第25話 12月30日の日常
12月30日。
日向の自宅にて。
本堂の家でスライムを倒した次の日の朝。
日向が目を覚ますと、外が妙に騒がしく感じた。
「……何だろ? 何かあったのかな」
チラリと窓から下を覗いてみる。
やはり人が何人か集まって話をしているようだ。
時々、日向の家の裏、つまり裏山の向こうを指差したりしているが、この部屋からでは会話の内容は聞こえなかった。
「ま、いいか」
そう呟いて、日向は部屋を出て一階のリビングへ向かう。
ちょうど母親が朝食を作り終えたところだった。
「あ、日向。知ってる?」
「何が?」
「今、裏山の向こう側で山火事が起きてるらしいわよ」
「山火事!? それで外が騒がしかったのか。……というか、避難とかしなくていいの?」
「ええ。だいぶ向こうの方らしいし、風向きの関係でも、こっちまで火が来ることはないらしいわよ」
「そっか……。それならいいけど……」
それを聞いて、一応安心する日向。
(しかし山火事かぁ。この十字市にはまだ五年ちょっとくらいしか住んでないけど、あの裏山で山火事なんか起こるのは初めてだ。もしかすると、これもマモノの仕業なのだろうか……?)
「ねぇ日向。今日もどこかに出かけるんだっけ?」
物思いにふける日向に、母が尋ねてくる。
「うん。知り合いの家に、掃除を手伝いに。昨日、ちょっと散らかしちゃったから」
今日は本堂の家に行って掃除を手伝う予定だ。
昨晩は派手に暴れた結果、随分と派手に散らかしてしまった。
放っておくのは悪い。
朝食を終え、出かける準備を終えると、日向は玄関に向かう。
「じゃあ、行ってきます」
「嬉しいわぁ。ゲームばかりしていた日向がこんなに外に出かけるようになって」
「人を引きこもりみたく言うのはやめてね? まだそこまで行ってないからね俺は」
「『まだ』って、そこまで行く予定があるの?」
「無いから! じゃあ行ってきます!」
「気を付けていくのよー」
手を振る母を後目に、日向は家を出た。
本堂の家は、日向の家から自転車で20分ほど離れた場所にある。
近いようで遠い。二人が通った小学校も隣同士の別々の場所。
中学校は同じだったかもしれないが、日向が中学一年生の頃には、本堂は高校一年生だ。二人に直接的な面識は全く無い。
自転車を漕ぎながら、日向はふと、昨晩の母とのやり取りを思い出していた。
「しかし母さん、昨日は俺が遅く帰ってきても『あらあら~、こんな時間に帰ってきて、悪くなったわね日向~』って、満面の笑みで言うんだもんなぁ。それで良いのか親として」
実際、日向の母はなかなかに甘い。息子を甘やかし溺愛していると言うより、彼女のおおらかな気質がそうさせているのだろう。日向がテストなどであまりいい成績が取れなくても、とくに口うるさく叱ったりはせず、日向の好きにさせている。
「……俺は、父さんや母さんにすごい苦労をかけてしまった。もう少し厳しく当たってもらっても良いくらいなのにな」
自分にはもったいないくらいの、良い母親。
それが、自身の母に対する日向の認識であった。
◆ ◆ ◆
「やっほー、日向くん」
日向が本堂の家の前に到着すると、北園と出会った。
「おはよ、北園さん」
「おはよー! 今日はお掃除頑張ろうねー!」
そして本堂の家のインターフォンを鳴らす。
程なくして本堂が出てきた。
「ああ。来てくれたのか。……だがな、掃除なら舞が全部終わらせてしまった」
「早い!?」
本堂の妹の舞は、趣味が掃除洗濯料理と言い切るくらいの家事大好き人間だ。昨日、日向たちがこの家から帰ったあと、散らかった自宅を見て居ても立ってもいられず、掃除を開始したらしい。おかげで家はほとんど元通りになった。
「……というか本堂さん、それを教えてくれれば、俺たちは今日、ここに来る必要も無かったんじゃ……」
呆れたような表情で尋ねる日向に、本堂が答える。
「そんなことはない。昨日はざっと自己紹介だけで終わったが、まだまだ聞きたいことは多い。例えばお前たちの能力について。これからもマモノとやらと戦うためにも、仲間の戦力は知るべきだろう?」
「なるほど、それは確かに……」
別にお互い、手の内を隠す必要も無し。
こちらの出来ること、あちらの出来ることは把握しておくべきだ。
(しかしまあ、昨日初めて会った時はあれほどこちらの言うことを信じてくれなかったのに、今となってはこの人もノリノリだなぁ)
能力とか、マモノとか、仲間の戦力とか、そういった単語を発する本堂を見ながら、日向は思った。
二人は本堂の家に上がり、リビングへ案内される。
その部屋の隅のソファーでは、舞がぐったりしている。
きっと掃除で疲れたのだろう。
「さて、何から話そうか」
日向と北園は、本堂と向かい合うようにしてテーブルに座った。




