第225話 初めてのトレーニング
引き続き、マモノ対策室十字市支部のトレーニングルームにて。日向は準備運動を済ませ、さっそく狭山の指示を仰ぐ。
「日向くんが好きなゲームでは、モンスターを倒すなどして経験値を稼ぎ、レベルアップすることで強くなるのだろう。しかし、ここは現実世界。マモノを倒してもレベルアップにより急激に強くなることは無い。手っ取り早く身体を強くするなら、マモノと戦うより筋トレする方が断然効率が良い」
「まぁ確かに。マモノと戦えば戦闘経験は積めますけど、総合的な運動量は割とさほどでもないですもんね」
「残念ながらね。だから、今日から一か月間、日向くんはマモノ退治をお休みしてもらい、徹底的に身体を鍛えてもらうよ。今までは『太陽の牙』の特効により『星の牙』相手にも十分なダメージを与えていたが、対日影くんまで見据えるならば、強い肉体は必要不可欠だ」
「間違いなく、『太陽の牙』同士での斬り合いになるでしょうからね。……それじゃあ、さっそく始めましょう。狭山さん。まず俺は何をすれば?」
「うん。えーと、質問で返すようで悪いんだけど、まず日向くん。君はこういったトレーニングルームの利用経験はあるかい?」
「いえ、全く」
「そっかそっか。ではまず、君が興味を持ったマシンや器具を、片っ端から試してみるといい」
「ず、ずいぶんとシンプルですね……。もっとこう、俺に似合った綿密なメニューを組んでくるかと」
「そのプランももちろん用意しているが、せっかくこれだけの道具が揃っているんだ。オマケに事実上の貸し切り状態。こういった器具をゲームや漫画でしか見たことがないであろう君なら、とにかく色々やってみたいとウズウズしてるんじゃないか、と思ってね」
「う……間違いなくその通りです……」
「はは、やっぱりか。それでいい。まだ一日目なんだ。今日くらいは自由にやって、やる気を燃やしてみよう。テーマパークに来たくらいの感覚で、楽しんでみるといい」
「わ、分かりました」
「まぁ、強いて言うなら一つだけ。今からお昼にかけて、休憩を挟みつつでいいから、とにかく鍛えまくってみてくれ。まずは身体を慣れさせよう」
「りょーかいです!」
「おや、北園さんのマネかい? 似てたよ」
「ははは……本人の前じゃあ、こっぱずかしくて間違ってもできないですけどね」
「若いねぇ。……それじゃ、後はごゆっくり」
そう言って、狭山は退出した。
残された日向は、さっそく気になったマシンを片っ端から試してみる。
「こういうの、本当にゲームや漫画でしか見たことなかったからなぁ。自分でやるのはすごく新鮮だ……」
実際、本当にテーマパークに来たかのような新鮮さだった。どの器具で、何キロの重りを上げられるか、それを測る楽しみがあった。あのゲーム、あの漫画の登場人物は、これくらいの重量を軽々と上げ下げしていたのか、と知ることができた。
日向は疲れを忘れて筋トレを続けた。
疲れより先に、楽しさとワクワクが先行するのだ。
今度はコレを試したい。アレを試したい、と。
次に日向が目をつけたのは、左右に重りが設置され、ワイヤーを引っ張って重りを引き上げる大型のマシン、通称『ケーブルマシン』だ。
「これは……懸垂ができるのか」
そう言って、日向はケーブルマシンの上部を見上げる。
そこには左右に取っ手のようなものが備え付けられており、そこを掴むことで懸垂ができる構造になっている。
「……俺って懸垂できるのかな?」
そう言って、日向はマシン上部の取っ手に飛びつき、ぶら下がる。
……が、一ミリだって自分の身体を引き上げることはできない。
「ぜ、全然ダメだ……。崖とかにしがみついてよじ登るゲームのキャラクターたちが如何に腕っぷしが強いかよく分かるな……」
これまでの日向の記録は以下の通り。
ダンベル上げ10回:5キロ。
ラットプルダウン10回:35キロ。
アブドミナル10回:30キロ。
レッグプレス10回:72キロ。
どれも、体重平均を下回っている。
「ぐぬぬ……これまでの戦いで多少は鍛えられていると思ってたけど、それでも散々なものだな……」
結果を見て、日向は悔しそうな表情を浮かべるが……。
「……まぁ、しょうがない。これから頑張れば良いんだ」
いつもなら自分を卑下するところを、今日は自分を鼓舞してみせる。少しずつ、日向は変わりつつある。
「さて、後は……」
そう言って日向が歩み寄ったのは、バーベルが取り付けられたベンチ。
筋トレの定番、ベンチプレスに挑戦するつもりだ。
「こういう王道は、最後に取っておく派な気がするなぁ、俺」
さっそく日向はベンチに仰向けになり、真上にあるバーベルのバーを持ち上げる。バーベルのバーは、重り無しでも20キロはあるというが……。
「ぐああああ重い!?」
バー単体でも、日向には十分な重さだったようだ。
歯を食いしばりながら、必死の形相でバーを上げ下げする。
「こ、こんなのお前、とても重りなんてつけられんぞ。先は長いな……」
ぜぇぜぇと息を切らしながら、日向はベンチの上でのびた。
……と、そこへ日影がやって来た。
「おやおや、随分と貧相で可愛らしいバーベルだな、日向」
「言ってろ。ここはまだスタートラインだ。いつか追い抜いてやる」
「そうかい。ま、オレも最初は似たようなモンだった。オレとお前は違うが、スタートラインは同じだった。お前だってしっかりと鍛えれば、結果は出てくると思うぜ」
「……お前、ときどきそうやって良いヤツになるの何なん?」
「なったら悪ぃのかよ」
「いやそんなことはないけど……」
やり取りをしながら、日影も隣のベンチで、自分のバーベルを設定していく。
日影が設定したバーベルの重さは70キロ。日米合同演習の時は一回持ち上げるのがやっとだったソレを、日影は苦しい表情をしつつも、何度も上げ下げしてみせる。
「…………先は長いな」
げっそりとした表情で、日向は日影を眺めていた。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様でーす」
そう言って日向は、マモノ対策室十字市支部のリビングにやって来る。時刻は12時。ちょうどお昼時である。
そして日向は今日、ここで昼食を取ることが決まっている。朝のトレーニングを終えた日向を、狭山の部下の的井が出迎える。
「お疲れ様、日向くん。ご飯、出来てるわよ」
「ありがとうございます。……ほぉ、これはこれは……」
テーブルに並べられているのは、ハンバーグ、焼き魚、目玉焼き、鶏ささみ、ご飯大盛り、サラダ、ひじきの煮物、ほうれん草のおひたし、みそ汁など、凄まじい量である。
主食も多いが副菜も多く、全て食べきれば相当な栄養量になるのは間違いない。そう思えるようなメニューである。
「それで、これは、俺と日影の二人分……ですか?」
「いいえ、日向くん一人のメニューよ」
「やっぱり。まぁ大丈夫ですけど」
「……作っておいてなんだけど、よくこの量を見て軽く『大丈夫』なんて言えるわね……」
「なぜか食事量だけは、昔から人一倍なんです。父親に似たのかもしれません。……では、いただきます」
そう言って日向は席につき、手を合わせ、箸を取る。
さっそくメインディッシュのハンバーグを箸で切り分け、一口。
「……うひゃあ~、美味い! ハンバーグ、大好物なんです」
「ええ。お母さんから聞いてるわよ。喜んでもらえて、こっちも作った甲斐があったわ」
すると的井は、優しい表情で、日向に語りかけ始めた。
「日向くんも一応知ってると思うけど、強い身体を作るためには、食事も大事な要素の一つよ。栄養バランスもそうだけど、どれだけ食べられるかも大切になってくる」
「食べられる量が多ければ多いほど良い、ってことですか? もぐもぐ」
「単純に言えばそういうことだけど、正確に言うなら、最高のバランスの栄養を完全に摂取しようと思うと、相当な食事量になるのよ。そんな量、摂取したくてもできない、って人がほとんどでしょうね。ましてや激しい運動の後なんて」
「ムキムキになりたいのに胃袋が小さい人は、大変でしょうね。むしゃむしゃ」
「そういうことね。だから日向くん。あなたの『たくさん食べられる』っていうのは、強い身体を作るうえで、立派な才能なのよ」
「な、なるほど……そういう考え方が……もっきゅもっきゅ」
どんなにしょうもない特技でも、見方を変えれば立派な長所。
自分の大食らいがこんなところで役に立つなど、日向は想像もしていなかった。
そして日向は宣言通り、この強烈な量の昼食を苦も無くペロリと平らげてしまった。午後からは狭山が、あるトレーニングを予定しているようだ。