ~」