第231話 セミ注意報
「さぁて、いよいよ始まったね。日向くんの一日オペレーター体験実習が」
マモノ対策室十字市支部のモニタールームにて、狭山がいたずらっぽく微笑みながら、モニターの前の椅子に座る日向に声をかける。日向もまた、三人の視界映像から目を放さずに返事をする。
「ええ、始まってしまいましたね……。けれど、みんなはああ言ってくれてますけど、俺自身は、自分がマモノとの戦いに向いているっていう実感が、イマイチ無いんですけどね」
「しかし、君自身も、少しは感じているだろう? 自分の、対マモノ戦における観察力、発想力が、戦いを通して磨かれていっていることに」
「ええ、まあ。スライムと戦った時とかと比べれば、随分と頭が回るようになったと思いますよ。……というか、あの時の俺の作戦、今考えると頭を抱えたくなる……」
「たしか、北園さんにバリアーを張らせて突撃させたんだっけ? 自分はその発想、ユニークで好きだけどなぁ。効果のほどは別として。今の日向くんなら、どんな作戦を取ったかな?」
「そうですね……『頭を抱えたくなる』とは言ったものの、難しいんですよね、あの時の状況って。人質有りで、『太陽の牙』は来ないものと思ってましたから」
モニターを注視したまま、日向は思案し始める。
あの時の自分なら、あの状況をどう切り抜けたか、考える。
「……それでも、手段を選ばなくていいなら、あの本堂さんの家の庭に火を放ちましたかね。北園さんの発火能力で。それでスライムの動きを制限してから、熱した鉄パイプなどを用意して、スライムに攻撃を仕掛けるとか……ああでも鉄パイプとかどこで調達したら……」
「まぁとりあえず、君の能力は当時と比べて格段に向上しているのは確かということだ。今回はそれに加えて、『仲間を動かす能力』についても意識して、オペレートに励んでみてほしい」
「仲間を動かす……分かりました」
先ほど、不意に「オペレーターやってみないかい?」と言われた時は、ひどく驚いた日向だったが、狭山にとっては、これもまた日向への訓練の一環なのだろう。ならば自分を高めるためにも、日向は全力でコレをこなすだけだ。
◆ ◆ ◆
マモノ討伐の現場にいる日影、北園、本堂の三人は、目的地の廃マンションの前へとやってきた。建物全体が緑で覆われてしまった、森のような建物だ。ここの周囲は閑静な住宅街で、今はマモノ出現の報を受けて、周辺住民は避難している。
「さて日向。手っ取り早くマモノを全滅できる策を一つ、頼むぜ」
通信機を通して、日影が無茶なオーダーを日向にぶつける。
『手っ取り早く、かぁ。どんな方法でも良いなら、いっそ建物全体に火を放ってマモノを焼き殺すとか、建物を中のマモノごと爆破解体してしまうとか……』
『そ、それはちょっと勘弁してほしいな。煙、燃え移り、土ぼこり、飛散する瓦礫等、周辺住宅にも影響が出かねない……』
『……だそうだぞ、日影。悪いけど諦めて、地道にマモノを討伐していってくれ』
「ま、分かっちゃいたがな。そのためにオレたちが来たんだからな」
言いながら、日影が先陣を切り、ガラスのドアを開けてエントランスへと侵入する。
……と、その正面には真っ直ぐな角を持つ、巨大なカブトムシのようなマモノがいる。日向が十字市中心街で戦ったことがある、ダンガンオオカブトだ。日影を見るなり、羽を羽ばたかせてもう突進を仕掛けてきた。
「おるぁッ!!」
……が、日影は肩に担いでいた『太陽の牙』を、そのまま右腕一本で振り下ろし、ダンガンオオカブトを叩き潰してしまった。余裕の勝利だ。
「……前方、敵影無しだな。北園、本堂、お前らも来い」
「りょーかい!」
「承知した」
日影に呼ばれ、北園と本堂もエントランスに侵入する。
エントランスにはもう、マモノの姿はないようだ。
モニター室の日向が見ても、マモノの姿は無いように見える。
「ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ィ”!!!」
「うおぉッ!?」
「きゃっ……!?」
「ぬ!?」
突然、強烈な騒音が三人の耳をつんざいた。五月蠅い、という表現ではまだ足りない。脳まで揺さぶられそうなほどの凄まじい大音量だ。三人は思わず耳を塞ぎ、うずくまってしまう。
「ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ミ”ィ”!!!」
「くぉぉぉぉ……!? この音、どこからだ……!?」
「み、耳がおかしくなっちゃう……!」
「ぐ……この音、上からか……?」
大音量に耳をやられつつも、本堂がその音の発生源を聞き分けた。
上を見上げれば、天井に小さな虫が一匹張り付いている。
その姿カタチはセミに似ている。大きさが、普通のセミより一回りほど大きく見えるが。だがそれでも今までのマモノと比べると、あまりにも小さいので見逃していた。
「”指電”……!」
天井に張り付くセミのマモノに、指パッチンで電撃を射出する本堂。セミは一撃で黒焦げになり、床へと落ちてきた。同時に騒音も収まった。
「く……助かったぜ本堂。耳がバカになるところだった。なぁ日向、今のマモノは何だ? ……日向? おーい、日向?」
日影が通信機越しに日向に呼びかけるも、返事がない。
……が、一呼吸おいてから、すぐに日向の返事が返ってきた。
『わ、悪い。なにせ凄い音だったから、こっちの鼓膜にまでダメージが……』
「ああ……現場に出てもいないのに、災難なやっちゃな」
『まったくだ。それでそのマモノだけど、ソイツは見ての通りセミのマモノで、音を使った攻撃を得意としている。先ほどのように大音量の鳴き声を発するほか、音を衝撃波のようにして飛ばすことまでできるらしい』
「なるほど、また厄介そうなマモノだな。今回はアッサリ倒せたが」
『ああ。それで、そのマモノの名前が……そ、『ソニックブンブンゼミ』……。ここに来てマモノの名前が致命的にダサい……』
その日向のコメントに、横から狭山が抗議。
『ダサいとは失敬な。……けど、確かにその名前に関しては、三徹明けの深夜テンションで考えたような記憶が、ある』
「たまにはちゃんと休めよアンタも。さて、気を取り直して、行くか」
「……あ、ちょっと待って日影くん! マップの反応を見て!?」
北園に呼び止められ、日影はコンタクトカメラの視界の端に映し出されているマップをチラリと見ると、マモノを示す赤いマーカーがこのエントランスに集結しつつある。なにより数が凄まじい。二十体近いマモノがこちらに向かってやって来ている。
「何だこりゃ? 虫の知らせってヤツか?」
『い、いや、思い出した。ソニックブンブンゼミのあの鳴き声は、仲間たちに外敵の存在を知らせるブザーの役目も持っているんだ。その音を聞いた建物内のマモノたちが集まって来てるんだと思う』
「ちっ、なるほどな。単に五月蠅いだけじゃなかったっつーワケだ」
「どうする? いったん退くか?」
『……いえ、むしろ好都合です本堂さん。数が多いとはいえ、敵は正面から三人に襲い掛かるつもりです。つまり、物陰に隠れての不意打ちといった心配がほとんど無い。正面きっての戦闘なら、日影と本堂さんの得意分野でしょう? 後衛の北園さんを守りつつ、迎え撃ってあげてください』
「なるほど、承知した」
『日影。オーバードライヴの使用タイミングはそちらに任せる。可能なら温存してくれ。むやみに使うと、この前みたいに死にかけるぞ』
「分かってるっつうの。まぁ見とけ。虫の群れくらい、ノーマルの状態で返り討ちにしてやるぜ」
やがて、虫のマモノの群れが、正面から一斉に襲い掛かってきた。
通路の奥から、階段の上から、次々とやって来る。
三人もまた、虫たちを迎撃するため、各々の獲物を構えた。