第240話 確かにここにある平和
引き続き、アイスクリーム店にて。
テーブルに座る星の巫女の前には、新しいアイスが置かれている。スプーンでアイスをすくっては、次から次へと口の中に放り込んでいく。巫女は終始無表情であるが、どことなく幸せそうなオーラを醸し出しているように見えた。
「しかしまぁ、この間は宣戦布告めいたことを言っていたし、もう決戦の時まで二度と会わないと思っていたけど、まさかこうやってお前にアイスを奢る羽目になるとは……」
思いを馳せる相手と、倒すべき相手。
三人でテーブルを囲いアイスを食べている、あまりにも奇妙なこの状況。
しかし日向は、なんとなくこの時間がとても心地よく、そして尊く感じた。
「私も、ここであなたたちに会うつもりはありませんでした。ここで遭遇してしまったのは、全くの偶然です」
「偶然にしたって、例の星のシステムの『気配感知』とやらで、こっちの接近を探知できたんじゃないのか?」
「『気配感知』は常に発動しているワケではありません。アレを使うには集中力が必要なのです。感知する距離が遠ければ遠いほど、より深く集中しなければなりません。こんな街中で『気配感知』を使いながら歩けば、人とぶつかってしまうかもしれません。ながら気配感知は危険なのです」
「そんな、ながらスマホみたいなノリで……」
「そういえば、今日はあのヘヴンって鳥さん、連れてきてないんだね。置いてきたの?」
「はい。彼は私の世話を焼いてくれますが、少々過保護なところがありまして。みだりに人間の街に出るなと言ってくるのです。ですので、これはお忍びなのです」
「そっかぁ。まぁ私たちとしても、その方が助かるかなぁ。あの鳥さんがいたら何言われるか分からないもんね」
「ヘヴンの口の悪さは、私も手を焼いています。あれでいて優しいところもあるのですけどね」
やがてアイスクリームを食べ終わった星の巫女は、日向たちに向き直る。約束通り、何らかの情報を教えてくれるのだろう。
「あなたたち人類は、このマモノ災害初期と比べると、随分と力を付けてきました。マモノとの戦い方、『星の牙』の倒し方に慣れてきた。もはや、今のマモノたちでは人類に太刀打ちすることは難しいとさえ言えるでしょう」
「私たちも、最初と比べると随分強くなったよねー」
「ホントにね。アイスベアーとかと戦っていた頃が懐かしい……」
「そこでヘヴンから相談があったのです。マモノたちに分け与える星の力を増やしてほしい、と」
「いやいや勘弁して。これ以上強くなられたら、命がいくつあっても足りないから。何ならもう現時点でも足りてないから俺の場合」
実際、日向は”再生の炎”が無ければ、ここに至るまで何度命を落としたか分からない。今の日向の言葉は、誇張でも何でもないのだ。
「しかし、あなたたちは先日、あの大きな建物を占拠した虫のマモノたちを、たったの三人で蹴散らしてしまったでしょう? あの時のマモノたちは、試験的に星の力を増量していたのですよ」
「先日の虫のマモノたち……ああ、シルフィードラゴニカの時の……」
「もしかして、ブラッドシザーやホワイトリッパーが妙に強かったのは、それが原因なの?」
「その通りです。当日の戦闘結果はヘヴンから報告を聞いています。そして私は確信しました。これなら、分け与える星の力をもうちょっと増やしても大丈夫かな、と」
「確信しないでそんなこと」
「ここから先は、マモノたちもさらに強くなります。あなた達が言う『二重牙』なども、さらに増えることでしょう」
もはやこのことは、星の巫女にとっては決定事項なのだろう。
日向たちを前にして、キッパリと言い切ってしまった。
これから先の戦いは、さらに苛烈なものになる。
きっと周囲への被害もさらに大きくなるのだろう。
その事実が、日向と北園を、嫌でも戦慄させた。
そして、情報を話し終えた星の巫女は、再び空になったアイスクリームの容器を未練がましく見つめている。きっと、まだアイスクリームを食べたいのだろう。そこで日向は、再び星の巫女に声をかけた。
「他の情報も教えてくれるなら、もう一つ買ってあげてもいいけど?」
「う……しかし、もはやこれ以上、提供できそうな情報は……」
「え? 無いの? 本当に? 例えばほら、これから戦うことになるであろう『星の牙』たちの能力とか……」
「さすがにそれは教えられません。マモノたちが不利になってしまいます」
「今までは、こっちが聞けば何でも答えてくれたのに……」
「今まで伝えた情報は、あなたたち人間側に提供しても問題ない、むしろ伝えておかないと対等ではないと判断したものばかりですので……」
「じゃあ仕方ない。今日はこれで解散だなー」
そう言って日向は、わざとらしく席を立つ。
その瞬間、星の巫女は「あ、そんな……」と日向を制止しかけるが、己の立場を思い出してか、すぐにその手を引っ込めてしまった。しかし、今なおその表情はどことなく悲しそうに見え、いたたまれないオーラを醸し出している。
日向も北園も、巫女が発する悲しみの圧に耐え切れなくなってしまった。
「く……泣き落としとは卑怯な……」
「日向くん……もう、情報とか気にせずアイス買ってあげたら? なんか普通にかわいそうだよ……」
「そうだなぁ……仕方ない、そうしようか……」
「え、ホントですか?」
日向の言葉を聞いた星の巫女は、即座に反応した。
表情は相変わらずの無表情であるが、間違いなく幸せなオーラを発している。
「……けど、一つだけこちらの質問に答えてほしい」
「何でしょう? 私に答えられることであれば」
「この地球に暮らす人間の中には、何らかの超能力を持っている人がいる。……お前もその一人だったな。お前はこの超能力者について、何か知っていることはないか? 普通の人間とどう違うとか、マモノ災害に関わりはあるのか、とか……」
それは、少し前に日向と北園が話していたこと。
超能力者とは、いったい何なのか。
この星の超常の部分を知る星の巫女なら、何か知っているかもしれない。
「それは……残念ながら、私には分かりません。それどころか、この星にもよく分からないそうです」
「この星にも……? それってつまり……」
「私も以前、この星に聞いたことがあります。超能力者とは……私たちは一体、何なのか。なぜ、他人とは違う能力をもって生まれたのかを。……しかしそれは、この星にも分からなかったのです」
「そんなことがあるのか……? この地球において、地球そのものにさえ分からないことがあるなんて……」
「しかし、星からの所感を一つ、聞きました。……星はあくまで、人間が特殊な能力を持つように設計した覚えはない。つまり超能力とは、外部からごく一部の人間に与えられたチカラなのではないか、と」
「外部から……地球の外部って言うとつまり、宇宙……!? 北園さんたち超能力者のルーツは、宇宙にあるっていうのか……!?」
何やら、話がとんでもないスケールになってきた。
しかしこの話はあくまで、この星の推測。
それ以上は星の巫女も分からない。
明確な答えは出ないまま、この話は打ち切りとなった。
「……さぁ、質問に答えましたよ。あいす下さい。あいす」
「はいはい、分かりましたよお姫様」
星の巫女に促され、三個目のアイスクリームを買い与える日向。星の巫女も冷たいアイスに慣れてきたのか、食べるスピードがこれまでより断トツに早い。美味しさのあまりスプーンが止まらない、という様子だ。
「ぱくぱくぱく……」
(……こうして見るぶんには、ただの小学生くらいの女の子だよなぁ。年齢はたしか13歳か14歳そこらって聞いたけど……それより幼く見えるな。自然育ちで栄養が偏ったのだろうか?)
「もうアイスがなくなってしまいました」
「早いな! もっと味わって食べなさい!」
「日下部日向、この『すとろべりー味』とやらは美味しいのですか?」
「イチゴ味のアイスだよ。イチゴは流石に知ってるよな?」
「はい、存じております。次はコレが食べたいです」
「あんまりアイスばっかり食べても、身体に悪いぞー」
「うー……でも食べたいです……」
(見た目相応に子供っぽいな……)
星の巫女は、日向たち人間には威厳ある態度を見せるものの、本質的にはまだ子供なのだろう。それも、世間知らずな子供だ。情報の駆け引きなどに疎く、アイスクリームで釣られるところから窺える。
「ヘヴンがお前を一人で外に出したがらない理由が、よく分かった気がするよ……」
「何か言いましたか、日下部日向?」
「うんにゃ。ひとりごと」
「そうですか。……あの、ところで、次はこの『ちょこ味』とやらを……」
「まだ食べる気か」
「手のかかる妹ができたみたいだねー、日向くん」
「ラスボス系妹キャラ……」
恐らく、これが素のエヴァ・アンダーソンなのだろう。日向たちの前では『星の巫女』としてラスボスらしく振舞うが、その責務から解放されている時は……いわゆる『オフ』の時は、こんな一面も見せてくれるのだろう。
◆ ◆ ◆
ひたすらアイスクリームを食べて、星の巫女はようやく満足したようだ。そして日向の財布は随分と軽くなった。
「高校生のお小遣いに、あのアイスの値段はキツイっつーの……」
「狭山さんに、経費で負担してもらおっか」
「グッドアイデア」
店の席を立ち、三人はアイスクリーム店を後にして、人通りの少ない裏路地へとやって来た。星の巫女が『幻の大地』へ帰る時が来たのだ。
「では、ここでお別れですね、お二方。思いのほか楽しい時間を過ごせました。マモノたちが人間の文明を自然に還す時が来ても、あのあいすくりーむとやらだけは残してもらうようにしましょう」
「アイスクリームだけじゃないよ! 人間の文明には、もっともっと美味しいものがいっぱいあるよ!」
「……き、機会があれば、他の食料も口にしてみましょう」
もはやすっかり、星の巫女は人間の甘味に絆されてしまったような様子である。
「なぁ、星の巫女。……いや、エヴァ・アンダーソン」
その星の巫女……エヴァ・アンダーソンに、日向は真剣な表情で声をかけた。
「……人間からその名前で呼ばれたのは、本当に久しぶりです。いったい何でしょうか、日下部日向」
「なんというか、その、俺たち、本当にお前と戦わないといけないのか? 今日一日お前と過ごして、やっぱりお前は年相応の子供にしか見えないよ。俺はお前を斬りたくない。戦わずに済むならそれが良い」
「余計なお世話です。たとえ私が子供でも、この戦いにかける想い……『自然と動物の繁栄』にかける気持ちは本物です。子供だからと情けをかけるならば、それは私にとって侮辱に値します」
「そうか……」
「だいたい、私、もう子供じゃありませんし」
「はい?」
「何か?」
「え、だって、あんなにアイスほおばって、アイス一つで情報売り渡して、挙句の果てにアイス買ってあげなかったらふくれっ面になって、どの口が言ってるのかなって……」
「な に か?」
「いえなんでもありません」
どうやらエヴァは、子ども扱いされることは好まないらしい。彼女の気迫に、日向は口をつぐんでしまう。彼女の側近、ヘヴンの気苦労が垣間見えるようである。
と、ここで、エヴァに停戦を断られて残念そうな表情を見せている日向に、そのエヴァが再び声をかけてきた。
「……日下部日向、あなたたちには、正直言って期待しています」
「期待? 敵であるお前が、俺たちに何の期待を?」
「あなたたちが、別次元にいる私の元にも来れるのではないか、という期待です」
そう言って、エヴァは話を続ける。
「私は今まで、人間は自然への侵略と征服を繰り返す、野蛮な存在だと思っていました。『幻の大地』の動物たちからは、そう聞いていました。しかしあなたたちは、このマモノ災害を通して人間の可能性を見せてくれる。人間は、可能性の生き物なのだと、私も気付くことができた。そんな可能性溢れるあなたたちなら、本当に『幻の大地』に辿り着けるのではないか、と。そう思うのです」
「人間は、可能性の生き物……か」
「はい。ですから、弱音を吐かないでください。あなたが私を止めに来るのを、私は少し、楽しみにしている。こんなこと、他のマモノの皆には言えませんけどね」
「まさかラスボスに諭されるとは……。けど、分かった。じゃあ待ってろ。絶対に『幻の大地』まで行ってやる。そして、お前を止めてやる」
「止められるつもりはありませんが、楽しみにしています。……それでは」
そう言って星の巫女は、次元の狭間の向こうへと姿を消した。
閑静な裏路地に、日向と北園の二人が取り残される。
「……なんか、大変な一日になったなぁ……」
「そうだねー。でも、楽しかったでしょ?」
「まぁ、楽しかったかな」
「また三人で、アイス食べに行こうね。今度はケーキも食べよう!」
「そうだね。……また、三人で」
また三人でアイスを食べに来るには、エヴァを生かして無力化する必要がある。それはきっと、単純に彼女を仕留めるよりも難しいことだ。果たして日向たちは、時が来たとき、どのような決断を下すのだろうか。