第238話 甘いの大好き北園さん
7月の最初の土曜日。
十字高等学校。
気温も随分と上がってきて、もう周りの生徒たちは夏服になっている。日向もまた、白い半そでのシャツ姿である。
高校の授業は午前で終わり、日向は下校の支度を始めていた。この後は、すっかりお馴染みとなった、マモノ対策室十字市支部でのトレーニングに向かうつもりだった……のだが。
「ねー日向くん。二人でケーキ食べに行こー? ほら、この間言ってたアレ」
と、北園が声をかけてきた。彼女が言っているのは、一週間近く前のシルフィードラゴニカ戦の後、『日向と一緒にケーキを食べに行く』と言っていた、あの話のことである。
「あー、あれかぁ。北園さんに誘ってもらえるのは嬉しいんだけど、俺ってそういえば、最近はトレーニングで忙しいからなぁ……。狭山さんにも『今日は学校が終わり次第行きます』って伝えてるし、どうしようかなぁ……」
「まぁまぁ。いいでしょ少しくらい!」
「一週間前の狭山さんと同じこと言ってる……」
「ちょっと待ってね…………はい! 今、狭山さんに精神感応で伝えといたよ! 『今日、日向くんは私とケーキ食べに行くのでトレーニングをお休みします!』って!」
「そして行動が早い……」
「……あ、狭山さんからSNSにメッセージが来たよ。『楽しんでおいで~』だって!」
「知ってた」
北園の行動も早いが、狭山の普段の行動も相当に早い。
そういったところとか、自由な気質とか、意外と二人は似た者同士なのかもしれない。
「狭山さん、優しいもんね。それじゃ、さっそく行ってみよー!」
そして日向は北園に連れられて、教室を後にした。
◆ ◆ ◆
二人がやって来たのは、十字市の中心街。この周辺で最も大きな駅である十字駅を中心に、様々な店や施設が軒を連ねる、文字通り十字市の中心となる街である。当然、スイーツ店も数多い。
ギラギラと照り付ける太陽の下、日向と北園は並んで歩く。
「暑っついなぁ……。知ってたけど、”再生の炎”は熱への耐性は持たせてくれないらしい……。炎より低い温度の熱は効かない、とかあればよかったのに……」
「大変だねー。私は凍結能力で自分の身体を冷やしてるんだけどねー」
「ず、ズルい!? そんな活用方法があったのか!」
「こうやって自分の身体を直接触って冷やしたり、冷気を出してクーラー代わりにするんだよ。日向くんもどうぞー」
そう言って、北園は日向の顔に向けて、右手で冷気を放出する。
心地よい爽涼な空気が日向の顔面に吹きつけてくる。
「あ、気持ち良い……」
「でしょー。こういう時ばっかりは、超能力者で良かったって思っちゃうね。……おっとっと、他の人に見られたらイヤだから、今日はここまでね」
そう言って、北園は冷気の放出を中断する。
彼女は、自分が超能力者だということを、周囲には隠して生きている。最近は日向たちだけでなく、本堂の妹の舞や、クラスメイトである田中や小柳にも知られるようになったが。
「そういえば、田中や小柳さんにはともかく、舞ちゃんには嬉々としてバラしてたよね。あれはなんで……?」
「そりゃあ、本堂さんの家で戦った時点で、もう超能力者だってバラしたも同然だったからね。本堂さんにもその前に教えてたし、舞ちゃんがすごいワクワクしながらこっち見てたし、もういいかな、って」
「な、なるほど。……けど、超能力者かぁ。北園さんは、生まれた時から超能力者だったの?」
「えーと、まぁ、一応そうなるかな。最初は予知夢だけだったんだけどね。それからしばらくすると、他の能力も使えるようになったの」
「なるほどなぁ……。超能力者って、何なんだろう? ノーマルな人間と、いったい何がどう違うと超能力者になるんだろう……?」
「うーん……私にも分からないなぁ。私自身はわたしのことを、みんなと同じ普通の人間だと思ってるよ。身体も心も違いは無い、普通の人間だって」
「そうかぁ……うーん……北園さんと、他の超能力者たちの共通点って、何かあるのかなぁ……」
振り返れば、このマモノ災害を通して、日向は多くの超能力者たちと遭遇してきた。
いつも共に戦ってくれる北園。
霧の森で出会った謎の女性、心を読む女性、スピカ。
『ARMOURED』の剣士、アカネという二重人格を持つ、レイカ。
ロシアのマモノ対策室エージェント、目を合わせたものを洗脳する、オリガ。
この災害の元凶たる星の巫女、エヴァ・アンダーソンもまた、動物会話と大地から星の力を借り受ける能力者だと言っていた。
「こうして見ると、マモノ災害に関わっている超能力者って、結構多いな……。スピカさんは分からないけど」
「そうだねー……。マモノ災害と超能力者って、何か関係があるのかな……?」
「たしかにマモノ陣営の『星の牙』も、超能力じみた異能を使ってはくるけど……関係があるとしたら、やっぱり『星の力』関連なんだろうか……」
「私自身は、星の力をこの身体に受けたような記憶とかは、無いんだけどね」
「そっかぁ……やっぱり関係無いのかな。ただの偶然か……あ、ちょっと待って。さっきの五人の超能力者に、共通点を一つ発見したぞ」
「え!? なになに!?」
「全員、女性だ」
「……あ、ホントだ! 日向くん、すごい!」
「ということは、女性の方が超能力者になりやすいとか?」
「どうなんだろう? 男の超能力者もいるって、狭山さんは言ってたけどなぁ。イギリスやドイツのマモノ対策室には、男性の超能力者も多く所属してるって」
「考えすぎだったかな……」
会話をしている内に、二人は目当てのケーキ店に到着した。
このケーキ店は、通常のケーキ店と比べると大きめで、イートインスペースもある。北園の、最近の一番のお気に入りの店なのだとか。
……だが、店は閉まっていた。
薄暗い店内を窓から覗いてみると、どうやらひどく荒らされているようだ。
これは、先月の十字市中心街マモノ襲撃事件による爪あとである。店内に侵入したマモノたちによって、店を破壊されてしまったのだ。その後始末のため、こうして店は閉められてしまっている。
「そ、そんなぁ~……」
「まぁ確かに、あの襲撃からさほど時間は経ってないからなぁ……。どうする北園さん? どこか別の店に行く?」
「うーん……それなら考えがあるんだけど」
「考え?」
「うん。私はもうここのケーキを食べる気満々だったから、今さら他の店のケーキを食べる気にはなれないなって」
「あー、その気持ち、何となく分かる」
「分かってくれるんだね。……えーと、それで、この暑さだしさ、日向くんが良ければ、今日はケーキからアイスクリームに変更しない? 私、いい店を知ってるんだー」
「アイスかぁ。アリだな。俺はオーケーだよ」
「やった! じゃあさっそく行ってみよー!」
「ところで北園さんって甘いお菓子が好きなの? いい店をよく知っているみたいだし」
「大好きだよー。特に生クリームを使ったお菓子がね。だから、ショートケーキとかバニラアイスとかは大好物!」
「なるほど。覚えておこう」
こうして二人は、今日の獲物をケーキからアイスクリームに変更し、再び中心街を歩いていく。
北園が言うアイスクリーム店は、先ほどのケーキ店からやや距離があり、また少し歩く羽目になりそうである。
その途中、日向はふと考える。
(……やっぱり、これってデートだよな。傍から見たら、どう見ても……)
白状すると、日向は学校で北園にケーキを食べに行こうと誘われた時から現在進行形でドキドキしっぱなしだ。普段の調子で何とか平静を保っているものの、少し油断したら緊張で一気に声が裏返りそうまである。
(マモノ討伐の時とかは、あまり意識はしないんだけどなぁ。夏服になって面積が増した肌色が、また心臓に悪い……)
「どうしたの、日向くん? ジッとこっちを見ちゃって」
「え、あ、いえ、何でもございません」
「そう? ならいいんだけど」
首を傾げて返事をする北園。
そんな北園を見て、日向は「首を傾げるだけでかわいい」と思ってしまった。もはや彼は、すっかり北園に参っている。
(向こうがどう思ってるかは、怖くて聞けないなぁ)
道を歩く途中、街が破壊された跡を次々と見つけた。
被害にあったのは、あのケーキ店だけではない。
改めて見回すと、中心街はいつになく静かな空気に包まれているように感じた。多くの施設が営業停止に追い込まれ、街に繰り出す客まで減っているのだろう。
「……頑張って、解決しないとね。このマモノ災害を……」
北園が、真剣な様子で呟いた。
その北園の言葉に、日向も力強く頷く。
……と、その時だ。
前方に、何やら妙な格好の少女を見つけた。
深緑のローブを身に纏い、フードでふわふわの銀の髪を覆い、両手で大きな杖を持っている。この中心街においては、何かのコスプレかと思うほど珍妙な格好である。ボロボロになった街を、しきりに気にしているように見える。
「ひ、日向くん……あの子って……」
「ああ……嘘だろ……なんでまたこんなところに……?」
だが、その少女を見た日向と北園は、思わず固まってしまった。
なにせ二人は、その少女をよく知っている。
「……あら。またお会いしましたね、日下部日向。そして、北園良乃」
少女の名はエヴァ・アンダーソン。またの名を星の巫女。
このマモノ災害を引き起こした元凶である。




