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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第228話 守るために強くなれ

 筋肉痛で苦しんだ月曜日が終わり、日向はいよいよ本格的にトレーニングを始めた。


 初日から二日経っても身体の節々が痛んだが、一日だって無駄にできる時間はない。学校が終わればマモノ対策室十字市支部に直行し、トレーニングに励む。


 狭山が組んだ筋トレメニューは、腕、脚、腹筋、背筋、胸筋、首など、多くの部位をバランスよく鍛える内容だ。そして、その最後に柔軟体操とランニングが入る。


「柔軟……俺、苦手なんですよね……身体がガッチガチで」


 マモノ対策室十字市支部のトレーニングルームにて、日向が狭山の前で呟いた。すでに筋トレは終わっており、残すは柔軟体操とランニングだけである。


「気持ちは分かるけど、サボるわけにはいかないよ。身体が柔らかくなれば、そのぶん怪我をする確率が減る。できる動きが多くなる。プロのアスリートや格闘家を見てごらん。身体が硬い人など、一人もいない」


「う、うーむ、なるほど……」


「さぁ、理屈が分かったところで、さっそく実践だ。足を伸ばして身体を正面に倒してね」


 狭山に言われ、日向は身体を前に倒す。

 狭山は補助を担当し、日向の背中を後ろから押す。


「……あ! 待って狭山さん! そこが限界! それ以上はいけない!」


「まぁそう言わずに、もうちょっといってみよう」


「あー!! 無理!! ホント無理!! ギブ!! ギバーップ!!」


「よし、その体勢で20秒キープだ」


「身体が真っ二つになるううううう!!」


 その後も日向は悲鳴を上げ続けるが、どうにか柔軟体操を突破した。最後に残るは、ランニングマシーンを使ったランニングである。


「ランニングもまた苦手でして……。初日の自由トレーニングの時も、コレだけは外しました」


「コレばかりは、練習量がモノを言うからね。苦手意識を抱くのもしょうがない。……けど、スタミナ強化は日向くんにとって避けられない課題だ。君が『太陽の牙』を扱う以上は、なおさらね」


「スタミナと『太陽の牙』に、何か関係が?」


「うん。せっかくだから、ランニング前に説明しちゃおうか」


 そう言って、狭山は「スタミナと『太陽の牙』の因果関係」の説明を始める。余談だが、狭山は日向がトレーニングに入る前に、どの部位を何のために鍛えるか、丁寧に説明する。だから日向としても、その理由を意識してトレーニングに励むことができる。


「『太陽の牙』は、君の傷を治す”再生の炎”という能力を持っているけど、消費した体力スタミナまでは回復してくれないよね」


「ま、まぁ、そうですね」


「敵を全力で攻撃するにしても、敵の攻撃を全力で回避するにしても、スタミナは欠かすことのできない要素だ。スタミナが多ければ多いほど、君は長時間全力で戦える」


「確かに、身体の疲れで危機に陥ったことも何回かあったなぁ……」


「なによりも、だ。スタミナが多ければ全力で回避できる回数が上がる。回避できる回数が上がれば生存時間も上がる。生存時間が上がれば、そのぶん攻撃ができるし、”紅炎奔流ヒートウェイブ”の時間稼ぎにもなる。そうなれば、より早く『星の牙』を倒すことができる。そうすると、街や人々、仲間たちを守ることに繋がる」


「街や仲間たちを守ることに……」


 それは、ちょうど昨日、日向が決意したこと。

 日影に勝つことも大事だが、それよりも、皆を守ることも大事だと。


「そうだよ。……先日、自分は『日向くんは防御寄りのスタイルが向いている』と言ったが、それはなにも、君の能力だけを見ていったワケではない。君の、誰かを守ることができる優しい性格、危機に敏感な性質も加味している。だから日向くん。君は『守るため』に強くなるといい。それが君に向いている」


「『守るため』に……」


 狭山の言う『守るため』とは、人々を守るため。

 あるいは、人々の暮らしを守るため。

 あるいは、自分のため。自分の居場所を守るため。

 自分が日影に消されて、家族を悲しませないために。


 誰かが受ける痛みを、自分の痛みのように恐れる。

 自分が受ける痛みが、周りに悪影響を及ぼすことを恐れる。

 その恐れを払拭するために、戦う。

 恐れるからこそ、強くなる。

 あらゆる安寧を『守る』ことを目標に、強くなる。


(……父さんも言ってたな。正義っていうのは、大事なものや、大事な誰かを守ってやりたいって思う心だって。狭山さんからも父さんからも同じようなこと言われて、こういうのを因果っていうのかな……?)


 物思いにふける日向。

 その一方で、狭山が話を続けた。


「さて。目標が定まったところで、さっそくランニングを始めよう。初回だから、今日は目標を3キロに設定するよ」


「3キロ……どれくらいのものだろう……」


「あ、それと、このランニングマシーンはネットにつないで音楽が聴けるから。動画も見れるよ」


「おお、それは便利ですね……」


「外を走る時は、危ないからそういったものは推奨できないけど、マシーンの上でなら危険はないからね。ようは走れれば良いんだ。マラソン選手のようにスタミナ管理に意識を集中させる必要はない。あらゆる手を使って疲労から気を紛らわせ、少しでも長く走って脂肪を燃焼しよう」


「そういう身も蓋もないところも、狭山さんらしいというか……」


「はは、誉め言葉として受け取っておこう。……では、スタート!」


 狭山の号令と共に、日向はランニングマシーンを走り始める。

 さっそくネットの動画配信サイトにつないで、ゲームプレイ動画を堪能しつつ走る。これがまた疲れを忘れさせるには最適で、日向はいつもより断然調子よく走ることができた。



 そして20と数分が経過し、日向は無事に3キロを走り終えた。


「ぜー……ぜー……終わってみれば、やっぱりキツイ……」


「お疲れ様。慣れないうちは、3キロでも厳しいものだろう?」


「ちなみにこれ、日影のヤツは何キロ走ってるんです?」


「日影くんは……最低でも20キロ。長い時はフルマラソンを走り抜いたこともあるね」


「フルマラソンっていうと、たしか……」


「42.195キロだよ」


「お……俺の14倍……先は長いなホント……」


「まぁ、さすがの日影くんもそれだけ走れば、ヘトヘトになって帰ってくるけどね。それに今回、君は初挑戦なんだ。これから追いついていけばいいよ」


「……そうですね。頑張っていきましょう」


「よしよし、その意気だ。では、30分の休憩後、ここまでのトレーニングをもう一周やってみようか」


「…………え。マジで?」


「マジだよ」



◆     ◆     ◆



「タダイマ……マジ疲レタ……」


 イントネーションが安定しない言葉と共に、日向は自宅の自室へと戻ってきた。


 結局、あれから本当にトレーニングメニューをもう一周するハメになり、今や文字通りの這う這うの体だ。トレーニング終了後に、的井の美味しい手料理が食べられたのがせめてもの幸いか。


「……けど、それを差し引きしてもなお、中学の剣道の練習より断然キツイぞこれ……。こんなんで身体がつのかなぁ……」


 見通せぬ先行きに、日向は思わず不安の声を漏らしてしまう。

 ……と、そこへ。


「日向。おかえりなさい。もうすぐお風呂沸くからね」


 そう言って、母親がドアを開け、顔を出してきた。

 日向も手を挙げてそれに応える。


「ああ、ありがとう母さん。身体じゅう、汗でベットリだ」


「ふふ。頑張ってきたみたいだものね。ちょっと痩せた?」


「ど、どうだろ? さすがにたった二日の筋トレで、いきなり痩せるとは思えないけど」


「……ねぇ、日向」


 ここで突然、母がかしこまった風に声をかけてきた。


「ん? なに?」


「無理は、しないでね。あなたに何かあったら、悲しむから」


「……うん。分かってるよ」


「そう。……ゴメンね。またナイーブなこと言っちゃって」


「いいよ、気持ちは分かるから。ありがとう、母さん」


「ええ。……それじゃ、少し休んだら降りてきてね」


 そう言って、母は部屋から出ていった。

 残された日向は、しばし物思いにふける。


「……風呂に入る前に、庭先で『太陽の牙』の素振りでもしとこうかな」


 先ほど、母の心配そうな表情を見た日向は、胸が締め付けられるような思いを感じた。きっと自分が日影に負けて、この家から消えれば、母はとても悲しむだろう。


 これ以上、母に心配をかけさせたくない。

 そのために、少しでも強くなっておきたい。

 そう思うと、居ても立ってもいられなくなり、日向は部屋を後にした。

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