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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第242話 師匠参上

「たのもーぅ」


 そう言って日向がやって来たのは、シャオランとリンファが住んでいる家。小ぢんまりとした武家屋敷風の建物と、広い庭を持つ一軒家である。


 今日は、日向と北園が星の巫女とアイスを食べに行った、その次の日。日曜日の昼下がりである。


「……おかしいな。インターフォンを押しても、反応がない。もしかしたら二人そろって庭にいるのかも。組み手でもしているのかな」


 怪訝な表情を浮かべ、日向は呟いた。


 今日の日向のトレーニングは、午前に筋トレを行った後、今までのボール避けから趣向を変えて、シャオランやリンファと協力して訓練を行う予定である。二人と軽く手合わせして、攻撃を避けきるという内容だ。小回りが利く彼らの攻撃は、ボールとはまた違った回避技術を要求されるだろう。そして恐らくは、今の日向がもっとも苦手とする攻撃でもある。


 狭山は今日、日向のトレーニングをシャオランたちに一任し、彼自身はマモノ対策室十字市支部で、溜まってきた仕事を片付けるとのことだった。「頑張るぞー!」と張り切っていた。


「おじゃましますよーっと……」


 日向は門をくぐり、庭へと向かう。

 そこでは推測通り、シャオランとリンファが組み手をしているところだった。


「やっ! せいっ! はぁ!」


 リンファが両腕を大きく回して、シャオランに掌を叩きつける。

 攻撃しながらシャオランの周囲を回り、決して一か所に留まらない。


 一方のシャオランは、両腕でリンファの攻撃をガードしつつ、ジッと耐えている。ちなみに、いつもの練気法は使っていない。あくまで対等な条件で組手に挑んでいるようだ。


「……ふッ!!」


 そしてリンファの一瞬の攻撃の隙を突いて、シャオランが右肘を振り上げる。しかしリンファはそれを華麗に受け流し、シャオランの背後に回り込む。


「とぉっ!!」


 そしてリンファは、シャオランの背中に向けて両の掌を突き出し、叩きつけた。双掌打だ。突き抜けるような打撃音が庭中に響き渡る。


 ……しかしシャオランは、リンファの掌に突き飛ばされるどころか、その場から一歩も動いていなかった。シャオランの小さくも頑丈な背中は、リンファの双掌打をしっかりと受け止めている。


「ちょっと、ウソでしょ……!?」


「ウソじゃ、ないよっ!」


「あっ……!」


 背中で攻撃を受け止めたシャオランは素早く振り向き、リンファの両腕をとって、背負い投げの要領で地面に叩きつける。そして、倒れたところに拳を振り下ろし、リンファの顔面の前で寸止めした。勝負あり、である。


「……はい、ボクの勝ち!」


「むぅ……また負けた……。もともと勝率は低かったけど、シャオシャオもマモノ災害を通してさらに強くなってるわよね。もう全く勝てなくなっちゃった」


「ふふふ……臆病なボクでも、日々成長しているんだからね!」


「身長以外はね」


「よし、もう一回()ろうか」


「アタシなら勝てるからって、随分と強気ねー。マモノと戦う時もその調子ならいいのに」


「ぐぬぬ……痛いところをぉ……」


 二人の組手が終わったタイミングを見計らって、日向はシャオランたちに声をかけた。


「お疲れ、シャオラン、リンファさん。約束通り、来たよ」


「あ、ヒューガ! いつの間に?」


「あら、来てたのね日向。ギャラリーがいたのなら、もうちょっと頑張ればよかったわ」


「しかし二人とも、やっぱりすごい動きだったなぁ……。カンフー映画でも観ている気分だったよ」


「実際はマモノと本気の殺し合いをしてるんだけどね」


「ああ、そうだった。映画以上だったなぁ」


「……本気の殺し合いとか、自分で言ってて怖くなってきた……。次の任務も休んでいい? ほら、骨折した腕がまだ本調子じゃないかも……」


「ダメ。ついさっきまで組手しておいてよく言うよ。行きなさい」


「そうよシャオシャオ。アタシのために強い男になってくれるんでしょ? サボらずに行きなさい」


「何だよぅ二人とも、口をそろえて行け行け行けってぇ! ボクを亡き者にするつもりだなー!?」


「シャオランくんが亡き者になっちゃうなんて……わたし悲しいわぁ~」


「ほら、師匠だってこう言ってるじゃないか!






 ……ん? あれ? え? 師匠?」


「やっほー、シャオランくーん」


「ぎゃあああああ師匠ぉぉぉぉぉぉ!?」


「この人は、確か……」


「ミオンさんよ。シャオランの師匠で、アタシたちの師範。あとついでに、シャオシャオから聞いた話じゃ、狭山さんとも知り合いらしいわね」


 突然三人の会話に乱入してきたのは、シャオランの練気法の師匠である魅音ミオンだった。相変わらずの可愛らしい童顔に、薄い栗色のふわふわロングヘアー、そして豊満な胸である。


 服装は、武功寺で出会った時と変わらず、深い青の羽織ものに砂色のロングスカートという出で立ちで、手にはスーツケースを持っている。


「……しかし何故ここにミオンさんが? 中国の武功寺にいるはずでは?」


「そうだよぉ! なんでここに師匠がぁ!? 聞いてないよぉ!?」


「うふふ……。シャオランくんたちの様子がどうしても気になっちゃってね~……来ちゃった♪」


「『来ちゃった♪』じゃないよぉぉぉ!? そんな軽いノリでぇぇぇぇ!!」


「日本も交通ルールが複雑ねぇ。本当なら昨日、ここに到着する予定だったんだけど、迷いに迷って一日遅れちゃったわぁ~」


「そのまま一生迷ってくれれば良かったものを……! そ、それより! い、いったい、な、な、何をしにここに来たのっ!?」


「それはもちろん、シャオランくんとリンファちゃんの様子を見に来たのよ~」


「様子を見に……? 本当にそれだけ……?」


「それでついでに、シャオランくんと組手しようかなって」


「あああああああやっぱりぃぃぃぃぃぃ!?」


 シャオランはもはや、ミオンが何か一言喋るたびに泣き叫んでいる。相当な怯えようである。そんなシャオランを見かねて、日向がシャオランに声をかけた。


「シャオラン、ミオンさんって、そんなに恐ろしい人なの? あらあらうふふ系のほんわかしたお姉さんにしか見えないんだけど……」


「だ、騙されちゃいけないよヒューガ! 師匠は、そう、悪魔の皮を被った悪魔なんだ!」


「つまり悪魔じゃないか」


「わたしはこんなにシャオランくんのことを想ってるのに、ひどいわぁ~」


「よ、よく言うよ! 修業時代の仕打ちを忘れたとは言わせないぞぉ……!」


 シャオランの頭の中で、かの日々の修行風景が思い出される。



◆     ◆     ◆



 ある時は、大雨の後かと思うほどの激しい流れの川に放り込まれた。


「し、師匠ぉぉぉぉぉ!? 溺れちゃいます助けてぇぇぇぇ!?」


「頑張ってシャオランく~ん! 練気法を身に着けるには、呼吸を鍛えるのが第一なのよ~! この激流スイミングは呼吸と肉体を同時に鍛えることができる、最高の修行なのよ~!」


「こんなの修行じゃないよぉぉぉ!! ただの虐殺だからぁぁぁぁぁ!!」


「この修行に耐え抜いた暁には、迫りくる死の恐怖からもオサラバよ~!」


「その前に死んじゃったら世話ないでしょおおおおお!?」



 またある時は、自身の何倍もある大岩を持ち上げさせられ、その状態でマラソンする羽目になった。


「し、師匠……潰れる……ボク、潰れちゃう……!」


「大丈夫よシャオランくん! あなたの肉体は日々鍛えられているから! この程度じゃ潰れないわ~!」


「こ、これ以上こんな重いもの持ってたら、もう二度と身長が伸びなくなっちゃう……」


「もともとそれ以上伸びないから心配しないで!」


「死のうかな……」


「死なないで~!」



 またある時は、地面に突き刺さったとてつもなく長い丸太の先端で片足立ちし、瞑想に励んだこともあった。


「こ、この状態で瞑想なんて無理だよぉぉぉ!? あ、お、落ちるぅぅ! 落ちちゃうぅぅぅぅぅ!! 地球の引力に殺されるぅぅぅぅぅ!!」


「頑張ってシャオランく~ん! これは、どんな極限状態でも練気法の呼吸を途絶えさせないための修行よ~! 心を落ち着けてリラックスして、呼吸に集中するのよ~! 仮に落ちても、下にいるわたしが受け止めてあげるからね~!」


「ぎゃあああああ!! 強い風が吹いたぁあああああ!! 体勢がぁぁぁぁぁ!! イヤぁぁぁぁぁぁ!! ああああぁぁぁぁああ!! あっ…………」


「……あれ? シャオランく~ん?」


「…………。」


「あら! 落ち着いてバランスとってるじゃない~! やっぱりあなたは、やればできる子なのね~!」


「…………。」(恐怖のあまり、バランスを取ったまま気絶している)




◆     ◆     ◆



「思い出すんじゃなかった……!!」


 顔面蒼白になって、シャオランは頭を抱えた。


 この地獄のような修行時代を経験して、シャオランはすっかり師匠のミオンがトラウマになってしまったのである。


「じゃ、さっそく始めましょうか~」


 一方のミオンは、シャオランの慟哭どうこくなぞどこ吹く風、と言わんばかりに、にこやかにシャオランを組手に誘う。


「やだ! 絶対ボッコボコにされるもん! 絶っっ対ボッコボコにされるもん!!」


「じゃあ師匠命令よ~。わたしと組手してちょーだい?」


「あぁぁぁぁまたすぐそうやって師匠命令とか言っちゃってぇぇぇぇ!!」


「諦めたらシャオシャオ? ミオンさんがここに来た時点で、もう組手は確定しているようなものでしょ」


「ぐぬぬ……ねぇヒューガぁ……キミのその優秀な頭脳で、なんとかこの場から逃れる奇策を考えてよぉ……」


「ごめん、無理。詰みです」


「もうやだ帰りたい……」


「ここが家じゃん」


「そうでした……」


 シャオランは諦めて、ミオンに向かって構えようとする。

 だがその時、ミオンが何かを閃いたような様子で口を開いた。


「あ、そうだ~! せっかくだからあの方……狭山さんも呼びましょ~! きっとにぎやかになって楽しいわよ~!」


「え、いやでも、狭山さんは今日仕事だって……」


 しかしミオンは、日向の静止も聞かずに自身のスマホを取り出し、狭山と通話し始めた。交通機関に疎い女性だが、スマホは普通に扱えるらしい。


「もしもし~、おー……じゃなかった、狭山さん~? 今わたし、シャオランくんの家にいるのよ~。…………そうそう、日本にね~。来ちゃった♪ それで、あなたもこっちに来ない~? 楽しいわよ~」


 しばらくミオンと狭山の通話が続く。

 電話の向こうで、狭山はあれやこれやと言葉を並べ、何とか逃れようとしているように聞こえる。あの狭山が、良いように振り回されている。


 やがてミオンは通話を終えると、右手の親指と人差し指で丸を作った。オーケーのサインだ。


「狭山さん、来てくれるって~。嬉しいわぁ~」


「この人……狭山さん以上に自由だ……」



 日向は、驚愕と呆れが入り混じった表情で呟いた。

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