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太陽の勇者は沈まない ~マモノ災害と星の牙~  作者: 翔という者
第8章 先を生きる者 その生にならう者
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第227話 結んだ縁

 6月下旬の月曜日。日向が初めてマモノ対策室十字市支部でトレーニングをした、その次の日。昼休み、学校の食堂にて。


「か……身体が……鬼のようにかったるい……」


 日下部日向は、食堂の席の一角でのびていた。

 昨日の筋トレの疲れが、相当堪えている。

 オマケに、今日の二限目は体育だった。しかも水泳だった。


 全身をくまなく使う水泳の授業は、現在の日向を轟沈させるには十分な威力であった。身体中のあらゆる筋肉が悲鳴を上げている。「無理すんなよ」とささやいている。


 日向の目の前には、注文したばかりの味噌ラーメンが置かれているが、もはや箸をもつ気力さえ無い。そんな状態で、どうやってここまでこのラーメンをカウンターから運んできたかが思い出せない。そもそも、どうやってこの食堂までやって来たがが不思議でならない。今の日向は、それほどの惨状である。


「し、しかし、このまま俺がのびていては、ラーメンまでのびてしまう。なんとか……なんとか手を動かすんだ……」


 そう言って、日向はラーメンを食べ始める。

 しかし、麺を一息にすする際、腹部に力が入る。

 そうすると、疲れ果てた腹筋に激痛が走る。

 麺に絡んだ濃厚なスープの美味しさを味わう前に、腹筋に伝えられる痛覚信号によって上書きされ、台無しにされる。


「なんてむごい食事なんだ……。かつてこれほどまでに惨い食事があっただろうか………………あったわ。昨日のドリンクだよ」


 せっかくのラーメンの味が、あの悪夢のようなドリンクの味を思い出したことによって、粉々に粉砕されていく。これでは食事どころではない。日向は急いであのドリンクの記憶を頭の中から追い出した。


 ……と、そこへ、日向に近づいてくる人物が二人。


「よーう、日向」

「日下部くん、ご一緒しましょうです」


「あ、田中。それに小柳さんも」


 やって来たのは、日向の友人である田中剛志と小柳金糸雀(カナリア)だ。この二人、修学旅行の一件以来、すっかり仲良しになっている。最近では、田中がアシスタントとして小柳の動画に登場する始末である。


 ちなみに小柳の動画の人気具合だが、近ごろ急激に向上し始めている。小柳が飼っているネコ、青のりくんが思いのほか多芸であり、ネコ動画配信者として注目されつつある形だ。

 最新の動画『青のりくんのムーンサルトボディプレス』はすでに1万再生を突破しているのだとか。そう語っていた小柳の表情は、普段の無表情が嘘みたいに幸せそうな顔だった。


 二人はやって来るなり、日向の向かいの席に座り、自身のスマホの画面を日向に見せてくる。映し出されているのは、先日の十字市中心街のマモノ襲撃事件だ。


「日下部くん。この事件、やっぱりアナタが解決したのです?」


「ああー、うん、まぁ。関わりはしたかな……」


「おお、やはり。さっそくヒーローインタビューするです。ずばりどんなマモノを倒したですか?」


「え、ええと、デカいトゲトゲした怪獣みたいなヤツと……猿?」


「ほお。確か、配信されていたライブ映像にそんなマモノがいたです。あれを日下部くんが倒したですか。カッコイイです」


「……というか、頼むから他の人にはあまり言わないでね? 小柳さんはもうこっちの事情を知ってるから教えるけど……」


「わかっているのです。言いふらされたくないことを言いふらすほど、こちらも人間腐っていないのです。……けど、それはそれとして、日下部くんが正体を明かせば一躍ヒーローになれるでしょうに、もったいない気もするのです」


 首をかしげて、小柳はそう告げる。

 そこへ、日向の友人の田中が割って入る。


「まぁそう言うなよカナリア。コイツはあまり目立つのが好きじゃないんだ。小学校の頃はともかく、中学の頃はそりゃあひどい有様でな。いっつも一人で孤立してたし、常にこの世の終わりみたいな顔してたんだぜ」


「わぁ、懐かしい黒歴史」


 日向が苦い表情で呟く。

 それはちょうど、日向が過去の罪を自覚して沈んでいた時の話だ。


 捕捉だが、小柳は日向とは高校から知り合った仲である。そのため、日向と田中のみが知り得る事情についていけず、首を傾げているところだ。


 そして田中もまた、日向と仲良くなったのは、日向が十字市に引っ越してきた小学五年生くらいの頃から。そのため、日向の過去に何があったのかはよく知らないでいる。


「せっかく誘ってやった剣道も、途中で辞めちまってよー」


「も、申し訳ない……。ちょっと、何をする気にもなれない精神状態だったというか」


「それからしばらくして少し持ち直してくれたみたいだったけど、あの時のお前、何があったんだ?」


「そ、その話については、あまり踏み込まないでもらえると助かる」


「ちぇー。けどま、仕方ないか」


「ま、まぁとにかくだ。二人とも、引き続き周囲には、俺や北園さんやシャオランがマモノと戦っていることは秘密で頼むよ。特に北園さんは、俺以上に目立つのを避けたがっている様子があるから……」


「北園さんがそう言うなら、聞かねぇワケにはいかねぇよな。俺も絶対に秘密にしておくぜ。小柳も、友達にばらしたりするんじゃねぇぞ?」


「大丈夫です。わたしだってせっかくよしのんと仲良くなったのに、自らそれを壊すようなマネはしたくないのです」


「「……よしのん?」」


 聞きなれないワードに、日向と田中がオウム返しで反応する。


「はいです。北園良乃きたぞのよしのさんだから、よしのんです」


「まぁ理屈は分かる。分かるけど、そんな風に呼ぶ仲になってたのか……」


「北園さんが『よしのん』って、カワイイなぁおい! 俺もそう呼ぼうかなー!」


「ちなみによしのんはわたしのこと『ぴーちゃん』って呼んでくれるです」


「「ぴーちゃん。」」


「はいです。二人もわたしのこと、ぴーちゃんって呼んでくれていいですよ」


「んー……でも俺は『小柳さん』の方が呼びやすい……」


「俺も、カナリアはカナリアでいいかなって」


「ええー」


「だいたい日向、お前、女子には誰であろうとさん付けって、お堅いんじゃねぇの? お前も北園さんのこと『よしのん』って呼べばいいのに」


「恐れ多いわ。それに、親しき中にも礼儀あり、だ」


「よく言うぜ。二限目の水泳の時、北園さんのスク水姿凝視してたクセに」


「バっ、おまっ! 言うな!」


 やり取りを交わす三人。

 その三人のところに、さらに誰かがやって来る。


「日向くん、私たちも混ぜて―」


「どうもー日向さん。兄がお世話になってまーす」


 噂をすれば影、というか。

 やって来たのは北園と、本堂の妹の舞だ。


 本堂の家で知り合って以来、この二人の交友は続いている。家が遠いのでお互いの家に遊びに行くことはほとんど無いらしいが、学校ではこうやって頻繁に会っているようだ。


「わ、き、北園さん。それに舞さんも。えっと、俺は全然構わないよ。田中と小柳さんも、いい?」


「もちろんです。ちょうどよしのんのことをお話してたですよ」


「みなまで聞くな、良いに決まってんだろ! ささ、どうぞ北園さん!」


 そう言って、田中は自分の隣の席を北園に勧めたが、北園はテーブルを大きく迂回し、日向の隣にちょこんと座った。その北園を挟むように舞も座る。


「……くっ、日向に負けた……」


「何の勝負だ。勝手に仕掛けて勝手に負けないで」


 項垂うなだれる田中に、呆れた視線を向ける日向。

 その一方で、舞が日向と北園に話しかけてきた。


「日向さん、北園さん、このお二人は友達ですか?」


「うん。田中と小柳さん。俺たちと同じクラスだよ。ちなみに、こちらの()()も知ってる」


「ほほぉ。不可思議な事件の当事者となった主人公と、それに巻き込まれた友人たち! いやぁ、王道ですねー」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべてみせる舞。

 今度は田中が日向に質問を投げかける。


「日向、この子は……? お前らが戦ってること、知ってるのか?」


「うん。俺の仲間の、その妹さん。名前は本堂舞さん。マモノとの戦いを通して知り合った」


「なるほどなぁ。しかしお前、かわいい同級生に続いて、かわいい後輩までゲットするとは、いつからそんなギャルゲーの主人公みたいになったんだ」


「ゲットどころか触れてもいないから。勝手に人をギャルゲーの主人公にするな」


「クソ、俺もマモノ討伐チームに入ればモテモテになるんじゃ……」


「やめとけ、命がいくつあっても足りないぞ」


「うーむ、お前が言うと言葉の重みが違うな……」


「実体験だからな」


 そして今度は、北園が田中に声をかけた。


「だいたい田中くん、もうすでにモテモテでしょー?」


「だが俺には、日向のような重みがない……」


「隣のぴーちゃんじゃダメなの?」


「あー、俺は全然オーケーなんだけど……」


「田中くんとは、まだもう少し今の友達関係でいたいのですよ」


「……と、こんな具合だ」


 日向の周りには五人の友人がいる。

 いっこ下の舞まで積極的に話に加わっており、会話が途切れることがない。


 ……と、さらにそこへ……。


「あ、ヒューガだ。すごい大所帯だね」


「せっかくだから、アタシたちもご一緒していい? それだけ大人数なら、今さら二人来ても変わらないでしょ」


「あ、シャオランとリンファさん。俺はオーケーだけど、他の皆は……」


「断る奴なんかいねぇと思うぜ?」

 

 シャオランとリンファもやって来た。

 日向の周りの友人は、五人から七人になった。

 シャオランも言っていた通り、文句なしの大所帯である。


 かつての日向の昼食は、ずっと一人だった。時おり田中とこんな風に食堂で会うこともあったが、機会はそれほど多くはなかった。それが今では、この数だ。


 先日、日向は自分を変える決意をしたばかりだが、日向が自覚しないところで、もうすでに何かが変わり始めていたのかもしれない。


(日影に勝つのも大事だけど、皆を守るためにも強くならないとな……)


 皆が雑談でにぎわう中、日向は心の中で堅く誓った。



「……それじゃ、ボクたちはどの席に座ろうかな……」


「日向の方に女子が固まってるわね。アタシもそっちに行っちゃおうかしら」


「な、なんかヒューガにリンファを取られるみたいでイヤだ……!」


「あ、じゃあわたしも日下部くんの方に行くです。これで日下部くんの周りは女子四人。ハーレムを形成するのです」


「ああ、コイツ! カナリアまで()()やがった! カナリアだけに!」


「日向さん、もう完全にギャルゲーの主人公じゃないですかーやだー! お兄ちゃんに報告しよ!」


「えへへー。日向くんは、私たち四人の中で誰が好き?」


「誰か助けてくれ! ツッコミが追いつかないんだ! ボケの供給過多だ!」

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