第234話 シルフィードラゴニカ
虫のマモノの巣窟と化した廃マンションにて。
日影たちが対峙するのは、電撃をも避けるスピードを誇るトンボ型のマモノ、シルフィードラゴニカ。今は壁に止まってジッとしている。
『シルフィードラゴニカは”暴風”のマモノだ! 気流を読んで自身への攻撃を避けるだけでなく、さっきみたいに風の刃を操ることもできる! そのスピードは、アサルトライフルの集中砲火も全弾躱しきるんだとか……!』
「納得だぜ。あの野郎、本堂の”指電”を、発射されてから避けやがったからな」
「ブゥゥゥゥン……」
シルフィードラゴニカが、再び飛行を始めた。
日影たち三人を品定めするかのように、凝視しながら滞空している。
『シルフィードラゴニカは『星の牙』だけど、身体が小さいぶん、生命力も『星の牙』としては相当低いらしい。恐らく、日影の『太陽の牙』を一太刀でも浴びせることができれば、一気に決着を付けられるぞ』
「なるほどな。だったら、ここはとにかく攻めて攻めて攻めまくるぜ!
……再生の炎、”力を此処に”!!」
叫ぶと同時に、日影の身体が紅蓮の炎を上げる。
”再生の炎”が活性化し、身体がパワーで満ちていく。
本堂も”迅雷”を発動し、北園も発火能力の火球を生み出す。シルフィードラゴニカに総攻撃を仕掛け、速攻でカタを付けるつもりだ。
「おるぁッ!!」
日影が燃え盛る『太陽の牙』を振るう。
長く、重量のある剣を、一呼吸の間に二度も振るった。
紅い剣閃がバツの字を描く。
しかし、シルフィードラゴニカにはかすりもしない。
「チッ、外した……! 本堂、カバー頼む!」
「任された。……はっ!!」
日影の攻撃を避けた隙を突いて、本堂がシルフィードラゴニカに斬りかかる。しかし、これもまた回避される。
初撃が避けられたと見るや、本堂は左の手で”指電”を放つ。間髪入れず撃ち出した電撃を、しかしシルフィードラゴニカは余裕で避けてしまう。
「しまった、北園、そっちに来るぞ!」
「りょーかいです! ……やぁっ!!」
今度は北園が、シルフィードラゴニカに向かって火球を撃ち出した。爆炎による面の攻撃は、さしものシルフィードラゴニカといえど、そう容易く避けられるものではないハズだ。
「ブゥゥゥゥン……」
……しかし、ダメだった。
シルフィードラゴニカは、爆炎を大きく迂回するように飛行すると、そのまま北園に接近してくる。その羽は、薄く緑色に発光している。
「あ、速い……!」
「ブゥゥゥゥン……!」
恐るべきスピードで北園との距離を詰めたシルフィードラゴニカは、そのまま北園の足元から首元にかけて宙返りするように飛行し、『風の斬撃エネルギー』を纏った羽で切り裂いてきた。
「きゃあっ!?」
「しまった、北園っ!」
シルフィードラゴニカに切り裂かれた北園は、背中から床に倒れてしまう。北園への攻撃を許してしまい、日影が北園の名を叫ぶ。
……だが、北園は手を挙げて、日影の呼びかけに応えた。
怪我を負っているようだが、どうやら無事のようだ。
「だ、大丈夫だよ、日影くん! ギリギリのところで後ろに下がったから、かすり傷だけで済んだみたい!」
「そ、そうか、よかった……」
「……だが、服は無事じゃなさそうだぞ」
「え? ……あー」
北園は、暴風と共に切り裂かれた。幸い、北園自身は軽傷で済んだが、衣服は無残に切り裂かれている。例えるなら、ソシャゲーの中破絵のような惨状になってしまっている。健康的な腹部が露わになり、ちょっと動くと上の下着が見えてしまいそうだ。
「うわ、わ、悪い、北園、あまり見ないようにする……」
「う、うん、大丈夫だよ、日影くん。……けど、やっぱりちょっと恥ずかしいかな……」
照れくさそうに両手で前を隠し、前かがみになる北園。
一方のシルフィードラゴニカは、しばらくの間天井に留まると、近くのドアが開いていた個室に入っていった。今なら周囲にはマモノはいない。体勢を立て直すチャンスだ。
「ほ、本堂。その上着を北園に貸してやれよ」
「もういいのか? 北園のセクシーショットだぞ?」
「良いから貸せ馬鹿! ……ほら北園、これ羽織っとけ」
「う、うん。ありがとう、日影くん、本堂さん」
「おう。……ま、まぁ、災難だったな」
「日影に身ぐるみ剥がされた。訴訟も辞さない」
北園も自身に治癒能力を使い、傷の手当てをする。
体勢を整え終えると、三人はシルフィードラゴニカが入っていった個室へと向かう。
「野郎、ふざけたマネしやがって。地獄に叩き落してやるぜ……」
◆ ◆ ◆
「おーい日向くん、大丈夫かーい?」
「…………はっ!?」
マモノ対策室十字市支部のモニタールームにて。
狭山の呼びかけで、日向は我に返る。
モニターに映っていた、あられもない北園の姿を、食らいつくように見ていた。
「い、いやあの! き、傷の具合を見てました! い、異常なーし!」
「そっかそっか。……ところで日向くん。このマモノ討伐映像のデータはね、君たちのスマホに転送することも可能なんだよ」
「え。」
「どうする? 今後の戦いの参考になるかもしれないし、動画にして送ってあげようか?」
「あの、い、いや! 大丈夫です! 俺はそんなセコイ真似はしないっ!」
「健気だねぇ」
◆ ◆ ◆
視点は戻って廃マンション。
体勢を整えた三人は、意を決してシルフィードラゴニカが入っていった個室へと侵入する。
「……いた!」
シルフィードラゴニカは、廊下を抜けた先、リビングの窓に張り付いていた。侵入してくる三人を見るや否や、壁から離れて風の刃を放ってきた。
「おっとぉ!」
日影が『太陽の牙』の腹で、薄緑の風の刃をガードする。
『太陽の牙』は、星の力が生み出すエネルギーに強い。風の刃は一瞬で霧散した。
そのままリビングへと押し入る三人。
このマンションのリビングは、そこまで広くはない。
三人と一匹が動き回るには、少しばかり狭すぎる。
「何の考えも無しに、三人揃って突入するのは失敗だったかね……」
「日向。何か策は無いか? 闇雲に攻撃を仕掛けても、ヤツに命中させるのは難しそうだ」
『うーん、無いことはないんですけど……』
本堂の言葉を受け、通信機の向こうの日向が思案に没頭し始める。
動きが極端に速い敵、というのもゲームや漫画ではお約束だ。
そして、作品の数だけそのスピードを捉える方法がある。
日向は、自分が知る限りの方法を、脳内に次々と羅列していく。
(散弾銃があれば、あのスピードで動くシルフィードラゴニカにも当てられるかもしれないけど、そんなものは無い。だったら、通路に罠を張って、シルフィードラゴニカ自身に突っ込ませるか? 切れ味のある細いワイヤーを蜘蛛の巣状にしてやれば……いや冷静になれ、ワイヤーはどこから持ってくるんだ。よって罠も駄目だ。じゃあ部屋ごと北園さんの”氷炎発破”で吹っ飛ばすのは……三人や周囲の住宅にまで被害が及びかねないな。論外)
なかなか良い案が思い浮かばない日向。
だがそれでも、なんとか一つ、策を考えついた。
(あとは、誰をどうやって動かすか、だな。日影でも本堂さんでも任せることはできるけど、あからさまに二人を動かしたら、シルフィードラゴニカにこちらの作戦を感知されるかもしれない。マモノは人間と大して変わらない知性を持つからな……)
この作戦は、そう何度も試せる代物ではない。
バレてしまったら、もうお終いだ。
故に慎重にならなければならない。敵に感知されてはいけない。
異能力バトルとは、そういうものだ。
と、その時。
「ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ィ!!」
「ぐわぁっ!?」
「きゃあああ!?」
「ぬっ!?」
『おあああああ!?』
三人の背後から、大爆音が叩きつけられた。
思わず耳を塞ぎ、うずくまる三人。
部屋の窓ガラスに、ピシリと亀裂が入る。
ついでに、三人と通信をつないでいた日向にも被害が及ぶ。
日向の隣の狭山は、すでにヘッドフォンを耳から外していた。
音の正体は、ソニックブンブンゼミだ。三人がくぐってきたリビングと廊下をつなぐ入り口、その近くの天井に張り付いていたのだ。そして三人がやって来たら、強烈な鳴き声を浴びせてきた。
「やかましい……!」
すぐさま本堂が”指電”でソニックブンブンゼミを撃ち落とす。
黒焦げになったソニックブンブンゼミが、ボトリと床に落下した。
『けど、ソニックブンブンゼミの鳴き声は、周囲のマモノたちに外敵の存在を知らせる警報になる!』
日向の言葉を受けた三人は、すぐさまマップを確認する。
確かに、周りから多数のマモノの反応が、この部屋目指して集まってきている。このままでは挟み撃ちだ。文字通り、虫にたかられることになる。
「ど、どうするの!? 日向くん!?」
『そ、そうだな……。まず、日影と北園さんは部屋の外に出て、部屋の外から来るマモノを迎え撃ってほしい』
「り、りょーかい!」
「任されたぜ。……それで、本堂はどう動かすんだ?」
『本堂さんは……ここでシルフィードラゴニカを一人で足止めしてほしい』
「おいおい、マジかよ!」
日向の言葉を聞いた日影が声を上げた。本堂のスピードは大したものだが、シルフィードラゴニカはさらにその上を行く。三人相手でも捉えられない相手をたった一人で抑えるなど、相当な無茶ぶりだ。
いくらマモノの集結を阻止するためとはいえ、ここで戦力を分散させるのは、日影から見ると愚策にしか感じなかった。
そして、当の本堂は、日向に声をかけた。
「日向。お前のその作戦を実行したら、勝てるんだな?」
『まぁ、決着までは行けないかもですが、勝利には大きく近づくと思います』
「よし分かった。それで行こう」
日向の言葉を聞いてすぐに、本堂は”迅雷”を発動した。やる気だ。
全身が蒼く発光し始める。ビリビリと稲妻が走る。
そしてそのまま、日影と北園に声をかけた。
「日影。北園。そういうワケで、ここは俺が引き受けた。お前たちは部屋の外を頼むぞ」
「日向の奴が何考えてるのかは知らねーが、分かったぜ」
「む、無理はしないでね、本堂さん!」
「承知した」
部屋から出ていく日影と北園の背を見送る本堂。
それが終わると、改めてシルフィードラゴニカに向き直る。
最速対最速の戦いが、幕を開けようとしていた。